ガトーショコラだけで「潰れる寸前から年商3億円」まで実現したシェフの経営論

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どん底から年商3億円まで急伸させたシェフの経営論とは

ホテルやレストラン、パン店などで修業を重ねた後、1998年に東京新宿御苑前に自身のイタリアンレストラン「ケンズカフェ東京」を開店したシェフの氏家健治さん。

当初、経営はなかなかうまくいかず、どん底の状態だった。

そこから、ディナーをやめて倒産を回避、ランチとカフェをやめてガトーショコラ専門店にシフトして年商4,700万円に、さらにネット通販をやめて年商1億500万円に業績を向上させました。

 

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現在は、シェフ業を辞めて店の経営に専念し、年商3億円にまで押し上げた氏家さんに、余計なことをやめたら成功したワケ、その独自のビジネス論を聞きました。

 

 

「おいしければ客は来る」は本当か

── ご著書『余計なことはやめなさい!』(集英社)を読んで面白かったので、5年前に出された最初の本『1つ3,000円のガトーショコラが飛ぶように売れるワケ』 (SB新書)も読ませていただきました。以前は通販をされていたのが、今はそれもやめて店頭での販売のみなんですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:5年前に書いた本と、今回の本では言ってることが全然違うんですよ(笑)。『余計なことをやめなさい』は、「余計なことをやめて、もっと広報や広告にお金をかけましょう」という本なんです。日本人って、そういうものより食材にお金をかける方が正義、美しいと考えますよね。

 

── どのようにして、広報や広告にお金をかけるべきだという考えに至ったのですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:1998年にお店を開店して、最初の2年目か3年目にホットペッパーの紙媒体に広告を出したんです。当時、インターネットはあったけれど、ネット版のホットペッパーはなかった気がします。
最初は小さく広告を出していたんですが、ある時ちょっと大きく載せたら効果があって。広告に躊躇がなくなった原点は、その時の成功体験ですね。

 

── 広告に効果があったんですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:本来はこんなちっぽけな個人経営店で、広告なんかにお金を出せないという気持ちもあります。「おいしければ客は来る。その分、食材にお金をかけたい」という美しい理論ですね。「広告は敵だ」という考え方もある。
今はおいしければブログで紹介されたり、グルメレビューサイトで点数が高くなったりするけれど、当時はそういうのもなかったですから、駅前に店を出したら勝ちとか、目立った店やチェーン店が勝ちみたいなところがありました。でも、今は路地裏でも戦えるじゃないですか。僕も1月に、二つ星の店にカニを食べに鳥取まで行きましたし。今はそういう時代になった。

 

── そもそも、なぜこの場所だったのですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:もともとホテルで働いていて、その後、パン屋さんやフレンチ、イタリアンなどの店を経て、20年前にこの店を出したんですが、兄が経営する蕎麦屋が近くにあったんですよ。だから、なんとなく兄の店の近く、地の利というか、知ってる場所に出した。そこが失敗の元だったんですけどね(笑)。
新宿がいい場所といっても、新宿駅前じゃないし、新宿三丁目でもないし、路地裏で、目の前に公園があるとはいえ特に何もビジネスを生まない立地ですし、だったらビルの中の方がまだいいわけですよ。近くに新宿御苑がありますけど、夕方で終わっちゃいますし。桜の時期はちょっといいかもしれませんが、このあたりは微妙に商圏が狭いんです。

 

── 新宿駅前や三丁目寄りには飲食店がたくさんありますが、このあたりはわりと静かな感じですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:逆に昼は飲食店が少ないので、黙っててもお客さんが来るんですけど、夜はなかなか難しい。昼の営業でなんとか持っていましたが、夜のお客さんが来たり来なかったりで、潰れそうになりました。たぶん、そのままなら潰れてたでしょうね。

 

── そんな時期があったとは、意外です。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:もちろん実力があったりファンを持っていれば、お客さんは来るんでしょうけど。ホテルやお店をいろいろ転々としたので、シェフとしては全然知られてなかったんですね。勤めている時は勢いがあるけれど、それと経営は別です。
独立して店を持ったのが30歳くらいでしたが、33〜34歳の頃は、赤字で情けない状態でした。まわりをみれば、課長になって、結婚して、子どももいて……という人たちだけど、自分はそうではないし。時代が悪い、路地裏というお店の場所も悪いし、実力もあまりないし、なにもかも中途半端で。「貧すれば鈍する」ですね。親にお金を借りて、なんとか乗り切りました。

 

── 好転したきっかけはなんですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:インターネットの販促を始めたんです。普通の会社員もみんなパソコンを持つようになって、ネットでお店を探す人が急増した時期ですね。波にうまく乗ったんです。その頃はまだライバルが少なかったですから。紙の広告は枠が限られていますが、ウェブならちょっとした金額で数ページを持てて、写真もたくさん入れられて、キーワードを打ち込んで、お店の説明もできる。

 

── 広告にもお金をかけることが大事だと感じた。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:広告にお金をかけるというか、広告に力を入れることを躊躇しないことが大事ですね。この本で一番書きたかったのは、広告や広報活動のことなんです。最初は全部自分でやっていたので販促も自分でしましたが、力を入れたいと思っても、オーナーシェフをやっているとなかなか時間が取れません。

 

