「メシ通」で以前、自衛隊の隊員食堂を紹介する記事を書きました。これです。
この記事でリポートした食事はあくまで屋内(艦内)での食事ですから、調理は厨房で行なわれます。
では任務上、どうしても屋外で食事しなければならない場合は?
飛行時間の長い航空機の場合はお弁当を持ち込むのですが、地上にいる場合はどうするのでしょう。今回はそのための“飯炊きマシーン”をご紹介します。
演習時に隊員たちの胃袋を支える
自衛隊が誇る飯炊きマシーンとは……これです。
その名も、野外炊具1号!
▲いかにも無骨で「はたらくクルマ」の見本のようなルックス
▲側面はこんな感じ
「なんかニュースで見かけたことあるような……」と思った方もいるかもしれません。陸上自衛隊の装備品のひとつがこの牽引式野外調理器材、野外炊具1号なのです。
これがいい仕事するんですよ。約200人分の主食と副食を同時に約45分で作ることができ、お米だけなら約20分で約600人分の炊飯が可能です(1人分おにぎり2個の計算)。
野外炊具1号は、かまど×6、野菜調理器×1、球根皮剥器×2、発電機×2で構成されています。使用燃料は灯油とガソリンで、最新型では商用電源からの給電も可能になっています。移動はトラックによる牽引です。
このマシーン、炊飯、汁物、煮物、揚物、炒め物などさまざまな調理に対応しているほか、回転式カッターで野菜類の輪切り、千切り、短冊切り、大根おろしも作れます。ジャガイモの皮むきなどは1回で10kgを約2分で処理。すごい。
上から見るとこんな感じ。
陸上自衛隊は演習場で何日も演習を行なうこともありますし、食事のたびに演習場から離れた駐屯地の隊員食堂に戻るわけにはいきません。そこで演習場内の一角にこの野外炊具1号を設置して、隊員たちの食事を用意するのです(そのこと自体も訓練の一環です)。
戦闘糧食(いわゆるミリメシ)も最近のものはバラエティに富んでいてなかなか美味なのですが、湯煎してあたたかい状態になっていたとしても、やはり毎食だと飽きるんだそう。筆者も取材で何種類か食べていますが、なんとなく全体的に味が似てるんですよね。ましてや湯煎しても口にできるときは冷めてしまっているといった食事ばかり続くと、隊員のテンションにも影響しそうです。
被災地で大活躍する野外炊具1号
この野外炊具1号が活躍するシーンは、なにも演習時の隊員たちの食事のみに限られているわけではありません。
そう、災害時にこそ我々一般人の強い味方になり得るのです。だからこそ、国民の目に触れる機会が多いのかもしれません。
東日本大震災の際は、この野外炊具1号が片っ端から被災者の支援に使われたため、真っ先に現地に赴いた隊員たちは戦闘糧食や乾パンばかりの食事が続き、野菜不足で多くの隊員が口内炎に悩まされたそうです(そのためビタミン剤が支給されたとか)。自分たちは口内炎になろうが、温かい手作りの食事はまず被災者へ。いつだって被災者ファースト。筆者はこのエピソードを自衛官から聞いたとき、ちょっと泣きそうでした。
さっそく活躍例を見てみましょう。
これは東日本大震災が起きた2日後の2011年3月13日、岩手県久慈市における炊き出しの模様。
▲どこかの倉庫を借りて下ごしらえを進めています(写真:陸上自衛隊)
野外炊具1号で調理された食事は、各地の避難所で支給されました。
これは3月16日、宮城県名取市にて。
▲湯気の立つ食事が明日の活力になったことを切に願います(写真:陸上自衛隊)
こちらは3月22日、岩手県山田町。野外炊具1号で炊いたお米でおにぎりを作ります。
▲炊飯だけに特化すれば一度に600人分作れるので、頼もしい限り(写真:陸上自衛隊)
自己完結できる組織
薄暗いモスグリーン(自衛隊ではOD色といいます)に塗装された車両に、下の写真のような「災害派遣」の文字が掲げられているのを見かけることがあったら、心の中でエールを送っていただけると筆者もうれしいです。
災害派遣に赴く隊員自体が被災者であることも多々ありますから。大切な家族の安否を確認できないまま被災地へ出発することも珍しくありません。
自衛隊は自己完結の組織です。誰の手も借りることなく1から10まで自分たちだけで行なえる、そういう組織です。
たとえば「100名で編成される部隊がA地点からB地点まで陸路で移動して野営、翌日A地点に戻る」という2日間のミッションがあったとしましょう。
この100名の隊員の移動に使う車両と運転手はもちろん自前。B地点に到着後、隊員たちの食事はこの野外炊具1号で調理、寝床は宿営用天幕を設置。1泊ならまず使用しませんが、野外洗濯セットや野外入浴セットもあり、なんなら河川や湖沼の水を飲料水にできる浄水セットもあります。
他者の手を一切借りることなくすべてを行なえる、まさに自己完結── 。
ついでに言えば道中に「道路が埋もれている」「橋が流されている」といったアクシデントがあったとしても、道路を啓開(緊急車両等の通行のため、早急に最低限の瓦礫処理を行い、簡易な段差修正等により救援ルートを開けること)し、橋をかけることだってできます(実際にはそのためのさらなる装備品が必要なので、これはあくまでも例えですが)。
この自己完結能力があるからこそ、インフラが壊滅状態の被災地で温かい食事を提供することができるのでしょう。だって普通に考えたらイレギュラーじゃないですか? 電気もガスも水道も止まった土地で、温かいできたての一汁一菜が食べられるって。
被災地で提供されたカレー味のザンギ
もう少し災害派遣での活躍例を見てみましょう。これは昨年2018年9月に起きた北海道胆振東部地震の際の災害派遣です。
もっとも被害の大きかった厚真町では、厚真町総合福祉センターで給食支援、給水支援、入浴支援が行なわれていました。
▲野外炊具1号は雨や雪などが苦手なので、天幕の下に設置されます
▲このピカピカ具合ときたら。「うちの台所よりきれい」と思った人、いませんか?
