どこもかしこも建築現場
合板むき出しの外観。工事用の看板。「ええっ、これまだ工事中なのでは……?」思わずそう口に出してしまいそうなお店が、東京は墨田区・押上にあります。
その名は「現場喫茶」。あらためてよくよく見てみると、作業予定看板には営業日が、掲示板には「素通り注意」の文字が書かれています。
▲「美味しいコーヒーが出てきます ご注意ください」
外観に惹かれて店内に入ると、これまたすごい。工事用の照明が束ねられてシャンデリアになっているし、グラスが置かれているのはなんと、仮設足場の上!
ほかにも、店内を見渡せばあらゆるところに現場要素が……!
「建築現場」と「カフェ」、まったく異なる2つの世界を結びつけた異色のお店。
いったいなぜ、こんなお店が誕生したのでしょうか。二級建築士の資格を持つライター・少年Bが、「現場喫茶」を運営する株式会社髙橋工業 本部長の菊池和貴さんにお話をうかがってきました。
ショールームのつもりがカフェへ
──めちゃめちゃ特徴的なお店ですが、どのような経緯でオープンしたのでしょうか?
菊池さん(以下、敬称略):髙橋工業は防水工事や塗装、リフォームや全面改修など総合的な建築工事を行っている会社です。元々は、会社に隣接したこの場所にショールームを作りたかったんですよ。
▲髙橋工業の事務所は「現場喫茶」のとなりにある
──自分も前職は工務店勤務だったんですが、ショールームは割とよくある発想ですよね。でも、それがなぜカフェに?
菊池さん:はい。どんなにお金を出してショールームを作っても、お客さまってまず来ないですよね。来たら来たで、「契約しないといけない」みたいな雰囲気になっちゃうので、お客さまにはハードルが高いんですよ。
──確かに……。ショールームって実際、お客さんがいない時間の方が多いですよね。特に中小規模の施工会社だと。
菊池さん:弊社では広告費の予算をほぼ立てていないので、ショールームに来てもらうために広告を打つのは、自分たちのやり方ではないなと思いました。
そこで、「お客さまに来てもらうために、カフェスペースをくっつけたら面白いんじゃないかな?」というところがきっかけでした。
──一見すると、ショールームのようには見えませんが……?
菊池さん:最初は半分半分で考えてたんですけど、カフェについて試行錯誤してるとだんだん面白くなってきちゃって。スペースにも限りがあるので、じゃあいっそ全部カフェに使おうと。
──思い切りがすごい。
菊池さん:ショールームとしての要素は「目で見て、親しんでもらう」に振り切ったんですよね。会社のPRも映像で流すだけにして。
▲天井も仮設足場で組まれている。いたるところで工事をしている人形たちを探すのも楽しい
「お代わり100円」にも意味がある
──そういう意図だったんですね……! 「現場喫茶」って名前もストレートでいいです。
菊池さん:意味を込めた名前だと検索しづらいし、「現場カフェ」だと「現場cafe」みたいに誤った表記で書かれることもあるので、SEO的に不利かなと思ったんですよね。
近年は純喫茶の人気も上がっているし、ほかにこんなお店はないので、シンプルな方がいいのかなと。
──そこまで考えてのシンプルなネーミングだとは……! メニューは珈琲が605円と、一見高いんですが、2杯目からお代わりが100円という独特の価格設定ですね。これはなぜですか?
▲珈琲(605円)
菊池さん:最初は「見てもらうこと」をメインで考えていたので、すごく安い価格設定を考えたんですね。
でも混み過ぎちゃったらそれは違うし、こだわった世界観でやっていくのであれば、普通のカフェの枠で見られるのではなくて、アニメやゲームのイベントカフェと同じくらいの価格帯でいこうと。
──なるほど。
菊池さん:そこで、基本価格を高くした代わりに、長い時間お店を見てもらった方がより弊社のことを知ってもらえるかなと、お代わりは100円に設定したんです。
元々稼ぐのが目的ではないので、多少は赤字になってもいいですし、さすがに5杯も10杯も飲まれる方はいらっしゃらないだろうと(笑)。
──確かに、おかわりをしたり、長時間過ごすとトータルではそんなに高くならないですね。ちなみに、お店的には何杯飲まれると赤字になるんですか?
