【姫乃たま】大きな体と、小さな恋 〜下北沢「焼鳥 Shin」〜【今夜もヒミツ酒:1軒目】

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誰にでも秘密はあります。たとえば、故郷などないような顔をしている酒場の人たちにも、きっと。
おいしいごはんとお酒に緩んだ、その口元から溢れる、あなたの秘密を教えてくれませんか……。

 

プロローグは雨のシモキタから

雨が降っていました。私は、藤井フミヤの「下北以上 原宿未満」というシングルCDの曲名を思い出していました。すごいタイトルだなあ、しかし。原宿未満といってみせながら、本当はそんなところが好きな、下北沢の人々を絶妙に捉えているように思います。私はそんな下北沢で生まれ育ちました。

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あっという間にお酒が飲める年齢になって、しかもそこから早2年。大学を卒業し、就活もせずに「地下アイドル」というファジーな職業を生業にしています。ただでさえ存在自体がファジーなのに、私など雨降る街をいそいそと、人の秘密を聞くために酒場へ向かっているのだから手に負えません。

 

下北沢駅の南口、路地裏にある「焼鳥Shin」は、木目のカウンター席が奥へと続く焼き鳥屋さんです。オレンジがかった照明のもと、仲良しな店主夫婦が切り盛りするなごやかな雰囲気。「焼き鳥屋以上 バー未満」の、カジュアルでお洒落なお店といったところでしょうか。

 

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カウンターに腰掛けてすぐに、今夜はいい話が聞けるだろうなと思いました。おしぼりでつくられた芸術作品が飾られている店には、お店との距離感がほどよい常連さんがいると信じているのです。

 

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とりあえずビールと、焼き鳥の盛り合わせを9種9本。それから隣席に座っている常連のナイスバディな御仁からオススメしてもらった、厚揚げ豆腐をファーストオーダー。

ビールを待っている間に、ナイスバディさんとの共通の話題を探るべく趣味を聞き出すという、あまりに不器用なジャブを繰り出すと、「うーん、やっぱり食べ飲み系ですかねぇ」という、クリーンヒットが返ってきて、私は泡を噴きながら笑顔で倒れました。

ナイスバディいわく「食べ飲みっていっても、仲間内でちょっと詳しいくらいですよ! すごい人は本当にすごいですからね……。オススメの居酒屋ベスト3とか聞かれると悩んじゃいますもん。そもそも居酒屋っていうのは、ある一定の条件を満たしていないと云々……」

おっ、いい感じに面倒くさそうです。居酒屋の基準について熱く語るナイスバディを横目に、焼きたて揚げたての食べ物が到着しました。

 

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そんな181センチ、110キロのナイスバディことつっこさんとまずは乾杯。さっそく企画の趣旨を説明し、記念すべき一人目の秘密打ち明け人になってもらうことに。

 

彼女のマンションのドアをそっと開けたら、見覚えのある○○が……

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記念すべき最初の話し相手は、つっこさん!

 

――つっこさん、秘密ってありますか。

つっこさん(以下、つっこ):終業後、上司より先に帰るときがあるんだけど、別に何も言わなくてもいいのに、つい「荷物届くからお先に失礼します!」とか言っちゃうんだよね……。

――(わあ、そこそこどうでもいいよう!)意外と自分ではなんでもないと思っていることが、とんでもない秘密だったりして……。

つっこ:あ、そういえば、新卒で今の会社に入ってから2年半くらい同期の女の子と付き合ってたんだけど、別れてしばらく経って、元カノも会社辞めたし、もうこの話も時効だろうってことで、仲がいいひとくらいには打ち明けようと思ったんだけど、なんとなく機会がなくて……。

――えっ、じゃあ誰も知らないんですか。

つっこ:そうだね。話していいかなって時には同期もみんな辞めちゃってたし。

――意に反して、秘め事のままだったわけですね。

つっこ:彼女の住んでるマンションが会社から近くてね、仕事帰りにそのまま泊まりに行ったりしてたよ。

 

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――就活すらしないまま大学卒業して、人生に一度の新卒を棒に振ったばかりの私には、過激なエピソードです。

つっこ:それで、彼女と付き合い初めて2年くらい経った頃だったかな。入社当時から尊敬してた先輩がいて。その人、わりとオシャレにも気を遣うタイプだったんで「センパイ、カッコいい靴履いてるなぁ」とか思ってたわけ。

――展開的に、いやな予感が。

つっこ:で、ある日、いつものように彼女のマンションに寄ろうかなと思って。そこってオートロックだったから普段はインターホン鳴らして空けてもらうんだけど、そのときはたまたま他の住人と一緒にエントランスから入れて、彼女の部屋の前まで来たの。そしたら鍵も開いてたんだよね、なぜか。で、チャイム鳴らさずドアをそっと開けてみたら……。

