みなさん、僕のことどれくらい知ってますか? ── つまようじより

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こんにちは! つまようじです。コンビニの箸袋に入っていて、大抵の飲食店のテーブルの上に置いてあって、食べ物が歯に挟まった時にシーハーする、あのつまようじでございます。

 

みなさん、食事を楽しんだ後は当たり前のように僕を使っているけど、僕の存在についてじっくり考えたことはないんじゃないでしょうか。僕を手に取り、じっと見つめて、「こいつ、一体なんなんだ……?」と少しでも思ったことがある人はいるでしょうか。

 

たとえば、僕の後ろに溝がついて細くなっている部分がありますが、あれがなんのための加工なのかご存じでしょうか? もし、「ここをパキッと折ると“つまようじ置き”になるんだよ」と得意げに話している人がいたら勇気を出して言ってください!

「それは間違いです」と。

 

さらにこれは、多くの人に衝撃を与えてしまうことだと思うのですが、いわゆる一般的な軸の丸いつまようじは、食べ物を刺して食べるための道具であって、歯の隙間を掃除するためのものではないのです。

驚かせてすみません……。これからじっくりそこら辺について解説していきますのでお付き合いください。この記事を読めば、きっと僕について詳しくなれるはずですヨ!

 

……と、冒頭からいきなりつまようじの独白が始まってしまったが、実際のところ、普段から何気なく使っているつまようじについて、自分は何も知らないということに気づいたのだ。そんな時に、大阪府河内長野市が“日本一のつまようじの産地”であると聞いた。なぜ大阪が日本一なんだろうか……。たこ焼きを食べるのにたくさん使うから……? わからないことだらけである。

河内長野市には創業から100周年以上の歴史を持つつまようじメーカーの「広栄社」という会社があり、敷地内に「つまようじ資料室」を併設して、その歴史のPRに努めているという。

今回は、広栄社の取締役会長である稲葉修さんにお話を聞きながら、つまようじの歴史についてたっぷり学んできた模様をレポートしたいと思う。意外な雑学が次々登場します!

 

圧巻のつまようじアートが

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河内長野市上原町にある「広栄社」にたどり着くと「つまようじ資料室」の看板が。

 

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出迎えてくれたこちらの男性が稲葉修さんである。

 

さっそく「つまようじ資料室」を案内してもらいながらお話を聞くことに。資料室へと向かう途中、最初に目に入ってきたのがこちらの絵だ。

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葛飾北斎による「富嶽三十六景」の中の「凱風快晴」という作品で、“赤富士”とも呼ばれる有名な浮世絵である。

 

しかし、こちらの絵、近づいてよく見ると……

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全部つまようじでできているのだ!

 

これは大阪市の「開明高校」の生徒が2008年に制作した「つまようじ絵」で、使われたつまようじは約20万本! つまようじを一本ずつ彩色し、地道に差し込んで作り上げた労作とのこと。かなりの大きさなので、学校で保管しておくことが難しく、「広栄社」で引き取って資料室を訪ねる人に見せているのだという。

他に、広島の「鈴峯中学校」の生徒によるつまようじ絵など何点かが展示されていた。

 

つまようじはこうして作られる

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次に案内されたのが、つまようじを製造するための機械が置かれた一角だった。

 

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ここでつまようじの製造過程を説明してもらう。現在製造されているつまようじの原料は「白樺」の木である。

 

つまようじの製造工程は以下の通りだ。

①まず、皮を取り除く

②白樺の木を切る

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③30cmほどの短い丸太状に切る

④加工しやすくするために4時間煮る

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⑤大根を桂むきするようにむいていき、2.5ミリの厚さの板にする

⑥乾燥させる

⑦1枚の板を複数の短冊状に切る

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⑧串状に切り出す(この串を「丸軸」という)

⑨つまようじの長さに切る

⑩先を削ってとがらせる

と、大まかにいうとこのような工程を経てつまようじが作られる。

 

ちなみにここにある機械が使用されていたのは昭和30年代までのことで、その頃は北海道で切り出された白樺の木を大阪にある「広栄社」まで運んできて、それ以降の加工をこの敷地内で行っていた。

 

その後、競合他社がコストを抑えるために生産拠点を徐々に中国などに移していく中で、こちらの「広栄社」は国内生産にこだわり続けた。それでも現在は白樺の木の切り出しから「丸軸」にするまでの加工を北海道にある業者の方で一貫して行っているという。

 

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このスペースに置かれている機械が作られたのは大正時代だそうで、とんでもない年季を感じる。

 

