お弁当から人生が見える──。約250人の昼メシを覗き続けた夫婦が明かす「おべんとうの時間」「サラメシ」の裏側

妻=ライター、夫=カメラマンとして、いろんな人々のおべんとうを取材し続けて十数年。NHK『サラメシ』や、ANAグループ機内誌『翼の王国』の名物連載の裏側、さらに話題の新刊について話をうかがいました。昼メシの数だけドラマがある!

f:id:Meshi2_IB:20200929173714j:plain

写真提供:阿部了

ANAグループ機内誌『翼の王国』で連載中の「おべんとうの時間」をご存知だろうか。全国各地の手作りべんとうと、それにまつわるストーリーを綴った名物連載である。

毎回取材・撮影を手掛けるのは、ライターの阿部直美さん、カメラマンの阿部了(サトル)さんのご夫妻。了さんは、NHK『サラメシ』(毎週火曜19:30〜)にも出演する写真家だ。

『翼の王国』連載は13年にわたり、書籍化された『おべんとうの時間』(木楽舎)シリーズ4冊目を数える。

www.kirakusha.com

さらに2020年夏、直美さんが新刊『おべんとうの時間がきらいだった』(岩波書店)という本を出した。

そんな夫婦は、いかにしておべんとうをハンティングしているのか。『サラメシ』の裏側は? そして、直美さんの新刊タイトルにちなんだ苦い原体験まで、リモート取材で伺った。

f:id:Meshi2_IB:20200916122221p:plain

阿部直美(あべ・なおみ):群馬県生まれ。会社員を経てライターに。2007年よりANAグループ機内誌『翼の王国』(全日本空輸)にて、阿部了とともに「おべんとうの時間」を連載。夫婦共著で『手仕事のはなし』(河出書房新社)。写真家の芥川仁氏との共著で『里の時間』(岩波新書)など。

阿部了(あべ・さとる):東京都生まれ。気象観測船に機関員として乗船後、写真家・立木義浩氏の助手を経て独立。2011年からNHK『サラメシ』にてお弁当ハンターとして出演。ANAグループ機内誌『翼の王国』内の連載「おべんとうの時間」のほか、『おべんとうの人』『ひるけ』(いずれも木楽舎)など。

 

連載開始前から「お弁当ハンター」だった

──まず、おふたりのライフワークともいえる「おべんとうの時間」のお話からお聞きします。『翼の王国』で連載され、のちに書籍化した単行本では、取材対象者ひとりひとりのポートレートとおべんとうの写真、そしてモノローグのインタビューという3要素で成り立っています。とてもシンプルな構成ですが、写真を眺め、ページをめくり、インタビューを読んでいくと写っている人(おべんとうの主)のことがだんだん好きになっていくんですね。まずこの連載はどうやって始まったんでしょうか。

www.fujisan.co.jp

 

直美さん:このおべんとう写真の発案者は彼(了さん、以下サトルさん)で、それこそ、『翼の王国』で連載が始まるずっと前からおべんとう写真を撮りだめていて。そのときの撮影の様子を話すのを聞き、自分もついていきたいと思ったんです。

 

サトルさん:先に自分がどこにも発表のあてのないまま80人分くらい撮ったところで、出版社に話をしに行きはじめました。そしたら、たまたま(『おべんとうの時間』単行本を出している)木楽舎の社長の小黒さんに会って、初めて「面白い」と言ってもらえたんです。「ああ、すくわれた」と思いました。ただ、こんなことやっているのは、俺たち夫婦だけだという自信はあったんですけどね。

 

f:id:Meshi2_IB:20200927115510j:plain

▲ANAグループ機内誌『翼の王国』(毎月1日発行)での連載「おべんとうの時間」は現在も継続中。毎回、ポートレート、おべんとうの写真、そして本人のひとり語りで構成されている(下記GIF画像参照)

f:id:Meshi2_IB:20201001113352g:plain

──ありそうでなかった企画、というか誰も手をつけていないジャンルだった。

 

サトルさん:そしたら『翼の王国』の編集を木楽舎の関連会社でやることになり、まずここで連載して本にするのはどうかという話をもらって。「子どもの旅費も出してもらえるように言うから(企画実現しよう)」と。

