“真っ暗すぎる喫茶店”カフェ鈴木で愉しむ、妖しく非日常なエスプレッソの香り

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怪しさ満点の真っ暗なカフェ

かれこれ10年以上前、喫茶店巡りが趣味の先輩から「真っ暗なカフェがある」という話を聞いたことがあった。当時はまだ、グルメサイトもSNSもなかった頃。店名はおろか最寄駅も聞いておらず、まったく調べる手だてがなくて、記憶の底に沈みかけていたこの話が、あるときふとよみがえった。

あのとき聞いた「真っ暗なカフェ」って、どこにあるんだろう? ところが、今はいい時代ですね。「店内 暗い 喫茶店」と入力し、検索すると、こんなお店が見つかったのです。

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本日紹介する「カフェ鈴木」です。え、どこにお店があるの? という感じですよね。もっと近づいて見てみましょう。

 

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さらに近づいてみます。

 

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そう、これが、

 

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今回ご紹介する「カフェ鈴木」の入口なのです!

 

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ちゃんと「鈴木」と書いてあって、

 

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インターホンもあります。が、入っていいんでしょうか? なんだか、会員制のバーや隠れ家的な料理店みたいです!

 

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ここを、開ければいいのかな?

 

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コレ、戸を開けてないように見えるかもしれませんが、開いているんです。暗すぎて、中が見えないだけなのです。

 

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その証拠に、グッと明るくして撮ると、店内の闇の中に、椅子とテーブルが浮かび上がってきます。

 

さて、さっそく店内へと足を踏み入れてみましょう。

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……こんにちは〜。

 

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あっ!!!!

 

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お店の奥に、黄金のマシンが鎮座し、そのお隣に男性の姿が。

 

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この方が、マスターの鈴木直治さんです。今回は、この暗さをお伝えするために、実際に感じた暗さのまま、レポートさせていただきます。

 

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見ての通り、店内にはほとんど照明がなく、手元のランプでかすかにコーヒーが照らされるだけ。店員さんの顔も、あまりよく見えませんし、向かいのお客さんの顔も、よくわかりません。それほど暗いのです。暗めのバーの2倍くらい暗い、と言えば伝わるでしょうか?

 

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ところが、戸を開けて再び外に出れば、目の前にはのどかな公園が広がっている……。

 

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この非日常感こそが、マスターがこのお店をこんなにも暗くした理由なのだそうです。

「日本の美しさは、陰影にあると思うんですよ。それに、ここにいったん入ったら、別世界になってしまうような空間を作りたかった」(鈴木マスター)

カッコいいマシンにはスポットライトの光が落とされ、重厚な雰囲気を醸し出しています。そして、マスターの影が静かにゆらめきます。確かにカフェに来たはずなのですが、なにかまったく別の世界に足を踏み入れてしまったような、非現実的な気持ちにさせられます。時間や、季節も忘れてしまう。この店舗デザインを担当したのは、ペニンシュラ東京などのデザインで知られる橋本夕紀夫氏だそうです。

 

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これは、お店の奥から、今入ってきた入口方面を眺めたところ。右奥に縦にうっすら見える青い光線は、戸からかすかに漏れ入る外の光です。奥に点々と光っているのは……。

 

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巨大な珈琲の焙煎機。会社のコピー機2〜3台分くらいの大きさで、緑とオレンジの数字が点灯し、静かに音を立てています。

 

こちらのお店では、自家焙煎のエスプレッソが評判です。エスプレッソは、家庭用のエスプレッソマシンが普及してきたこともあり、徐々に身近になりつつはありますが、日常的にエスプレッソを楽しんでいるという人は、日本ではまだ少数派。というわけで、エスプレッソに魅せられたマスターに、エスプレッソの魅力をお聞きしつつ、同店でも特に評価の高い「エスプレッソ・ゼリー」を注文しました。

 

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「美大に通っていたのですが、その頃にヨーロッパに行っていた時期があって、その頃にエスプレッソのおいしさに目覚めました。エスプレッソはコーヒーのエキスだけ取り出すんですよ。ドリップコーヒーは、豆の油分が生み出すコクなんかも加わってくるんですが、エスプレッソは特にその香りが命」(鈴木マスター)

 

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エスプレッソ・ゼリーを用意するマスターの手元には、美しいカップやソーサーが並びます。これらは、学生時代からコツコツ集めつづけてきたマスターのコレクションでもあります。

 

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このエスプレッソマシンは、イタリアのベゼラ社で作られている「イーグル」というモデル。現在作られているすべてのエスプレッソマシンの元祖が、このベゼラ社のものなのだそうです。

「この店を出す前から20年以上付き合っている、相棒みたいなものです」(鈴木マスター)

 

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マシンの上部には、鷲のオブジェが輝いています。これがかっこよくて、思わずしばし見とれてしまいました。メカ好きの男性なら、本当に1時間でも見つめていられるはず。

 

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うっとり……!

 

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さらに、マシンの中央部には、謎のロゴマークが。

「これは、蛇が人形を食べているところを描いたもので、メディチ家の紋章なんですよ」(鈴木マスター)

そんな豆知識も教えていただき、まるで美術館で学芸員の方に案内してもらっているような気分にさせられます。

 

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そうこうしているうちに、エスプレッソ・ゼリーが完成に近づいてゆきます。

 

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シェイカーも、登場しました!