壮大なつまようじヒストリー

さて、ここからさらにさかのぼって、機械によってつまようじが大量生産されるようになるさらに前の時代について見ていこう。河内長野がなぜ“日本一のつまようじの産地”になったのか、その理由も明らかになる。

 

まず、つまようじに二つの役割があることを押さえておきたい。

  • たこ焼きを食べる時に使うように、食べ物を刺すための“食事用具”としての役割
  • 歯と歯の間に挟まった食べカスを取り除く“デンタルケア用品”としての役割

以上、二つの役割があることは誰でも理解できるはずだ。

 

英語ではこの二つは明確に分けられており、“食事用具”としてのつまようじは“cocktailpick”、“デンタルケア用品”としてのつまようじは“toothpick”と呼ばれている。

 

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こちらはアメリカ産の“toothpick”で、平たい形が特徴的。

 

稲葉さんによれば、この二つが混同されていることが大きな問題なのだという。

驚くべきことに、私たちが普段使っている軸の丸い「丸ようじ」はあくまで“食事用具”(cocktailpick)であって、本来は“デンタルケア用品”(toothpick)ではないというのだ。てっきり逆だと思っていた人も多いと思う。実際、「つまようじは歯をシーシーするためのもの」という認識の方が一般的のような気もする。

そうなってしまった理由は後述するとして、まずは“デンタルケア用品”としてのつまようじの歴史を見ていこう。

 

つまようじが最初に使われたのは、およそ10万年前のことだと言われている。ネアンデルタール人の歯の化石に歯を掃除した跡だと思われる溝が残っており、そのことから、木の枝など、なんらかのつまようじに似たものを使っていたと考えることができるのだという。

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▲アメリカの新聞でもそのことが報じられた

 

それから長い時が経ち、歯ブラシの原型を生み出したのが、仏教の祖である釈迦だったと言われている。釈迦は菩提樹の小枝の先をかんで房状にした「歯木(しぼく)」とよばれるもので歯の手入れをしたそう(その後、「歯木」の材料にはニームという木が使われるようになっていった)。

 

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「歯木」のことをサンスクリット語で「ダンタカーシュカ」といい、「ダンタ」が歯を意味するのだが、これが英語の「デンタル」の語源なんだという。歯のお手入れの源流がインドにある証は言語にも残っているのだ。

 

釈迦は口の中を清潔に保つことの重要性を弟子たちに説き、そこからインド中に「歯木」を使う文化が広まった。5世紀になって仏教を学びにきた中国の僧・法顕がその「歯木」を見て驚愕(きょうがく)。「ぜひ自分の国にもこの文化を持ち帰りたい」と考えた。しかし中国にはニームの木がなかったため、代わりにヤナギの木を使うことにした。ヤナギは「楊」とも書く。そこから生まれたのが「楊枝」という言葉なのである。つまり、「楊枝」とはもともと先のとがったつまようじのことではなく、歯を手入れするための木片、というイメージに近い言葉だったのだ。

 

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ちなみに、東南アジアをはじめ、世界のさまざまな国で今でも「歯木」が使われており、市場などで売られている。

 

中国でヤナギの木を使った歯の手入れが広まり、遣唐使・遣隋使がその文化を持ち帰ることによってようやく日本へも「楊枝」が伝来する。当初は貴族の間で使われるのが主だったが、平安末期ごろになって庶民の間へも広まった。

 

歯ブラシの原型、「房楊枝(ふさようじ)」

江戸時代になると、木の棒の先をたたき潰して房状(これが歯ブラシの原型)にし、反対側の先をとがらせた「房楊枝(ふさようじ)」というものが作られ、さかんに売られるようになった。

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どがった先端は歯の間を掃除するためのもので、これが“デンタルケア用品”としてのつまようじの原型だ。

 

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東京浅草浅草寺や大阪・道頓堀などに「房楊枝」を売るお店が出て、好評を博していたそうだ。当時の町人文化を描いた絵にもそんな模様が多数描かれている。

 

この「房楊枝」、カーブしている側面部分で舌の表面を掃除するのにも使えるようになっていたというからすごい。そんなオールマイティな“デンタルケア用品”が江戸時代からすでに普及していたのである。

 

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「房楊枝」はその後、明治時代になってアメリカから歯ブラシが輸入されてくるまで利用されていたという。

 

「房楊枝」にさまざまなバリエーションが生まれ、小型のものが作られていく延長で、歯間の掃除のみに特化したつまようじが作られるようになっていった。

 

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日本ではヤナギの木のほかに「クロモジ(黒文字)」や「ウツギ(卯木)」という木を使ってつまようじを作っていたのだが、大阪・河内長野はこの「クロモジ」の木が古くからたくさん自生している場所だった。