 

──そこから『翼の王国』で連載が始まり、我が子を連れての阿部家の取材旅が本格化していくわけですね。

 

対照的な二人だからこそ奥行きが生まれる

──「おべんとうの時間」は、モノローグの文章構成も緻密だし独特で、「深い」エピソードが詰まっています。ライターの直美さんが「書き手である私」を徹底して消しているせいか、まるでその人のしゃべる声が聞こえてくるような気がします。

 

直美さん:実際に撮った写真を見ると、(被写体だけの)世界ができ上がっていて、自分の出番はないなぁと思ったんですよね。それくらい、みなさんが魅力的だった。この人たちを立たせるには「私」の視点を出す余地はないなぁと思ったし、話を聞いている間、私がわくわくドキドキしたことを、読者がそのまま感じてくれるのがいちばんいいと思ったんです。

 

サトルさん:彼女はライターも編集の経験もないままに始めたので、最初はどうやって表現したらいいのか悩んでいたと思うんです。ただ、この取材はおべんとうありきで、人がすべて。僕は10人くらい撮影していったところで、これはゼッタイいけると思った。彼女の自分の色を出さない書き方も、自然にそうなったんだろうなと思っています。

 

──確かに、おにぎりの作り方をこまかに話していたり、渡し船のおじさんはたった一人のお客さんがやってくるのを待つ「一日」を淡々と語っていたり、波で家が流された理髪店主は震災後の暮らしをおだやかに語っていたり……。それぞれの人生や日常がおべんとうを通して見えてくるんですよね。

f:id:Meshi2_IB:20201001115723j:plainf:id:Meshi2_IB:20201001115718j:plain

熊本県の球磨川で船頭として働く、求广川八郎(くまがわ・はちろう)さん。『おべんとうの時間 3』掲載(写真提供:阿部了、木楽舎)

 

サトルさん:彼女のいいところは、相手に自分をあわせることができるんです。相手はおそらくインタビューを受けるなんてことは一生に一度あるかないかという方たちだからか、ゆっくりしゃべる方もいれば、早口の方もいる。でも、たとえ沈黙が5分くらいあっても、じっと待つんですね。僕だとじれったくなって「たとえばこういうことなんですか」と言葉を挟みそうになるんだけど、相手が口を開くまで待ち続けるんですよ。

 

── 夫と妻でこんなに対照的だとは

 

サトルさん:ふたりで取材する良さは、各々で役割分担ができることでしょうか。僕だと玉子焼きの味だとか食べ物のほうについ興味がいくのに、彼女はその人の話に夢中になって、肝心のおべんとうの話を聞かずに終わっちゃいそうになることもある。そこで面白味が出るのかもしれません。

 

本まるごと一冊をトータルで読むと、これは「おべんとう」の本では終わらない。時代の空気が読み取れ、「仕事図鑑」のようにいろんな職業の人たちのインタビューを集めた、スタッズ・ターケルの名著『仕事!(ワーキング)』を思い浮かべたりしながら読んだ。

 

必ず取材前に一度挨拶に伺う理由

f:id:Meshi2_IB:20201001115744j:plainf:id:Meshi2_IB:20201001115739j:plain

▲移動販売の安藤裕(ゆたか)さん。『おべんとうの時間 3』掲載(写真提供:阿部了、木楽舎)

 

──ところで撮影方法はどうされているんですか?

 

サトルさん:ずっとフィルムで撮っていて、いまでも変えていないです。おべんとうとポートレートはシノゴ(4×5インチの大判カメラ)で撮って、食べているところはブローニーの6×6のハッセルブラッド。ペーパー(印画紙)が少なくなり、値段も高くはなってきているんですが、幸い材料費は出してもらえているので、続けられるところまでは続けたいと思っています。

 

──フィルムのほうがしっくりくる、と。

 

サトルさん:デジタルで撮っても、いまはそんなに遜色はないのかもしれません。プリントしたものは最終的にデータになるわけですし。でも、やっぱりディテールかな。フィルムしか出せない、その時の時間までが写っている奥行きにこだわりたいんです。

 