── 確かに一人では限界がありそうですよね。


f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:自分だけだと知り合いだって限られますし、無理だと思いました。成功している企業の広報部には、メディア戦略のプロがいますよね。テレビに出たら効果が出るということがわかったきっかけは、TV番組の『とんねるずのみなさんのおかげでした』に藤井フミヤさんがゲストで出た時です。
フミヤさんが、手土産としてウチのガトーショコラを紹介してくれたことです。こんな小さな店ですが、去年もテレビに十数回出ました。

 

スタッフの時給を高くしたら、いいことばかりだった

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── 本に書かれていましたが、広報のスタッフに払っている金額が大きいことに驚きました。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:見積もりを高くするのが好きなんですよ。高いお金をもらえば頑張ろうと思うじゃないですか。スタッフの時給も高くしたらいいことばかりでした。10年以上前から、放っておいても人が集まるようになったんです。それも仕事ができる人ばかり。言わなくてもできるし、こちらが教えてもらうこともあるんですよ。人材募集にお金かけるのは余計なこと。それがないから楽なんです。

 

── しかも、営業時間が10〜19時で土日祝日は休みという、飲食業としては働き方改革の最先端ですよね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:今ならできるな、と思ったからやったんです。できるうちにやって先行事例になりたいんです。ただ、大きい会社では難しいかもしれません。利益率が高くて社員が4人しかいない、小さい会社だからできるというのもあります。

 

── 今では、ガトーショコラ1本で年商3億円までになりました。でも、もともとイタリアンのお店を経営されていたから、デザートといえばティラミスだと思ったのですが……。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:ティラミスは、いわば「B級グルメ」ですから(笑)。ココアって、チョコレートが溶けないように仕上げたものなので、油脂分を除いている食材でおいしくない。粉っぽいし、アルカリ処理してるからエグ味もある。おおげさにいうと、ココアパウダーを入れた時点で、それはB級グルメなんです。
だから、もしかしたら上にチョコレートペーストを乗せるとか、ティラミスのニューウェーブだったらありかもしれませんけど、ココアを使うこと自体があり得ないですね。

 

── では、ティラミスは出していなかったんですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:ティラミスは出していません。チョコレートドリンクもその当時から、チョコレートシロップをお湯で混ぜたものではなくて、最高級のクーベルチュールチョコレートを出していたんですが、それもすごく受けました。最初は「ショコラショー」とか「ホットチョコレート」って言ってたんですけど、その名前だとあまり売れなくて、「ココアないんですか?」って聞かれるんです。「ココアはないけどホットチョコレートはあります」と言うと、「じゃあ、いらない」となる。

 

── なるほど(笑)。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:でも、飲んでくれた人からは「すごくおいしい。こんなの初めてだ」って言われました。そりゃそうですよ。こんなにいいチョコレートを使ってますから。そのうち、仕方ないから「スペシャルココア」って名前にしたんですよ。そうしたら、「こんなにおいしいココア、飲んだことない」って、お客さんは言うんです。うん、でも本当はそれ、ココアじゃないですから(笑)。その時、チョコレートの力を感じました。

 

なんでも極限まで行っちゃえば勝てる

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── お客さんはそんなにココアにこだわっていたのですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:ココアブームがありましたよね。テレビで健康にいいとか言われて、ココアがいいイメージになった。テレビの影響は結構あるんですよ。でも、その時にチョコレートの力、受け度が高いということは何となくわかっていたんです。
今思えばマーケティングだったんでしょうけど。しかも当時からいいチョコレートを使ってましたから、リピーターが多かったんです。うちのガトーショコラの評判がすごく良かったのは、やっぱり最初からいいチョコレートを使っていたからです。

 

── 原料となる素材が良かった。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:ケーキ屋さんは、ガトーショコラにこんないいチョコレートを使いません。なぜかというと、ガトーショコラはあまり高くは売れないからです。あと、ガトーショコラなんて、そもそもそんなものだと思っている。それで、風味がないからといってシナモンパウダーやリキュールを入れたりするから、まずいガトーショコラができるんです。

 

── 氏家さんのガトーショコラは、チョコレートと卵とバターと砂糖しか使っていないんですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:世の中のガトーショコラは、バターもチョコもこんなに入れないで、ココアパウダーを入れているものが多いですね。でも、なぜこういうガトーショコラがなかったかというと、お金がかかるからと、もともとそういうものがあまりなかったから、というだけなんですね。
ガトーショコラは小麦粉を入れるもの、ココアパウダーを入れるもの、という常識だったんです。でも、それって本当に必要なの? そのレシピ、本当に正しいの? バターをいっぱい入れちゃダメなの? 本当に油っぽくなっちゃうの? という既成概念に対するアンチテーゼというか、小麦粉を入れなくたっておいしいじゃないかという思いはありました。

 

── そういう反骨精神のようなものは昔からあったんですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:ありましたね。ケンズカフェのレストラン時代に出していた、ウニパスタがそうですね。以前、イタリアンレストランに勤めていた時に、大して良くないウニを少しだけあえて、上にちょこんと乗せて「ウニパスタです」と出していました。それはそれでいいんでしょうけど、なんでもっといいウニを使わないんだろう? なんでもっといっぱい乗せないんだろう? そういう怒りのような気持ちがありました。
それで、将来僕が独立したら、トップの人が使うような綺麗なウニを一箱使ったウニパスタをやりたいと思っていたんです。そのウニパスタは衝撃的な画像なので、いまだに「あのウニのお店でしょ」って言われることもありますね(笑)。