菊池さん:何を飲むかで変わるんですけど、エスプレッソ系のメニューのオーダーが続くと、多分3回で赤字になっちゃいますね。
▲カフェ・ラ・テ(715円)
──お代わりは何を頼んでもいいんですか?
菊池さん:はい。なので、裏技として一番安い紅茶(550円)を頼んで、お代わりで高いメニューを頼む……ということもできます。
──そんな裏技が! カフェ・ラ・テをたくさんお代わりすればめちゃめちゃお得なのでは……?
菊池さん:お手柔らかにお願いします(笑)。
お店はまだまだ“工事中”?
──食器やインテリアなど、細部へのこだわりも魅力的ですが、お店の世界観はどうやって練り上げていったのでしょうか?
菊池さん:実は全然まだ完成ではなくて、コロナウイルスの感染状況が落ち着いたら、外に足場をかけたいんですよ。工事中と同じような状態にして、看板シートで店名を出して。
▲足場を立てて、看板シートに店名を出す!?
──これはわたしが前職のころに撮った現場の写真なんですが、イメージとしてはこんな感じですよね。
菊池さん:そうですそうです。内装も、お客さまがねじを回せたり、もっと現場を体験できるようにしていきたいなと思っています。
──とはいえ、現在の状態でも“映える”スペースが満載で面白いですね。
菊池さん:とにかく“映え”は意識しました。「現場」って一般のお客さまにはあまりきれいな印象がないので、テレビや雑誌で特集されている、かっこいいリノベーション物件のようなイメージで。
経験者からすると「いや、こんな現場ないよ」って思うかもしれませんが(笑)、会社としても現場を変えていきたいと思っているんです。
▲トイレの前には鉄骨のトリックアートが
福利厚生、副業……できることは“全部やる”
──確かに……。建築現場って正直重労働ですし、“映え”とはほど遠い世界ですよね。
菊池さん:建設業界は志望者も少ないし、職人さんも条件のいいところに移っていきます。その中で、私たちが何をやれば他社より良くなるのかと考えています。
ボーナス、退職金の制度はもちろん、有給はどんどん取っていけるようにして、福利厚生という名がつくものは全部やっています。
──えええ、それはすごい! でも、現実問題、建設業でしっかり休むのって大変じゃないですか。自分は現場監督もやっていましたが、いくつも現場を掛け持ちして、終わってから内勤をしたり……時間がいくらあっても足りませんでした。
菊池さん:現場監督って大変なんですよね。弊社では職人さんとの連絡や説明はすべて専用のサイトを使って、Web上で行うようにしています。
工事範囲や内容はもちろん、現場のトイレやゴミ箱の位置、最寄りのコンビニまで、すべてのデータを参照できるようにしているんですよ。そうすることで、現場の負担を軽くして、価格も下げる形でやらせていただいています。
──確かに……。わたしはそれこそ朝から晩まで働いて、生きるために働いているのか、働くために生きているのか、わからなくなってしまったんですよ。そのやり方であれば続けられたかもしれない……。
菊池さん:もちろん、本職のWebコンテンツ制作会社には及びませんが、弊社内で一通りのWeb制作や運用ができるんです。
それに、うちは完全副業OKで、「こういう副業の方法がありますよ」って研修もやっています。たとえば私はYouTuberをやっているので、再生数を伸ばすコツや収益化の方法を教えたりだとか。
他にも、Web記事やテレビで使われる「工事現場の写真」は、大半がうちの職人さんが撮った有料素材の写真が使われています。もちろん、お客さまのプライバシーには配慮して、しっかり工事を進めるのが前提ですが、労働時間を守ってきっちり働いて、福利厚生も使えて、副業もできてお金が手に入れば、やる気に繋がってくるじゃないですか。
──髙橋工業、めちゃめちゃ理想的な会社では……!
