グランド喫茶「シヤチル」は、古き良き名古屋の喫茶文化をどうやってアップデートしたのか

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全国でも類を見ない豪華なモーニングサービスや小倉トースト、鉄板ナポリタンなど独創的なメニューが揃う名古屋の喫茶店。メディアでも頻繁に紹介されているので、名古屋にはそこら中に喫茶店があると思う人もいるだろう。

しかし、店主の高齢化やコーヒーチェーンの台頭などで今、窮地に立たされていることはあまり知られていない。ひと昔前と比べて飲食店の数が増えている上に、美味しいコーヒーであればコンビニでも売っている。「喫茶店はオワコン」という声すら聞こえてくる。

 

ロンドン住まいの相棒を呼び戻す

そんな中、名古屋市千種区今池にある喫茶店が話題を呼んでいる。

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それは、昨2018年5月、広小路通沿いの千種駅東交差点と今池西交差点の中間あたりにオープンした、その名も『シヤチル』名古屋に馴染み深い金のシャチホコの「シャチ」が店名の由来である。

 

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お店はサービス担当の安井俊介さん(写真左、30歳)と調理担当の山本篤志さん(写真右、34歳)の共同経営。2人はもともと友人同士だ。

店名をはじめ、店のコンセプトは主に安井さんが考えたという。

 

安井さん:東京の大学で空間デザインなどを学んだ後、インテリアデザイン事務所が手がけるレストランで働いていました。いつか名古屋で飲食店を開いて、そこから街づくりをしたいと思っていました

 

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転機が訪れたのは、昨年の1月。当時、イギリス・ロンドンで暮らしていた安井さんに山本さんから「一緒に店をやらないか」と連絡があった。そもそもなぜロンドンへ?

 

安井さん:ロンドン発のファッションや建築、カルチャーにずっと憧れていたんです。ロンドンで暮らしたいと思い、仕事を辞めて2017年の9月に渡英しました。本当は2年間滞在する予定でしたが、山本からの連絡を受けて半年で帰国しました。

 

朝と夜で業態を変えるのが名古屋の喫茶文化

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調理担当の山本さんは、イタリアンやフレンチなどの洋食出身。『シヤチル』をオープンさせる前は同じ場所で肉バルを営んでいた。安井さんは以前から山本さんの作る料理を高く評価していた。

 

安井さん:特に肉料理やハンバーガー、サンドイッチなどは絶品でした。一度試してもらえば絶対にリピートすると確信していました。肝心なのは、どのようにして食べてもらうきっかけを作るか、でした。

 

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そこで思い出したのは、ロンドンで暮らしていた頃、ノルウェーへ旅行したときに訪れた『FUGLEN(フグレン)』という店だった。東京渋谷浅草に出店しているのでご存じの方も多いと思うが、朝と昼はカフェ、夜はバーになる。安井さんはこのスタイルを名古屋でやりたいと考えた。

 

安井さん:昼間と夜で業態が変わるというのは、名古屋の喫茶店に似てると思いました。実は私の祖母と叔父が愛知県一宮市で『スイス』という喫茶店を営んでいたんです。夜にお酒を飲むお客さんはほとんどいませんが、鉄板ナポリタンやカレーライス、唐揚げ定食などしっかりとした食事が揃っていました。そんなことから喫茶店という業態も面白いと考え始めたんです。

 

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安井さんの祖母と叔父が営んでいた喫茶店『スイス』は、常連客に惜しまれながら2017年に閉店した。だが、かつてお店で使っていたコーヒーチケットや椅子、サイドテーブルなどは安井さんが受け継ぎ、『シヤチル』でリユースされている。

店内に入ると、洗練されたモダンな雰囲気でありながら、どこか懐かしさが伝わってくるのは、『スイス』の面影を残しているためだろう。

 

これぞ喫茶店! の分厚いたまごサンド

メニューは、昔懐かしいものもあれば、これまで見たことのない斬新なものまでさまざま。とくに喫茶店の定番であるサンドイッチの評判がすこぶる良い。

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中でもオススメは、分厚いオムレツをサンドした「たまごサンド」(650円)。昔の喫茶店では、こんなサンドイッチをよく見かけた。

 

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口を大きく開けて、パクリ!

甘~いオムレツをイメージしていたが、ほのかにダシがきいている。パンとオムレツの間にやや多めに塗られたカラシも心地良いアクセントに。コーヒーはもちろん、ビールにも合いそうだ。

 

チープだけど洗練されたナポリタン

もう一つ、名古屋の喫茶店の定番メニュー、鉄板ナポリタン。ここでは「ナイトナポリタン」(950円)という名称で提供している。その名の通り、18時以降の限定メニューである。

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安井さん:ナポリタンは、調理しながら鉄板も火にかけなければならないので、コンロを占有してしまうんです。混雑するお昼時は対応できないんです。夜、ビールを片手にナイトナポリタンを楽しまれる姿を見て、これもアリだな、と。鉄板ナポリタンは、昔、叔父がよく作ってくれました。「ナポリタンはイタリア料理でもなければパスタでもない。日本のスパゲッティだ」って言いながら。ウチのナイトナポリタンも、あえて気取らないチープな味に仕上げています。

 

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麺をフォークでくるくるっと巻いてひと口……。うん、ケチャップの酸味と甘味が何とも懐かしい味わい。

ただ、麺は喫茶店のナポリタンらしからぬアルデンテな仕上がり。聞いてみると、茹で置きではなく、注文ごとに茹で上げるという。たしかにチープな味ではあるものの、牛タンの塩焼きがトッピングされていたり、どこか洗練されている。ナポリタンに限らず、この「嫌みじゃない洗練度」がお店の特徴ともいえる。

 

ロンドンでヒントを得た極上ビーフサンド 

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安井さん:次は、これを召し上がってみてください。ロンドンで食べて、あまりにも美味しかったのでメニューにくわえました。現地ではベーグルを使っていましたが、喫茶店なので食パンにサンドしました。

 

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安井さんが勧めてくれたのは、「ソルトビーフサンド」(750円)。その名の通り、塩漬けにした牛カルビがたっぷり。直火とオーブンで2度焼いてあり、とろけるようなやわらかさが口いっぱいに広がる。

大きめのピクルスも肉とよく合う。無性にビールが飲みたくなってきた。こんなサンドイッチは巷の喫茶店で見たことがない。喫茶店よりもバーにありそうな一品である。

 

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ところで、シヤチルが名乗る「グランド喫茶」とはどういう意味なんだろう。

 

安井さん:店の雰囲気やメニューなど従来の喫茶店よりも1ランク上、という意味を表す言葉を考えたとき、“グランド”というフレーズが浮かんだんです。以来、“グランド喫茶”と名乗っています。

 

うん、このフレーズは40代以上にはレトロっぽく感じるし、若者にとっては新鮮に聞こえる。すごくイイところを突いていると思う。ここ『シヤチル』から新しい名古屋喫茶文化が生まれるような気がする。

 

店舗情報

シヤチル

住所:愛知名古屋市千種区今池1-5-9 オフィスイリヤビル1階
電話:052-735-3337
営業時間:月〜金曜11:30~23:00、土曜・日曜7:30~23:00
定休日:第2、第4月曜日

 

書いた人:永谷正樹

永谷正樹

名古屋を拠点に活動するフードライター兼フォトグラファー。地元目線による名古屋の食文化を全国発信することをライフワークとして、グルメ情報誌や月刊誌、週刊誌などに写真と記事を提供。最近は「きしめん」の魅力にハマり、ほぼ毎日食べ歩いている。

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