ある日突然、小さなファストフード店の前に大行列ができ始めた
高田馬場駅から徒歩5分くらい、早稲田通り沿いの小さなお店の前に突然、大行列ができ始めたのは今年6月のことでした。
ファストフードっぽいのですが、見たことがないお店です。店名が漢字ですが、読み方もわかりません。
中華料理っぽい感じがしますが……
店頭にあるサンプルメニューには、見たことも聞いたこともない「バンメン」という麺料理が(ちょっと文字が読みにくくてすみません)。
いったいこのお店はなんなのでしょう?
調べてみると、このお店は中国発のファストフード店で、中国全土になんと65,000店以上もあるらしいのです。65,000店というのは、世界各国の有名チェーン店と比べても最多とのこと。しかも、この高田馬場店は日本第1号店なのだとか。
そんなメジャーなお店なのに、なぜ今まで日本に来なかったのか?
そして、なぜわざわざ高田馬場に、こんな小さなお店なのか?
気になることが多すぎるので、直接話を聞いてみようと、社長さんに会いに行ってみました。
中国人なら誰でも知っているB級グルメ店
「沙県小吃」は中国語読みだと「シャーシャンシャオチー」、日本語的に読むと「さけんしょうきつ」です。
店内は、1階はカウンター席、2階にテーブル席があります。
食券制です。
2階のテーブル席。シンプルな内装です。
店内に書かれた文字はすべて中国語ですが、漢字なのでなんとなく意味がわかります。
オーナーの王遠耀(ワン・ユェン・イャォ/おうえんよう)さんが迎えてくれました。
王さんは福建省福清市出身で日本在住31年。
IT企業の経営をしながら、多岐に渡る日中文化交流事業を手がけています。
取材には、王さんと同じく福建省出身のご友人・許(きょ)さんと、同じく福建省出身で近所の不動産屋さんにお勤めの林(りん)さんが同席してくれました。
そもそも「沙県小吃」とは何なのか? わかりやすくまとめてみました。
- 企業ではなく、沙県政府主導で設立されたお店のブランド
- 沙県は福建省内陸部の山の中にある地域。貧しかったため、沙県政府が政策として県民に研修を受けさせ、お店を開店させることをすすめた
- 特色はメニュー数が少なく、お店の規模が小さいこと。そのため夫婦2人で開店できる
- 研修を受けて職人となった人たちが中国全土に散らばり、各々でお店を開業
つまり、「沙県小吃」は統一されたロゴで多店舗展開されていますが、厳密にはチェーン店ではないのです。
── 王さんは、なぜ「沙県小吃」を日本に作ろうと思ったんですか?
王さん:まわりの中国人のみんなが食べたいって言ってたからです。食文化を通じての文化交流でもあります。
── 中国の人はみんな「沙県小吃」を知っているんですか?
王さん:中国の人はみんな名前は知ってます。でも意外と食べたことがない。ここに来て「あーおいしい、初めて食べた」って人が意外と多いです。中国のお金持ちの人は、親が食べさせない(笑)。 あまりにも安いから、向こうではB級グルメみたいなイメージなんです(林さんからは「C級かも!」という合いの手が)。食のユニクロみたいなものですね。
そこで隣の席にいた、広東省から来た留学生女子2人組に聞いてみました。
するとやはり「食べたことなかった、看板があっちこちにあるから知ってたけど」とのこと。
本当の庶民の味なんですね。
看板メニュー「バンメン」は日本初上陸
料理をいただきながらお話をうかがいました。
まずは、看板メニューのバンメンです。
日本でもっとも知られていないのも、このバンメンでしょう。
▲バンメン(480円)
ドロっとしたタレの上に麺がのせてあります。どこの中華料理店でも見たことがありません。
── バンメンが食べられるお店は日本初なのでは?
王さん:バンメンは日本初です。でも中国の人は誰でも知ってます。
(※筆者注:正確にはバンメン(=拌麺)とは中国で汁無しの混ぜそばを指す普通名詞で、まだ日本では珍しいメニューですが、提供しているお店もあるようです。ここでは実際の会話をそのまま記載しました)
──そんなに有名なのに、なぜ今まで日本に入ってこなかったのでしょう?
