近年、ビジネスホテルの朝メシがすごいことになっている──。
そう気づいたのは、この本に出会ってから。
タイトルは『ビジホの朝メシを語れるほど食べてみた』。そう、ビジホの朝メシが今や「語れるほど」豪華になっているというのだ。ほんまかいな!?
そこで「メシ通」では、著者のカベルナリア吉田氏にインタビューしてみることに。達人が語る、朝メシ視点のビジホ選びとは。
- 話す人:カベルナリア吉田さん
- 知らないうちにビジホの朝メシが進化を遂げていた
- 【北海道】バラエティ豊かな「ゆうばりホテル シューパロ」
- 【東北・関東】北の幸がおいしい「石巻グランドホテル」
- 【近畿】朝カレーが抜群な「ホテル&レンタカー660」
- 【中国・四国】気の利いた小皿が魅力の「ホテルトレンド岩国」
- 【九州エリア】2大すごいビジホ、長崎と博多
- 【沖縄】レジェンド級の「デイゴホテル」
- 5大チェーンそれぞれのキャラは?
- 朝食会場は日本社会の縮図
- 取り過ぎ注意! 奥にはカレーが控えている
知らないうちにビジホの朝メシが進化を遂げていた
──カベルナリア吉田さんがビジホの朝食に注目し始めたのは、いつからなんでしょう。
カベルナリア吉田氏(以下、敬称略):最初は雑誌媒体の出張取材で、そこそこのシティホテルに泊まっていたんです。朝食専用の立派なレストラン会場があって、専属シェフがいてオムレツ焼いてるみたいな。まぁ、バイキングの内容もそこそこ豪華でした。それがある時期、10年くらい前かな、編集者から「予算の関係もありまして今回から東横インになります」と言われて。
──当然、朝メシの内容も違ったでしょうね。
吉田:そりゃもう本当にカルチャーショックを受けました。なにせ「えっ、これロビーじゃないの?」みたいな会場だし、当時は食事内容もおにぎりとゆで卵、味噌汁だけで、選択の余地はなし。これがビジホの現実か……と愕然としたものです。
──確かに、ひと昔前まではそういうイメージがありました。
吉田:あまりのギャップに当初は「こんなの食えるか!」って、あえてホテルの外に出て牛丼チェーンや喫茶店のモーニングなんかで朝食を済ませていたんですが、あるとき、東横インの朝食内容が充実し始めていることに気づいたんですよ。しかも、明らかにチェーンごとの傾向や個性があるし。こりゃ面白いことになってるな……と思って記録し始めたのが今から3年ほど前です。
▲カベルナリア吉田さんがビジホに宿泊するたびに記録している「朝メシノート」
──競争の原理が働いた?
吉田:それもあるでしょう。東横インだけじゃなく、同業他社のいろんなビジホチェーンの朝食がどんどんグレードアップしてきたので。ついこないだまで、おにぎりと味噌汁だけだったのが、いろんなおかずが増えて、挙げ句にはタケノコご飯とかちらし寿司まで出てくるようになったり。ルートインやドーミーインといった有名ビジホチェーンは今、朝メシが充実していてリーズナブルな料金で泊まれるのでかなりお得ですよ。
▲これまで泊まったホテルはのべ120軒以上。バイキングのメニューから、味、 サービス、その他気づいたことなどをつぶさに記録している
【北海道】バラエティ豊かな「ゆうばりホテル シューパロ」
それでは、吉田氏にこれまで泊まった中で朝食バイキングが印象的だったビジホを地域別に挙げてもらうことにしよう。まずは北海道から。
吉田:夕張市にある「ゆうばりホテル シューパロ」ですかね。ここはとにかくオカズの種類がべらぼうに多いんです。サーモンやマグロ、イカ、タコの刺身やトビッコ、あとポテトなんかのいかにも北海道っぽい食材から、オーソドックスなものまで揃っています。ただ、私が泊まっていたときは毎朝バイキングというわけじゃなくて、客が多ければという条件付きだったかと思います。