──連載「おべんとうの時間」の取材の段取りについて教えてもらえますか。

 

直美さん:いつも可能な限り前日にロケハンをして、先方に挨拶に行き、取材内容を伝えます。まずはお互いに顔を見て、ほっとしたいということもありますよね。

 

──前日に挨拶に伺う丁寧さは驚きです。でも、そういう時間と手間の掛け方が、食べる人たちのあの「語り」や「表情」につながるんでしょうね。

 

直美さん:年配の方だと電話でやりとりをしていても、趣旨が伝わりきってないということもあって、まずは私たちのことを知ってもらい信頼関係を作って、「では、明日お願いします」となっていきます。前日入りにしているのは、お昼のおべんとうなのでスタートが早いんです。

 

──取材当日はどんな感じですか?

 

直美さん:おべんとうを撮るのにも結構時間がかかりますね。いつもカメラの組み立てから始めて、自然光が入る場所でないといけないとか、いろんな条件が重なってくるので2時間くらいはかかってしまいます。それで「インタビューは午後がいい」とか「仕事のあとにしてほしい」と言われたら、終わるのを待つ。前日にインタビューだけさせてもらうこともあれば、翌日になることもあり、どんな場合でも取材相手に合わせられるようにスケジュールは組んでいます。

 

サトルさん:ただ、そうなっていったのは連載が決まり余裕が出てきたからで、それまでは時間もそんなに取ってもらうわけにはいかなかったですね。

 

──どんなおべんとうなのか、事前には確認せずに行かれるんですよね。

 

直美さん:そうです。いついつに行きますね、という約束だけして。「○○運送」さんみたいな会社に取材をお願いした場合は相手がどんな方かも知らないまま、出かけて行きますね。

 

──取材対象となる人選はどう決めているんですか?

 

直美さん:よく訊かれるんですが、「こんな仕事をしている人に会いたいよね」と、ふたりで話をするところから始まって。たとえば、今は解散してしまった団体ですけど「大阪プロレスのプロレスラーでもおべんとうの人はいるんじゃない?」って話をしていて、問い合わせたら「いますよ」となって。だから毎回、頼むところからが出会いなんです。

f:id:Meshi2_IB:20201001181658j:plainf:id:Meshi2_IB:20201001181654j:plain

大阪プロレス(当時)のくいしんぼう仮面にも出演いただいた。『おべんとうの時間 2』掲載(写真提供:阿部了、木楽舎)

 

「きらいになった」きっかけはカレー弁当

ここで話題を直美さんの新刊『おべんとうの時間がきらいだった』に移そう。「きらいだった」とは、なかなかにインパクトのあるタイトルである。筆者は書店の「食のエッセイ」を集めたコーナーで見つけたのだが、あのおべんとうシリーズの阿部さんが書いた本だと知って嬉しくなった。

www.iwanami.co.jp

 

しかしページを開くと、お弁当に関わる現在とはほど遠い、少女時代の苦いエピソードが披露されている。

 

「だっせえ。弁当にカレーかよ」
 別の方からも声がして、男子たちがニヤニヤしながら私を見る。なかには、わざわざ私の席まで歩いてきて、弁当箱を覗き込む者までいた。
 大人になった今、つまり弁当の取材を十八年近く続けてきて、二百五〇名ほどの弁当をこの目で見てきた私にはわかる。弁当にカレーを持っていく人は、結構いる。昔だっていた。そのカレーが美味しかった、という人にも、嫌だったという人にも会ったことがある。つまり、よくある話なのだ。
 しかし、十二歳の私にとって、1年2組の教室の中で起こることがすべてだった。カレーを弁当に持ってきた子は、まだ誰もいない。ましてや、カレーとご飯しか入っていない、こんなに素っ気ない弁当を、私は他に見たことがなかった。

 

〜『おべんとうの時間がきらいだった』より抜粋(以下同)〜

 

──おべんとうを「きらい」になった原因がカレーだったというのは意外でした。

 

直美さん:あのカレーは象徴みたいなもので、カレーだからというわけでもなかったと思うんです。なぜならいま、娘のおべんとうにカレーを入れることがあるんですけど、彼女は喜んで食べているし。ホットジャーにカレーを入れ、フルーツやサラダを添えたりしていますが、娘にとっては嬉しい献立なんですよね。

