夏になったら高校野球を見に甲子園球場へ行く。外野席の隅の方に空席を探して座り込む。カンカンと照りつける強い日差しの下、高校球児たちの熱戦を眺めながら汗をかきつつ生ビールをグビグビと飲む。そのひとときがたまらない。
甲子園球場には「甲子園カレー」「甲子園やきそば」「ジャンボ焼鳥」という3大名物がある上、その時々の期間限定グルメなんかも用意されていたりするが、その中から何を選んでも、球場で飲み食いするというだけでおいしく味わえる気がする。
そんなわけで「球場で味わうグルメというのも良いものだなー」と常々思ってはいたのだが、そういうものが「スタジアムグルメ」、略して「スタグル」と称されて親しまれているということは最近になって初めて知った。
スポーツファンの間では「スタグル」は試合観戦に次いで大事な楽しみとして広く認知されているようなのである。これはぜひもっと詳しく知ってみたい、と思っていた矢先に発見したのがsi!stAdiuM. -スタジアムガイド-という個人ブログだ。
サイト内に設置されたスタグル専用のブログの情報量が、なにしろすさまじい。
日本各地の野球場、サッカー場のグルメを食べ歩き、一つ一つのフードを写真とコメントで紹介しているのだが、その数が膨大。1,000以上のフードがスタジアム別に分類されており、一種のベータベースといってもいい。
さらに、日本だけでなく韓国、中国、ドイツやイタリアなど海外のスタジアムでも食べ歩いている。似たような主旨のサイトは他にもあるが、質量ともこのブログに並ぶものはあまり見当たらない。
その執念と情報量に圧倒され、ブログの管理人にインタビューを敢行。結果、「スタグル」の魅力や1000品以上を食べた上での一番のおすすめフードについて聞けただけでなく、サポーター裏話やスタグル未来についてまで幅広い視点でのお話をたっぷり聞くことができた。
なお、お名前は仮名で「N川さん」とさせていただく。
▲今回インタビューに応じて下さったsi!stAdiuM. -スタジアムガイド-管理人のN川さん。以前は都内に住んでいたそうだが、現在は関西在住
「スタグル」と指定管理者制度
── N川さんのブログ「スタジアムグルメガイド 蹴飯&球飯」の情報量に圧倒されました。ブログを始めた時期やきっかけからまずうかがいましょうか。
もともとスタジアムそのものが好きなんです。だから、2005年に新しいデジカメを買って、球場の写真を撮って残すために記録用のブログを開設したんです。あくまで自分のための。ただ、撮影で場内を歩いて回ってたらまあ、お腹が減りますよね(笑)。そこで食べたものも一応記録に残しておこうと思って写真に撮っていったら徐々にたまって、食べ物だけで100個ぐらいになった。これはもう別にしてまとめようかなと思って始めたのがあのブログなんです。それでさらにどんどん数が増えて400~500となっていきました。
▲いつも愛用しているデジカメ
── 2005年というと、今から13年前ですか。「スタグル」をめぐる状況っていうのは今とは違っていたんですか?
もうぜんっぜん違いました!
まず当時は「スタジアムグルメ」とか「スタグル」という言葉がそこまで浸
だって知らない人からすると、
それから 比べると今はだいぶ変わりましたよ。
── N川さんのブログを拝見していると、最近は各スタジアムがすごく特色あるメニューを用意しているような印象を受けます。
おっしゃるとおり、昔とは比べものになりません。特にカシマスタジアム(茨城県立カシマサッカースタジアム)に行った時に衝撃を受けました。あそこはスタグルの充実度がすごい。カシマスタジアムは、鹿島アントラーズが指定管理者※になっているんですが、これが実は大きい。従来ではほぼスタジアム側の収益になっていたフードの売り上げが、指定管理者になればクラブや球団の収益につながるわけです。
※鹿島アントラーズは2006年から公共施設等の管理を民間の企業・団体が代行する「指定管理者制度」を利用してスタジアムを運営している
── なるほど、利益構造が変わってくれば当然、内容つまりフードにも力を入れるようになると。
まさに。特に指定管理者になっているクラブや球団にとっては、今やスタグルも収益の一つの柱になってると思うんです。ですから、もちろん充実させていこうという方向になる。プロ野球だと、以前千葉ロッテマリーンズが指定管理者になったことで収益が改善
── 確かにライトなファン層を取り込むには、「スタグル」ってすごく格好のツールですもんね。
最近だと、球団やクラブのホームページに「スタグル」の特集ページがあってPRしていたりしますから、そういう意味でも時代は変わったなぁと思いますね。
原体験は近鉄のホーム、藤井寺球場
── 2005年からブログをスタートしたということでしたが、それ以前は「スタグル」とはあまり縁がなかったんですか?