▲ゆうばりホテル シューパロの、ある日の朝食より。吉田氏は毎回ほぼすべてのアイテムを食べるようにしているという。※朝食の内容は日によって変わります
──確かにバラエティ豊か! お皿は「いろんな種類食べてくれ」とでも言いたげなタイプを採用していますね。
吉田:ここは道民のソウルドリンク的な「ソフトカツゲン」も提供されていました。そこも高ポイントですね。
──ご当地でしか味わえないものがあるとやっぱりうれしいですね。
吉田:ええ。夕張ってどうしても「経済破綻した街」というイメージを持たれがちなんですが、朝食がめちゃくちゃ素晴らしかったです。最近、札幌のホテルが満杯のことが多いので、拠点をこっちにしてみるのもいいんじゃないですか。札幌までバスでも1時間半くらいだし。
──なるほど。
吉田:他には、根室市にある「ビジネスホテル 三洋館」は花咲ガニの味噌汁が出たりして、印象深いですね。パン派なら滝川市の「ホテルスエヒロ」。地元産の小麦で焼いたロールパンの味が今でも忘れられません。
【東北・関東】北の幸がおいしい「石巻グランドホテル」
吉田:東北では「石巻グランドホテル」でしょうか。ここはビジホというにはおこがましいほどグレードの高いホテルなんですが、料金もわりかし手頃だし、広くてきれいなレストランを朝食会場に使っていて、ごはんの内容も素晴らしい。
──やはり目玉は北の幸?
吉田:まさに。米は宮城県産のひとめぼれを使っていて、それがふっくらして本当に美味しいんです。あと、その日はイクラとかタラコなどの海産物が豊富だったので、白飯に乗っけて即席の海鮮丼みたいにして食べていました。石巻は良い飲み屋さんがいっぱいあって夜が楽しいので、震災復興の応援も込めてぜひ訪れてほしいですね。
──関東の宿でここぞというホテルがあれば。
吉田:茨城県水戸市の「水戸リバーサイドホテル」は、会場にホットプレートが置かれていて、自分で目玉焼きが焼けるのがユニークでしたね。今でもやっているかどうかは分かりませんが。
【近畿】朝カレーが抜群な「ホテル&レンタカー660」
吉田:和歌山県の那智勝浦町に「ホテル&レンタカー660」というビジネスホテルがあって、レンタカー店がついでにやっているのかな? って思って朝食はあまりに期待しないでいたら、豪華でびっくりしました。特に「朝カレー」ファンにはたまらない内容ですよ、ここ。
※朝食の内容は日によって変わります
──普段は朝からカレーなんか食べないのに、どういうわけかビジホに来るとつい盛っちゃいたくなりますよね。
吉田:「朝カレー」を導入しているビジホは結構あるんです。やっぱり食べ応えもあるし、一気に豪華な感じが出ますしね。中でも、ここのカレーは専門店としてもやっていけそうなくらい美味しかったです。
【中国・四国】気の利いた小皿が魅力の「ホテルトレンド岩国」
吉田:朝食のバイキングで、小皿ごと取っていく形式のところってあるじゃないですか。この「ホテルトレンド岩国」は、その中でもトップクラスの充実度なんじゃないかな。小皿はどれも全部ラップがかけてあって、私みたいに全種類取ってくるお客はなかなかいないけど(笑)、どれも気が利いていておいしいんです。
※朝食の内容は日によって変わります
──よく見たら、豚の生姜焼きまで!
吉田:それもポイント高かったです。いろんなビジホに泊まってるけど、朝から生姜焼き出てくるところなんてなかなかないので。
──岩国ではもうひとつオススメがあるそうですね。
吉田:山口県岩国市って米軍基地があるせいか、アメリカ人のお客さんが結構利用するんですよ。その点「岩国プラザホテル」はパン食が充実していて朝から洋食も悪くないなって思わせる内容でした。
──四国地方はどうでしょう?
