大阪の南港エリアに出かけた時、「弾丸フェリー」と書かれたパンフレットを何の気なしに手に取ってみた。
「関西から九州まで10,000円~往復できます」とある。やや間があって「え! 往復1万円で九州まで行けるの!?」と思った。計算してみると片道5,000円である。これは安い。
「弾丸フェリー」とは「フェリーさんふらわあ」が提供しているプランの一つで、大阪から別府まで、大阪から鹿児島・志布志まで、神戸から大分まで、という3つの航路について、0泊2日で往復することによって乗船料金が大幅に割り引きされるもの。
0泊2日というのは、つまり、今日の夜のフェリーで大阪から別府に向かったとして、明日の朝に着いて、明日の夜に別府からまたフェリーに乗って帰る、ということである。別府に滞在できるのは朝7時頃から18時頃までの半日となるわけだ。
ん、ちょっと慌ただしいようにも感じるが……実際のところどうなんだろう、と思って今回「弾丸フェリー」を利用してみることにした。
結論から言うと、思った以上に別府の街を楽しむことができたし、何よりフェリーの上でのぼーっとした時間が自分にとってはたまらなく心地よく、素晴らしい旅となった。少し長くなりますがこれからレポートします。
いざ別府行きのフェリーに乗船
さて、私が「弾丸フェリー」を利用したのは2016年12月のある木曜日。今回は大阪から別府までの航路で行くことにした。取材時の運航スケジュールでは、木曜は19時5分に大阪南港を出発し、翌朝6時55分に別府に到着する予定になっていた。12時間の船の旅である。
大阪駅から電車を乗り継いで30分程度、ニュートラムの「トレードセンター前」という駅で下車すると改札からフェリー乗り場まで直結していて、建物の中を歩いていくだけだ。
「フェリーさんふらわあ」の乗船受付カウンターで乗船券を購入。
ちなみに「弾丸フェリー」は乗船の前日までに予約しないと乗れなくて、さらに今回私は「弾丸フェリー」の料金で、別府の街を走る「亀の井バス」の「ミニフリー1日乗車券」もついてくるというプランを利用したのだが、それは電話予約が必要だった。
予約番号を伝えて、往復の乗船券とバスの乗車券を受け取り、1万円を支払う。税込みできっかり1万円。
さあ、これで晴れて「弾丸フェリー」の乗船客である。「フェリーさんふらわあ」の船体はこんな感じ。
巨大過ぎて全体が見渡せないのだが、通路の先に船体の一部が見える。
フェリーに乗り込んで早速船内を散策。乗船口を入ってすぐ「案内所」があり、
小さなコンビニレベルの豊富な品ぞろえの売店があり、
子どもが遊べるスペースやテーブル席などのある公共スペースがある。
マッサージチェアが置かれていたり、軽食やカップ麺、アルコール類を売る自販機なども充実。
ゲームコーナーで遊ぶこともできたりする。
そして、窓から夜の海(といっても真っ暗だけど)を見ることのできる展望風呂。
と言うような感じで色々なスペースが船内に点在していて、ウロウロしているだけでテンションが上がる。広すぎてビルの中みたい。
船内でダラダラ飲みながら過ごす
さあ、気持ちが高揚してきたので早速お酒でも飲みたい。「フェリーさんふらわあ」では、船内のレストランでビュッフェスタイルの夕食をとることができる。乗船料金とは別料金で1,540円となっている。
和食、洋食、中華、カレー、サラダバーなど、どんなものが食べたい気分でもカバーできるであろうザ・バイキングといった感じ。あれこれ欲張ってこんなセットを作った。
カツオのたたき、イカ刺し、豚角煮、麻婆豆腐、ハンバーグ、シュウマイ、ピザ、おでん、とり天、ロールキャベツと味噌汁。我ながら何でもありだ。
フェリーのレストランだからといって劣るどころかそれぞれおいしく、酒のつまみとしても十分。大分名物の「とり天」や、九州産の素材を使ったお味噌汁など、“ならではメニュー”も用意されているのがうれしい。
木曜の夜の便だからか船内はそれほど混み合ってはおらず、レストランで周りを見渡してみると、年配のグループ客や、韓国や中国からの観光客などが主で、家族連れがちらほらという感じ。このフェリーに乗り慣れているのか、レストラン内で買える焼酎の紙パックボトルを買って、お茶や水で割りながら酒盛りしているグループもいて楽しそうだった。今回私は一人で乗船したので、そのテーブルに混ぜて欲しいと思った。
それにしても、味噌汁をすすりながら眺める夜の海というのもオツなものである。時間はまだまだある。おつまみにシュウマイをおかわりしたり、カレーのルーだけお椀に盛り付けたりしながらちびちび飲む。
食事を終えたら展望デッキに出て、海風に吹かれながらライトアップされた明石大橋を眺めたりして過ごす。
船内に星空の案内図が貼ってあり、実際空を見上げてみると星がきれいだった。
売店で買ったつまみと発泡酒をケータイの充電ができるテーブル席でゆっくり味わいながら、読書して過ごす。
このダラダラした時間。これこそがフェリーの醍醐味(だいごみ)だろう。誰かに「何してたの?」と聞かれたとしたら「え……特に何も」としか答えようのない時間が過ぎていく。
ここで「フェリーさんふらわあ」に乗る酒好きの方に注意しておきたいのだが、売店は22時前に閉まり、さらに23時になるとアルコール類の自販機の販売が停止となる。それから翌朝まではお酒の購入ができないので、夜中まで静かにお酒を楽しみたいあなたは先に買っておくこと!
