「今、もっとも気持ち悪い男」
零和元年7月某日曇天。
彼はひとり中目黒駅に降り立ち、創業六十七年の老舗「多喜寿司」へと向かっていた。
男の名は松永天馬。
今、「日本でもっとも気持ち悪い男」として話題のアーティスト/詩人だ。
テクノポップバンド「アーバンギャルド」を率いてミュージシャンとして活動する傍ら、子供番組にレギュラー出演したり、小説を出版したり、映画を監督・主演したり、アイドルの楽曲プロデュースをするなど、活動は多岐に渡る。
彼の活動のなかでも、ボクシングのリングに見立てた舞台の上で2人の朗読者が自作の詩などを朗読し、どちらの表現がより観客の心に届いたかを競うイベント「詩のボクシング」では過去に2度優勝するなど、「言葉」には格段の思い入れがあるようだ。
さて、今までにあらゆる事象を「詩」にしてきた松永だが、今回彼が詩の対象として挑戦するのは、日本が誇る伝統食「寿司」。
中目黒の地元民から愛されてきた「多喜寿司」三代目の西條慎一氏(以下:慎ちゃん)が握る極上寿司を一貫ずつ味わい、その感動を現代詩にしていくという、非常に難解かつコンセプチュアルな試みだ。
まさに握り手と語り手のガチンコ勝負……名づけて「寿詩」。
さっそく闘いの場にお邪魔してみよう。
寿司ネタを現代詩にする
松永:こんにちは~。松永天馬です。
慎ちゃん:いらっしゃい。上握りコース10貫を用意したよ。これがホントに詩になるの(笑)?
──そうです。メシ通読者の皆さんに向けての詩ということで。お二人とも、今日はよろしくお願いします。
メジマグロ(中トロ)
慎ちゃん:はいよっ。まずはメジマグロからね。
松永:メジマグロとは?
慎ちゃん:マグロの稚魚です。意外な甘さがあるよ。
松永:ぱくっ。うーん。甘い……。
▲30秒ほど考えて、ペンを持つ松永氏
松永:出来ました。
──早い!
「未来の味は いつも懐かしい」
──どういう意味ですか? 解説をお願いします。
松永:マグロの稚魚ということで、未来がある稚魚の未来をパクッと奪ってしまっているわけなんですが。えー、人生はある時期になると、眼前に大きく見えていたはずの未来より、背中に背負った過去のほうが断然重くなってきますよね。
未知の味、または未知の経験のはずなのに、どこか懐かしさを感じることってないですか? 突如、幼い頃の記憶が蘇ることがあったりして。未来に向かっているはずなのに、同時に過去へ遡っているような気もする……。そんな僕たち大人に送る、切ない思いを込めたワンフレーズです。
慎ちゃん:なるほどー……すげえな(大笑い)。
しまあじ
慎ちゃん:しまあじです。脂がすごくのっていて、おいしいよ。
松永:出来ました。
「脂身は 人生の年輪」
松永:脂身は大人の僕たちにとってちょっと不健康で、危険なイメージですよね。でも、考えてみてください。人間の脂肪というものは人生の積み重ね。
それがその人にしかない旨味(魅力)となるのではないでしょうか。お腹の脂肪をつまむとき、ぜひそのお肉を愛してあげてほしいと松永は思うのです。
──なるほど。
慎ちゃん:しまあじの脂身の油にはDHAやEPAが多く含まれているからね。体に悪くないよ。むしろ健康にいいよ。
松永:……。
サーモン
松永:サーモンをシャケって呼ばないのはどうしてですか?
慎ちゃん:寿司はシャケとは言わないねえ。おんなじ魚なんだけどね。
松永:出来ました。
「下の名前で呼んでも いいかな?」
松永:シャケでもあるのに、タイミングを逃したゆえにずっとサーモンと呼び続けなければならない。今は名字で呼んでいるけれど、そろそろ下の名前で呼んでもいいのだろうか。それともまだ早いだろうか。
そもそもどこまで親しくなれば名前呼びが許されるのだろう……ってわからなくなることってありますよね。そんな余計なことを考えがちな大人の男性に向けて考えてみました。
──気持ち悪い感じになってきましたねー。いい調子です!