 

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そして、手元には、こんなステキなお冷やが。お茶の道具のお店で購入したグラスなのだそうです。金色のレースのようなラインと、ゆらめく炎にうっとりしながら、ゼリーを待ちます。

「現代は、あんまり火を見ることも少なくなっているじゃないですか。この暗さも含めて、とにかくこの扉をくぐったら別世界に入れるような店にしたかったんです」(鈴木マスター)

 

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エスプレッソ・ゼリーは、カップの中にバニラアイスなどを盛りつけ、その上に温かいエスプレッソゼリーの液体を注いで作ります。さきほどのシェイカーから、コーヒー液を注ぎ入れて、

 

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このように、底のほうにエスプレッソが満たされます。

 

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アイスで冷やされることにより、ゼリーが徐々に固まっていき、エスプレッソゼリー(800円)が完成。

 

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口に含むと、深い苦みと、華やかで、でもすっきりとキレのよい香りが口いっぱいに広がります。さらに、コーヒーの色に隠れて見えにくいのですが、底には粒あんも敷かれています。トッピングには、甘酸っぱいブルーベリージャムが少し。

あまりにも口に合ったので、感想を言うことも忘れ、大分食べ進んでから

「これ……すごくおいしいです!」とスタッフの女性に告げると、

「私もこれに感動して、働き始めたんですよ〜」とのお話が。

もともとコーヒーはかなり苦いものが好きなほうなのですが、そうでない人にも、エスプレッソの華やかな香りやクリアな味わいと、粒あんやバニラアイスの甘味をかけあわせたこの魅力は伝わるはず!

 

コーヒーはブラックで飲むべき、とか、ブラックじゃなきゃ蛇道と言っている人は何もわかっていないとか、とかくコーヒーは肩肘張って飲むものに分類されがちですが、コーヒーと意外なものとの組み合わせが楽しめるメニューが、「カフェ鈴木」にはたくさんあります。その中でも、それやりたい!! と強く思ったのが、「カフェ・コレット」というメニュー。

 

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「イタリアでは、労働者が朝出かける前に、グラッパという葡萄酒のようなものとエスプレッソをカッとあおって、出かけるんですよ」(鈴木マスター)

その慣習を、ラム酒とエスプレッソで再現したのが、このメニューなのだとか。

 

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▲カフェ・コレット(1,000円)

 

このグラスは、マイセンのものだそうです。手彫りのハリネズミがとてもキュート。手にずっしりと重い、重厚なグラスです。厳かな重みを感じながら、

 

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グイッといってみます。

 

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そして、エスプレッソもぐいっと。こちらはウェッジウッドのカップ&ソーサーです。豆はケニア、イタリアンローストのものを使っています。口の中にラムのとろんとした甘味が残っているところに、濃厚なエスプレッソの苦みが流れ込んでくるこの感じ、確かに不思議と労働意欲がかきたてられるものがあります。

 

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さらに、サービスのお菓子もついてきます。といってもサービスの域をはるかに超えていて、取材当日は桜をイメージしお花見団子を模した和菓子と、チーズケーキまでいただきました。このチーズケーキは新百合ケ丘の名店「リリエン ベルグ」のものだそうですが、本当に素晴らしく、ほろほろと崩れる食感、チーズの濃厚さと爽やかな酸味に虜になり、その後個人的に買いに行ってしまったほどです。

暗さを求めて訪れた「カフェ鈴木」でしたが、

 

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このように、かがまないと入れない、そもそも開けていいのかすらわからないハードルの高すぎる入口に始まり、

 

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この暗い、暗すぎる店内の魔力、

 

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ちょっとハードルの高いエスプレッソを、自由に楽しめるあしらい、

 

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現実を忘れさせるようなインテリアと、話すと意外にも気さくなマスター、

 

どこをとっても、「仕事じゃなくて、デートで来たかった……!」と思わせる要素ばかりなのです!

 

そのことをマスターに告げると、普段の客層もまさにそんな感じだそうでして、女性客や、2人で訪れる男女が大半で、コーヒーマニアとおぼしき男性の1人客よりもずっと多いのだそうです。

飲みに行くのだとばかり思っていたら、夜なのに「いいコーヒー屋さんがあるんだよ」と言われて、このお店に連れてきてもらったとしたら……その人への印象が2割ほど、時と場合によっては5割ほど増してしまってもおかしくありません。

 

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さあ、この戸を開けて、現実世界に戻ってゆきましょう……。

 

「コーヒーの味には、三つの段階があると思うんです。一つ目は、インテリアや食器を見て感じる、先の味。二つ目は、コーヒーを飲んで感じる味。そして、帰ってから思い出す余韻の味。この三つがあってはじめて、いいコーヒーになると思うんです」(鈴木マスター)

 

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マスターの話の余韻に浸りながらお店を出ると、スタッフの女性が、銅の戸をピカピカに磨き上げていました。こうして手が鏡のように写るほど、ツヤツヤなのです。

「これは、椿油で磨いているんですよ」

そんな、言われないと気づかないようなところまで、美しさを極めているなんて……。闇を求めてたどり付いたこのお店に、ずぶずぶとはまり込んでゆく予感、そしてこのお店に連れてきたい女友達の顔で、胸がいっぱいになってしまったのでした。

 

お店情報

自家焙煎珈琲専門店 カフェ鈴木

住所:神奈川県厚木市中町3-5-6 ロックヒルズ1F
電話:046-295-6280
営業時間:14:00〜24:00
定休日:火曜日

 

書いた人:増山かおり

増山かおり

1984年、青森県七戸町生まれ。東京都江東区で育ち、百貨店勤務を経てフリーライターに。『散歩の達人』(交通新聞社)にて『町中華探検隊がゆく!』連載中。『LDK』(晋遊舎)『ヴィレッジヴァンガードマガジン』などで執筆。著書に『JR中央線あるある』(TOブックス)、『高円寺エトアール物語~天狗ガールズ』(HOT WIRE GROOP)。

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