「コの字酒場」って知っていますか?
客席が店主をぐるりと囲む、コの字型カウンターのある大衆酒場のことを指します。
この「コの字酒場」に詳しく、関連著書もある文筆家の加藤ジャンプさんが、このほど漫画家の土山しげるさんと組み、集英社インターナショナルのホームページでウェブ連載していた漫画『今夜はコの字で』の単行本が発売され、話題です。
そこで原作者の加藤さんと実際に「コの字酒場」に行き、「コの字酒場」の魅力を聞いてきました!
そこには漫画で描かれた「コの字」空間が!
加藤ジャンプさんと一緒に訪れたのは『今夜はコの字で』に登場するお店のうち、東京都町田市にある「酒蔵 初孫」です。
ごらんの通り、ちゃんと漫画にも出ていますね。
©加藤ジャンプ・土山しげる/集英社インターナショナル
さっそくお店の中へ入ってみると……
わあ、これがコの字酒場なんですね。料理もずらりと並んでいて、壮観です。
そうですね。ここはカウンターの目の前に料理を並べるタイプのコの字酒場ですね。いろいろなタイプのコの字酒場があるんですよ。(加藤さん、以下同)
おお!
加藤さんの後ろを通り抜けて……
まずは、コの字を一周!
もう、なにからなにまで……
©加藤ジャンプ・土山しげる/集英社インターナショナル
漫画とまんま同じ!!!!
“酒場愛”で未体験の原作を手がける
開店5分前に店に入らせてもらったため、メシ通編集部の貸し切り状態です。
これが「コの字酒場」か~。
カウンターの形が厳密にコの形になっていない、いわば変形型でも、僕は「コの字酒場」と呼んでいます。定義は、三方をお客さんに囲まれていて、お客さん同士もお互いの顔が見える、というところでしょうか。
加藤さんの話をうかがいながらも、カウンターに目が釘付けになります。
新鮮で美味しそう! 油揚げが分厚い!
葉生姜の見せ方も大胆やな~。
肉もたんまりありますよ。ベーコンステーキ!
それでは、編集部も加藤さんの横に腰かけ、さっそく一杯目を。
さすが「コの字酒場」探検家。う~ん、良い顔されます!
そうこうするうちに、開店わずか10分でお客さんが次々と入ってきました。
それでは、ぐびぐび飲みながら、うかがいましょう。今回の漫画はそもそも、どういう企画で生まれたんですか?
僕が一緒に仕事をしていた『週刊プレイボーイ』(集英社)の編集者が、たまたま漫画家の土山先生も担当していたんです。ある日、その編集者に一言「コの字酒場に行きましょう」と誘われて。で、「コの字酒場」に行った先で「漫画にしません?」って言われました。
その編集者は、以前、加藤さんが「コの字酒場」の本を何冊も書かれていたことを知っていたんですよね?
はい。本を読んで、コレは漫画にできる! と考えてくれていたそうなんです。僕がその場で酔っ払いながら、でもモチロン頭はハッキリした状態で(笑)「いいじゃないですか~!」と答えたら、漫画化の話が進みました。
これまでのライター業で、漫画の原作って手がけたことあったんですか?
いや、まったく初めてです。シナリオを書くとなって、三十年ぶりに『出家とその弟子』(倉田百三)なんて読んだりして(笑)。とにかく酒場への愛をなんとか物語にしていった、ということですね。
原体験はなんとインドネシアの居酒屋!
お酒以外にも何か頼みましょうか。今日うかがっている「酒蔵 初孫」は、メニューも豊富です。
「コの字酒場」をされているお店は、基本、すごく丁寧に仕事をされています。あと、チェーン店ではなく個人のお店が多いので、ずっと変わらない定番メニューを出される一方で、新しいメニューにも取り組まれたりしていますね。
まずは、うどの酢味噌(400円)を頼みました。
どことなく食べる仕草も品のある加藤さん。
さて、加藤さんと「コの字酒場」の出会いを教えてください。原点はいくつぐらいのときだったんでしょう。
突き詰めて考えると、初めて「コの字酒場」に入ったのは中学2年生のときでしょうか。親の仕事の都合で当時インドネシアに住んでまして、天ぷらなんかを出す現地の日本食のお店に父親と入ったんです。もちろん、飲酒はしてませんよ(笑)。それが「コの字」タイプのお店で。
インドネシアから日本に戻ってきた大学時代は、それこそテナントが空くとクラブができるような時代でしたが、そんな空気には見向きもせずに「コの字酒場」へせっせと通っていましたね。当時から一人で行くこともまったく平気で、席の両側の人に話しかけられたり。同じように飲むのが好きな友人ができてからは、同好の士として一緒に行くことも増えていきました。20代前半で、すでにいろいろな「コの字酒場」に行っていましたね。
▲ザーサイ浅漬け(400円)
一線を越えない、センパイと後輩の仲
ところで今回の漫画の主人公で、吉岡という男性キャラがいるじゃないですか。仕事でミスったり悩んだりしてて、ちょっとこう、頼りなさげな。これって、もしや自分の分身だったりするんですか?