松永:褒めてます? けなしてます?
コチ
松永:コチって高級魚ですよね。どんな魚なんですか?
慎ちゃん:賢い魚なんですよ。冬を越すために、半年前から準備するの。
松永:アリとキリギリスでいうとアリのほうなのね。
「だけど キリギリスでありたい」
松永:人間っていうのは、動物よりも賢いと思い込んでいるだけのしょせんバカやろうだと思うんです。気が付いたら生まれ、気が付いたら死ぬ。ならば、『メシ通』読者の皆さんも、あえてキリギリスでいこうじゃありませんか。ミュージシャンとしてデビューして10周年、松永天馬、どう生き、どう死んでいくのかを……。
──はい、わかりました。次お願いします。
松永:……。
ほたて
慎ちゃん:ほたてって、ちゃんと前向きに移動するんですよ。
松永:ただ漠然と漂っているだけではないんですね。
「ただよって来た道を ふり返ってごらん」
松永:なんとなく漂うように生きてきたように思える、今までの人生。目標は果たせたのか? 満足するものだったのか? でも、よく考えてみてほしい。
決して漂ってきただけではないはず。そのときそのときを、一生懸命に生きてきた。自身の今を、そして人生を、肯定してあげてください。
──なるほど。深いような、浅いような。
慎ちゃん:いやー、オレもさ、19歳のときに家出してさ、会社興してつぶしてさ、21歳でここに戻ってきて。おやじに土下座したの懐かしいわー。
──なんと! 慎ちゃん、知り合ったときはもう三代目大将として落ち着いていたから知りませんでした。それでお父さん、許してくれたんですか?
慎ちゃん:うん。それで親父に弟子入りして修行して、店を継いで、今がある感じ。
松永:いろんな人生を生きて、経験を寿司職人にフィードバックしているよね。それがあったからこその慎ちゃんなんでしょうね。僕も、脚本や小説の執筆、演技をすべて音楽にフィードバックしている。もうね、全肯定でいきましょう。
──松永さん、いいこと言いますね。こんな謎の企画なのに、なぜか涙が出そうです。
アオヤギ
慎ちゃん:よくかき揚げに使われるのは、このアオヤギの小柱。アオヤギは、海の香りが強いから、好き嫌いが分かれるんだ。ダメな人はいるけど、好きな人はすごく好きになる貝だよ。
松永:ほんとだ。潮の香りがすごいですね。
「癖を きわだてろ」
松永:アオヤギには独特なクセがありますが、思うに、クセはどんどんきわだてたほうがいいと思うのであります。最近はアプリのせいかメイクのせいか、インスタには美男美女が溢れています。
確かにみんなきれいなんだけど、「印象に残るか」と言われたら、残らない。みんなが似通っていて、個性がないんですね。大人は持ってるクセをどんどん伸ばすべきだと思います。それも、1×1が10になるくらい。忘れられない人になりましょう。
──松永さんのことですね。
松永:……。
シャコ(子持ち)
慎ちゃん:シャコなだけに、職人のあいだではガレージ(車庫)と呼ばれたりします。濃厚なエビとカニのあいだのような味で旨みが強い。筋肉質で、すごい力でパンチをしてくるんだよ。
「灰色の俺」
松永:もう中年だというのに、白くも黒くも、ましてピンクにもなれない。そんな灰色(グレー)な自分がいる。でも、見た目がイマイチの俺でも、実は旨みが強い。どの世界にも染まりきらない俺だが、しぶとく生きていきたい、そう思いました。では、もう一発、シャコの真似をどうぞ。
──シャコっぽいですね。
イクラ
慎ちゃん:熊がシャケを獲ってさ、いちばん先に食べるのってお腹なんだよ。イクラがおいしいってこと、ちゃんと知ってるんだよね。
「生まれてこなかったイクラのために」