 

──カレーをおべんとうに入れる家庭って、結構あるんですね。

 

直美さん:ありますね。つい最近も取材を受けたときにインタビュアーの女性が、子どもの頃のおべんとうがカレーだったそうで、「下がカレーで、上にご飯をのせてこぼれにくくしてあったのは、お母さんの工夫だったと思う」と話されていて、なんだろう、コンプレックスに感じたのは、私の気持ちの問題だったんでしょう。残りもののカレー以外、何も入れられなかった母の心の余裕のなさが、おべんとうにあらわれていたからなんですよね。

 

 父は、相当な変わり者だった。食べることに関して、独特のこだわりを持っていた。献立は時代とともに多少の変化を遂げつつも、毎晩、同じ時間に自分で決めた献立が食卓に並ばないと我慢できない。テレビ番組で良いと言えば試したくなる、健康オタクな面もあった。
 毎晩、もずく酢という時期もあれば、嫌いな生野菜サラダを、それこそ鼻をつまみながら食事の最初に食べたこともある。晩年は、寝る前に冷蔵庫の前でズルズルと音を立てて何かをすすっていると思ったら、ヨーグルトだった。(中略)

あるべきものがないと、父は怒り出す。用意する母も、常にピリピリしていた。マグロと豆腐は、その中でも別格だった。毎晩なければならない、必須食品である。豆腐は、夏は冷ややっこ、冬は湯豆腐と決まっていて、湯豆腐にはエノキやネギが入るのだが、ある日牡蠣を入れたら気に入って、それ以来牡蠣が必ず入るようになった。(後略)

 

f:id:Meshi2_IB:20200927115455j:plain

 

───『おべんとうの時間がきらいだった』の第一章では、直美さんの家族のことが綴られています。頑固で気難しい父にピリピリしている夕食どきの様子など、ハラハラしながら読みました。お母さんからしたら、もう娘のおべんとうに気をつかう余裕がない。結果、思春期の直美さんが「きらい」になった理由がわかります。そして、おべんとうの取材をしたいとサトルさんから聞かされたときに、直美さんの中で思春期のカレーの記憶がフラッシュバックするのを読み、おべんとうについて正反対の思いを抱くふたりが共同作業に取り組まれるのが面白いと思いました。サトルさんはどう思いますか?

 

サトルさん:自分のおべんとうは、母が鼻歌をうたいながら作ったような、遊び心のある楽しい弁当だったと思います。小、中学校は給食で高校は全寮制だったので、おべんとうと言ったら遠足や社会科見学の時の特別なものでした。仲のいい5、6人の友達のなかにはサンドイッチのやつもいて、それも海苔を中に挟んであった。それを分け合う。ひとり、お母さんが仕事をしていて忙しいからと菓子パンを持ってきていた子がいて、僕のエビフライと交換したりして、そういうのが楽しかったんですよね。でも、こんなふうに「きらいだった」という彼女とおべんとうが好きだった僕が、こうやって結びついちゃったのが笑えますよね。

 

──直美さんの新刊では、「おべんとうの時間」の取材の舞台裏も綴られていますが、驚かされるのは、まだ乳飲み子だった娘さんを連れて、家族3人で取材現場を訪れている点です。撮影中は直美さんが、インタビュー中はサトルさんが子どもの相手をする。「家族」でやって来た取材者に、訪問先の会社の人たちがどう対応したのか。詳しく書かれていて面白かったです。

 

「さあ着いたよ」の声で目をこじ開け、寝起きの悪い娘のひと泣きに付き合い、機材と娘を抱えて末廣酒造さんを訪ねていくと、「あら、まあ」と奥さんが目を丸くして迎えてくれた。そりゃあそうだ。先方からしてみれば、弁当の撮影をお願いされたと思ったら、妻と娘までくつっていてきたのだ。急に申し訳なくなって、ぺこぺこ頭を下げながら案内された来客用のソファに浅く腰を下ろす。娘を膝に座らせると、事務仕事をしている女性社員の机がすぐ近くにあって、にっこり微笑んでくれた。脇には大きなストーブがあり、赤い炎が見える。