――なんか、ホラーっぽい。

つっこ:玄関に男モノの靴があったという。見覚えのある、カッコイイ靴が。

――ああ……。

つっこ:しかも、先輩の奥さん妊娠中だったんだよね。尊敬してたんだけどなあ。

――うう……。

つっこ:次の日、彼女の家に行ったら、灰皿に煙草があってさ。その先輩が吸っていた銘柄だったんだよね。

――そういうのって、真っ先に見つけちゃうもんなんですよね。

つっこ:彼女も適当な嘘つけばいいのに、しどろもどろになってて。でも俺さあ、もう12、3年経ったから言えるけど、彼女のこと、本気で好きだったんだよね。

 

私は押し黙ったまま、彼のヘビーな秘密をハイボールで流し込みました。
地下アイドルとはいえ、腐ってもアイドルなので、基本的に男性と交際することは叶わない(あるいは隠さなければならない)立場にあるのですが、同業でも隠し切れない女の子っていて、そういう子たちは早々に寿退職していくんです。
新卒だから気を遣って彼女との関係を秘密にしていたつっこさんは、靴を隠せない先輩や、鍵をかけず吸殻を捨てなかった彼女のような大胆な人たちとは正反対の、とっても繊細な心の持ち主なのでしょう。

 

親には絶対言えない、旅先での出来事

と、そこで。なぜか私でも彼でもなく、隣席の女の子が泣き出しました。よ、酔っ払っている……!?

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女の子の傍らで、十数年越しの秘密を明かしてくれたつっこさんは、満足げにシメの焼きおにぎりと鳥スープを口に運びはじめています。

 

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女の子の名前は「ゆっちゃん」。近辺のカフェなんかで歌を歌っているそうです。つっこさんに触発されて、「もしかして、私の秘密もどうでもよくないのかな……」と深刻な表情で打ち明け始めました。

 

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ゆっちゃんともカンパイ!

 

数十分にわたるゆっちゃんの話を要約すると、過保護な両親に愛されまくって育った彼女は、20代半ばに差し掛かった頃、ネパールへのひとり旅を決意。
生まれて初めての単身海外旅行を心配する両親を振り切り、動揺ししながらも現地へ着くと、30分も経たないうちにフリーガイドを名乗る男に声をかけられ、同行するハメに。
洞窟みたいな酒場で見るからにヤバそうなどぶろくを飲まされたのですが、酔っ払うこともなく、主要の観光スポットはすべて巡ることができ、さらにすべて奢ってもらった。

ここから先に、悲劇が待ち構えているかと思いきや、何の被害にも遭わず、無事に帰国したゆっちゃん。普通なら話のタネのひとつにもなりそうなものですが、なかなか明かすこともできず今に至っているのだそう。

 

ゆっちゃん:親には……一生、話せない!

 

20代の女はアジア圏を旅する宿命なのか、私も20歳になってすぐに思い立ってタイへ行きました。国内からネット予約したホテルが架空のホテルで、初日から寝泊りする場所をなくし、仕方なく野宿したら野犬が隣で寝ていたということがありました。タイって野犬がうようよしていて、どの犬も大きく凶暴で、なのになぜか人々に可愛がられています。
その時はなんとも思わなかったのですが、SNSに書いたら危ない危ないと言われて、後になってようやく危険だったことを理解しました。野犬と比べたら、英語も多少通じるフリーガイドの方が、もしかしたら安心かもしれません。

親思いのゆっちゃんが打ち明けてくれたほんわかエピソードに心を緩ませた私は、ホッピーの「中」をいつおかわりしようか考えていました。いつの間にか、ゆっちゃんも焼き鳥に夢中になっていました。

 

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泣いて、笑って、食べて、飲んで、喋った秘密も明日には忘れて。酒場って本当に、面白いですね。

 

今夜のお店

焼鳥Shin

住所:東京都世田谷区北沢2-9-3 三久ビル1F
電話番号:03-6804-9809
営業時間:17:00~(日曜日定休)

 

【今夜の一品】通称「つっこ盛り」600円

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つっこさんの好物を盛り合わせた、マカロニとポテトサラダのプレート。きっとナイスバディの源。

 

写真:沼田 学

 

書いた人:姫乃たま

姫乃たま

1993年2月12日、下北沢生まれ、エロ本育ち。16才よりフリーランスで地下アイドル活動を始め、ライブイベントへの出演を軸足に置きながら、文筆業も営む。そのほか司会、DJとしても活動。フルアルバムに『僕とジョルジュ』があり、著書に『潜行~地下アイドルの人に言えない生活』(サイゾー社)があ る。

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