「ワインが好きすぎてワイン作りのために島への移住を決意した」──大三島ワイナリーの挑戦

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島に移住して、いちからワイナリーを作ろうと思った

「瀬戸内にワイン文化圏を築きたい!」

そう語るのは、川田佑輔(かわたゆうすけ)さん。

ワインが好きすぎて、自分でワインを作るため瀬戸内の島に移住し、さらには瀬戸内諸島部初となるワイナリーまで作ろうとしている人です。

いやはや、いくらワインが好きだといっても、フツーそこまでしないのでは? 

何が川田さんをそこまで突き動かすのか? お話しを聞いてきました。

 

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愛媛今治市 大三島(おおみしま)。

風光明媚な「しまなみ海道」の中間地点に位置し、世界中からサイクリストがやってくる島です。

旅行者向けのゲストハウスはもちろん、廃校をリノベーションしたホテルやコワーキングスペースまであって、最近は移住者も増えているといいます。

この大三島が、川田さんがワイナリーを作ろうとしている舞台です。

 

──ワインが好きになったきっかけは何ですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20190513110710p:plain川田:大学生の時に参加したNPOがきっかけです。じつは僕、大学に3回行っているんですよ。静岡の高校を卒業して一番最初に行った大学の在籍中に、国際親善のNPOに参加したんです。主催は建築家の伊東豊雄さんの奥さま。その方がすごいワイン好きで、いろいろなワインを飲ませていただく機会があったんです。そこでワインが好きになって、自分でも買って飲むようになりました。

 

www.oideya.gr.jp

 

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──相当、飲まれてきたんですね(笑)。

 

f:id:Meshi2_IB:20190513110710p:plain川田:その頃、最初の大学を辞めて次の大学に入ったんですが、経済的な事情で辞めて働くことになりました。そのとき「どうせ働くなら大好きなワインに関わる仕事がしたい」と思ったんです。そこで、レストランでサービスマンとして働きながらソムリエの資格を取得しました。

 

──ソムリエには前から興味があったんですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20190513110710p:plain川田:そうですね。ワインって食事の時にテーブルにあると、会話もはずみますよね。なんかこう、年代も性別も人種も越えてワイン1本で分かり合えるっていうのが、すごいコミュニケーションなんですよね。だから、そういう場を作るっていうのが憧れだったんです。

 

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▲2016年、バルがオープンしたときの川田さん(写真提供:川田さん)

 

──お酒があると相手との距離も縮まります。

 

f:id:Meshi2_IB:20190513110710p:plain川田:ところが、ソムリエとして働くうちに、今度は自分でも作りたいという想いが強くなっていったんです。

 

──自分で作ったワインを提供できれば最高ですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190513110710p:plain川田:ちょうどそのタイミングで、山梨大学にワイン科学特別コースっていうのが創設されたんですよ。これはいいチャンスだと思って入学しました。

 

──そこでワイン作りを学んだわけですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190513110710p:plain川田:ところが、学術面では最高なんですが、大学なのですごいアカデミックなんですよ。ワインだけじゃなくて、その応用研究として成果を世に出していく研究機関なんです。

 

──たとえばどんな研究を?

 

f:id:Meshi2_IB:20190513110710p:plain川田:微生物、分析、栽培、病理学の4部門で分かれてるんですけども、微生物なんかは、ワインの醸造技術の応用でヨーグルト作ったりとか、害虫の防除に有用な微生物を作ったりとかしてました。分析は、化粧品とか健康促進とかそういった面への活用を打ち出していたりするんですよね。けっきょく、大学にいても「ワインを作る」部分はあまり学べなかった。

 

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──実践的ではなかった?

 

f:id:Meshi2_IB:20190513110710p:plain川田:でも、知識を得た部分は大きかったですよ。知識は実践でも役立ちますし。あとは山梨って土地柄、ワイナリーがたくさんあるので、週末や授業がないときはワイナリーに行って手伝いができたのは良かった。そこでのつながりは今でもすごく大切です。

 

ワイン作りのために島に移住を決意した

──移住のきっかけは?