 

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▲当時お店で出していたウニパスタ

 

── 画像を見ましたが、確かにインパクトがありますね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:なんでも極限まで行っちゃえば勝てるという確信はあります。だから、ガトーショコラも、チョコレートが極限まで良ければ、シナモンパウダーもブランデーもいらないだろうと思っていました。

 

── ガトーショコラはレストラン時代から出していたんですね。そこから、ガトーショコラだけに絞ることになったのは、どのような経緯ですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:一番初めはお客様に、「こんなおいしいガトーショコラ食べたことない。初めて」「何これ? とろける」「これをぜひ売ってほしい」「テイクアウトしたい」と言われたんです。こちらからすると焼きたてを食べてほしいし、そもそもうちはケーキ屋じゃないし、そういうことはやりたくないから断っていました。
だけど、また他のお客さんたちからも言われ続けたので、仕方なくラップに包んで、袋もないので百貨店の紙袋に入れて、仕方なくお売りしたのが始まりなんです。まさか、それが今のようになるとは夢にも思っていませんでした。狙ってこうなったわけじゃないんですね。最後の方は、もちろんガトーショコラ専門店になろうと狙いましたけど、最初は仕方なく始めたんです。

 

── 狙っていたというより、お客さんのニーズがまずあったと。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:それとケーキって作り置きだから、おいしさを保つのに限界があるんです。だから今、作りたてのデザートを出す店、パフェとか、その場で作るデセールの店がブームになっていますよね。やっぱり作りたてのものや切りたてのフルーツはおいしいじゃないですか。その場で作ったものって、やっぱり全然味が違う。握りたての寿司と同じです。今、そういう時代になりましたよね。

 

── 確かにそれは感じます。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:だから今、寿司が強いじゃないですか。握りが十貫乗っているより、一貫一貫握ってくれる方がおいしいですよね。

 

── ガトーショコラを作っているところを拝見していると、ひたすら「混ぜている」感じがしますね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:卵白でメレンゲを立てたりせず、全卵を使います。卵はほぼ水分。チョコとバターは油分が多い。水と油なので、よく混ぜて乳化させるんです。水と油を乳化させると、とろーっとします。ドレッシングやマヨネーズと同じです。トロッとしたものっておいしいですよね。このまま生でも食べられるんです。このまま舐めてもおいしいんです。アイスクリームにかけてもいいですね。

 

「秘伝のレシピ」もネットで公開する時代

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── 濃厚でなめらかで、上品な味わいですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:これを型に入れて焼きます。焼いたら香ばしさが出て、ちょっと水分が飛んで、うま味が凝縮するので、もっとおいしくなる。それが、このガトーショコラですね。プラス焼きすぎない。世の中のものって、だいたい焼きすぎてるんですね。なんで焼きすぎてるかっていうと、そういうものだから。これは生で食べられるからレアでいいわけです。
最近やっと、とんかつ屋さんもレアに仕上げる店が出てきたじゃないですか。とんかつの中がレアでも「これ火が通ってない」「お腹壊すよ」なんて言うお客さんも減ってきてましたよね。ゆで卵だって半熟気味に仕上げないと固くなるし、喉も乾くし、まずいじゃないですか。今は火を入れすぎないことですね。だから、このガトーショコラもあまり火を入れすぎていない。

 

── なるほど。それで半生のような食感と風味に仕上がるんですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:レシピサイトに、ガトーショコラのレシピをそのまま公開してるんです。バレンタインの時期は1日1万ビューくらい見られます。すごいですよ。日本一のガトーショコラですからね。それを公開しているんです。

 

── レシピも公開されていて、誰でも氏家さんと同じように作れるはずなのに、実際は違うわけですよね。そこの差は何ですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:チョコレートがオリジナルなので、同じ味にはならないかな。それと、材料のチョコを買っただけで3,000円くらいしてしまいます。でも、簡単なメニューだし、たくさんの人に真似していただいて、このレシピは完全に広まって社会財産になったので良かったと思っています。今、レシピサイトに実際に作った人のリポートが600以上載ってますけど、僕は全部に返信しています。

 

── なぜ返信するんですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:「作ってくれてありがとう」、という気持ちがありますね。こんなに簡単とは夢にも思っていないから、みんな感動するわけですよ。昔、レシピは「秘伝」とか言ってましたけど、今は公開して拡散させる時代。ビジネスだと「オープン戦略」というらしいですけど、真似されて負けるのであれば、その程度のものです。

 

「焼きたて」にこだわる理由

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── なるほど。それにしても、材料はチョコレートとバターと卵と砂糖というシンプルなものとはいえ、やっぱり料理する方には体力が必要ですよね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:必要ですね。だから、女性シェフが少ない理由は唯一そこ(体力面)ですよね。だいたい腰や肩や手がやられたといって引退していきます。だから、女性で可能性があるのはショコラティエですね。あまり重いものがないので、女性のショコラティエはこれから増えていくと思います。利益率も高いですし。

 

── 氏家さんは、体力や健康を維持するために何かされていますか?

