「家の食材使い切れない問題」の解決法を『賢い冷蔵庫』著者に聞いてきた

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最近、料理に関してひとつアップデートすることができた。

それは、「ホウレン草はゆでたあと冷蔵庫で保存するとき、ギュッとしぼらない」ということ。

 

ずーっと私は、ギュウギュウにしぼっていた。それこそもう、親のかたきのように。水気が多いと傷みやすいと思っていたから。

 

それは違うよ、と教えてくれたのは料理研究家の瀬尾幸子(せおゆきこ)さんだった。

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f:id:Meshi2_IB:20191120174658p:plain瀬尾さん(以下敬称略):ぎゅうぎゅうしぼらないほうが長持ちするんです。そして食感も悪くなる。ホウレン草って葉のぬめり感がおいしいのに、きつくしぼるとそれがなくなっちゃう。保存するときは、ゆるゆるしぼるんです。「生まれたての赤ちゃんの手を握るぐらい」の力加減で。ゆでたあと冷凍するなら、びしゃびしゃのままでいい。

 

──これって、青菜全般でそうなんですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20191120174658p:plain瀬尾:小松菜でも三つ葉でもそうです。しぼると葉の細胞が壊れて、食感が失われてしまう。そこから傷みやすくもなる。キュウリでもそう。私はキュウリって薄い輪切りにして使うことが多いんだけど、一度にまとめて3~4本スライサーで輪切りにしちゃうの。そしたら、塩ふってそのまま触らないで冷蔵庫で保存する。そうすると、長くて1週間はもちます。でもしぼっちゃうと、早くて次の日から傷みはじめる。そのことを発見してから、いろいろしぼらないで保存するようになって。

 

食材のロスをトラウマにしなくていい

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食材を使いきれなくて困っている人は、かなりいる。料理しようとあれこれ買ったはいいものの、使い切れずに悪くして、捨てたことが軽いトラウマになり、自炊から離れてしまう人も少なくない。

 

f:id:Meshi2_IB:20191120174658p:plain瀬尾:そーんなことでね、トラウマになってちゃいられませんよ(笑)。でもね、気持ちはわかる。私も「野菜の扱いが苦手」「買っても使いきれない」「傷んで捨ててしまうことが多いから、野菜を買わない」っていう声はよく聞くの。だから「いやいや、なんとかする方法あるよ!」って伝えられたらと。
昔は4~5人家族が多かったけど、今は1~3人が普通の時代。また家族がいても仕事などの都合で一緒にごはんを食べられない、食べる時間がずれている家庭も多いですよね。そうすると、たとえばホウレン草1束とか、豚肉1パックがなかなか使い切れない。少量パックだと割高になる。

 

──そこがジレンマ、という声はとても多いです。

 

f:id:Meshi2_IB:20191120174658p:plain瀬尾:で、たとえばお肉。買ってから2~3日は冷蔵庫にいて、4日目ぐらいに「そろそろ危なくなってきちゃったかも?」と緊急避難的に冷凍庫にしまわれるんですよ。でも、冷凍庫にしまったときのお肉の状態を、しまった人は覚えている。「あんまり気が乗らない状態の肉」なわけですよ。食べられなくはないけど、新鮮かというとそうでもない。だから冷凍庫からなかなか出てこなくなる。スーパーに行ったとき、「冷凍庫にお肉あるけど……新鮮なのがいいし」とまた買っちゃう。そして永久に(先の肉は)出てこない。冷凍庫が「プレごみ箱状態」になってるおうちは意外と多いんです。だから冷凍庫に入れないで、冷蔵で保存がきく方法、そして使いやすくなる方法を考えようって。

 

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その研究を一冊にまとめたのが、2019年9月に発売された『ラクするためのおいしい下ごしらえ 賢い冷蔵庫』(NHK出版)。

賢い冷蔵庫: ラクするためのおいしい下ごしらえ

賢い冷蔵庫: ラクするためのおいしい下ごしらえ

  • 作者: 瀬尾幸子
  • 出版社/メーカー: NHK出版
  • 発売日: 2019/09/05
  • メディア: 単行本
 

 

ニンジン、玉ねぎ、キャベツ、ニラ、セロリ、ピーマン、ゴーヤ、トマト、キュウリ、パクチー、ナス、カボチャ、キノコ、ホウレン草、大根、白菜、もやし、ひき肉……といった「ちょびちょび残りやすいいろんなもの」を、買ってきたら「まずこうしておくと、後々ラクだよ、使いやすいよ、使い切りやすいよー」と指南してくれる本なんである。

 

もやしはゆでずにレンチンして保存

本に書かれた方法のどれもがごく簡単なことで、実にありがたい。

先のホウレン草の「ゆでたらギュッとしぼらない」もそうなんだけど、例えば、もやし。

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f:id:Meshi2_IB:20191120174658p:plain瀬尾:もやしって成長するためのガスを自分で出してるんですけど、袋詰めされてるから、そのガスで次第にやられてしまう。だから、買ってきたらまず袋をちょっと開けておく。そうすると、袋を閉じて冷蔵庫に入れてるより2日ぐらいは長持ちします

 

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f:id:Meshi2_IB:20191120174658p:plain瀬尾:またはいっそ、レンチンしてしまう。ゆでるよりずっとおいしくもちます。冷蔵庫で1週間は大丈夫。ゆでると水っぽくなって、おいしくない。電子レンジでやれば味も抜けません。

 

──もやしを買ってきたら、レンチンできる容器に移してチンして、汁気を切って保存すればいいんですね?