吉田:「東横イン松山一番町」は、じゃこ天が出ましたね。四国って全体的にもてなし上手で、サービスもいいんです。名産のかつおを使った「かつおめし」(お茶漬けのような漁師めし)を出すホテルもあったりして、なかなかご当地色が強い地域です。
【九州エリア】2大すごいビジホ、長崎と博多
吉田:九州には、2大すごいビジホというのがあって、まずひとつ目は「東横イン佐世保駅前」。朝食の内容は毎回違うんだけど、皿うどんはほぼ必ず出ると言ってもいい。
──長崎にやって来た、と思えば朝から皿うどんも余裕でイケますね。
吉田:すごく美味しいのでペロっていけちゃいますよ。あと、春は筍ごはん、冬は根菜カレーとか、季節感を大事にしているイメージもありますね。中には、豚の角煮ちらし寿司とか見たことないメニューもあったなぁ。ネット上でもここの朝食は評判いいですね。
※朝食の内容は日によって変わります
吉田:もうひとつのすごいビジホは、「スカイハートホテル博多(旧ホテルスカイコート博多)」。朝食バイキング自体も充実しているんですが、朝からアサヒスーパードライの中瓶を用意しているっていう。もちろん追加料金が必要なんですけど、朝から飲んだら最後、仕事できないじゃないですか(笑)。
【沖縄】レジェンド級の「デイゴホテル」
吉田:沖縄は自分の専門分野でもあるので、いろいろと語れるのですが、ひとつ挙げろと言われれば沖縄市の「デイゴホテル」かな。あそこはもう伝説クラスですよ。
──沖縄市といえば、かつて「コザ」と呼ばれた基地の町がありますよね。
吉田:そう、まさにアメリカ人向けの宿として続いてきた歴史がありますね。自分の場合、連泊するとしたらまず最初の朝は和朝食にします。ボリューム感あって、手作りの味わいなので、最高にうまい。で次の朝は必ずフレンチトースト。これも満腹を保証してくれるサイズで、味も本場っぽいんです。アメリカ人の腹を満たしてきたんだなぁと思わせる内容ですね。
※朝食の内容は日によって変わります
──個人的に朝はパン派なので泊まってみたくなりました。
吉田:トーストと卵料理のセットは、目玉焼き、スクランブルエッグ、オムレツの中から選べて、サラダ用ドレッシング、ケチャップ、トースト用のケーキシロップとかバターとかハチミツなんかが目の前にドドーンと置かれて、アメリカ映画そのまんまの気分に浸れますよ。まぁ、沖縄は土地柄、全体的にパンがおすすめですね。
5大チェーンそれぞれのキャラは?
ここで、カベルナリア吉田氏に、ビジホの5大チェーンについてそれぞれ語ってもらった。
【東横イン】
吉田:かつては「おにぎりホテル」と呼ばれるくらい、シンプルな朝食だったんですが、それも昔の話。現在は店舗ごとの個性や土地の名産を活かした朝食で、一大チェーンになりました。逆に、どんなにメニューのバラエティ化が進んでも、基本の「おにぎり」は残して欲しいですね。
【スーパーホテル】
吉田:チェーン系の中では本当にすごくキレイで清掃が行き届いています。朝食は6分割の白いお皿が使いやすいんで気に入ってます。
【ルートインホテルズ】
吉田:ルートインといえば海苔。海苔がオリジナルなんですよ、ここは。あと「芋餅」といって、練り込んだ芋を揚げた料理がどこの朝食でも見かけますね。朝飯は総じて豪華で、どこの店舗も満足度が高いです。
【ドーミーイン】
吉田:天然温泉を引いている店舗も多く、ゴージャス系ビジホの代表格ですね。ただ最近は競争率が高くて、なかなか取れなくなっている印象です。
【アパホテル】
吉田:アパホテルといえばカレーじゃないでしょうか。おいしいので、朝食はやっぱりカレーを楽しみにしちゃいますね。
朝食会場は日本社会の縮図
