
未知の缶コーヒー
みなさん、缶コーヒーはお好きでしょうか?
しかし、いまだかつて飲んだことのないコーヒーを見つけてしまいました。
それは……
いよかんコーヒー!


たしかに、愛媛県といえば柑橘類。
ミカン、いよかん等の昔から親しまれている柑橘から、せとか、紅まどんな、甘平(かんぺい)などの高級柑橘まで、愛媛ではありとあらゆる柑橘類が栽培されています。
ジュースやスイーツなどの加工品はもちろん、養殖魚のエサに果皮を混ぜて育てたみかん鯛、みかんブリ、みかん銀鮭なども県の特産品になっています。
生臭さがなく、さわやかな風味が特徴。また、愛媛のビールといえば「いよかんビール」。いよかんの香り立つ、風味豊かなビールです。

しかしコーヒーといよかん……?
いやいや、フレーバーコーヒーでオレンジとかもあるから、意外といけるかも?
生産しているのは「株式会社あいさと」さん。
いよかんコーヒーを作っているのはどんな会社なのか? 気になったので、取材してきました。
いよかんコーヒー、その意外な味とは

山下:こんにちは! 株式会社あいさと代表の山下と申します。今日は暑いですねぇ、これどうぞ。
──おお! さっそくいよかんコーヒーが(笑)。それでは、いただきます。底のほうに成分が沈殿してるから、振ったほうがいいとかあります?
山下:軽く振ったほうがいいですね。
──軽くシェイクして、と。ごくり……すごくフルーティーですね! 開けた瞬間に柑橘系のさわやかな香りが鼻に抜けます。ただ、コーヒーというよりは……何か新しい飲み物という感じ?
山下:初めて飲んだ方、みんな同じような感想を言いますね(笑)。
──味の評価が分かれそうなところがこのコーヒーの魅力かもしれませんね。ちょっと周囲の人に飲ませて感想を聞いておきます。
いよかんコーヒーを知り合いに飲んでもらった感想
いよかん風味がホンノリ、苦さもマイルド、甘さ控えめ、酸っぱさはあまりなくて、スッと飲めますが、缶のパッケージ以外は印象に残らないかも(笑)。嫌いじゃないですよ。ただしちょっとパンチもないかな。(30代 女性)
プルタブを開けると、いよかんの甘酸っぱい香りとコーヒーのほっとする香りとが絶妙に1つになって漂う。口に含むと、それぞれの苦味、酸味が適度に重なり不思議とマッチしている印象。甘さが控えめであることもあってか、全体的にヌケがよく軽く飲める。毎日飲んでいたら、クセになりそうな気もする。(40代 男性)
コーヒー好きな人が作ったのでは。コーヒー愛を感じる。ちょっと誇張した表現をすれば、サードウェーブコーヒーを思わせる、華やかな果実の香りの楽しさがある。甘すぎる缶コーヒーが苦手な人でもすいすい飲める。ただ、パッケージはハワイのライオンコーヒーみたいな、ぱっと見て「フレーバーコーヒーなんだこれは」とわかるほうが安心感があると思う。(30代 女性)
コーヒーと言われて飲むと物足りない。苦みが薄い。(30代 男性)
コーヒー好きなので気に入った。フレーバーコーヒーとしてカフェで出されれば、さらに美味しく感じるかも。(40代 男性)

──と、試飲した方からはいろいろな感想をいただきました。それにしても、かなりユニークなドリンクですが、いよかんコーヒー誕生のきっかけは?
山下:不思議な味に仕上がってますよね(笑)。もともと、うちの会社は土産物の卸売りを手掛けていたんですよ。「四国の食材と食文化を伝える」ことを目標に、さまざまな食品やグッズを開発、販売してきました。たとえばこんな商品ですが、見たことありません?