 

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f:id:Meshi2_IB:20191120174658p:plain瀬尾:ダメダメ! もやしは汁ごと保存!! 汁がおいしいんです、もやしって。スープなどに加えるとよいだしになりますよ。それに、容器の中で加熱されているから、汁ももやしも滅菌されている。それをしぼったり、菜箸でさわったりしなければ変な菌はつかないわけ。だから傷みにくいんです。

 

「つくりおきはしない」が瀬尾流

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f:id:Meshi2_IB:20191120174658p:plain瀬尾:『賢い冷蔵庫』はね、下ごしらえの本なんです。あたし、つくりおきってしないんですよ。

 

──え、なぜですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20191120174658p:plain瀬尾:同じものを何日も食べたくないから。つくりおいたら冷蔵庫の中から声が聞こえてくるんですよ。「あんたが作ったのに! もうすぐおいしくなくなっちゃうわよ。どうしてくれるの、食べないの? 食べないの!?」ってあたしを責めてくるわけ。でも「きょうは、あなたの気持ちじゃないの、他のものが食べたいの!」ってなってしまう。だから、つくりおかない。

 

──なるほど。とにかく、「料理の小むずかしさをなるべく排そう」という配慮があちこちに感じられる本で、ありがたかったです。

 

f:id:Meshi2_IB:20191120174658p:plain瀬尾:そう思ってもらえるよう、頑張ったんだもの(笑)。

 

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たとえば本著におけるニンジンの保存法は「せん切りしてレンチン」だが、この切り方に「太めのせん切り」とあるのが、うれしい。太めに切るのは「ある程度の食べごたえを残すため」と説明されるが、ともかくも「細くきれいに切らなくていいよっ」と言われているようで、何につけても面倒くさがりの私には、うれしいのだ。

 

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この本には、料理ビギナーから、けっこう料理に慣れてる人まで、幅広く「そうだったのかー」「それでいいのか!」と思えるポイントがある。思い込んでたこと、アップデートしてなかったあれこれに気づかされる。料理に関して「上書き」されるの、ちょっとした快感だった。

 

余りがちなひき肉はいっそ炒めて保存

瀬尾さんは、本に紹介した方法を実践してもらえれば「冷蔵庫にあるものでいいよね?」が少しずつ豊かになる、とおっしゃった。

 

──「ひき肉は炒めてから保存」というのも、目からウロコのひとつでした。

 

f:id:Meshi2_IB:20191120174658p:plain瀬尾:ひき肉は冷凍してあるものを解凍して売っていることもあるから、再冷凍しないほうがいいんです。劣化しやすいんですよ。だから炒めて保存。炒めておけば「肉のだしの素」になります。味噌汁に入れると、すごく食べごたえが出る。

ひき肉って余りがちなんですよ。たとえば50gほど余っちゃって、他の料理を作るときに「入れちゃえ」なんてしますよね。例えばレシピに「200g」とあるところを、余ってる50gも足してしまう。そうすると、意外に味が変わってしまうこと、よくあるんです。

 

──だったら、炒めておいて、別のときに汁ものにでも足してしまおう、ということなんですね。

 

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瀬尾さんの提唱のひとつに「ひき肉を味噌汁に入れたっていい」というのがあって、これもけっこうな驚きだった。そんな発想なかったなあ……。やってみたら、実にいい。小さなひき肉の塊をスプーンで取って、根菜を煮ているところに入れていく。

鶏ごぼうがおいしいんだから、鶏ひき肉とごぼうも相性いいはず。そこに、あまり野菜でも足して味噌汁にしてもうまいだろうな……と思い作ってみれば、家人に大好評だった。そして我ながら、うまいぞ。

 

うん、なんか、どんどん自由になれている。

 

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さて、インタビューもひと段落。「本の中で紹介してるもの、実際に食べていって」と、瀬尾さんがみずから作ってくださった。

 

最初に登場したのは、タルタルソースの瀬尾さん的進化系。

 

タルタルは美味しすぎるから「玉ねぎマヨ」で

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f:id:Meshi2_IB:20191120174658p:plain瀬尾:タルタルソースって、おいしすぎるじゃありませんか。玉子が入ってて、ピクルスとか、いろんなものが入ってて。あいつ、おいしすぎるがゆえにね、何にかけてもタルタルソース味になっちゃうんですよ。

 

──わ、わかります!