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:今はもう筋肉ないですけど、高校時代体操部だったので、もともと上腕が結構強いんです。それは役立ちましたね。体力がないと厳しいっていうのはありますが、どんな商売でもそれは同じだと思います。

 

── 高校で体操部というお話でしたが、大学では写真を勉強されたんですよね。それなのにシェフになられた経歴が面白いです。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:写真をやると、機材やジュラルミンが重くて、すごく大変なんです。当時の写真界なんて超体育会系ですから、絶対にこんな仕事、嫌だと思ってました(笑)。

 

── 大学はどちらに行かれたんですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:東京工芸大学です。当時はバブル手前の、バブルの恩恵は受けていないけどお金の巡りの良い時代だったので、金銭的にも恵まれて自由を謳歌していました。グルメでしたしね。20歳の頃から、十何万のフランス料理を食べたりしていました。当時ミシュランは来てなかったですけど、フランスの三つ星レストランの日本支店があって、そこで食べたりとか。それは当時でも珍しいですけど、そういうことはわりと好きだったんですよね。

 

── 食べることが好きだったんですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:大抵の人はおいしいものが好きですよね。家が建築と不動産をやっていたので、頂きものがいっぱいあったんです。お中元とお歳暮が山のように来るんです。ビールや極上生ハム、みりんに醤油のセット等いろいろありましたけど、やっぱり子供のころはお菓子が嬉しくて。ヨックモックのシガールがとてもおいしくて。子どもだから洋風のもの、バター感が好きでした。

 

── グルメなのは子どもの頃からだったんですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:たまに、地元のケーキ屋さんで買って来たケーキをくれる人がいるんですが、それがまたおいしいんです。つまり、フレッシュなものはおいしいと思いました。それが、いまだに焼きたてにこだわる理由です。
本当なら真空パックにして冷凍して全国に売りさばけば、もっと儲かるんでしょうけど。やっぱり焼きたてがおいしいから、それはやらない。もともとレストランで、焼き立てを食べてもらったのが受けた。そこがやっぱり原点なので。

 

Google検索の1位になるには、専門店になるしかない

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── なるほど。そして、学生時代に写真を勉強していたことが、後々お店の宣伝に役に立ったんですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:まさかその中途半端にやった写真の知識が役立つとはね。ホットペッパーで広告を出した時もそうですけど、広告に使う写真はどういうものがいいのか、僕は知っていたわけですよ。
今から十四、五年前は、ウェブにいい写真を載せている店が少なかったのです。大手企業でも、とにかくメニューが全部写っていればいいだろうというような「引きすぎ」の画像が多かったんです。僕は写真を撮る技術はなくても見る目はあった。食べ物をどの角度から撮るか。「高さ感」があるか。シズル感はあるか。もともとその知識があったので、最初からいい写真を採用できたんです。

 

── 今でこそ、みんながスマホで写真を撮り、インスタ映えなどを気にしていますが、それ以前の時代にできたから有利だったというわけですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:それとプラス、ちょっと日本語が得意だったんです。高校の時、弁論部にも入っていまして、原稿を書いて話すことが好きだった。だから、テキストとか写真に関しての素養があったんだと思います。それがウェブ広告になったときに生かされた。

 

── コピーライティングの面でもこだわったんですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:「イタリアン」なのか「イタリア料理」なのか。「飲み放題」なのか「フリードリンク」なのか。「飲み放題つき」の「つき」は漢字の「付き」なのか、ひらがなの「つき」なのか。そういうことを考えていました。検索していると、お客さんがどういうワードを入れているか、だんだんわかってくるんです。
SEO的なことをやっていったら、どんどんアクセスが上がっていきました。アクセスが上がると必然的に集客も困らなくなってきました。それから、もっともっとウェブサイトの構造とか、どうやったら検索で上位表示されるか勉強しました。

 

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── ネット戦略に注力された。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:当時はとにかく「やったもの勝ち」だったんですね。タイトルに引きの強いキーワードを入れれば良かったりとか。そのうち単純なSEOじゃ対処できなくなるだろう、ごまかしはきかないだろう、より本物しか残らないだろうと気づいて、その代名詞になることを考えました。
例えばフライドチキンだったら、絶対ケンタッキーがGoogle検索の1ページ目に来るはずです。だから、ガトーショコラで1ページ目に来るには、ガトーショコラの専門店になれば強いだろうと考えたのです。

 

── それはご自身で試行錯誤して、独自に編み出したということですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:そうですね。結論から言うと、SEOって「推測」なんですよね。今は、どうやったらGoogle検索で上位に表示されるかってところでしょうけれど、それがわかるのはGoogleの人だけですから。
だからSEOは、もう全然気にしていません。当時はYAHOO!検索で上位に表示されるための対策を本で勉強して、1ページ目の1番か2番にうちのサイトがコンスタントに表示されていたので、必然的にお客さんも来てました。だけど、そのうち「ガトーショコラ テイクアウト」「ガトーショコラ お取り寄せ」のワードでは、みんな検索しないことに気づいたんですよ。

 

── 料理人というより、SEOの専門家のようですね(笑)。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:みんなが検索するのは、「ガトーショコラ レシピ」「ガトーショコラ レシピ 簡単」。レシピなんて見ないで買ってよと思ったんだけど、結局ガトーショコラは「買うもの」じゃなくて、「作るもの」だった。
混ぜて焼くだけで、簡単だから。フランスでは女の子が人生で初めて作るケーキがガトーショコラなんです。日本の女の子たちは、チーズケーキとかスポンジケーキだと思うんですけど。だから、その点を逆手にとって、ガトーショコラのレシピを公開しているんです。