 

──娘さんがひどいアトピー性皮膚炎で、どこかに預けるという選択肢を取れず、やむなくだったそうですが、現場のやりとりを読むと、いい人、いい会社に取材しているなぁというのが伝わってくる。そもそも、おべんとうの取材という、よくわからない依頼に「いいよ」と言ってくれた人たちだからこそ、というのもあるんでしょうけれど。

 

直美さん:そうですね。いまでこそ「べんとうを見てください」という人もあらわれるようになりましたけど、当初は「何で、べんとうを見たいの」という反応でしたから。

 

サトルさん:『翼の王国』で連載を開始するまでに5年くらいあったんですが、どういうものかわからないのにほんとうに、よく受けてくださったと思っています。

 

サラメシとはライバル関係!?

──NHK『サラメシ』にはサトルさんだけが出られていますが、人選はどうされているんですか?

 

サトルさん:テレビのほうは制作会社のテレビマンユニオンがすべてセッティングしてくれて、「次はビーチサンダル作ってる人のところへ行きます」みたいに毎回連絡をもらうので、自分は人選には直接関わっていないんです。ただ、(『翼の王国』内で連載中の)「おべんとうの時間」との関係でいうとライバルというか、人選的に「(先に)やられちゃったなぁ」と悔しい思いをすることもありますね。

www.nhk.jp

 

──なるほど。テレビならではの大変さはあったりしますか?

 

サトルさん:うーん、しゃべらなきゃいけないのがね。「おべんとうの時間」だと、その人の日常を見たいという流れでやっているんですが、『サラメシ』は撮りながらも、映っている僕がしゃべらないといけない。その大変さはあります。まあ、いつも楽しくやらせてもらっていますよ。ただ、弊害というのか、最近は「おべんとうの時間」のほうでも、撮りながらつい話しかけたりするようになって。それで、こっちに怒られる(と直美さんを指差しながら)。

 

直美さん:一度話してしまうと、人って(同じことをもう1回は)しゃべらなくなるんですよね。彼が先にいっぱい聞いたりすると、あとあと私が聞きづらくなるので。

──サトルさんは『サラメシ』も含めると、もう数えきれないくらいおべんとうを撮影してこられたと思うんですが、これは驚いたというようなおべんとうはありましたか?

 

サトルさん:うーん。大きな、おにぎりかなぁ。『おべんとうの時間』の1冊目の巻頭に出ている土屋さんという方ですが。取材を始めて10人目くらいの頃、別件でロケをしていたときに、軽井沢だったかなぁ、駐車場でトラックを洗っている男の人と目があったんです。この人、いい顔しているなぁ、おべんとうだったらいいのになぁと声をかけたら、「いつもおにぎり持ってきているけど、きょうはもう食べちゃった」って。

f:id:Meshi2_IB:20201001113709j:plainf:id:Meshi2_IB:20201001113655j:plain

▲そのときの土屋継雄(つぎお)さん。確かにでっかいおにぎり! 『おべんとうの時間 1』掲載(写真提供:阿部了、木楽舎)

 

──そう都合良くはいきませんよね。

 

サトルさん:だから、なんとかお願いしてあらためて取材に行ったら、これがデッカイおにぎりだったんです。 彼は仕事のときは毎朝3時に起きて、4時には家を出ないといけない。だから、奥さんに頼むのは申し訳なくて自分で作っているって言って。丼にラップをひいて、海苔を置き、ご飯をドンと入れ、あり合わせのおかずを入れる。たまたまなのか、ラップを外したら、おにぎりが牛の模様に見えてきて、集乳の仕事だったんですが、面白いなぁと思いましたね。

 

──サトルさんのスピンオフ的な写真集『ひるけ』の表紙にもなっている方ですよね。確かに、いい表情をされています。

 

取材を断られると「いい会社だなぁ」って

──些細なことなんですが、おふたりとも「電話は苦手」だというのを読んで親近感がわきました。でも、取材申し込みはやっぱり電話でしなきゃならないわけで。直美さんは、椅子の上に正座して電話をかけていたとか。