 

f:id:Meshi2_IB:20191120174658p:plain瀬尾:タルタルソースって女王様で、「かけたものは私の言うことをお聞き」みたいになっちゃう。たとえばカキフライだったら、カキの味が食べたいわけですよ。でもタルタルソース味になっちゃうんですよ、それが私は嫌なんですよ! だからまず玉子抜いて、ピクルスも要らないとなって。玉ねぎとマヨネーズしか残らなかったんです。究極のそぎ落とし。

 

「買ってきたフライにこれをかけるだけでも、自分の味になる」そして、ホッとするという瀬尾さん。今回は塩コショウだけで焼いたシャケにかけたのを出してくれた。ああ、パンにもごはんにも合う味だなあ……。ごはんなら醤油をちょっと、パンならソースをちょっと、たらしたくもなる。

 

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f:id:Meshi2_IB:20191120174658p:plain瀬尾:そうそう、この玉ねぎマヨネーズは醤油やソースとのWがけでもしつこくならないの。カキフライと合わせてみてください。玉ねぎマヨだけのと、ソースとのWと。どっちも楽しめるでしょう? さらにはこれ、玉ねぎマヨネーズだけをごはんにかけてもおいしいんですよ……禁断の味ですけどね(笑)。

 

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そう聞いて、さっそく家で試してみた。あまってたから揚げも一緒にのせてしまった。

 

ああ、やばいなあ……14歳に戻ったかのように食べてしまう。あったかいごはんと冷たいマヨとシャリシャリした玉ねぎの食感、この組み合わせのなんとも幸せなこと! から揚げとの相性もそりゃ抜群で、こまっちゃうな。こまっちゃったよ。

 

その後いろいろ試して、焼いた厚揚げやシイタケ、温野菜、シュウマイ、ゆでブロッコリーやゆでささみなどにも玉ねぎマヨネーズは絶妙に合った。ちょっと背徳的だけど、どんどんつけずにはおれない。ときに七味なんかもかけちゃうと、これまたおいしい。

 

痛みやすいニラは醤油につけて万能ダレに

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f:id:Meshi2_IB:20191120174658p:plain瀬尾:ニラって傷みやすいんですよ。袋に入れたままだと蒸れて、すぐ悪くなる。刻んで醤油と水少々に合わせて漬けるだけで、保存性も使い勝手もよくなるんです。題して、ニラ醤油。

 

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一例として、ブリのお刺身にかけたものを用意してくださった。食べてみれば……おや、もっとニオイがきついかと思いきや、全然そんなことはない。

 

f:id:Meshi2_IB:20191120174658p:plain瀬尾:ニラ特有の香りや風味はあるんだけど、食べやすいでしょう。根元が甘くておいしいから、まるごと刻んで加えてください。豆腐にかけるだけでもいいし、油と合わせてドレッシングにしてもいいし。

 

お刺身に和えるの、サラダ感覚で楽しめる。カイワレやトマトを足してもよさそうだ。オリーブオイルなりゴマ油なりちょっと足してもいいだろうなあ。想像は広がる。そうそう、本の中で紹介されていたニラ醤油を使った焼きそばも試してみよう。

 

おうちで食べるべきは「名前のない料理」

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f:id:Meshi2_IB:20191120174658p:plain瀬尾:とにかくね、「おうちで食べる」ってことが大事で。私も含めてですけど、みんなくたびれてません? 休まる場所って家しかないんです。そして、休まる方法は3つしかないんですよ、「寝る、風呂、メシ」の3つ。そのうちの1つ、「メシを食う」が疲れるものではいけないと思うわけ。

レストランの料理をお手本にしている人が多いと思う。でも、お店で出す料理って「お金をいただく料理」じゃないですか。だから、何かしら特別なことをしていないと、お金いただけないですよね。だけど、その「特別なこと」を家でやってしまうと、なんか「休まらないおかず」になっちゃうんですよ。特別な料理は楽しみのもの、イベント性のあるもの。ヘトヘトのときに食べたい感じの料理じゃないんですね。

 

──ヘトヘトのときの食べ物とは……。

 

f:id:Meshi2_IB:20191120174658p:plain瀬尾:ささいなもの。名前があるんだかないんだか、分からないような。なんとかの煮たのとか、なんとかの焼いたのとか。でも「そういうのじゃ、いけない」と思い込んでいる人が多い。それにうまくできなくたって、誰かに「不合格!」って言われるわけじゃない。自分がよければいいんですよ、料理って「正解」はないから。自分がおいしければ、自分がよければ、いいんですよね。

 

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逆に言えば、自分がよければそれが「正解」なんですよね。そして自分が見つけた「正解」を、おいしい、うれしいと喜んでくれる人が「価値観を共有できる人」なんだよな。

というわけで、きょうも私は私なりの料理を作って、食べていこう。瀬尾さん流の「ギュッとしぼらない」ホウレン草と、レンチンニンジンを合わせてナムルに。うん、うまい。人が食べたらどうか分からないけど、私にとってはそれなりにおいしいから、それでいいのだ。

 

 

企画・文・撮影:白央篤司(はくおう あつし)

白央篤司

「暮らしと食」、郷土料理やローカルフードがメインテーマのフードライター。CREA WEB、Hot Pepper、サイゾーウーマン、hitotemaなどで連載中。主な著書に『にっぽんのおにぎり』『ジャパめし』『自炊力』『たまごかけご飯だって、立派な自炊です。』など。家では炊事全般と土日の洗濯、猫2匹の世話を担当。

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