私は奈良県の生まれなんですが、「スタグル」の原体験は近鉄バファローズ (現・オリックス・バファローズ)なんですよ。小学生の頃から父親に藤井寺球場(2005年に閉鎖)にしょっちゅう連れて行かれていて、近鉄の試合を観戦していたんです。阿波野がいて新井、大石がいて岡本監督から仰木監督に代わるぐらいの時期かな。チームもある種黄金期だったせいか、もう毎回ワクワクして。野球場って特別な場所じゃないですか。特に田舎生まれの小さい子どもにとっては異世界でしょう。テレビの中の世界が本当に広がっているみたいな。
── そこで、何か「スタグル」みたいなものも食べたということですね。
売店はあったけど、それこそあの時代なので、冷めた焼きそばとか、やけに高いお好み焼きとか(笑)。普通に食べたら「うーん……」っていう味なのかもしれないけど、でも「こういう場所で食べると妙にうまいな」という記憶だけは残ってるんです。あの空間だからこそおいしいという、それがスタジアムの力。特に晴れているとすごく気持ちいいじゃないですか?
── その気持ち良さ、すごくわかります! ビールもおいしいです。
中高時代も友達と藤井寺球場に野球を見に行ったり、高校野球も好きだったので甲子園球場にもよく行ってましたね。Jリーグがスタートしたのが中学生の時だったんですけど、当初はチケットが取れなかったのでずっと野球ひとすじで。Jリーグを初めて観戦したのは大学生の時で、
ご当地グルメはスタジアムにあり
── ところで2005年に始めたブログにしてはすごい数のフードを紹介していますよね。ざっと数えても1,000以上ありますが……。
サッカーと野球をあわせて年間に40~50試合は見ています。昔は一回スタジアムに行ったら5~6品は食べてたんですけど、あまりにも体重が増えちゃって(笑)。コレステロール値も気になるので、今は一回の観戦につき3品~4品に抑えてますね。スタグルって肉系とか脂っこいものが多いですから。別にブログ用に無理して食べることはしないんですけどね。
▲N川氏のブログには、全国各地の「スタグル」があたかも見本市状態で並んでいる
── 実際に球場やサッカー場に行ったらどんな風に食べ歩くんですか?
サッカー場だと、だいたい開場時間が試合開始の2時間前なんですよ。初めて行く場所だと、まずスタジアム開場のさらに1時間前に行きます。そして、スタジアムの外観や周辺を見て歩いて、外に出ているフードブースなどがあったら、もう食べ始める(笑)。それで、試合の2時間前になって開場したらすぐに入ります。そこから今度はスタジアムの内部を見て歩いて、屋台などをチェックしつつまた食べて。試合始まるまではずっとウロウロしてますね。
── どういうものから食べる、という順番のようなものはありますか? 今しか食べられなそうな限定メニューを優先するとか。
いや、特に意識してないですね。甲子園球場のカレーとか、広島のズムスタのカープうどんとか、そういう名物で食べたことがないものがあればそれをまず押さえて。というか、期間限定メニューってすごくたくさんあるんですよ。毎年どんどん変わっていくんで。だから自分のブログで紹介しているものでも7割ぐらいはもうないかもしれないですね。
── 遠征することもあるわけですよね。そういう時も、スタジアム以外のご当地グルメには目もくれず「スタグル」に専念するんですか?
それが、地域の名物がスタジアムで食べられたりするんですよ。もう「スタグル」で済んじゃう。面倒じゃなくていいんです(笑)。さすがに朝ごはんとかは別ですが、遠征したら「スタグル」に絞って、全力で挑みますね。
全国オススメの「スタグル」はコレだ!
── では、N川さんのオススメをじっくり聞かせて下さい。まず、私のようなスタグル初心者が行くのにおすすめのスタジアムというとどこになるんでしょう。
初めて行くならカシマスタジアムですね。あそこは飛び抜けてます。世界一かもしれない。安くて質も高くて品数も多くて。スタジアムなのにマグロの解体ショーとかやったことありますから
── その中でもイチオシは?