──おお! 土産物店や空港、高速道路の石鎚山サービスエリアなんかでも見たことあります。
山下:会社名の「あいさと」は四国4県、阿波(徳島)、伊予(愛媛)、讃岐(香川)、土佐(高知)の頭文字をとったものです。僕が育った四国は海に囲まれ、小さな島も多く、それぞれ独自の文化や特産品があります。
そういった素材をいかし、オリジナル食品やおもしろグッズなど「四国の隠れ名産品」を提供していきたいという想いが込められています。
──なるほど。それで愛媛名産のいよかんをフレーバーコーヒーにしようと。
山下:じつは、以前に取引のあった会社がティーバッグのいよかんコーヒーを作っていたんですよ。でも、ティーバッグは飲むときの利便性が缶に比べるとちょっと落ちるじゃないですか。旅行で来られた方がティーバッグを買って、その場で淹れて飲むわけにもいかないですし。それを見て「もっと手軽に飲めるように缶にしたらどうだろう」って思ったのがきっかけです。
社員の反応は「やりたいんだったら、やってみれば」でした(笑)

──たしかに、ティーバッグよりも缶のほうが手軽に飲めますね。
山下:それと、うちは缶詰も作っているんですが、事業をやっているなかでたまたま飲料メーカーに勤めていた方と知り合いになりまして。その方が缶のジュースやお茶などの開発に関わった経験があったんです。
そこで「うちは缶詰は作っているけど水産物しか扱ったことがないので、飲料をやってみたいんですけど」って相談したら、速攻で「おー! 任せておけ」って返事が来て。じゃあ、紙パックのいよかんコーヒーを缶にしようということになったんです。
──紙パックのいよかんコーヒーを見つけてきて、それを「缶コーヒーにしよう」って提案したのは社員の方ですか?
山下:僕です。
──その時の社員の反応は?
山下:「やりたいんだったら、やってみれば」みたいな感じでした(笑)。

──なかなかチャレンジングな企画だと思いますが、社員のみなさん、理解がありますね(笑)。ちなみに、開発で一番苦労したのはどういった部分ですか?
山下:コーヒーとフレーバー、エキスの配合ですね。通常、フレーバーコーヒーを作る過程には
- 香りづけのフレーバー
- 味付けのエキス
山下:コーヒーの質、フレーバーとエキスのバランス、それに加えて砂糖を入れるのか? ミルクはどうするのか? っていう話にもなって、すごい数のサンプルができあがった。それを一つひとつ飲んでいたら、舌が麻痺してきちゃって(笑)。9万本のいよかんコーヒーがドーン