 

ここで、ようやく今回お話をうかがっている「広栄社」が創業する100年前(1917年)の話にたどり着くのだが、創業当時の拠点は三重県にあり、当時主流であった「ウツギ」の丸いようじを機械で製造し河内長野へ販売し、手作りの「クロモジ」を仕入れていた。

 

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その頃の河内長野のつまようじ作りは、手作業で一本ずつ作っていくしかなく、大量生産はできなかった。

 

「広栄社」の初代社長である稲葉由太郎氏は、日本に先んじてつまようじの大量生産を始めていたアメリカから製造のための機械を購入することを決意する。そして時をほぼ同じくして、原料となる木が手に入りやすい河内長野の地に会社ごと移転し、ここでつまようじ生産を一貫して行うことを決めたのだった。こうして日本初のつまようじの大量生産がスタートしたのが、1926年、大正15年のこと。

 

河内長野に拠点を移してみると、原材料が手に入りやすいだけでなく、大阪京都・神戸をはじめ関西圏の一大消費地に近いことが供給上の利点ともなり、生産量は順調に拡大。「広栄社」の他にもつまようじメーカーができはじめ、こうして河内長野は“日本一のつまようじの産地”へと発展していったというわけ。

 

昭和中期には20社以上のメーカーがひしめき、国内のつまようじの約96%、世界のつまようじの50%がこの地で作られていたというから驚く。前述の通り、その後多くメーカーの工場が海外に移され、現在は日本で使われているつまようじの多くが中国製のものになっている。

 

あのギザギザ部分の謎

さて、つまようじに“食事用具”(cocktailpick)と“デンタルケア用品”(toothpick)の区別があるということはすで書いた通りなのだが、日本ではいつからこの二つが混同されてしまうようになったのだろうか。

 

稲葉さんによると、日本ではつまようじはあくまでデンタルケア用という認識があり、料理に使うという概念はそもそもなく、海外から料理用のつまようじを突き刺して提供するパーティースタイルのオードブル料理などが入ってきて以降に根付いたものだという。

 

海外では、料理用具としてのつまようじは食材や料理を刺すために折れにくい強度のある作りになっていて、一方のデンタルケア用のつまようじは歯や歯茎を傷めないようにあえて折れやすく作られているという。

 

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しかし日本では折れやすいつまようじは品質のよくない粗悪なものと見なされ、丈夫なものが良しとされる傾向があった。そのため、現在一般的に使われているような丈夫で折れにくいものが普及していったんだそう。

 

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ところで、つまようじのとがっていない側のギザギザした部分(写真、赤丸の部分)。ここが実は「こけし」を模したものであることはご存じだろうか。

 

こうなったのには、製造工程上の理由が関わっている。まずはつまようじが2本つながっているところを想像して見て欲しい。下の写真のようなイメージである。

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製造工程では、丸い軸をつまようじ2本分の長さに整え、両端を削ってとがらせ、真ん中で切る。つまり、1本の軸から2本のつまようじができるわけだ。

 

昭和30年代ごろまでは真ん中を大きなノコギリの歯で切断していた。だが、そうするとどうしても末端がささくれ立ってしまう。そこで、ノコギリで切断するのではなく、グラインダーと呼ばれるヤスリのような機械で削り切ることにした。末端を滑らかにするためだ。

 

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しかし、この仕上げ方法には一つ弊害があった。末端部分が摩擦によって黒くなってしまうのである(写真、赤丸の部分)。

 

今でこそ我々にとってはこの部分が少し濃い色になっているのが当たり前だが、当初はユーザーに「汚れが付着している!」と悪印象を持たれてしまった。

なんとかできないかと試行錯誤した結果、その黒ずみを逆に活かして“頭部”に見立て、何本かの溝を入れて「こけし」のように加工するというアイデアが生まれた。

 

溝を入れたからといってすぐに「こけしだ、かわいい!」「親しみがわく」などと受け入れられたわけではなかったが、徐々に溝の入ったものが一般的なものとして浸透していた。今ではつまようじといえば、誰しもがこの形をイメージするはず。

 

このギザギザ部分の謎については、過去にもネット上でいろんな説が飛び交っていたようだが、結局は「広栄社」による説明で決着している。

jyajyayome.hatenablog.com

 

日本では●、海外では▲

「広栄社」では昔から海外向けにつまようじを輸出しているのだが、北欧の企業からのリクエストに応えて1950年頃から製造しているのは先端が三角形にカットされた三角ようじだ。

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実は、海外の“デンタルケア用品”としてのつまようじは先が三角形になっているものがほとんどなのだという。

 