「五浦ハム」のブースで売ってる「ハム焼き」。コンロを10台ぐらい並べて厚切りのハムを焼いていて、煙の匂いからしてすでにおいしそうなんですよ。一回、カシマスタジアムに靄(もや)がかかったとき、「
── カシマスタジアムの「ハム焼き」。絶対忘れないようにしよう。
カシマなら「鹿島食肉事業協同組合」のブースで出している「モツ煮込み」、あれも必食もんです。食肉業者さんなので、卸したての新鮮なモツがたっぷり入っていて、そこら辺の居酒屋さんで食べるものとはレベルが違います! ハム焼きとモツ煮込みは大評判なせいか、鹿島のサポーターたちはみんな食べてますね。あと、メロン1個をぜいたくに使った「メロン丸ごとフローズンソーダ」 「メロン丸ごとフローズンソーダ」(季節限定品)
▲N川さんのインスタより
── どちらもおいしそうですね。いわゆる軽食の売店のイメージとはまったく違う。
ジェフユナイテッド千葉の本拠地「フクダ電子アリーナ」というスタジアムには、「サマナラ」っていうインド・スリランカカレーのお店があるんですが、オーダー入ってから焼いてくれるナンがすごくおいしいです。それと「喜作」というお店の「ソーセージ盛り」。これが、タッパーを持参して行くと普段より少し増量してくれる。そのせいか、スタジアムの近くに100円ショップがあるんですが、
▲ジェフの本拠地「フクダ電子アリーナ」はJ2屈指のスタグル天国
── 都市伝説みたい(笑)。
関西だと、さっきも挙げた「甲子園カレー」は定番ですし、あと、個人的には真夏に食べる「かち割り」! あれ以上にうまいものはない(笑)。まぁ氷ですけどね。そうだ、「大阪ドーム」(京セラドーム大阪)で出している「いてまえドッグ」もウマイんだよなぁ。むちゃくちゃデカイし、(オリックスバッファローズの)球団色も出ていて好きです。広島のズムスタだと「カープうどん」が名物ですが、実は「むすび のむさし」というお店のおにぎりも、かなりおいしいのでおすすめですね。
── どれもまさにスタジアムでしか食べられないメニューという感じですね。
個人的には、「スタグル」はもっとどんどん“ご当地感”を出して欲しいと思うんですよ! いっそのこと物産館みたいになっていいんじゃないかと(笑)。モンテディオ山形の本拠地の「NDソフトスタジアム山形」なんかは、そういう意味ではすごく良い。米沢牛や芋煮が食べられるし、デザートにはさくらんぼがあったり。山形の地酒もうまい。他にもいろいろと特産品があって、アウェーで観戦に行く身としてはすごく楽しいんです。他のスタジアムもそんな風になっていったらいいと思います。
── 地元の飲食店や企業がノリノリで取り組んでくれたらすごく良さそうです。
スタグルっていうと傾向的に肉系、どんぶり系が多いんですよ。そんな中でおいしい魚が食べられるとすごくうれしいんです。いまJ3リーグで頑張っているカターレ富山の本拠地で「富山県総合運動公園陸上競技場」というスタジアムがあるんですが、ここが富山の郷土料理で有名な「ますのすし」の工場からすぐ近くなんです。ますのトロの部分って、鮮度の問題でお弁当にできないらしいんですけど、この工場でだけは売っていて。それが試合のある日にはスタジアムに売りに来ていて、これがもう、めっちゃくちゃおいしかったですよ! ホント、感動しました。
FC東京サポの「イナカツ」とは
── あの、こんなことを聞くのも野暮なんですが、「これはひどい!」「マズイ!」っていう「スタグル」なんかもあったりします?
(苦笑いしながら)ありますよ! ××スタジアムで食べた「わかめラーメン」。醤油を薄めたお湯にワカメが浮いているような……え、これで金取るんだ!? っていう(笑)。あと、▲▲スタジアムで食べたフルーツパフェは、カップの中に氷が入っていて缶詰のフルーツがちょっとだけ乗って、そこに上からソフトクリームがかかってて。オイ、パフェなのに中身が氷なんかい! って。えーっと、他にも……。
── まあ、決して全部がおいしいものばかりじゃないということですよね。
そうですね。今はどこも力を入れてくれるようになってきたのでだいぶ変わってきています。ただ一点注意しなきゃいけないのが、特にサッカーの場合、スタジアム内がホームとアウェー側で完全に区切られていて、アウェー側の「スタグル」だけしょぼかったりするんですよ(笑)。これは「アウェーの洗礼」だと私は思ってます。ホームとアウェイのどっちかでいったん入場しちゃうと自由に行き来できないから。もちろん、スタジアム外に屋台が出ているようなところであれば関係なく楽しめるんですが。
── うわ、それは行かないと分からない。そういう時はどうしたらいいんですか?