まぁそうですね。漫画化するにあたって、頭の中でまずドラマ化してみたんです。役者さんだと誰かなって。素敵だけど優柔不断、みたいな人がいいなと思いました。一番最初に書いた本から、僕は「コの字ってコミュニケーションの大学」だと言ってきたんです。なので、ちょっと気が弱いぐらいの人がコの字に飲みに行く中で、どんどん人間が磨かれていく、みたいな話になるといいんじゃないかなと。
▲イワシ煮付け(300円)
じゃあ、そういう意味で、今回の漫画はコの字酒場の初心者向けなんですね。
そう思ってくださっていいと思います。主人公・吉岡のようなビギナーを、達人が導いていくというね。そこで「達人!? じゃあいっそ女の人を出してみるか!」というふうに発想して、吉岡の大学の先輩である恵子をはじめ、登場人物が次々に設定されていきました。
▲米茄子と鴨南蛮漬け(500円)
あの、恵子さんについて少し思ったんですけど、あんなに美人で色っぽくて酒が強くて、「コの字酒場」にむちゃむちゃ詳しいって女の人、実際にはいないですよね。例えば、流行っているイタリアンだったら「これが美味しいわよ」ってすすめてくれる女の人はいますけど……。
どうかなぁ、なかなかいなさそうですね(笑)。はたして、なぜ恵子さんはこんなに「コの字酒場」に詳しくなったのか……。ホントに謎めいた女性ですよね。
あのぷりぷり唇の具合が「昭和」感を演出してるような。
そうですね。あれこそ昭和の酒場そのものですよね。
吉岡と恵子さん、二人の関係も気になります。
先輩・後輩の関係から、こうして杯をかさねるうちに、どこかで発展するのか。ジリジリと距離が縮まるようで、恋にはなかなかいたらない。そのあたりを楽しんでいただけたら。
なるほど。あくまで一線は超えないと。
もちろんです(笑)。ほろ酔いの、絶妙な距離感をキープしつつ、酒場を楽しむ。まだ若いけれど、酒場で吉岡もそういう大人の機微を学ぶわけです。恵子ははじめからそのへんも熟知しています(笑)。
カウンターという舞台の上で行われるライブ
よし、では次はそろそろ日本酒に行きましょう。
くー。やっぱり、飲み終わった後、良い顔されます。
加藤さん、コの字の醍醐味って何ですか?
見ず知らずの人の顔が見えるのがいいんです。それにコの字は、上座も下座もないんですから。お店めぐりをしていくと、いろんな人と隣り合わせになりますよ。歯がなくても全然平気で飲み食いしているおじいさんとか、ほとんどパジャマみたいな、圧倒的なリラックスウェアで現れる人に出くわしたこともあります(笑)。そのかたわらにはパリっとした背広の人がいたりして、垣根がない。そんな方々は、それぞれ本当に素敵な哲学を持っておられる。その哲学がポロっと出るとき、酒は最高に美味くなります!
そんな瞬間に巡り会ってみたいです! ただ、常連さんと仲良くなるのは少々ハードルが高い気もして……。
常連さんにとって、そのお店は「ホーム」ですから。お店では、その方のお家にお邪魔している感じで過ごすと良いかもしれません。勇気をもって入ってきたということに対して、常連さんもそれなりにリスペクトをしてくれるので、あまり恐がらなくても大丈夫ですよ。
▲特製塩もつ煮込み(600円)
二人で行ってもいいですかね?
もちろん。ただ、二人だけで話が盛り上がり過ぎてしまわないように注意が必要です。妙にはしゃいじゃったりしたら、カウンターでそこだけ浮いちゃいますからね。
なるほど。じゃあ、スマホをいじっててもだめですよね。
そうですね。下を向いているのはもったいない。ライブのようなものですからね「コの字酒場」って。店主もお客さんも、カウンターという舞台に上がって行われるライブ。これだけは何年通って眺めていても飽きない。
俄然行ってみたくなりました。「コの字酒場」って都内や首都圏だけでなく、地方にもあるんですか?
いっぱいありますよ。地方でも首都圏でも、なかなかたどりつけない鉄道空白地帯にある酒場、そこを僕は「ロビンソン酒場」と呼んでいるんですが、鉄道から少し離れた距離にある「コの字酒場」もおすすめです。最近だと、福島県郡山市にそうした「ロビンソン・コの字酒場」を見つけました。
今回の漫画だと、東京江戸川区・一之江の「大衆酒場カネス」あたりのことですよね。
「カネス」、うん、確かにあそこは少し歩きますからね。駅から遠いからこそ、何分も歩いてお店に到着した時の達成感がありますし、次いつお店にうかがえるか分からないから、今できるだけ食べたり飲んだりしないとという、はやる気持ちもある。しかも一方で、こんなに飲んでちゃんと駅まで、家まで帰れるかしらというスリルもあったりしてね(笑)。
まったく、奥が深いですねぇー。加藤ジャンプさん、今日はありがとうございました!
お店情報
酒蔵 初孫
住所:東京都町田市原町田6-10-19
電話番号:042-726-1256
営業時間:17:00~23:30
定休日:日曜日、祝日
※本記事は2016年5月の情報です。
※金額はすべて消費税込です。