誰にでも秘密はあります。たとえば、故郷などないような顔をしている酒場の人たちにも、きっと。おいしいごはんとお酒に緩んだ、その口元から溢れる、あなたの秘密を教えてくれませんか。
日替わりマスターの店「SONEBAR(ソネバー)」
前々から気になる飲食店ばかりが軒を連ねていた通りに、いつの間にか「奥渋(おくしぶ)」なる名前が付いていました。渋谷東急本店を駅から離れるように奥へ。
ついさっき外国人観光客とギャルカップルのための殿堂、ドン・キホーテを通過したばかりとは思えない、しっとりとした賑わいに満ちています。
老舗の人間は「あそこのお店、ランチで奥渋カレーなんて出しちゃって、商魂たくましいというかなんというか」と笑います。曖昧な笑顔に、商店街を感じました。
奥渋の真ん中あたりでピンクの看板を見つけたら4階の「SONEBAR」へ。
ちょっとクローズドな雰囲気。これが隠れ家というもの?
このお店では、様々な本職を持つマスター達が、日替わりで出迎えてくれます。火曜日のマスターは、俳優・パフォーマーの「けーすけ」さんだと聞いていたのですが、扉越しにのぞくと、あれ? 誰かいますね……。
この方が、けーすけさんかな?
ネット記事的なおとぼけを済ませて、着席。
はい、この方が今夜のマスター、けーすけさん。 毎週火曜日の夜限定でお店に立っています。さっきのワンコは、彼の相棒のマンゴーちゃん。
カウンター、広めのソファー、そして背の低いテーブルが置かれた店内には、日替わりマスター達が、それぞれ持ち込んだであろうポスターやオーナメントが、それぞれの場所で落ち着いていました。
カウンターの中で働くけーすけさんを愛犬のマンゴーちゃんがソファーから見守ります。
パトカー運転手役で大暴走したデビュー作
――あ、はじめまして、地下アイドルの姫乃たまです。アイドルと言いつつ、今日みたいにライターとして取材したり、いろいろやりながら、フリーランスで活動してます。けーすけさんは俳優だとうかがっていたのですが、ツイッター(@k_suket)を見ていると、なんだか毎日違う仕事をしていらっしゃるので、勝手に親近感を抱いておりまして……あはは。あの、肩書きってどうしていますか?
けーすけさん(以下敬称略):元々「せーじ・けーすけ」っていう漫才コンビで、1990年にデビューしたので漫才師だったんですよ。事務所が渡辺プロ(渡辺プロダクション)でなまじ大きいもんで、最初から俳優とか声優の仕事もさせてもらえてたね。ただ3年くらい前にコンビが解散して以降はピンなんで、いまの活動としては俳優が多いかな。
――そのコンビ名からして……元相方は、せーじさん! いまどうしてるんですか?
けーすけ:そうそう、せーじ。いまはバルーンアーティストやってます。僕もやってるんだけど。だから肩書きは、俳優と声優とバルーンアーティストとMCと歌手と、ペット・トリマーアシスタントもやってて、あ、あとここのバー店主と……
――あわわわ、ありがとうございます、ありがとうございます……多いなあ!!(笑) ありがちな質問ですけど、俳優業デビューのきっかけはなんだったんですか?
けーすけ:当時のマネージャーさんに神戸の劇団に所属してたって言ったら、けーすけは演技できるんだねってことになって。事務所が大きいので、吉田栄作さんの、いわゆるバーターでね、映画『代打教師 秋葉、真剣です!』(1991年)に警官役でデビューしました。監督は亡くなりはったけど、那須博之さん。ビー・バップと同じで、渋谷の本物のチーマーが出演してて、パラララ~♪ってバイクで来て、また撮影終わるとパラララ~♪って帰って行く。また那須監督って向こう見ずというかトッポイ人でね、「けー(低い声)」って僕のこと呼んでくれるんだけど「けー、パトカー運転できるか?(低い声)」って言われて、「できます!!」って即答して。
――あれ、スタントの経験ないのに、いいんですか?