 

僕はパティシエとかシェフとしては、あまり魅力がない

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── 今、ケンズカフェのガトーショコラを買いたいと思っても2ヵ月以上先になってしまうほどですが、ファミリーマートとのコラボレーションなどでいろいろな商品を展開されていますね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:「ファミリーマートのチョコスイーツがすごい」って言われたい。組むからには必ず勝っていきたい。大きなビジネスですから、とてもやりがいがありますね。すでに日本経済新聞の「なんでもランキング」で、「コンビニの実力チョコ10選」で第1位を獲得したりと実績も出しています。

 

── そもそもファミリーマートと組むことになったきっかけはなんですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:夢として、「コンビニのスイーツの監修とかやりたい」って語ってたんですよ。こんな個人店のオーナーでコンビニの商品開発をやりたいなんて偉そうなこと、ちょっと恥ずかしいですけど。でも、そうやって夢を語っていると、知り合いでつなげてくれる人が出てきて。そこから決まったんです。

 

── 「こうしたい」ということを口に出してみたんですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:そうそう。恥ずかしいけど。本もそうで、「本を出したい。こういうビジネスモデルを紹介したい」と言っていたら、つなげてくれた人がいて、それが5年前に出た本になりました。それがきっかけでビジネスマンにも知ってもらえたし、また新しいお客さんも増えました。それで今は、ガトーショコラはケンズカフェ東京、ビジネスや経営論のほうでは氏家健治、という感じにしています。

 

── イメージを分けているんですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:最初は「スターシェフ」になろうかなと思ったんですけど、僕はパティシエとかシェフとしては、あまり魅力がない。やっぱり鎧塚俊彦さんとか辻口博啓さんみたいな、ああいうスターとは違うと気づいたんです。それで方向転換して、お店経営やビジネス論の氏家健治で行こうと決めたんです。

 

── なるほど。これまで、困難に立ち向かう時に、ビジネス書のようなものを参考にされたり、誰かに相談したということはありますか?

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:あまりなかったですけど、したほうがいいですね。後からドラッカーの本を見ると、僕と同じことをやってると思うところはあります。上から目線ですが(笑)。経営者が唯一すべきことは「顧客の創造」と書いてあります。狭い意味でいうと、集客ですね。経営者がやることは集客であって、現場に入ることでも作ることでもない。お客さんが増えれば、売り上げがアップするわけですから。

 

── シェフとして「現場に入る」ことよりも、まずは集客に集中した。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:本を出すことによって、全然違うところにアプローチできました。そうすることで、どんどんファン層が広がっていく。コンビニの監修をやることによって、今まで知らない中学生、高校生、大学生にも知ってもらえた。彼らは将来、顧客になる可能性がある。これは顧客の創造ですよね。ドラッカーの本に書いてあるんですが、僕は同じことを感覚論でやってたんだという感じですね。

 

ネットで書かれるネガティブなコメントの方が参考になる

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── そういう経営センスはどこで培われたんですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:……うーん。ウェブに広告を出したり「自社公式サイト」を持つことによるメリットは、どの広告が効果的だったのか、どういう経緯のアクセスなのかなどが、如実にわかるわけです。公式サイトだと、どのキーワードから来たか、滞在時間や離脱したページがわかる。
ブログやツイッターを毎日見てるんですけど、十数年間続けていると、何が世の中で求められているかだとか、うちの評価だとがわかるようになるんです。純粋にそれをやり続けたから、僕は自分の店をかなり俯瞰で見られています。やっぱりお店としてはネガティブなコメントの方が参考になりますね。例えば、「このガトーショコラ、ブランデーの香りがしてすごくおいしい」という声がありますよね。

 

── そういうコメントは当然あるでしょうね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:でも、実際はブランデーは入っていないんです。

 

── えっ?

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:風味が豊かだったのは、いいチョコレートを使ってるから。でも、こう書かれちゃうと読んだ人が「ブランデーが入ってるから、もう買わない」とか、「ブランデーは子どもに食べさせられない」と思ってしまう。入れているならいいですけど、そもそも入れていないので最初は困惑しました。でも、そういう風に思わせた、誤解をさせたこちらがいけないと思うようになったんです。
そこから、リーフレットに「アルコール不使用」と書きました。あと、「レンジでチンしたらおいしい」という声もあった。焼きたてを売ってるわけですから、わざわざレンジで温め直すの? どうして? と最初は思ったんですけど、今はそれを売りにしているんですよ。

 

── ええ!(笑)

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:買ったお客さんがどう思うかが大事で、その評価がすべてだろうと思ったわけです。だから、2個3個そういう意見があると、やっぱりそう思う人が潜在的に多いんだろうと思うようになりました。十数年間続けているので、どういう風にしていったらいいのか、未来予想図が立っているのです。

 

どんどん味を変えていかないとジリ貧になる

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f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:例えば去年、ガトーショコラの味を大幅に変えました。簡単に言うと砂糖の量を三分の一減らしたんです。三分の一って相当な量ですが、それまでも少しずつ、年間5グラムずつくらい減らしていたんです。世の中がだんだんビター志向になっていて、「ケンズカフェのガトーショコラはめちゃくちゃおいしいけど、ちょっと重い」とか「飽きる」という意見もあった。それに加えて糖質制限も流行っていますし、時代は軽い方向に向かっています。