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歯と歯の間の隙間部分は三角形になっている。そこに丸い軸のつまようじを無理に差し込もうとすると、どうしても歯の根元に大きな負荷をかけることになる。

 

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一方、先が三角形になっている楊枝であればスッと歯の隙間に入っていくため、歯茎を傷つけたりする心配もない。

 

イラストであらわすとこのような感じである。

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さらに三角ようじの底面があたることで歯茎をマッサージしてくれるのだという。三角ようじは、前述の通り歯や歯茎を傷つけないためのにあえて折れやすく作られている。安全性も高いのである。なんだか良いことづくめだ。

 

稲葉さんはこれまで諸外国をめぐり、世界のつまようじ事情をつぶさに見てまわったそうなのだが、清潔好きな傾向のある日本において、なぜかつまようじに対する認識はなかなか改善される気配がない。

 

ケア用品にこそ最大のケアを

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現在、海外で使われている歯間ケア用のつまようじの多くは、使用したい時に1本分をパキッと折って切り離せるようになっている。

 

日本製のつまようじも昔から海外に向けて輸出されているが、歯間ケア用のものはもちろん三角ようじだ。

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イタリアではパッケージに日本のイメージをあしらったものが好評で、商品名も「kimono」、「SAMURAI」、「sayonara」「geisha」などコテコテである。

 

稲葉さんのお話を聞いていて「海外で三角ようじがそれだけ主流なんだから、日本国内向けにももっと作ればいいのに」と素朴にも思ってしまったのだが、これまで何度も日本でも普及させられないかと試みてきたものの、どうしても普及しないのだそうである。それほどまでに丸ようじが圧倒的なシェアを誇っているわけだ。三角ようじに比べて丸ようじの方が格段に作りやすく、安価に製造できるのも大きな理由だという。

 

三角ようじを使って一度でも歯の間を掃除してみれば、丸ようじとは違う使い心地の良さが伝わるはず。そのために手に取ってもらうためにどうすればいいか考えた結果、「広栄社」は、スーパーマーケットではなく、薬局やドラッグストアを販路の中心に据えていくことになる。その過程で“デンタルケア用品”の開発にも力を注ぐようになっていった。

 

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歯科医のリクエストを受けて作り出した歯間ブラシや、歯茎マッサージ用のブラシ、舌の表面を磨くためのブラシ、奥歯を掃除しやすい奥歯用歯ブラシなど、さまざまなグッズを開発し、「CLEARDENT」というブランドシリーズとして販売している。

 

日本で初めてつまようじの大量生産を行ったメーカーは、こうして今や“デンタルケア用品”の専門メーカーとしての側面を持ったのだった。なんだか、人間と歯のかかわりの進化の歴史を見ているようだ。

 

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「広栄社」では、飲食店の店名が入った三角ようじの製造も請け負っていて、老舗料理店や高級ホテルからもオーダーを受けているという。個人的には、最近なかなか姿を見かけなくなったマッチ替わりに、飲食店で配ったらかなり喜ばれるんじゃないかと思うのだがいかがだろうか。

 

最後に、稲葉さんにメシ通読者に向けてメッセージをいただいた。

 

おいしいものをおいしく食べたいと誰もが思います。おいしく食べるための道具が“歯”です。それを大切にしないとおいしい物が食べられなくなってしまいます。生涯を通じて自分の歯で食べられるということが最大の幸せではないでしょうか。おいしいものを食べて質の良い人生を送るためにも日頃の歯のケアを大切にしてください。できればいつも三角ようじを持ち歩き、食後すぐに上の二辺で歯の歯垢を取り、底辺で歯茎をマッサージしておく 。日頃のケア意識こそが大切だと思います。(広栄社・稲葉さん)

 

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そう語る稲葉さん、改めてお顔を拝見すると立派な白い歯をしていらっしゃる!

 

おいしい食事は健康な歯あってこそ。

つまようじを使う際には歯や歯茎を傷めないようにくれぐれもご注意を!

 

取材協力:「株式会社 広栄社」

※「つまようじ資料室」は祝祭日や年末年始をのぞく毎週土曜日に開室(要予約なので詳細はホームページで確認を)

 

書いた人:スズキナオ

スズキナオ

1979年生まれ、東京育ち大阪在住のフリーライター。安い居酒屋とラーメンが大好きです。exciteやサイゾーなどのWEBサイトや週刊誌でB級グルメや街歩きのコラムを書いています。人力テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーでもあり、大阪中津にあるミニコミショップ「シカク」の店番もしており、パリッコさんとの酒ユニット「酒の穴」のメンバーでもあります。色々もがいています。

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