標高462mの山をたったひとりで整備し続け約20年。「すじモダンの店 えっちゃん」76歳店主の恐るべき体力とバイタリティ

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先日、神戸市東灘区、JR摂本山駅や阪神青木駅からほど近い場所に位置するテイクアウトのモダン焼き専門店「すじモダンの店 えっちゃん」を訪れた。

 

「えっちゃん」の店主である深田勲さんは、76歳になられる白髪の紳士で、手際よくモダン焼きを焼きながら軽快なトークでお客さんを和ませてくれる。お店で販売されている缶ビールを飲みながら焼き上がりを待つ私に、「こんな時間からビール飲んで、いい身分やなー」と笑いながらいろいろとお話を聞かせてくれた。

 

そこで聞いた中で、「僕はね、ほら、あそこに見える山、七兵衛山っていう山に休憩所を作ってね、ベンチ作ったり、手すり作ったりしてね」という話があった。どうやら深田さんがほぼ自分だけの力で登山道を整備した山があるらしい。

 

店の窓から深田さんが指差す方向を見ると、こんもりと盛り上がった山が見え、それが六甲山系の七兵衛山という山だという。標高462メートル。店を出て1時間半ほど登れば山頂まで行けるとか。

 

「え! そうなんですか、じゃあ今度モダン焼きを買ってそこで食べてみようかな」と、その場でふと思いつき、帰宅して七兵衛山について調べてみたところ、なるほど山頂に見晴らしのいい休憩スペースがあるらしい。普段、山に登ることなどない私だが、まあ1時間半の行程だというなら行けそうじゃないか、と決意が固まった。

 

登山前にまずは「すじモダン」

それから少し経った天気のいい日に、計画を実行に移すことに。

午前11時にオープンする「えっちゃん」に開店直後にお邪魔し、「すじモダン(700円)」を焼いてもらう。これから七兵衛山に向かうことも告げた。

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「えっちゃん」のモダン焼きは、よく見る“焼きそば入りのお好み焼き”とは違い、すじ肉入りのそばに卵を混ぜて焼き上げたもの、という感じ。

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甘辛い特製ソースをかけ、

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深田さんが「これ、食用プラスチックね」といつも言い、本当はなんなのか絶対に教えてくれない謎の野菜を追加。「サボテンですか?」と言われたこともあったという。

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そこにさらに「すじ肉」を追加。

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卵を割り入れて焼き固めていく。

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できあがったものを奥さんの洋子さんが容器に詰めて輪ゴムをかけて渡してくれる。

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お店の創業は1969年。50年を迎えるこのお店は、深田勲さんと深田洋子さんご夫婦で営んでいる。当初はテーブル席とカウンターのある、店内で食事のできるお店だったが、1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災によって店舗が倒壊。仮設店舗での営業期間を経て、以降はテイクアウト専門店となった。

 

深田さんはもともと山登りが好きだったそうで、20年ほど前から七兵衛山の山道の整備をコツコツと進め、現在もなお周辺での作業を続けているという。そのきっかけを聞くと「20年前に山で会ったおばあさんが霜柱で困っていた。滑るからね。それで足場を作ってあげたらすごい喜びよってね。つい調子に乗って、他もいろいろ直して。それで今もやってる。あのおばあさんは、さすがにもう亡くなってるやろうけど」とのこと。

 

何十年も前に行政が伐採したまま放置していた「ニセアカシア」の木を必要なだけ運び、手すりや休憩用のベンチを作ったんだという。ニセアカシアは、硬くて丈夫で、50年ぐらいはもつのだとか。その木と石を運び、組み合わせていく。最低限の整備が完了するまでに12年ほどかかったらしい。お店は月・火・水曜日が定休日なのだが、その休みには今も山で整備作業をしている。

 

と、聞いたところで、それが一体どんな規模のものなのか簡単には想像がつかない。登って確かめることにしよう。洋子さんに向かって「ちょっと焼いてて! 僕、一緒に山行ってくるわ!」と言い出す根っから山好きの深田さんに、今日は登山を我慢してもらうことにして店を出た。

 

いよいよ登山開始

山の方へ向かって歩いていく。15分ほどで阪急岡本駅の踏切に差し掛かる。

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「岡本八幡神社」に登山の無事をお参りし、脇の坂を上っていく。