▲大型のスクリーンには会社のPR動画が
菊池さん:理想は皆さんが髙橋工業で働きながら、最終的には時間とお金が自分たちに還元されることですね。
弊社が大手さんほどお金を出せないのであれば、それに変わるメリットを提示していかなければならない。他社にない価値を出さないと、うちで働いてもらえませんから。
──それはものすごくやる気になりますね。
菊池さん:もちろん、そのぶん教育もしっかりします。たとえば職人さんは喫煙者が多いですが、上から「やめましょう」と言ってもなかなか難しい。だから、喫煙者のパーセンテージを出して、「いまタバコはこんな目で見られているんだ」「だからうちの現場では吸わないでくれ」って、徹底的に理屈で説明します。
タバコだけじゃなく、他にも厳しいことも言いますが、そうすると意欲のある、一緒に頑張っていける職人さんたちが残ってくれるので、モチベーションを保ちながら仕事を進めていけるんですよね。
飲食経験値の少なさを補う武器
──そんな髙橋工業さんにとってもカフェは専門外だったと思うんですが、こういうお店を作り上げていくにあたって、参考にしたカフェなどはありますか?
菊池さん:いろいろ勉強はさせて頂いたんですが、飲食業素人の自分たちが形だけを真似ても勝てないな、って思ったんです。あと、世の中でいう「飲食店」の型にはめる必要はないでしょう、とも思っていて。
基本的には他店は気にせず、自分たちのやりたいことや武器を生かしていこうと思ったんです。
──武器と言いますと……?
菊池さん:押上という外国人観光客の方が集まりやすい立地、そして先ほどもお話しした「Webに強い」ということですね。
実は、「現場喫茶」では他の飲食店とのコラボを積極的にやっているんです。われわれの飲食店としての技術がまだ少なくても、「押上のお客さまに食べてもらえますよ」「Webを使ってお店の情報発信もしますよ」という部分で、コラボ先のお店といい相乗効果を狙えるんじゃないかと思ったんです。
▲現場カレー(1,650円)はフードキャリアに入って出てくる
▲カレーは千葉県佐倉市の名店「イルピーノ」が提供。味にもこだわりが
──確かに、コーヒー豆は清澄白河の「オールプレス・エスプレッソ 東京ロースタリー&カフェ」さん、そしてカレーや洋菓子は千葉県佐倉市の「イルピーノ」さんと、名店とタッグを組んで提供しています。
菊池さん:他にも、お米は宮城県名取市にある「さかきばら米店」さんから仕入れた、宮城県登米市産のササニシキを使っています。スーパーで手に入るお米はすべて試して、われわれが最も良いと思ったものを使いました。
──メニューにおにぎりがあるのも、カフェにしては珍しいなと思ったんですが、そのササニシキを生かすためなんですか?
▲現場おにぎり(660円)。味付けは塩のみ。こだわりのササニシキをそのまま味わえる
菊池さん:はい、まずはそのまま食べてもらうのが一番いいんじゃないかなと思って、塩むすびにしたんです。
シャケや梅干し、明太子やいくらなど、入れたい具もたくさんあるんですが、ネームバリューや適当なもので誤魔化すんじゃなくて、時間をかけて比較して、このササニシキと合うものを入れたいですし。
──飲食の経験値は高くなくとも、味にはものすごくこだわっているんですね……!
菊池さん:雰囲気だけで売るのではなくて、味を大事にしたいんです。だって、見た目はいいけど味にこだわってないお店だったら、「工事もそういう姿勢なの?」って思われちゃいますよね。
「現場喫茶」は私たちのスタンスを表しているお店にしたいので、お客さまの「良かった」をもう一歩超えて、「リピートをしたくなるお店」「人に話したくなるお店」を目指して運営しています。
──確かに、お話をうかがっていて、髙橋工業さんの姿勢がすごく伝わってくるお店だなと思いました。ありがとうございました。
菊池さん:はい、まだまだ経験値の足りないお店ですが、これからもっともっと良くなりますので、またのご来店をお待ちしています。
▲ササニシキの塩むすびもおいしかったです
※記事初出時に、記事内容とは無関係の文言が残っておりました。訂正の上、関係者の皆さまにお詫び申し上げます。
お店情報
現場喫茶
住所:東京都墨田区押上1-45-1
電話:03-6657-0911(受付時間 :10:00〜17:00)
営業時間:水・木・土/11:00~19:00、土・日/11:00~18:00
定休日:月・火曜日、年末年始