山下:砂糖に関しては、微糖にするのか? 無糖にするのか? というせめぎ合いもあったんですよ。僕は無糖派なので無糖でいきたかった。ところが「無糖はコーヒー好きにはウケるかもしれないけど、やはり広く受け入れられるのは加糖のほうだ」という意見がテイスティングした社員の間では多かった。じゃあ「すごく甘い加糖はやめよう、微糖系にしよう」っていうことで収まったんですけど、いわゆる「微糖」でも感じ方に個人差があるじゃないですか。
山下:僕は「限りなくブラックに近い微糖」をイメージしてたんですけど、加糖のコーヒーを飲み慣れている人の意見は「限りなく加糖に近い甘さのほうがおいしい」となってしまって(笑)。
山下:それに加えて、先ほど言った飲料メーカーで開発に携わっていた人が、コーヒーに対するこだわりがすごいんですよ。豆は何を使おう? から始まって、味をしっかり出すには最低限これぐらいの濃さは必要だ! とか、いよかんエキスはどれぐらい入れようとか。
山下:最終的にすごい数のサンプルを飲むことになりました(笑)。ちなみに、ウチとしては初めて缶の飲料に挑戦したんですけど、発注した1回あたりの最低ロットが9万本なんですよ。
山下:まずそのロット数に度肝を抜かれまして(笑)。9万本っていったら、そりゃ大手さんだったら北海道から沖縄まで販売できるんでしょうけど、僕らはほぼ愛媛限定ですよ。その9万本のいよかんコーヒーがコンテナに積まれてドーン! と届くわけです。箱菓子とかもコンテナで来ますけど、1種類の商品が大量のコンテナで届くなんて、経験したことなかったんですよね。
山下:さいわい初期ロットは2年ほどで完売して、いま販売しているものは2次ロットになります。
山下:ところが初期ロットが売れて、じゃあ次も作るかっていう時に「9万本じゃロットが小さいのでできません」って言われてしまって。さすがにさらに9万本以上のリスクはとれないので「じゃ、もうやめるかぁ……続けたかったけどね」って言ってたら、元飲料メーカーの方が「別の工場見つけきたよ~。9万本でイケるようになったからよろしく!」って(笑)。
山下:じつは2次ロットでは味をちょっと調整して、少しだけ甘くしているんですよ。ただし、いよかんエキスで甘さを出そうとすると、ほとんどいよかんジュースになってしまうので、砂糖で甘くしています。
山下:そうなんですかねぇ……僕としてはやっぱり無糖でいきたかったなってのはあります。無糖にすると、もっとさっぱりした感じが出るんですよ。でも、営業が力を入れてくれないと商品は売れないので、どうしても営業の意見も考慮しなくちゃならない。たまたま営業が甘いのが好きなだけちゃうんか!? と言いたい(笑)。
──いよかんエキスはどれくらい入っているんですか?
山下:たしか1トンにつき1リットルぐらいだったかな? やはり色々テストしてみて、この配合に落ち着きました。少ないように感じるかもしれませんが、エキスはいよかん100kgから3kgしか抽出できません。まさに「ぎゅっと詰め込んだ」わけです。
──ちなみに、このパッケージのおっちゃんはどなたですか?

山下:これは、うちの社員です。農家さんでも良かったんですけど、肖像権の処理とかが大変なので社員に農家さんのような服を着させて撮影しました。本人は恥ずかしがってましたけど。
──めっちゃいい笑顔ですね。デザインは社内で?
山下:いや、外部です。いくつかパターンを出してもらって絞り込みました。本当は3種類くらい作りたかったんですよ。愛媛で販売するのと、高知で販売するものはデザインが違う、みたいな。
最終的には1種類で落ち着きましたが、最初から農家さんのイメージをメインに使うっていうのは自分のなかで決まっていたので、まわりのデザインが多少違うぐらいでしたね。
──生産農家さんを使いたかった理由はあるんですか?
山下:生産者さんの想いや、顔、人柄が買う人にダイレクトに伝わるかなと思って。一度見たら忘れられないって評判です(笑)。
──たしかにインパクト大ですね(笑)。それとこのコーヒー、愛媛名物なので県内で生産しているのかと思いきや、製造は静岡なんですね。愛媛で作るのは難しいですか?

山下:うちは主に総菜と缶詰の製造をやってきました。今回、飲料ということで、製造の許可を取得して工場の枠も確保したんですが、やっぱり手狭で。
惣菜にせよ飲料にせよお菓子にせよ、いったん確保した生産ラインを変更するのは大変なんです。それなら得意なところにお任せして安定して生産できたほうがいいと判断しました。
──これから作ってみたいものはありますか?
山下:オール愛媛の超まじめなものと、そうでないものと両極端なものを作ってみたいですね。めちゃめちゃまじめな商品と、店からクレームがくるギリギリのやつ(笑)。
──いいですね~振り切れていて。そういえば、あいさとさんってちょっと変わった商品が多い気がします。キャラクターグッズで……えーっと、マロン?
山下:タルトですね(笑)。僕は若いころから北海道だったり、東京だったり、愛媛県の外に行くことが多くて。そこで飲み屋とかで地元の人と会話していると、ご当地自慢が始まるわけですよ。
俺は岡山だ、俺は広島だって。当時はゆるキャラという言葉もないころで、自慢のネタといえば野球やサッカーのプロチームなわけです。しかし、愛媛には今でこそプロスポーツのチームがありますが、当時はなかった。「どうせミカンしかないんだろ?」みたいなことを言われるわけですよ。それが悔しくて(笑)。