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そこから一気に勾配が急になり、ひーひー言っていると、ようやく登山道の入口だ。

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初心者ゆえの愚かさで、近所に行くような軽装で来てしまったが、なんだか想像以上にワイルドな道で緊張する。片手にはモダン焼き。

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こんな山道を登っていく。

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手作りの手すりは本当にあった(しかも立派)

しばらくして、「これを登るのかー」と、しり込みするような急な石段が現れるのだが、その脇には、絡みあうように木材が組み合わされてできた手すりが設けられている。

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これこそが「えっちゃん」の深田勲さんが作り上げた手すりだ。

と、今はわかって書いているが、最初にこの手すりを見た時はその規模の大きさに「いや、これはたぶん深田さんが手作りできるようなものじゃないだろ」と思った。しかし、後で確認したところ、深田さんが作ったものに間違いないのだった。

 

手すりっていうか、オブジェっていうか、とにかく、後ろに重心を持っていかれそうな急な石段なのでめちゃくちゃ助かる。

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これが奥まで続いている。

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見て分かる通り、木の自然な形をそのまま生かした独特の造型だ。

「これは自然にできたものなんだよ」と言われたら信じてしまいそうなぐらい、周囲の風景と調和している。

 

さらにベンチまで(どれも見事)

そこからさらにグングン上り、私はすでに弱音を吐きまくり。運動不足の体にはかなりハードなのだ。

山頂まではおそらくまだまだ。「これ、行けるか……?」と不安になってきたところに現れた光景に驚いた。

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グループで登山を楽しんでいるらしきたくさんの方々が、不思議な形のベンチに座って休んでいるのが見えたのである。何このベンチ!

 

先ほどの手すり同様、木材が自然の形のままに組み合わされてできている。

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座ってみると、木にしっかりと抱え込まれているような安定感がある。

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これから下山するという登山客の方に声をかけられ、「この辺りを整備したという方のモダン焼きを山頂で食べようと……」と、「は?」とも返されかねない話をすると、「ああ、えっちゃんや、この辺のいろいろ作ってはる人やろ」と、深田さんは有名人らしかった。

 

少し休憩してさらに登っていくと、登山道の脇にかなり短い間隔でベンチが作ってある。

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中には木と石をうまく組み合わせて作ったベンチもあり、違和感なく融合している造形に静かに圧倒される。

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さらに登っていくと、「木漏れ日広場」というプレートのついた休憩所があり、そこには小さなベンチが密集している。

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どれも立派にくつろげる。山の動物たちがサミットでも開けそうな席数だ。

 

ついに頂へ

またさらに登って……と、書くのは簡単なのだが、そこからもかなり勾配のきつい道が続き、体力を消耗した。何度となく「もうここら辺で食べて下山でいいだろ」とあきらめかけたものである。

だが、深田さんが斜面を登りやすいように埋め込んでくれたというステップがわりの小岩や丸太に励まされ、なんとか登り続けることができた。

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そして、「えっちゃん」を出てから2時間近くが経った頃、ようやく私は七兵衛山の山頂にたどり着いた。

山頂には深田さんの作り上げた休憩所があり、ベンチに腰掛け放題。

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そして、振り返るとこの眺望だ。

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神戸の市街地が眼下に広がり、その向こうに大阪湾が見える。

 

登ったー!

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山頂でモダン焼き、これ最高なり

さて、いよいよ「えっちゃん」のモダン焼きを、

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オープン。

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フタを開けた瞬間に「美しい!」と思うような華々しさがあるわけではない。色味も地味である。

だけど、この色々な具材や歯ごたえが混然となって一口ごとに違う味わいを与えてくれるようなモダン焼きこそ、あの手すりやベンチを作った深田さんの技を思わせる。

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柔らかくて甘みのあるすじ肉も、あの謎の野菜のコキコキした歯ごたえも、ギュッと焼かれたそばの塊りもそれぞれいい。

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全体のバランスが素晴らしいのだ。ボリュームもたっぷり。

 