けーすけ:そりゃもううれしいから! 監督に声かけられてね。免許持ってるし、いけるやろって気持ちで。何回かテストした後、本番前に監督が来て、「けー、そこのカーブでブレーキ踏むなよ……パトカーがブレーキランプ点けたらダサいだろ……(低い声)」って。助手席の俳優さんは本気にしてなかったみたいで「ブレーキ! ブレーキイィィ!」って叫んでたけど、アクセル全開でカーブ曲がったら監督にほめられてねえ。でもその撮影、あまりに危険で、午後にプロのスタントマンが事故りはって。その直後、事務所の人からはめっちゃ怒られたわ。「運転はスタントマンの仕事なんだから!」って。ただ、それを見てたマネジャーさんは、上司から「だったらお前が現場付いてけえ!」って二重で怒られてた(笑)。
助手席で叫んでいた俳優さんを笑いながら再現中
――わははは、このしっかり落としてくる感じに、元漫才師を感じます……! 青春映画の仕事が多かったんですか?
けーすけ:女の子は知らんと思うけど、映画『湘南爆走族』に地獄の軍団って出てくるでしょう。その中の瀬島渉の役もやってたよ。赤い字で「呪」って書いてあるマスク付けて……。
――(一同ネット検索で写真を見て)わはははは、本当だ!! 「呪」って書いてある!
アキバのアイドルイベントでは「売れっ子MC」に
――秋葉原の電気店って週末にグラビアアイドルのDVD発売イベントやるじゃないですか。けーすけさんはああいうイベントで司会もされていますよね。一時期MCで引っ張りだこだったと聞いてますよ。
けーすけ:真鍋かをりちゃんの最後のイベントでMCやったの僕ですよ。安田美沙子ちゃんの初めてのイベントも僕。自慢です。いまはMCの仕事だいぶ減ったけどね。ソフマップ、石丸電気、LAOX……ピークの時は土日で8本! 1本だいたい2時間だから、週末は秋葉原だけで16時間も働いてた。
――下手したらアイドルより働いてますね(笑)。
けーすけ:ほら、あの秋葉原の事件あったやん。ソフマップの前の道路で車突っ込んだ悲惨な事件ね。僕、あの日はたまたま早い時間空いてたんやけど、いつもなら丁度あの時間に渡ってたんよね。いろんな人が心配して電話かけてきて。でもその日の午後はイベントがあったから、すぐ後に警察がいる事件現場渡ってソフマップに行って。お客さんもちらほら来てたけど、こんな日に何やってんのかなあって。あと、昔あった「ヤマギワソフト」って知ってる?
――うーん、知らないですね。ソフマップみたいなお店ですか?
けーすけ:そうそう。あそこでもイベントやってたんやけど、ある日、前日にバラしになったことがあって、それはさすがにあかんでって言ったら、「会場が火事になっちゃったんです……」って電話が。それはしょうがないなと。で後日、延期になったDVDのイベントを改めてやったんやけど、タイトルが「BURN」やってん。堀口としみちゃんの『BODY BURN』。あれはいまでも忘れられない。
――ちょっと、それは話が出来すぎじゃないですか……!
亡き先代オーナーは伝説のDJ
――ところで「SONE BAR」ってどうしてマスターが日替わりなんですか?
けーすけ:先代オーナーの曽根さんが、飲みすぎで店をたたむことにした時に、いまのオーナーが引き継いだんだけど、最初はふたりで店をまわせないから、仲間の常連さん達が手伝ってて、その時の名残なんでしょうね。
――けーすけさんは先代の時からいらっしゃるんですか?
けーすけ:いや、僕はいまのオーナーになってすぐ。なので7年前からかな。この仕事始めるまで、お酒はほとんど飲めなかった。
――へえー、意外!
けーすけ:飲めないし、まったく知らないから、お客さんにハーフ&ハーフって言われて、「……すいません、なんのハーフですか?」って聞いちゃって「何言ってんねん、ビールと黒ビールや!」って呆れられて、厨房入ってからやっと黒ビールがないことに気がつくようなレベルやったわ。
――ははは、すごく勉強されたんですね。
けーすけ:もうほんとに基礎的なところからね。でも「モスコミュール」とか「スクリュードライバー」とか、カクテルの名前ってなんでこんなんなのかなあって気になり始めてから面白くなったなぁ。
――じゃあ、せっかくなのでカクテルを飲みます……!
けーすけさんがカクテルを作り始めると、この連載のカメラマンである沼田学さんが何かに気が付きました。
沼田学(以下、沼田):なんか、レコードたくさんありますね。けーすけさん音楽好きなんですか?
けーすけ:いや、僕はそっち方面よくわからないのよ。サマソニってのも知らんくて、僕はてっきり埼玉のソニックシティでやるからサマソニやと思っててん!