 

f:id:Meshi2_IB:20190513110710p:plain川田:山梨大学に在籍中、伊東先生が瀬戸内で「日本一美しい島・大三島をつくろうプロジェクト」に取り組んでいると伺いました。伊東先生もワイン好きだったので「瀬戸内はイメージ的に地中海に近いからブドウを栽培したらいいんじゃないですか?」と冗談交じりで言ってたんですけど「じゃあ、ちょっと調べてみてよ」ってことになりました。それで調査のために大三島を訪れたのがきっかけです。2014年6月のことです。

 

──それ以前に訪れたことは?

 

f:id:Meshi2_IB:20190513110710p:plain川田:まったくないです。以前、ロードバイクに乗っていたことがあって、しまなみ海道は自転車乗りにとって聖地なんです。「いつか行ってみたい」っていう憧れはあったんですが、大三島っていう単語を聞いたときどこにあるか分からなくて調べてみたところ「あ、しまなみ海道沿いの島だったんだ!」とやっと気づきました(笑)。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190513110710p:plain川田:そこで実際に調査を開始してみると、気候などの条件がブドウ栽培にぴったり。それをまとめて、2014年8月に伊東先生のミュージアムで開催された展示会の中で、「瀬戸内でワインを作るプロジェクト」として発表しました。

 

──まさに、瀬戸内は地中海と似ていたわけですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190513110710p:plain川田:そのとき、発表を聞いていた先輩移住者の方から「畑の算段を付けるから、ちょっとブドウの苗木を植えてみないか?」と提案をいただいて、2014年の12月ごろに畑を借りて、2015年2月に苗木を植えました。そこがスタートになります。

 

──生活はどうしていたんですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20190513110710p:plain川田:当時はまだ山梨大学に在籍していたので、山梨と大三島の2拠点生活でした。大三島での住居は、今治市の若者向け定住促進住宅を利用しました。

 

──その頃から移住者は多かったんですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20190513110710p:plain川田:増えだしたのは、ここ1、2年くらいですね。僕が来たときは「島で農業やりたい」とか、「地域おこしで島のイノシシを活用したい」とか、けっこう目的がはっきりしている人が多かったんですけど、最近はふらっと移住する人もいますね。

 

──移住に対するハードルが下がった?

 

f:id:Meshi2_IB:20190513110710p:plain川田:「移住のステージが変わってきた」というのは肌で感じますね。今までは固定的に来る人が多かったんですけど、これからは流動的になっていって、例えば2拠点の生活であったりとか、短期的に1年っていう感じの人とか、そういうスタイルが多くなっていくのかもしれません。

 

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──島での生活はどうですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20190513110710p:plain川田:東京で仕事してると、ぎちぎちなスケジュールで息が詰まりそうになるんですが、こっちだったら、けっこう自由がききます。僕は大三島にきてから結婚して子供も産まれたんですけども、子供の近くで仕事もできますし、畑から家まで歩いて2~3分くらいのところに住んでいますので、すごく暮らしやすいですね。

 

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──仕事はワイン作りだけですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20190513110710p:plain川田:ここ(インタビューしている場所)が「大三島みんなの家」といって、昔の法務局をリノベーションしたカフェなんですが、夜はワインバルとしてオープンしているので、週末はソムリエをしています。2階には直販所もありますよ。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190513110710p:plain川田:他にも尾道自由大学で「せとうちワイン学」という講義をしたり、ワインを軸に複数の仕事を組み合わせています。

 

──これから日本全体で、そういった複業スタイルが増えそうですね。

 

収穫直前のブドウをイノシシに食べられ大損害

──移住していよいよワイン作りをスタートさせたわけですが、苗木を植えてから実際にワインができるまでどれぐらいかかりました?