 

── あれだけのヒット商品なのに、リニューアルし続けているんですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:さすがに砂糖を抜くわけにはいかないですが、砂糖を減らすと苦くて甘くないビターすぎるチョコレートになってしまうので、それもちょっと違うと思って、チョコレート自体を変えたんです。オリジナルのチョコレートなので、1〜2年がかかりなんですよ。焙煎を少し浅くして、軽やかな味のものにしました。
その分、砂糖を減らすことができたのです。味を大幅に変えるのは大変なことですが、それをやらないとたぶんジリ貧になる、古臭い味になるだろうと思いました。だから、1年がかりで舵を切りました。

 

── 変化させることを厭わないのですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:そういう風にずっとデータを取っていると、こうすべきだろうな、というおぼろげな指針が出てくるんですよね。だから、今もあまり怖くない。ちょっと不安はありますが、まだこの先、こういう風にしようという味もありますし。

 

── まだ味を変えるんですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:実は、この春からまたさらにおいしくなるんです。今、日本で自社のオリジナルチョコレートから作っているのはうちだけですから、他社はかなわないですよね。

 

── 変化させることに躊躇がないというか、すごく積極的ですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:まあ、ホントはちょっと怖いですけどね。

 

── その怖さはどのように払拭しているのですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:データですかね。お客さんの声。日本人の味覚の変化、進化はかなり著しいものがあるので、ちゃんともっとおいしく作らなきゃなという気持ちがあります。

 

── お客さんの意見は積極的に取り入れるんですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:そうそう。でも、最後は独断ですよね。占いと同じで、誰かに相談すると安心できるんですけど、決めるのは自分。マーケティングデータもあるし、スタッフと相談したりもします。でも最後、責任を取るのは自分だと思っています。相談するのは、自分の責任を少し軽くしたいだけなんですよ。みんな覚悟がないからやらないんですよね。値上げもそうです。結局、怖いから値上げしない。ガトーショコラ一本に絞るのも、味を変えるのも独善的にやりました。その代わり、自分が全部責任を取るからと。

 

── いちど決断したら、すぐに実行する。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:実際、味はどんどん良くなっています。でも、なかなかできないものです。まず、従業員が反対するし、業者も反対する。あと、今までの常連さんのことを思うとできないですね。毎日来るお客さんに値上げするって怖くて言えないから、大抵は何もできずに「ああ、あの時値上げすればよかった」と言って後悔するんですね。

 

── 値上げするかどうかで悩む経営者は多いでしょうね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:「経営者は孤独」というのは、まさにそういうことなんでしょう。だから、大企業のすごく偉い人は銀座の高級クラブに行って、ママにちょっと弱音吐くと言いますよね。たぶん大企業の人って他で言うと株価が下がっちゃうので、そういう場所でしか弱音を言えないんじゃないですかね。

 

── 氏家さんにも、そういう場所があるんですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:ないない(笑)。そんなレベルじゃないですから。たいした仕事してないから。でも確かに経営者は決裁をして、いつも判断していかないといけない。だから、余計なことの判断に頭を使わないように、いつも同じ服を着るという人もいますよね、ジョブズみたいに。僕もだいたいそういう風にしています。実際、商品がひとつだけですから、判断すべきポイントはすごく少なくて済みますよね。

 

余計なことは、やめなさい

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f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:たまに取材や打ち合わせも4件くらい続くと、僕の頭のレベルだと、後半よくわからなくなっていくんですよ。頭のいい人だったら、ある程度タスクをこなせるでしょうけど、僕なんかとにかく絞って絞って頭を楽にしておいて、なるべく何もしないようにして、シンプルに生きるようにしてます。そこには相当気を使っているかもしれない。うちの部屋も綺麗です。こんまり(近藤麻理恵)さんみたいに、戻す場所が全部決まってますから。迷うことがない。

 

── お店の厨房もすごく綺麗だと思いました。徹底してるんですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:20年間やってるお店だと思えないでしょう? これほど綺麗だったら、当然、運気も良くなりますよ。商品がたった1個だから、これをちゃんとやらないと潰れちゃいます。でも、10個商品があっても、一生懸命やらないといけないのは同じじゃないですか。だから、どうせなら扱うモノが少ないほうが、視界がよりクリアになりますよね。余計なことをやめると、視界をくっきりさせることができるんです。

 

── なるほど。著書のタイトルでもある「余計なことはやめなさい!」とは、そういうことなんですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:怖いからといって、いろいろな種類に手を出すのは良くない。一番良くないのが、売上が良くないからと割引クーポンを出すことですね。割引があると、次に定価では行きたくなくなりますから。だったら、何かおまけのような物をくれる方がいいかもしれないですね。人は何かをもらうと嬉しいんですよ。うちでは、お客様をちょっと待たせちゃった時に、高級なティーバッグやコーヒー豆を差し上げたりします。

 

── 割引するよりも、何かを渡す、と。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:今は専門店ブームになって、食パン専門店やステーキ専門店などがありますけど、クオリティを上げるためには専門店として特化するしかない。昔は違いました。いろいろやっていないとダメだった。でも、だんだんそういう時代になってきた。僕も肌感覚では感じていましたけどね。比較的、世の中と逆のことをやっているのかもしれません。値段を1,500円から3,000円に上げたのは、十数年前の景気の悪い頃ですから。