自分の場合はひいきのチームがアウェイの場合でも、
── 隠語ばかりで、いよいよ未知の世界っていう感じです。
サポーター話でも、面白い話はいっぱいありますよ。FC東京のサポーターの「イナカツ」なんかそう。彼らが日本各地に遠征に行った時に、遠征先の「スタグル」やその土地のご当地グルメを徹底的に味わい尽くすことをそう呼んでるんです。イナゴの大群みたいに食べまくるから「イナゴ活動」、略して「
── 面白い。でも、それってなぜFC東京に限った話なんですか。
もともとFC東京の本拠地にあまりおいしい「スタグル」がなかったことがきっかけで始まってるんで。「イナカツ」が本気で勢いづいたときは、試合当日になるとその土地の名物グルメが売り切れちゃうくらい(笑)。Twitterのハッシュタグ #蝗活で検索するといろいろ出てきます。ああいう活動もなんだかんだ地域の活性化につながってると思うんですよね。
── そういえば野球とサッカーで「スタグル」の違いはあるんですか?
サッカーは地域色を強く打ち出す傾向があって、例えば地元の飲食店を大量に呼びこんで、地元の特産品を使ったフードを出すとか。対して、野球はどちらかというと球団色が強いですね。看板選手とのコラボメニューなんかも結構多くの球団がやってますし。やはりもともとの企業文化が強いのかもしれないですね。
国でこんなに違う、海外の「スタグル」
── N川さんは、国内にとどまらず海外のスタジアムにも遠征されてますよね?
去年はアジアチャンピオンズリーグ(ACL)の川崎フロンターレの試合を全部見にいったんですよ。中国、香港、韓国のスタジアムにも行って、せっかくの遠征なので足を延ばして他のスタジアムも回りました。だから去年は年間で50試合ほど観戦したんですが、スタジアムの数だけでいうと80ぐらい行っています(笑)。UAEと日本代表戦のあった「ハッザーア・ビン・ザーイド・スタジアム」(アラブ首長国連邦)にも行きました。
── 海外の「スタグル」はまた個性的な面白さがありそうですね。
それが、海外だとあまり「スタグル」がないんですよ。例えばスペインなんかだとそもそも文化自体がもう違って、みんなスタジアムの外のバルで試合直前まで飲み食いして、試合開始の5分とか10分前にダーッと入ってくるんです。だからスタジアム内には何もない。
── 地域や文化の違いでここまで事情も変わってくるもんなんですね。
球場内の「スタグル」に関していうなら、サッカーよりも野球の方が向いてるんでしょうね。試合中に飲み食いしやすいから。サッカーだと試合前にみんな食べて、試合中は何も食べずに応援するじゃないですか。お国柄とかスポーツによっての違いというのもあるのかもですね。
── なるほどー! そう考えると日本はやっぱりスタグル天国……。
ただ、ドイツは良かったです。あそこってビールとソーセージの国っていうイメージがあるじゃないですか? まさにその通りで、みんな気温マイナス20度でも全然ビール飲んでましたから(笑)。ぶっといソーセージをがっついて。特に印象的だったのは「コメルツバンク・アレーナ」(アイントラハト・フランクフルトの本拠地)。ドイツのソーセージは豚の種類が日本とは違うんでしょうね。もうめちゃくちゃおいしい。ちゃんと作られていて妥協してないのが分かるんです。あれよりおいしいソーセージは食べたことがない。
「スタグル」が地域活性につながれば
── N川さんがこれから行きたいと思っているスタジアムはありますか?
今まで西日本の方にあまり行けてなかったので、四国や九州に行ってみたいですね。食べ物もおいしそうですし。あと、やっぱり年に一度はカシマスタジアムに行きたい。他にもスタジアムが改修されたり、新スタジアムができたりすればどこへでも行きたいです。
── 最後にお聞きしたいのですが、「スタグル」がこうなっていったらいいなという理想形のようなものってどんなイメージですか?
やっぱり、スタグルが重要な収益の軸になって、球団とクラブが潤う形がしっかりできて、それで地元の人も喜ぶっていう形が一番いいんじゃないでしょうか。地元に球団があってよかった、クラブがあってよかったなぁと市民が思えるのが一番だと思うので。そういう意味でもみなさんどんどんスタジアムで食事して欲しいなって思いますよ。ファンなら余計に食べて欲しいと思います!
── ありがとうございました!
聞いてみたところ、自分のまったく知らない世界がそこに広がっていた。実際にN川さんの撮影した写真の数々を拝見していると、スタジアムの内外がもうまるでフードコートのように賑わっていて、観戦の楽しみとはまた別の文化として根づきつつあるのが感じられた。
もし自分の住んでいるエリアの近くにスタジアムがあるなら、一度その雰囲気とフードの数々を味わいに足を伸ばしてみて欲しい。