林さん:安すぎるからです。たくさん売らないともうからない。向こうでは、パン1個くらいな感じだから。私は近くで働いてるから毎日来てるんですよ。このお店ができて良かったです! 朝食にしたいから、もっと早い時間からやって欲しいです。
毎日バンメンを食べているという林さんが、バンメンの正しい食べ方を教えてくれました。
林さん:バンメンは、すぐ混ぜないと! 素早く混ぜる! すぐ食べないと麺とタレが絡まなくなるんです。早く食べないと!
林さんが、バンメンをガシガシと混ぜてくれます。
韓国料理やスリランカ料理もこんな感じでお店の人が混ぜてくれるなあ、と思いました。
よく混ざったバンメンをいただきます。
麺は平打ちの中華麺。細すぎず太すぎず、柔らかさも標準的。モチモチです。
タレは、ピーナッツペーストをたっぷり使った独特なもの。ゴマだれっぽい感じもありますが、もっと濃厚です。
ツルツルっと食感の良い麺にタレがたっぷり絡んで、これはクセになりそうな味です。
辛さはまったくなく、ほんのり甘みを感じるとても優しい味です。
── 沙県の人は自宅でもバンメンを作るんですか?
林さん:家では作りません。外で食べるのが安すぎるから、外で食べた方がいいです。
次は、バンメンとセットで頼むのが定番だというワンタンです。
▲ワンタン(480円)
王さん:バンメンとワンタンはセットで頼むものです。中国では「伴侶セット」というんです。
伴侶のようにいつも一緒という意味だそうです。
ワンタンバンメンセットは単品よりも100円お得な860円。
ワンタンのスープはとても優しい味、ワンタンはツルっとした心地よい感触で、いくらでも食べられそうです。
スープもワンタンも手作りでその日に作ったものしか出さないそうです。
王さん:ワンタンはスープがなくなったら終わりです。その日に作った新鮮なスープしか出さないので1日4回作って、なくなったら終わりです。スープは鶏と豚でとっています。
ファストフードなのに、作る方はファストではないのです。
ワンタンも厨房で一つひとつ手作りしています。
ここで現地の人ならではの食べ方を教えていただきました。
バンメンが固まってきたら、ワンタンのスープを少し入れます。
なるほど、ほぐれて食べやすくなります。風味もプラス。
ワンタンのスープにお酢を垂らしてもおいしいです。
── 料理の味は沙県と同じなのですか?
王さん:そうです。沙県のままです。「沙県小吃」は、中国ではその土地に合わせてローカライズしているんです。東北部へ行けば、辛いのをバンバン入れるし。
── 日本向けのローカライズはしてないんですね。
王さん:オープンの1カ月前からは日本人、ラーメン屋オーナー、留学生などを集めて試食会を繰り返しました。それで、この味でいこう! となりました。日本人に合う、一番わかりやすい味にしようとした結果、元祖のままの味になりました。基本はやや薄めの味付けです。
── 日本人には元祖のままの味が受けるだろうということですね。
王さん:そうですが、東京でやるのは難しさもあります。全国の人が東京に集まるでしょ。日本でも関東と関西だと好みが違うし。関西と沖縄もまた違います。上海と東京は味の好みが似ています。甘くて濃い目で。
── なぜ、第1号店の開店を高田馬場にしたのでしょうか?
王さん:あちこち見てちょうど良い物件があったから。ラーメン店の居抜きで内装を変えただけです。これは日本でいうと軽食なんですよね。ファストフード。ラーメンに近いわけです。
お昼ご飯というよりもおやつなので、あまりランチタイムとか関係ないんです。2時でも3時でも5時でも11時でも、来る人は来るんです。
── 記念すべき日本第1号店なので、もっと大きなお店にしようとは思わなかったのですか?
王さん:大きいお店にしようとは思わないです。軽食だから。メニューの種類もそんなにないですし。シンプルな方がいいですね。気楽に来られる。大きくするよりも、地域密着型の方が良いです。
メニューにはビールもあります。
つまみに良さそうな料理もあるので、昼からビールもいいかもしれません。
▲蒸餃子(480円)
もちろんこれも作りたて、せいろで蒸したてです。
味がしっかりついているのでまずはそのままがおすすめ。
その後はお好みで餃子のタレをつけていただきます。
肉汁がジュワっとあふれます。小籠包に近い感じがしました。
▲あげワンタン(480円)
ワンタンと同じものを揚げたものです。蒸餃子とこのあげワンタンでビールを飲んで、仕上げにバンメンなんていうのも良さそうです。
── 日本第1号店ができたことは中国でもニュースになっているんでしょうか?