別府に着いて地獄をめぐる
そんなこんなで眠くなるまで穏やかな時間を過ごし、目が覚めると朝が来ていた。ちなみに「弾丸フェリー」の利用者は「ツーリスト」という大部屋で眠ることになる。
朝は朝でレストランの朝食バイキングが用意されていて、それを食べたり明るくなっていく空を眺めながらお風呂に入ったりといろいろ楽しかったがそこら辺は割愛して、ようやく別府に着いた。
港から、亀の井バスに一日乗車券を使って乗車し、別府駅までおよそ10分。駅前には別府を観光地として開発した功績者として知られる油屋熊八像が立っている。天国から舞い降りる瞬間を表現したものらしい。
素晴らしいポーズ。
この時点で時刻は朝の7時半。飲食店が営業を開始するのもまだ先だろうし、どうしたものかと思案した末、乗車券を使ってバスで「鉄輪」エリアへ移動し、「地獄めぐり」をすることにした。
「地獄」とは、温泉の噴出口のことで、「別府地獄組合」の公式サイトによると、「ここ鉄輪・亀川の地獄地帯は、千年以上も昔より噴気・熱泥・熱湯などが噴出していたことが『豊後風土記』に記せられ、近寄ることもできない忌み嫌われた土地であったといわれています。そんなところから、人々より、『地獄』と称せられるようになりました」とのこと。
確かに鉄輪のバス停車場に着くと、至るところから白煙が上がっている。
歩いて行ける場所だけで「白池地獄」、「かまど地獄」、「鬼石坊主地獄」などたくさんの「地獄」があり、その中の一つ、「海地獄」を見ることにした。
白煙の中に目を凝らすと、沖縄の海みたいな青い池があり、ゴボゴボいっていると思ったら98度の高温なんだという。湯の中に含まれる硫酸鉄という成分のためにコバルトブルーに見えるのだとか。
なんなんだ地球! と思いながら青い地獄を眺めて散策を再開すると、もうこの辺りは温泉が湧くのが当たり前というか、当たり前を通り越して「地獄」と呼ばれてしまうほどなわけだから、温泉は私が思うような特別にありがたいものではなく、日常の中に平然と存在していることがわかってくる。
それというのも、鉄輪エリアをウロウロしているだけで公共浴場がたくさんあり、どこも入浴料が100円程度なのだ。「すじ湯温泉」という浴場の前に座っていたおじさんに「ここは肩こりにいいんだ。今なら貸し切り!」と言われ入ってみる。
「入湯料」は、備え付けられた箱に入れるシステム。
入ってみると、誰もおらず本当に貸し切り。浴槽のある空間に脱衣スペースもある、コンパクトな空間だ。
シャワーなどはなく湯船のみ。なので石鹸やシャンプーの使用は禁止。桶でお湯をすくってよく体を洗って入るのがルール。熱すぎずぬるすぎずの実に気持ち良い温度だ。「地獄」どころか極楽である。
別府の共同浴場めぐりにハマる
そこから温泉ハシゴが止まらなくなって、入浴料100円の「地獄原温泉」に、なんと入浴料が無料の「熱の湯温泉」。
湯船のそばに不動明王像が祭られている「谷の湯」。
などなど見つけるたびに温泉に漬かる。どこも浴場のコンパクトさは似通っているが、それぞれに建物の風合いが違ったりして楽しい。なんせこんな工場に見えるような勢いで湯が湧いているんだもんな。
気付けば昼近くなり、バスで別府駅前まで戻って「竹瓦温泉」へ。80年近く前に建てられた建物が圧巻。
この「竹瓦温泉」では、寝転んで温泉で温めた砂をかけてもらうという「砂湯」に入ることもできる。専用の浴衣に着替え、砂の敷き詰められた広い空間で「砂かけさん」と呼ばれる係の方に砂をかけていただく。結構重たくて、聞くと50kg近くの重量があるらしい。
事前にお願いしておくと写真を撮ってもらえる。
別府の食を堪能する
温泉に漬かりまくった後はいよいよ飲み食い。評判のお店「六盛」で別府名物の冷麺を食べる。
麺のつるっとした喉ごしと弾力が素晴らしい。
別府駅前の商店街の裏路地にある「湖月」の餃子とビール。
外側パリパリであんがギュッと詰まった理想的な餃子。ちなみにこのお店のメニューは餃子とビールのみだ。
もっともっと食べたいものがあったのだが、なんせ胃袋には限界がある。こんな時だけでも良いから外付けの胃が欲しい。
「九丁目の八ちょう目」というお店
腹ごなしに別府駅から海の方へ歩いたり、別府タワーをのぞいてみたりしているうち、そろそろ夕方が近づいてきた。私には最後にどうしても寄って帰りたいお店があって、そのお店は17時開店。帰りのフェリーに乗るために18時過ぎには港に向かわねばならないが、軽く1~2杯はやれそうだ。
その前に近くの「錦栄温泉」に100円を払って入り、今回の最後の温泉とする。
しばらくして今回どうしても行ってみたかった「九丁目の八ちょう目」というお店の前を通ってみると、開店時間より少し早いがのれんが出ている!