 

直美さん:いまもそうしています。会ったこともない人にこういう取材のお願いをして、ちゃんと伝わるかなぁというのは常に思いますし、正直いまでもよく断られますね。

 

──本でも、断られることが多いと書かれていましたね。

 

直美さん:半分くらいは。でも、はっきり嫌だと断ることができるというのはすごく大事なことなんですよね。たとえば、社長さんが宣伝になるから受けようと思ったとしても、「ウチの社員に聞いたら出たくないと言っているので」と言われると、いい会社だなぁって。断られるのはショックですけど、縁がなかったんだなあ、と次を探します。

 

f:id:Meshi2_IB:20201001152840p:plain

 

──電話をかけるのは、直美さんが多い?

 

サトルさん:僕もかけたりします。緊張もしますが、正座まではしませんけど。まず地域で人を探すことが多いので、A社に断られたらB社と。でも、A社で受け入れてもらえたらB社の人との出会いはなくなる。縁なんですよね。まあ、2回に1回は断られる。それはずっと変わらない。

 

直美さん:『翼の王国』の連載が知られるようになってからは、多少はOKの確率は上がりましたが、やはり人対人なので、電話を受けた人もヘンな電話だなぁと思いながらも、ちゃんと返事してもらえるんですよね。話すというのは大事なことなんだ。最近とくに思います。

 

そろそろ、リモート取材の時間イッパイとなったところ、サトルさんが「ひとつだけ、いいですか」と切り出した。かしこまった表情だ。

 

サトルさん:単行本の方の『おべんとうの時間』の本は4冊出ているんですが、自分たち家族のこともエッセイのところに入れてもいいかなぁと聞かれたことがあったんですね。僕は、いつかチャンスがやってくるから、まとめて出したほうがいいと言ってきたんです。結局、今回でき上がった彼女の新刊にそういった話がたくさん詰まってるんですが、読んで驚いたのは、ディテールのすごさ。彼女のお父さん、お母さんのことも知ってはいたけれど、ここまで記憶をたどって細かく書けるのかぁと。彼女は日記に書いていたと言うんですが、僕は、日記はいいことしか書かないものだと思っていたら、悔しかったこと、闘っていたことをぜんぶ書きとめていたというんです。

 

たしかに、直美さんが一念発起して高校生のときにアメリカへ留学はしたものの、うまく英語がしゃべれず食事を共にする相手探しに悩んだ日々のことなど、十代の少女の複雑な感情が、昨日のことのように詳細かつ丁寧に書かれていて驚かされる。

とりわけ、カレー弁当と対となる最終章の「父の弁当」の回想は絶品で、世界が静かに反転させていくものだ。

 

「僕自身も驚きながら物語のようにして読めたし、妻でありながらこれまで全然知らなった新たな一面を見せてもらった」

サトルさんがそうつよい口調で話すのを、「もういいよお」と直美さんがストップをかけた。「こういう機会でないと言えないから」とサトルさん。

 

パソコンを前にして、ふたりが肩を寄せ合うようにして取材を受けるのも、リモートならではの距離ともいえる。「彼」「彼女」「こちら」とたがいに横目で見ながらのやりとり、取材を意識しながらの日常が出ていていい。

おべんとうにはドラマが眠っているのは当然のこと。おべんとうをひたすら追いかける側にだって、相当なドラマが眠っている。

 

f:id:Meshi2_IB:20200929173719j:plain

写真提供:阿部了

 

書いた人:朝山実(あさやま・じつ)

朝山実

1956年、兵庫県生まれ。インタビューライター。地質調査員、書店員などを経て現職。人ものルポと本関係をフィルードに執筆。著書に『イッセー尾形の人生コーチング』(日経BP社)、 『アフター・ザ・レッド 連合赤軍兵士たちの40年』(角川書店)、『父の戒名をつけてみました』『お弔いの現場人 ルポ葬儀とその周辺を見にいく』(中央公論新社)など。「弔い」周辺のインディーズを取材中。帰阪すると墓参りは欠かしても「きつねうどん」と「たこ焼き」を食べにいく。

過去記事も読む

トップに戻る