山下:そこでヒントにしたのが北海道の「クマ出没注意」ステッカーです。じゃあ、愛媛を象徴するものは何か? と考えたときに銘菓タルトが浮かんだんです。タルトのキャラクターを作って少しでも認知度を上げて、お菓子のほうも売れたらいいなという想いもあって制作しました。

▲画像はあいさと Webショップより
──なるほど、愛媛の定番土産といえば一六タルトや坊っちゃん団子ですよね。しかし、愛媛のタルトはじつはロールケーキという(笑)。

山下:タルトと言えば普通はそうですよね(笑)。お皿の上に生地があって、フルーツがたくさん乗っているような。だから僕は愛媛のタルトをもっと知ってもらいたかった。
──あとカエルのキャラクターグッズがたくさんありますが、あれはどういう……。

▲画像はあいさと Webショップより
山下:一平くんですね。ゴロゴロゴロンズといって、カエル4匹とスズメ1羽で奏でるバンドのボーカルです。もちろん、愛媛生まれです。愛媛FCの応援歌も歌ってますよ。自分も趣味でバンドをやっていたので、応援したくて。
愛媛産には愛がある

──それで玄関にポスターが。郷土愛にあふれていますね。まさに愛媛づくし。
山下:オール愛媛はとりあえず総菜から始めようかと、ちょうど今やってるところです。愛媛って、原材料の総重量の80%以上が愛媛産の商品だと「愛媛産には愛がある」っていうシールを愛媛県の農林水産部ブランド戦略課からもらえるんです。
その基準を90%まで上げて、さらに地域もぎゅっと限定したもの。例えば睦月島(むつきじま)っていう離島があるんですけど、その島だけの素材を90%パーセント使った総菜とかを考えています。それが真面目なほうのアイディアですね。真面目じゃない方のアイディアはすぐ思いつくのですが(笑)。
──最近は流通網も発達しているので、いろいろな地域の特色を活かした商品開発が、全国各地で盛んになれば面白いですよね。
山下:地域の良さに気づく人って、いったん外に出た人や、他の地域から来た人が多いんですよね。素晴らしい素材があるのに、ずっと住んでいると気づかない。先ほどの睦月島でも、一緒にやっている人はもともと島に住んでいる人ではなかったんですが、島の魅力に気がついて商品開発に挑戦しているところです。
──どんな商品ができあがるか楽しみです。
山下:例えば開発中のこのチョコも良いほうに振り切っているつもりです。乳化剤は入れずに、愛媛県産の久万(くま)のお茶を10%使っています。久万のお茶は生産農家さんが減ってしまって、かなり貴重なんですよ。乳化剤を添加しておらず溶けやすいため、秋ぐらいから発売する予定です。ちょっと食べてみます?

▲開発中のチョコ。商品名などは未定
──お茶の香りがふわりと口の中に広がりますね。抹茶の香りに玄米の香ばしさが加わったような。濃厚なのでコーヒーとも相性が良さそうです。ぜひ、いよかんコーヒーと一緒に販売してください(笑)。本日はありがとうございました。
山下:ありがとうございました。あ、帰りにこれ、持って行ってください。
──わかりました。まわりにも試飲させます(笑)。
いよかんコーヒーは、郷土愛にあふれる山下さんのアイデアから生まれた「地方の隠れたヒット商品」でした。
缶コーヒー&土産物という巨大なマーケットで9万本以上を売るには、大手と真っ向勝負では歯が立ちません。そう思えば、あのパッケージデザインもありだと思えてきます。
なんと言っても「これ、知ってる?」と人に見せた時の反応が楽しいんです(笑)。
ほら、あなたも飲んでみたくなりませんか?
書いた人:星☆ヒロシ

夫婦で食べ歩きが趣味。夫は食べる専門で、妻は呑む専門。若いころは海外へも足を運んだが、最近は日本の良さを再認識し、旅をしながらその土地ならではのおいしいものを食べ歩く。