 

── 大胆な決断ですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:ウェブ広告もいろいろやりましたけど、最近はアナログ広告にすごく力を入れていて、新宿御苑前駅の看板は合計9枚あります。駅の看板は猛烈な効果があるんです。元が取れるかというと、ちょっと難しいんですけど、すごいインパクトがあります。
1枚、2枚だとそうでもなかったんですけど、5〜6枚入れたあたりから駅で降りた人ではなく、丸ノ内線で新宿から銀座に行く人とかが、「途中で見たことがある」と言うんです。たまに食事会とか勉強会で会う人から、「御苑のあの店でしょ」って言われるんですよ。やっぱり駅の広告ってすごいなと思いました。

 

いつも最悪の事態を考えている

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── 確かに、すごく印象に残る広告です。ガトーショコラの写真が全面に出ていておいしそうですし。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:新宿御苑近辺で配布しているフリーペーパー『JG(ジェイジー)』さんにも広告を出しています。

 

── 私もそのフリーペーパーが好きで、掲載されているケンズカフェの広告をよく見ていました。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:この広告も、最初はガトーショコラの写真を入れて、「ガトーショコラの最高峰」とか、「フランス産〇〇を使って」と書いていましたが、徐々に商品自体の要素を減らし、モデルが主役になってきました。現在、商品はまったく写していません。編集長がアイドルに詳しいこともあって、将来有望なアイドルや新人モデルを使っています。
タレントさんは自分が1ページも載っていたら嬉しいので、インスタにアップしてくれたりします。すると、それが何万人にもリーチするんですね。こちらから頼む広告案件ではなくて、素直にタレントさん本人が喜んでアップしているので、リーチされる側も自然に受け取ってくれるんです。

 

── 自然な形でお店に言及してくれるということですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:あと、僕はミス青山学院コンテストのスポンサーをしていて、優勝した子にもそのページに出てもらっています。

 

── なぜ青学のミスコンなんですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:今、ミスコンのトップなんですよ。彼女たちは将来タレントやアナウンサーになることも多いので、今のうちからご縁を持っておきたい。5年後ぐらいにウチが落ちぶれて潰れそうになったときに、この子たちが有名になってテレビで紹介してくれて、また息を吹き返す……みたいなことを夢見てるんです。そういう妄想をしています(笑)。

 

── すごく先のことまで考えているんですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:いつも最悪の事態を考えています。最後は僕ひとりで、アルバイトさんをひとりくらい雇って、1日50本焼けば売り上げは15万円で、十分やっていけるじゃないですか。だから、ある意味で将来そうなってもいいかなとも思っているのです。地味に真面目にやってきてるので、ゼロになることは絶対にない。でも、10年後も1日300本売れるとは限らない。

 

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── そこまで想定されているんですね。何か別のものをやろうということはないのですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:だって、これ「日本一のガトーショコラ」って言われるんですよ。「ガトーショコラで有名な人」って言われるのは気持ちいいし、「日本一」ってそこそこモテるんです(笑)。あと、偉い人と会えますね。僕のようにふざけた人でも、一応日本一だと認められる。それから、予約が取れない著名なレストランの人もだいたい、うちのガトーショコラを知ってくれている。というのは、お客さんがシェフに手土産として、うちのガトーショコラを持って行くんですね。やっぱり日本一だと、いろいろつながりができていいことはあります。

 

── 自分のレベルが上がれば、付き合いも広がっていくということですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:せっかくここまで築き上げたので、あまり余計なことはせず、小さくなってもいいと思っています。売れなくなるということは、消費者がいらないってことですから。でも、今くらいが一番いいですね。今だったら年商3億から10億に、頑張ればできるかもしれません。でも10億にするには、すごく頑張らなきゃダメじゃないですか。高田純次さんの言葉にあるように、「やっぱり人間は難しいことに挑戦したほうがいいよ。俺はいやだけど」という感じですね。

 

── (笑)。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:だから、これくらいで安定してるのがいいのかなと思うところもあります。本当に、午前中は家でネットとか見て、一応、情報収集もしながらぼーっとしてる。午後、お店に来て打ち合わせをしたりメールを返信して、2時間くらいしかいないんですよ。それで、夜は会食。勉強会もあるけど飲み会もある。1日2時間しか働いてないんです。でも、今が一番儲かってますね。楽ですし。

 

── 最高ですね!

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:昔は僕が全部やってましたから、一番貧乏な頃が一番働いてました。朝9時から夜11時まで。

 

── 今、働いても働いても儲からないという人が本当に多いと思います。だから、氏家さんのような働き方は本当にうらやましい。理想ですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:年商10億にしたいのなら、2時間勤務ってわけにいかなくなるでしょう。50歳になったので、あと10年くらい生きるとして、余生を少しずつなだらかに落ちながら、最後は年商1億くらいで死んでいきたいなと思ってます。でも、「2店舗目、いつ出すんですか?」とかいろいろ言われちゃうんですよ。あなたに関係ないでしょって思っちゃう。どうしても皆さん、右肩上がり志向なんですよね。

 

── そうですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:日本人って、現状維持って言っちゃいけないんですよ。でも僕は、売り上げを下げようとしています。去年が良すぎたので、今年は仕込みの時期。去年はお店の20周年と僕の50歳イヤーだったので、一昨年も売り上げを下げて、店舗の改装やロゴ変更などを準備しました。お店のロゴひとつ変えるだけで、箱やウェブまで全部変えなきゃいけないので、何をやるにも手間暇かかるのです。外装も変えて、厨房も段差をなくして、より使いやすく変えました。

 

── 仕込みの時期と、稼ぐ時期をしっかり分けているんですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:そうです。来年はオリンピックがありますから、今年は仕込みの時期です。消費税が上がりますし何が起こるかわからないので、その準備をしています。結論としては値上げはせず、税込3,000円のままにします。

 

10年以上かけて500軒の床屋に行く理由

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── 情報収集力もすごいですよね。品質を上げることはもちろん大事ですが、パッケージやお店のデザイン、経済や社会の情勢も含めて、多岐にわたってアンテナを張っていますよね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:元々はそういう人じゃなかったんですが、やっていくうちにだんだんそうなってきました。いろんな会食に出たりフェイスブックを見たりすると、みなさんいろいろな仕事をされていて、いろいろなお店に行ってて、自分よりはるかに知ってるわけです。そこから刺激を受けます。それが自分には良かったですね。この店だとお山の大将ですが所詮それではダメで、外の人と会って刺激を受けてこりゃ敵わないと思って、せめてどうするかを考える。その結果が今のやり方です。ミシュランの星を取る必要もないし、チョコレートの日本一でもケーキの日本一でもないけど、ガトーショコラの日本一になれた。ニッチ戦法ですけど、日本一だと本も出せるし、コンビニとコラボもできる。

 

── 前の本に、いろいろなお店を100軒食べ歩いたとありましたが、その執念みたいなものもすごいですよね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:あれは、大学生からやってましたね。花屋さん100軒、フランス料理100軒とか、いろいろ行きました。床屋さんは10年以上かけて500軒行っています。そうするとやっぱり、いい店悪い店、エリア特性などがわかります。100本勝負すると語れるようになります。ある程度、数をこなすことは大事です。
マッサージ屋さんにその話をしたら、その方もマッサージの師匠に「とりあえず1,000体こなせ」と言われたそうです。細い人、男性、女性、皮が薄い人、脂が多い人、凝ってる人、とにかく1,000体こなすと、だいたい統計的に網羅できるそうです。ピカソも作品を多く世に出しているからこそ、名作があると言いますよね。時間とお金はかかりますけど、それこそ20代は修業としていいのかなと思うところはありますね。

 

── では、行きつけのお店はあまり作らないのですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:もちろんあります。グルメの友達が予約の取れない店を取ってくれたりするので、行ってみることもあります。そうすると、なぜ予約が取れないのかわかります。そういう店はおいしいことに加えて、料理の出し方やプレゼンが上手だったり特化していたり。ちょっと外れたところにある店で別に味も普通なんですけど、とにかく量が多いとか、やっぱり勝つために工夫している。長く続いてる店がなぜ長く続いているかを見るのも楽しいですよね。

 

── では、逆に「長く続かない店」の特性もあるということですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:知り合いの店で潰れた店もいっぱいあって、なぜ潰れたのかと考えると、やっぱりこだわりとか見栄が捨てられなかったから。自分の作ったものがおいしいかどうかは、人が決めることですからね。それと、儲かった時があっても改装していない。

 

── 儲かった時は、変化するタイミング。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:僕はつい最近、店内にシャンデリアを付けました。あと外装も、20年やってても綺麗じゃないですか。ちゃんと変えてるんですよ。改装しなくても雰囲気や重厚な風格が出るならいいんですけど、やっぱりだんだんボロくなっていく。そこで改装にお金をかけない店が潰れていきますね。自分磨きにお金をかけないというか。儲かった分をお店や従業員にかけないで、自分だけ得してしまうと潰れますね。潰れる店の特性、残ってる店の特性を見ると、自分も気をつけなきゃと思います。

 

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── たくさんいろいろなものを見て研究するのも大事ということですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190328223908p:plain氏家さん:やっぱり経営者ですから、自分のレベルを上げていかないと、自分のレベル以上の店にならないですよね。たまに景気がいいとか波に乗っちゃうということもありますけど、波に乗っただけのところは、だいたい潰れていくんじゃないですかね。自分の実力以上にはならないので。

 

 

ユーモアあふれる語り口で、一見、飄々としている印象の氏家さんですが、地道な研究と努力に裏打ちされた芯が感じられました。

経営者ならずとも、変化を恐れず、先々まで考えて行動すること。自分のレベルを上げていくこと。 そして、本質を見極めて、「余計なことはやめる」こと。氏家さんの言葉のひとつひとつに説得力があり、見習いたい点がいくつもありました。

 

お店情報

ケンズカフェ東京

住所:東京新宿新宿1-23-3 御苑コーポビアネーズ1F
電話番号:03-3354-6206
営業時間:10:00~19:00
定休日:土曜日、日曜日、祝日
http://www.kenscafe.jp/

 

撮影:平山訓生

書いた人:西野風代

西野風代

ライター&編集者&夜遊び探検家。東京生まれ。週刊誌記者、女性誌編集を経て、タイに移住。雑誌やウェブのライター、フリーペーパー編集長、コーディネーターとして活動後、現在は東京を拠点に、旅やカルチャーなどの記事を執筆。

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