苫小牧西港で入浴支援を行なっているチャーター船舶「はくおう」を訪れた被災者に対しては、できたてのザンギ(鶏の唐揚げ)とおにぎりを計1,050食提供しました。
小さな子どもや高齢者には食べやすいようザンギを小さくするなどきめ細かに対応し、とりわけカレー粉をまぶしたこの部隊のオリジナル「やまぶきザンギ」は大好評でした。
▲鶏を揚げて……
▲できました!
▲ほんのりカレー味がうまい!
▲おにぎりとセットで提供されました
モデルチェンジごとに機能面が充実
実はこの野外炊具1号、何度かのモデルチェンジが行なわれています。
1962年に登場した「初代野外炊具1号」がこれ。
▲この時点で200人分の炊事を約45分で行なえるというスペックはすでに備えていた(写真:陸上自衛隊)
続いて登場したのが「野外炊具1号改」です。パッと見は1号と変わりませんが、冷凍冷蔵機能、貯水機能、給排水機能および自動着火機能が追加されました。
また、これまではホースや桶で供給していた水も、蛇口をひねるだけでOKに。トレーラー部分に階段とステップが付いたことで作業の利便性もアップしました。
▲三たびの登場、これが野外炊具1号改
続いて2012年から装備化されたのが「野外炊具1号22改」。
基本的に野外炊具1号改とスペックは同じですが、かまどを本体から分離して使うことができるようになりました。この記事で「野外炊具1号」と記載しているのは「野外炊具1号改」と、この「野外炊具1号22改」を指します。
▲野外炊具1号22改(写真:陸上自衛隊)
さらに「野外炊具2号」「野外炊具2号改」も登場しました。これは野外炊具1号のコンパクト版ともいえるもので、最大50人分の炊事を同時に約40分で調理可能です。
▲よりコンパクト化された野外炊具2号改。おもに50人前後の小部隊が野外において炊事する場合に使うもので、かまど3個のうち通常2個で炊飯、1個で副食を調理する
意外と操作が難しい!?
ところでこの野外炊具1号ですが、自衛隊員の誰もが簡単に扱えるわけではありません。炊事担当のリーダーになるには陸上自衛隊松戸駐屯地(千葉県)に所在する需品学校で10週間にわたる初級陸曹特技課程「給養」教育を受けなければいけません。
この教育を取材した方からお話しを伺いました。
二度目の登場です。
出たー! 月刊誌『丸』の編集者、岩本孝太郎さんです!!
これです、月刊『丸』(潮書房光人新社)。
岩本さん:私が取材したのは野外給食実習です。野外炊事車の使い方や大量調理の仕方を訓練するというもので、ポークカレーとゆで卵を作るという課題でした。
岩本さん:この実習で作られた料理はそのまま松戸駐屯地の食堂に運ばれ、隊員たちの昼食になります。それに合わせて、午前8時から10時50分までの2時間50分ほどで、全部で約450人分を調理します。
そうしてできたのがこの食事。
▲食堂で配膳されたポークカレーとゆで卵。それ以外に、食堂で用意されたオクラとカニ棒のサラダ、カレー用薬味、牛乳、フルーツみつ豆が付く
岩本さん:私もいただきましたが、見た目以上に具だくさんのカレーでした。そしておいしかったものの、少し焦げた味もしました。野外炊具1号の火力調整は案外難しそうです。
岩本さん、ありがとうございます!
自衛隊から提供される食事で「焦げた味」というのが初耳で、むしろ新鮮でした。筆者も取材で何度か野外炊具1号で調理された食事をいただいたことがありますが、いつでも美味でした。そこに至るまでには教育と経験値が不可欠というわけですね。
最高においしかった炊き込みご飯、鶏煮込み
最後に、筆者が需品学校で食べた料理をどーん。
下の写真は、野外炊具1号で作った味噌汁を運搬用のトレーに入れ替えるところ。
さらに下の写真は、これまた野外炊具1号で調理した炊き込みご飯を配膳用のケースに入れている場面。
ちなみに、隊員の階級章は1等陸曹、こりゃ給養のベテランです。きっと火加減の調整が難しいと言われていた初代野外炊具1号も難なく扱えていたはず!
で、食堂でこうなって出てきました!
鶏もも肉も野外炊具1号で調理したものです。肉がやわらかいままで、しかも全体にしっかり味が沁みていて、めちゃくちゃ美味でした。炊き込みご飯も、自分で作るより何倍もおいしかったです。
日常においてもおいしいものを食べたらうれしいし、寒い日に温かいものを食べたら沁みる。食べることはまさに生きることですね。
本来は隊員のためにある野外炊具1号ですが、災害派遣で人々に温かな食事を提供することで、胃袋を満たす以上の役割を果たしているのではないでしょうか。
もちろん食べる機会、見る機会がないに越したことはありませんが、自分が被災者となったときにお世話になるかもしれない存在のこと、ちょっと覚えておきたいものです。