年季の入った迫力ある店構えに少し緊張しつつそーっと戸を開けてみると、気さくな店員さんが「もうやってますよ」と迎え入れてくれた。カウンターだけのお店で、入るとすぐにおでんの大鍋が目に飛び込んでくる。
店主の「まーちゃん」こと、山中正之さんにお話を聞いてみると、おでんのダシは継ぎ足し継ぎ足しの66年物だという。大根と豆腐と、焼酎のお湯割りをいただく。
おでんには、卓上のニンニク醤油をかけてもおいしいとのこと。
「九丁目の八ちょう目」という不思議な店名は、先代である店主のお父さんが昭和25年から屋台を引いていたのが八丁目あたりで、それが後に九丁目にお店を構えることになったからこのような名になったという。
ちなみにこちらが店主の山中正之さん。
そして、壁に貼ってある写真の色男が先代だという。
かっこいい。
一生忘れない気がする
常連さんがやってきて、焼酎のお湯割りにカボスを絞って飲んでいる。ちらちら見ていたら「おいしいから試しにやってみな」とのことで、絞ってみると劇的においしくなる。
「カボスを絞る時は皮を下に向けて絞るの。そうすると果汁が皮を伝っていくから香りが出るよ」とのアドバイス。
なんとなく一生忘れない気がする。
その常連さんはこのお店に通い続けて47年になるという。私が入ってきた「錦栄温泉」にほぼ同じタイミングで入っていたそうで、「熱いお湯が好きな常連さんがちょうどいたから熱かったろ」とか、そんな会話がとても楽しい。
おすすめの鳥もつはコリコリと歯応えがよく、新鮮ゆえ臭みはまったくない。これで200円というリーズナブルなメニュー。
鍋の鉄分で真っ黒くなったおでん卵も最高。
そして、「50年前の屋台の味」だという名物のラーメンも鶏のダシが深く引き出されたスープがおいしくて飲み干した。
壁に貼ってある新聞記事を読んでみると、店主のまーちゃんはお店の売り上げを別府市の社会福祉協議会に寄付し続けていて、これまでに450万円以上も寄付して表彰されたという。そんな人柄がお店の温かさを作っているのか、とにかく居心地が良く、気づけばだいぶ時間ギリギリになってしまった。
「金髪美女と黒豹が格闘する絵を描いている」という常連の曽根さんの話の続きが気になって仕方なかったが、泣く泣くお店を出る。
共同浴場をめぐり、食べ歩き、「九丁目の八ちょう目」で店主や常連さんとお話をさせてもらって、別府に暮らす人々の日常につかの間だが混ぜてもらったような、そんな気になった。
その時間が終わり、これからフェリーにまた乗って帰るのが不思議な気がするけど、こうしてまた気軽に来ることができると思うとうれしくなった。
心地よい疲れもあり、帰りのフェリーではひたすら眠った。展望デッキで明け空を眺めながら、こうしている今も別府ではモクモクと温泉の白煙が湧き続けているんだなとふと思った。
お店情報
六盛
住所:大分県別府市松原町7-17
電話番号:0977-22-0445
営業時間:11:30~14:00、18:00~20:00
定休日:水曜日
ウェブサイト:http://www.6-sei.com/
胡月
住所:大分県別府市石垣東8-1-26
電話番号:0977-25-2735
営業時間:月曜日 11:00~16:00、水曜日~日曜日 11:00~17:30
定休日:火曜日
九丁目の八ちょう目
住所:大分県別府市光町13-16
電話番号:0977-22-1041
営業時間:17:00〜翌0:00
定休日:土曜日、日曜日
Facebook:https://ja-jp.facebook.com/ma9868/
※この記事は2017年2月の情報です。
※金額はすべて税込みです。