登ってくるのはちょっと大変だったけど、山頂の心地いい風の中で食べるモダン焼きは最高に美味しかった。

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しばらくの間ぼーっと眺望を眺めてゆっくり下山した。帰り際、グループの登山客の人々が座っていたベンチでまた一休み。

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登りとはまた違った筋肉を使って足をガクガクさせつつ、なんとかふもとまで下りてきた。来た道を戻ると、当然だが、また「えっちゃん」が見えてきたので、「ベンチすごかったです!」と伝えに再びお店に顔を出した。

 

石が「俺を使ってくれ」って

さっき撮ってきたばかりの写真を見てもらいつつ、改めて深田さんに話を伺う。

 

──あんな規模だと思わず、驚きました。深田さんの手すりやベンチに何度も助けられました!

 

深田さん:山頂まで行ってきたんだね。ベンチだけでも70カ所、80カ所作ってるからね。だいたい一人で作ったの。場所によっては仲間と一緒に作ったところもあるけどね。

 

──あの木とか岩とかも運んだわけですよね?

 

深田さん:そうそう。びっくりされる。大きい丸太だと、1本300キロぐらいある。山の上の方からじわじわとおろすわけ。一番大きい石なんて4トンぐらいあるんだよ。呪文で動かすの(笑)。

 

──想像を絶する作業ですね。

 

深田さん:ひとりで作ったっていっても誰も信用しないんだよ。テコの原理と重心の移動で上げていく。

 

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──途中に木と石を組み合わせたベンチもありました。それが山の自然と融合していて。

 

深田さん:あれもそのへんにある石でね。石と目が合うと、石が「俺を使ってくれ」って言ってくるの。手すりもね、そのカーブに合うような木を選ぶ。

 

──確かに、整った木材みたいに加工してないわけですもんね。

 

深田さん:それが面白いんよ。頭の中で図面を書いて、こんなの作りたいなって山に入るとピタッと合う木が見つかる時があるんだね。上の方から丸太を持って降りて、カットしなくてもピタッと合う時があるの。カットしてないのに合うんだよ、鳥肌立つよ!

 

──頂上にちょうどひとりがぴったり座れる、気持ちのいいベンチがあったんですけど。

 

深田さん:ああ、「エマニエル夫人」のね。

 

──ああ、そう呼ばれてるんですか(笑)、これ。

 

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深田さん:男がモデルじゃなぁー(笑)。

 

──これは深田さんのお気に入りのベンチかと思ったんですが、どうですか?

 

深田さん:うん、でも「木漏れ日広場」の下に2個、シンプルなベンチがある。それが一番自慢の作品。

 

──残念ながら、それは見落としたかもしれないです。ベンチや手すりはやっぱり“作品”なんですね。

 

深田さん:作品だろぉー! ベンチとしては使えても、気に入らないものもある。丈夫に作り過ぎて、色気がないの(笑)。ある程度しなやかさが必要、そっちの方が好きなの。登山道に入って最初にある手すりも気に入ってる。ひとりで作ったものとしてはね。

 

続ける理由は「自分が楽しいから」

──ところで、深田さんが整備するまでは七兵衛山ってどうなってたんですか?

 

深田さん:道もなくて、知った人しか行かない山だったね。

 

──それがあんな風に……。すごいな。途中であった登山の方も「えっちゃん」のことを知っていましたよ。

 

深田さん:山では有名人だね。最近みんな歳をとって七兵衛山の頂上まで行くの大変だから、半分ぐらいの場所にベンチ作ってくれって言われたりね(笑)。

 

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──深田さんがあの山を一手に引き受けてるっていう感じですね。

 

深田さん:頂上の見晴らし台の少し下にもベンチがあったでしょう。そこに座ってるおっちゃんがいたら「それがえっちゃんや」ってネットに書いてあるらしいで。

 

──ははは、都市伝説みたい!

 

深田さん:あと何年できるかね。今は七兵衛山の近くの打越峠の方で作業をしてる。昨日もそこで作業してたの。

 

──今もやってるんですもんね。休みの日はいつも?

 

深田さん:家におっても嫁さんが怖いからね(笑)。コツがあるの。丸太は1本ずつ運ばない。できるだけ一緒に運んで、丸太の上を通して別の丸太を、とか、まあ、今度教えるよ。重いぞー、丸太。

 

──いやー、私には無理です多分!