沼田:えー、あれ、「SONEBAR」のSONEって……もしかしてDJ曽根さん?
けーすけ:そうそう! へえ、やっぱり音楽好きの人には有名なんだ! なんかうれしいなあ。
沼田:ほげえええええええ!!!
もう一度、えっ、と驚いてしばらく硬直した沼田さんは、えっえっえっ、とさらに驚き、曽根さんのMIX CDを聴いていたこと、いかに曽根さんがすごいDJだったかを話し始め、リキュールをシガーカップに注ぐけーすけさんが「イベントのチラシ、トイレに飾ってあるよ〜」と言い終わる前には、トイレに向かって駆けだしていました。
トイレには、レジェンドDJゆかりのフライヤーが
ジントニックからは、器用で凝り性なけーすけさんらしい味がしました。
先代のDJ曽根さんがどれだけすごかったかは、沼田さんに3回くらい教えてもらいました。「道ばたで会うといつも酔っ払っていたけど、生前から天使のような優しいおじさんだった」とは、けーすけさんの言葉。3年前に逝去された曽根さんは、本当に天使になったのかもしれません。
同じビルの2階、おでん屋「まめひろ」から、休憩時に一杯だけ飲みに来た店長さんと乾杯
けーすけさんの秘密。大物芸能人のスタイリングを勝手に……
――そうだ、この連載、こっそりヒミツを教えてもらう連載なんですよ。すっかり忘れていたので、無粋にもほどがありますが、何かヒミツを教えてください……!
けー すけ:僕ね、渡辺プロの頃、N・Hさんの付き人を一時期だけやってたんだけど、当時N・Hさんが14本とかレギュラー持ってる頃でめっちゃ忙しくて。今でも大物やけどね。で、彼のスタイリストさんがまだそんなに売れてなかったN君(現在は超有名ファッションデザイナー)やってん。それでも当時から忙しい人やったから、14本分の衣装を一気にドサッと預かるのね。それで僕がスケッチブックと照らし合わせて、番組ごとにN・Hさんに渡すんやけど、よーわからんねん。衣装っていっても14のスタイリング、そんなに大差あるわけじゃないからね。赤いチェックのシャツっていっても、同じようなのが何枚もあるような有り様で。
いま時効やから言えるけど、だんだんどれでもいいような気がしてきて、僕がテッキトーに渡してた。だからあの当時のスタイリングは半分くらい僕やね。そもそもスタイリング放棄してるけど。わははは。
――わはははははは! これ書いていいのかしら。私も結構いろんな活動をしているんですけど、肩書きが多くてよかったことってありますか?
けーすけ:フットワークが軽くなるのはいいかなって思う。ピエロになって子どもたちにバルーンアート作って、スーツに着替えてグラビアアイドルの司会やって、ちょっとお色気系のVシネマに出たり……とか、そういう日があるのは面白いね。N・Hさんの付き人をしていた時、「みんな僕に何屋さんって聞くけど、それは世間が決めることで、僕は現場に合わせた職業になる」って言ってた。あれ、いま考えたら名言やなーって思う。
――私も時々何をしている人なのかわからないと言われるので、その名言を思い出すことにします。
けーすけ:俳優って究極のコスプレイヤーやと思うねん。アメリカだと映画の俳優は映画、CMはCMっていうふうに活動領域が限られているのが普通やけど、日本の芸能界はボーダーレスだし、ある意味でそこが醍醐味やろ。いろんな仕事して楽しんだ方がええと思うで。
私の目を見ながら真剣に話すけーすけさんは、手元の乾き物を思い切りカウンターにばらまきました。
落ちた乾き物を悩ましく見つめ、自分で食べ始めたけーすけさんを、ソファからマンゴーちゃんと、オーナーのacoさんが見守っていました。
明日、けーすけさんは、acoさんが先生をしているベリーダンス教室の発表会で、司会をするそうです。
今夜の一品
けーすけさんのジントニック(800円)
お酒はほとんど飲めなかったというけーすけさんが、猛勉強の末、持ち前の器用さと凝り性を発揮して作ってくれます。
今夜のお店
SONEBAR(ソネバー)
住所:東京都渋谷区神山町17-1 第2渡辺ビル4F
電話番号:03-3465-4841
営業時間:21:00~5:00(日によって異なる場合もあります)
ウェブサイト:http://sonebar.jimdo.com/