王さん:すごくニュースになっています。中国中央テレビにも出ましたよ。僕が知らない時に、中国の有名人も食べに来て、SNSに写真をアップしたりしてるんですよ。
── そういえば、壁に「熱烈歓迎~」と書かれた布が貼られていますが。
王さん:この前、福建省僑務のナンバーワンのフェン主任が来たんですよ。飛行機降りて直
── 今は中国人のお客さんが多いのですか?
王さん:7割くらい中国人。3割日本人。日本の方々にもっと来て欲しいです。今来てくれている日本人は、中国に駐在員として行っていた方やその家族が多いです。駐在員の日本人は「沙県小吃」を100%知っていて、「懐かしい!」と遠くからでも来てくれます。
絶対に頼むべき「蒸スープ」。本格的な薬膳スープがお手軽に
さて、紹介した代表メニューの他に、ぜひ頼んでみて欲しい絶品料理があるのです。
それは、「蒸スープ」です。
メニューを見ただけでは、よくわからないと思うのでご説明しましょう。
上から
- 昆布と豚スペアリブのスープ
- きのこと豚スペアリブのスープ
- 蓮の実と豚のハツのスープ
- 鶏肉のスープ
材料を見ただけでファストフードらしからぬ本格的な香りがしませんか?
蒸スープももちろんお店で手作りしています。
スープは器に入れた水と材料を大鍋で長時間蒸して作ります。
王さん:蒸スープは作れる量が少ないから、早く食べに来た方がいいですよ。大体2時か3時には終わってしまうから。一番人気は昆布とスペアリブのスープです。味が濃厚です。
じっくり蒸されたスープには雑味がなく、具材の濃厚なエキスが染み出しています。
▲きのこと豚スペアリブのスープ(480円)
豚スペアリブは口に入れるとホロリととろけます。
スープはなんともいえない複雑な味。うま味が深く、身体に良い成分が凝縮されている感じがします。
シンガポール料理の豚スペアリブのスープ、肉骨茶に似ていると思いました。
なんと、高価な朝鮮人参も入っています。
▲蓮の実と豚のハツのスープ(480円)
大きな白い実が蓮の実です。クコの実も入っています。両方とも薬膳の素材です。
豚のハツもたっぷり入っています。柔らかくてプリプリです。
これ、本格的な薬膳スープじゃないですか。
こんなスープが手軽に480円で食べられるなんて!
林さんは、このハツをバンメンのタレにつけて食べていました。
林さん:スープは味がついているけど、肉は味が薄いのでこうするとおいしいですよ。
林さんは、他のスープも飲んでいました。
これはメニューには載ってなかったのですがなんなのでしょうか?
▲グリーンピーススープ(300円)
柔らかく煮込まれたグリーンピースが入ったシンプルなスープです。
メニューには載ってないのですが、券売機にはあります。
薄味ですっきり。毎日飲んでも飽きなそうなシンプルな味です。
いつでも気軽に食べられて、珍しくて、安くて、おいしい。
うんうん、すごくいいじゃないですか。
「沙県小吃」、これは日本でも評判になりそうです。
── 2号店の出店予定はあるのでしょうか?
王さん:2軒目の予定は御徒町のガード下で駅のすぐそばです。あとは川口、船橋、大久保。このくらい小さいお店だから、すぐ居抜きでできるんです。
それに、セントラルキッチンにしようとしています。それなら2、3カ月修行すればすぐ店長ができます。ワンタンも冷凍できないので、近いところで作って集中配送しようと思っています。
来年あたりには、東京近郊のあちこちで「沙県小吃」を見かけるようになりそうです。
お店情報
【閉店】沙県小吃(シャーシャンシャオチー/さけんしょうきつ)
住所:東京都新宿区高田馬場2-8-6
電話番号:03-6205-6225
営業時間:11:00〜22:00
定休日:無休
※このお店は現在閉店しています。
※飲食店の掲載情報について。