 

深田さん:わはは。まあね、自分が楽しいのよ。むちゃくちゃしんどいけどね。しんど過ぎて他人のためにはできないよ。自分が楽しいからできるの。

 

震災を乗り越えて 

冒頭に阪神・淡路大震災に被災して店が倒壊したと書いた。その時の写真を奥さんの洋子さんが見せてくれた。

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見ての通り、店舗の1階部分はぺしゃんこに潰れてしまった。

当日、いつもならその時間は1階にいるはずの深田勲さん始め、偶然にも家族全員が2階部分にいたため、大きなケガもなく済んだんだという。「よう生き残ったと思うでしょ?」と洋子さんは言う。

 

「えっちゃん」がコンテナの中で営業を再開したのは震災後3カ月ほど経った頃だったそうだ。

深田さんは、その間、近くの小学校に設けられた避難所の炊事係として1,000人以上の被災者の食事を作り続ける目の回るような日々を送っていたという。それもまた、誰に頼まれたわけでもなく、深田さんが買って出たんだとか。

 

深田さん:瓦礫をのけてもらうのも順番やったから。それができてようやくコンテナおいて。なんとか仮設で始めたけど、ガスが通らないからプロパンでやったの。それがすぐなくなるの。うちはずっと鉄板を温めてないといけないからなぁ。またプロパンが高いんだ、値段が。店を開ける時に今日も赤字とわかってる(笑)。

 

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震災から復興までの長い間、深田さんはたくさんの人の助けを借りたという。それゆえ、2011年の東日本大震災の時には自分ができることがないかと様々な形で支援を行った。「えっちゃん」に置かれた募金箱には、小規模なお店ながら185万円もの募金が集まったそうだ。

「また災害があったらどうするかねぇ。歳なりのことをするやろうね。何もせんわけにはいかん。できることをしなきゃ」と深田さんは言う。

 

被災から3年経った後、ようやくコンテナではない店舗が完成してからも、設備の一部は当時のままだ。

 

深田さん:これ全部拾ってきたもの。近所の鉄工所に図面をかいて鉄板を切ってくれと頼んでね。この台もそこら辺にあった廃材をもってきて、自分で組み立てて置いただけ。手作りやで。

 

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なるほど、鉄板を支えている台も、横から見るとちぐはぐな棚の高さを合わせて作られているのがわかる。

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震災の経験と七兵衛山の整備がどんな風に関係しているのか、深田さんは直接的には語らなかったが、きっと「こうした方がいいんじゃないか?」と、ちょっとでも思ったらそれを力の限りやろうと試みるのが深田さんなのだ。「マグロとかカツオみたいなもの。止まったら死ぬんだね」と言っていた。

 

最後に、「今さらなんですけど、モダン焼きの美味しさの秘訣はありますか?」と聞いてみた。よく考えてみたら、肝心のモダン焼きの話をまったく聞いてなかったのだ。

すると深田さんは言った。

 

深田さん:美味しさの秘密? 焼くだけ(笑)。だって、山の方が本職だから。モダン焼きは遊びよ!

 

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深田さんが遊ぶように軽やかに手際よく作り上げてくれるモダン焼きを、近くに来たらぜひ味わってみてほしい。

 

ちなみに……七兵衛山に登る時は割とちゃんと装備していった方がよさそうです。

また、もしモダン焼きを持って山頂を目指す場合、できればリュックにしまって両手を開けて登るのがおすすめです!

 

店舗情報

すじモダンの店 えっちゃん

住所:兵庫県神戸市東灘区本山南町8-5-17
電話:078-453-3404
営業時間:11:00~13:00、17:00~21:00
定休日:月曜、火曜、水曜

www.facebook.com

 

書いた人:スズキナオ

スズキナオ

1979年生まれ、東京育ち大阪在住のフリーライター。安い居酒屋とラーメンが大好きです。exciteやサイゾーなどのWEBサイトや週刊誌でB級グルメや街歩きのコラムを書いています。人力テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーでもあり、大阪中津にあるミニコミショップ「シカク」の店番もしており、パリッコさんとの酒ユニット「酒の穴」のメンバーでもあります。色々もがいています。

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