松永:可能性のかたまりを食べてしまうことで、彼らの人生はなんだったんだろうと思うんですよね。生まれてこられなかったイクラのためにも、イクラを食べるたびに彼らの人生に思いを馳せていきたい。己の人生も噛みしめながら、一粒一粒いただきたいと思うわけです。
慎ちゃん:無精卵だけどね。
松永:……。
マグロ漬け(和がらしのせ)
慎ちゃん:つるんとした食感に仕上がるのは本マグロだけ。熱湯をかけて油脂を出し、醤油に漬け込むのは10分程度が正解。身の丁度いいところまで漬かるから、シャリ、醤油とよくなじむ。和がらしをのせてどうぞ。
松永:10分なんだ。もっと長い時間、漬けるのかと思ってた。
「染まっても 染まらないもの」
松永:『木綿のハンカチーフ』という曲の恋人は、都会に染まりきってしまいました。さて、漬けるのは10分。身の丁度いいところまで漬かるということは、染まりきらない場所が残るということですね。この世の中、お醤油のように世知辛い。
染まりそうになりますが、いちいち染まっていたら自分ではない人間になってしまいます。染まりたくない、では角が立つ。そこで、染まったように見せかけて、染まりきらない自分を大事にしていただきたい、と松永は思うのです。自分の色を大切にしていきましょう。
──さて、次で最後です。
大とろ
松永:マグロって海の中で止まらずに泳ぎ続けていますよね。どうして?
慎ちゃん:熱くなった体を冷やすためらしいよ。で、泳いでまた熱くなる→冷やすために泳ぐ……その無限ループという(笑)。
「死に急ぐでなく 生き急げ!」
松永:その昔、マネージャーさんに「松永さんっていつも動いててマグロみたいですよね」といわれました松永ですが、思うのです。「生き急ぐ」と「死に急ぐ」は同じ意味のようだけれども、違いがあるとすれば、今を楽しめているかどうかなんですよね。
睡眠時間を削って仕事を頑張る僕らですが、前を向きつつ、楽しく泳いでいければと。ストレスを溜めすぎると死に急いでしまうので、上手に切り替えをしながら人生を楽しんでいきましょう。生まれてしまったからには、もう止まれないんで。
慎ちゃん:うん。素晴らしいね。
すっかり意気投合した二人。楽しそうです。
お二人とも、お疲れさまでした。
出された寿司を現代詩にしていくという「寿詩」。
楽しんでいただけましたでしょうか。
あなたの心に響いた詩はありましたか。
慎ちゃん、おいしいお寿司とお魚についての貴重なお話をありがとうございました。
全10貫の物語を感じるコースでした。この勝負のために、考え抜かれたのだと思います。
そして、松永さんの詩は、やはり素晴らしかったです。
筆が早いのにも驚きです。この点はぜひ見習いたいと思いました。
映画公開とソロCDの発売を控えてますますお忙しい日々のようです。
これからの一層の活躍を楽しみに、私も生き急いでいきたいと思います。
「寿司とは 一貫の詩である。」by 松永天馬
この言葉を最後に、お開きにさせていただきます。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
松永さん近況情報
- 映画『松永天馬殺人事件』で監督・脚本・主演・音楽を担当
- ニューアルバム『生欲』2019年9/4発売
- アーバンギャルドPRESENTS「鬱フェス2019」9/8開催
- 秋のツアー「令和零時のアーバンギャルドツアー~0=0=0=0~」
お店情報
多喜寿司
住所:東京都目黒区上目黒4-9-4
電話番号:03-3712-7653
営業時間:ディナー:17:00〜23:30
定休日:水曜日
※十貫おまかせコース3,000円(税込み) ※季節、仕入れ状況によりメニューが変わります。