──カベルナリア吉田さんは著書の中で、ビジホの朝食会場は日本社会の縮図のようでもあると記されていますよね。朝ごはん自体もさることながら、マンウォッチングもめちゃくちゃユニークだと感じました。
吉田:いろんなビジホを泊まり歩いて気づいた法則があって、それは「朝早い人は和食派が多くて、遅い時間に会場に来る人はパン派が多い」ということなんです。なぜなのか、よくわからないけど、確実にその傾向があるなと。
──へぇー、そんな法則が。
吉田:私自身は朝早起きだし、他人が(料理を)散々いじくりまわした後はちょっと嫌なのでなるべく早めに会場へ行ってます。自宅ではパン派だけど、外では米を食べたいので和食ですし。
──なんとなく、理解できます。
吉田:あと、行列が出来ていく過程もおもしろくて。たとえば、朝食は朝7時からとするじゃないですか。6時50分に行くと、すでに待っているお客さんが結構いたりするけど、各々のポジショニングはあやふやだったりする。だけど、7時になって誰かが先頭に立った瞬間、みるみる行列ができるんですよ。やっぱり、先頭に並んで目立つのは恥ずかしいけど、 大きな流れには乗り遅れたくないっていう。日本社会の縮図を見るような思いで観察しています。
※写真はイメージです
──朝食というより、人間のバイキング状態。
吉田:すでにスーツ姿でバッチリ決めて戦場に向かう勢いでメシをかっこむサラリーマンもいれば、備え付けの浴衣で来ちゃうおじさんもいるし、食べてる最中はスマホしか見ていない若者もいる。で、そこにインバウンド系の外国人軍団が大量になだれこんで、昼飯用に食べ物をビニールにガバガバ入れたり、「なぜベジタブルミールがないんだ?」と大声でわめきちらしたり……。
──その混沌ぶりが確かに日本の縮図!
取り過ぎ注意! 奥にはカレーが控えている
──朝食バイキングだけに適用される独自のマナーやルールってありますよね。
吉田:ええ。たとえば、サラダを盛った後、次のソーセージあたりで「あ、野菜にドレッシングかけるの忘れてた!」っていう場合があるじゃないですか。そのとき、ちょっと戻って割って入るべきか、あるいは列に並び直すべきか。まぁ、ドレッシングとか福神漬けくらいなら列に食い込んでもいいのでは? とか。
──(笑)身に覚えがありまくりです。ところで、カベルナリア吉田さんにとって理想のビジホの朝食バイキングってどんなものなんでしょう。
吉田:和風旅館なんかと比べると、ビジネスホテルってどことなく無機質なイメージがあるけど、従業員の方々が「おはようございます。私がたちが作った朝食をご提供させていただきます」みたいにあいさつをされたりとか、精一杯のホスピタリティを感じることも多いんです。早朝からの重労働なのでこちらは頭が上がらない気持ちになるんですが、メニューだけじゃなくそういう部分を少しでも感じられたらいいですね。
※写真はイメージです
──では最後に達人流の「朝食バイキングを楽しむコツ」があれば教えてください。
吉田:パッと思い浮かぶのはこんな感じでしょうか。
- 会場のオープン直後は先頭には並ばず、7番目くらいで全体を俯瞰できる位置につける。
- あらかじめ、自分の好みに合った席を確保しておく。食べ物に近い席はなにかと便利だが騒がしくて落ち着かない。遠い席だと静かではあるが、食べ物やおかわりを取りに行くのが面倒くさい。
- カレーが奥に控えている場合を考慮して先に量を取り過ぎず各おかずはひとつかみずつ。
- 早い時間に来ればいいってもんでもない。遅い時間にいきなり肉団子が出てくることもある。
- ホテルのスタッフさんに感謝しつつ、きれいに食べること。公共の場でもあるし、ホテル側のためでもある。
──なんだか無性にビジホの朝食バイキングが食べたくなりました。貴重なお話、どうもありがとうございました!
イラスト/萩原まお