 

f:id:Meshi2_IB:20190513110710p:plain川田:2015年に植えて、2017年に収穫ができたので丸2年ですね。2016年は収穫できそうだったんですけど、イノシシに食べられてしまってまったく収穫ができなかったんです。

 

──それはショックだ……。

 

f:id:Meshi2_IB:20190513110710p:plain川田:初めてワインになったのは、3年目の2018年。200本の赤ワイン「島紅(しまんか)」ができました。

 

──待望の大三島産ワインの誕生ですね!

 

f:id:Meshi2_IB:20190513110710p:plain川田:うれしかったですねぇ。東京恵比寿伊東建築塾でお披露目会も開催しました。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190513110710p:plain川田:今年の2月にも試飲会を開催したのですが、チケットが1日で完売してしまうほど好評で、急きょ、2部制から3部制に変更して人数を増やしました。

 

──大三島の知名度も上がりそうですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190513110710p:plain川田:こういった活動を通して、知ってくださる方、興味を持ってくださる方がすごく多くなってきてるんだなって感じますね。

 

──ちなみに「島紅」のお味は?

 

f:id:Meshi2_IB:20190513110710p:plain川田:赤ワインの島紅は、フルーティーな酸味と海のミネラルを感じられる後味が特徴です。山梨長野とはぜんぜん違う、南らしいニュアンスの味わいです。

 

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▲島紅 マスカット・ベーリーA 95% シャルドネ 5%(3,300円)

 

──島の特徴が出ているワイン、いいですね!

 

f:id:Meshi2_IB:20190513110710p:plain川田:フランス語で「テロワール」っていうんですけども、その土地の個性というのは、ワインにおいてとても大切です。そういった個性がしっかり出ているというのは、僕らにとっても嬉しいことですし、可能性を感じますね。

 

──ちなみに、ワイン作りで苦労したことは何ですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20190513110710p:plain川田:一番苦労するのは、栽培ですね。栽培の中でも、梅雨時期の病気管理が大変です。それが終わって実が甘くなってくると、今度はイノシシなどの害獣対策。そう、ブドウの栽培って、減点法なんですよ。

 

──減点法?

 

f:id:Meshi2_IB:20190513110710p:plain川田:芽が出たときが100点だとすると、そこからどんどん減っていきます。梅雨時にどれだけ病気を少なくするか、実が付いてから害獣被害をどれだけ少なくするか、そんな感じで最後の最後まで結果がわからないですね。去年なんかは、収穫の直前、9月に入ってから台風がきて糖度が上がらなかった時期もありました。糖度が上がらないとワインにならないので。

 

スタート時は完全に手弁当

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──ワイン作りをスタートするにあたり、資金はどうしたんでしょうか?

 

f:id:Meshi2_IB:20190513110710p:plain川田:最初は任意団体だった組織を株式会社化して、自分たちで出資しました。

 

──助成金などは?

 

f:id:Meshi2_IB:20190513110710p:plain川田:スタート時は完全に手弁当ですね。そのかわり「苗木オーナー制度」といって、苗木1本1万円で出資を募り、そこである程度資金を集めました。オーナーさんはワインがもらえる以外にも、収穫祭に参加できたり、ブドウジュースがもらえたり、メルマガでワイン醸造の現場を伝えたりして、一緒にワインを作る楽しみを共有してもらおうと考えました。

 

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─それはステキですね!

 

f:id:Meshi2_IB:20190513110710p:plain川田:最近は、今治市にも協力していただいて、少しずつ助成金なんかも活用しながら何とかやっています。でも、最初は売るものが何も無いし、ワインができあがるのが2~3年後なのでホント、厳しい状況でしたけどようやく夢に近づいてきました。

 

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──畑を見せてもらってもいいですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20190513110710p:plain川田:どうぞ。ご案内しますよ。

 

もともとみかん畑だった耕作放棄地を切り拓いた

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──うわー! 海が見える絶景の畑ですね。やはり放置されていた畑ですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20190513110710p:plain川田:そうですね。昔はみかん畑だったそうです。そこを草を刈って、木を伐採して切り開きました。

 

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──こうして放置されていた畑が、新たに活用されるのはいいですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190513110710p:plain川田:人口が減ると共に、高齢化が進んで耕作放棄地も増えます。そうすると獣害も増えてしまうんです。大三島はイノシシ被害が大きかったんですが、今は積極的に捕獲して、島内のカフェ「DAISHIN」やラーメン屋「猪骨ラーメン」で食べることができます。もちろん、東京のレストランへも出荷しています。いずれはワインと一緒に提供できればいいですね。

 

──ワインとジビエ、あいそうです!

 

www.hotpepper.jp

 

──今はまだ芽が出たばかりですが、収穫は秋ですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20190513110710p:plain川田:そうですね、品種によって収穫時期が異なりますが、だいたい8月下旬から9月中旬くらいで終わるような感じですね。醸造所へ運ぶ日が決まっているから、みんなで一気に作業します。

 

──人手も必要ですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190513110710p:plain川田:収穫だけでなく、栽培も一部、契約農家さんに委託しています。ワイン作りは僕一人でやっているのではなく、島のみんなと二人三脚です。わからないことがあれば島の人に聞くし、僕が知っていることは島の人に教える。だから「みんなのワイナリー」なんです。

 

しまなみをワイン文化圏として世界的に認められる地域にしたい

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──醸造はどこで?

 

f:id:Meshi2_IB:20190513110710p:plain川田:岡山の新見市にある醸造所へお願いしています。

 

──いずれは醸造所も大三島に?

 

f:id:Meshi2_IB:20190513110710p:plain川田:そうですね、醸造所も大三島に作って、自社で栽培から醸造までできるようにしたいです。

 

──醸造所の完成はいつ頃を予定しているんですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20190513110710p:plain川田:2020年の予定なんですけれども、もしかしたらもう少し早くなる……かも? 未定ですが(笑)。

 

──これからのプランは?

 

f:id:Meshi2_IB:20190513110710p:plain川田:一応、会社としてはオーベルジュ(宿泊もできるレストラン)とワイナリーをセットにして、宿泊もできる施設を予定しています。ワイン単体ではなくて、何かと組み合わせて相乗的に楽しめるようにしたいんです。

 

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──将来、思い描く絵などありましたら。

 

f:id:Meshi2_IB:20190513110710p:plain川田:ここから先は会社ではなく個人としての想いなんですが、ワインの生産数を少しずつ増やしていき、ブドウ畑も拡大。栽培農家さんも大三島から隣の島、さらには今治市にも増やして、ワイナリーやオーベルジュがこの島以外にもできるといいですね。しまなみを山梨長野のようなワインの産地にしたいです。
そしてワインを中心とした文化圏ができて、全国的にも、世界的にも認められるような地域にしたいですね。そうなってくれるのが夢ですね。

 

──ワインをメインに、観光、宿泊、など複合的に発展させて世界中からお客さんがくるような場所になれば素敵ですね!

 

f:id:Meshi2_IB:20190513110710p:plain川田:そうですね。あながち不可能ではないんじゃないか、と思っています。

 

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ブドウの苗木100本からスタートした川田さんの夢は、いよいよ瀬戸内諸島部初のワイナリー実現へ向けて大きく前進しています。

島へ移住して、自分の好きなことを軸に新たな仕事を創り出し、その土地の人たちと協力して地域を活性化する。これからは川田さんのような生き方、暮らし方が増えてくるかもしれません。

瀬戸内のワインとジビエで乾杯! その日が楽しみです。 

 

www.ohmishimawine.com

minnanoieomishima.wixsite.com

 

書いた人:星☆ヒロシ

星☆ヒロシ

夫婦で食べ歩きが趣味。夫は食べる専門で、妻は呑む専門。若いころは海外へも足を運んだが、最近は日本の良さを再認識し、旅をしながらその土地ならではのおいしいものを食べ歩く。

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