千駄ヶ谷の生ける伝説「ホープ軒」、元祖・背脂こってりラーメン誕生の秘密に迫る

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当連載『ラーメン系譜学』の第1回で、吉祥寺にある「ホープ軒本舗」を取り上げた。

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その際、「千駄ヶ谷にある『ホープ軒』とは違うのか?」「両店は関係があるの?」という声がよく聞かれた。関係については第1回の記事内でも触れてはいたものの、こういう声が出ることは想定内ではあった。

やはりここで、ラーメン専門店の元祖的存在「ホープ軒本舗」の貸し屋台からスタートし、背脂こってりラーメンを作り上げた「ホープ軒」をキチンと取り上げ、その関係と違いを明確にすべきだろう。

となれば、屋台から身一つで「ホープ軒」を築き上げ、今なお厨房に立ち続ける牛久保社長に直接話しを聞いてみるしかない!

 

ホープ軒の最寄りは、JR千駄ヶ谷駅か東京メトロ明治神宮前駅。

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▲この黄色い建物が目印

 

青山や原宿からも近い都心にありながら、どの駅からも微妙に離れている。かつてはタクシーが休憩する光景をよく見かけた、神宮の森に囲まれた都会のエアポケットのような場所だった。

 

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現在はお店の目の前で、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、新国立競技場の建設工事が急ピッチで進んでいる。そんな場所で、昼前から道路脇の掃き掃除に精を出している一人の男性こそ、「ホープ軒」の社長、牛久保英昭氏だ。

 
終戦後、赤羽で屋台を引き始める

── はじめまして、刈部山本と申します。今回よろしくお願いします。牛久保社長が屋台を始められたのは昭和35年とうかがっていますが、まずはそれまでのことをお聞かせ下さればと思います。東京のお生まれでしたよね?

 

牛久保氏:浅草、千束町です。

 

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▲気さくに応じつつ、言葉の端々にレジェンドらしい気概を感じさせる、牛久保社長

 

── 吉原の近くですね。

 

牛久保氏:そうそう、吉原で生まれたわけじゃないけど(笑)。お酉さま(酉の市で有名な鷲神社)の前ですよ。小学校の時分に、昭和20年3月10日、下町が空襲で全滅して、夜中に浅草から千住まで、大人の股をくぐって逃げて。朝明るくなってから、トコトコ歩いて帰ってきたんだよな。

 

── 終戦になって、ご自身はどんな仕事をされていたんですか?

 

牛久保氏:中学を出た後は、お菓子屋さんとかパン屋さんとかいろいろやったけど、仕事してる最中に、ラーメン屋台を見かけることがあったんだよ。それで友だちでラーメン屋台を赤羽の方でやってるやつがいたんで、まず最初は赤羽でやってたんだけど、赤羽でやるよりは……。

 

── 都心のほうがいいと。

 

牛久保氏:浅草の生まれだもんな。銀座とかの方がいいじゃん(笑)。そんなある日電柱に、当時新宿にあったホープ軒の屋台募集の貼紙を見かけて行ってみたんだよ。そしたら「ホープ軒本舗」の先代(故・難波二三男氏、吉祥寺ホープ軒本舗・難波公一現代表の父にあたる)がいてね、ホームラン軒から立ち上げてどうこうとか話したんだよ。そういう話を聞いたら、俺も一旗揚げたいと。

 

── それで、当時100台以上あったホープ軒の屋台の1つから始めたわけですね。

 

牛久保氏:そう。

 

── 屋台を借りる上で、難波さんから教わったりするようなことはあったんですか?

 

牛久保氏:味はウチ独自のものだし、あくまで屋台を借りてるだけの対等な関係だからね。製麺も出来なくなった時は、知り合いの製麺所に頼んだりすることもあったな。配達うちの方でやるから、なんて言ってやったりさ。弟子とか店子(たなこ)ってことじゃなくて、お互い助け合う関係だったな。

 

内幸町から千駄ヶ谷へ

── その後、「ホープ軒」という名前で千駄ヶ谷にお店を構えたのが昭和50年ですよね。

 

牛久保氏:昭和35年の1月20日に赤羽で屋台始めて、ここを開店したのが昭和50年の1月21日だったから、15年と1日(笑)。

 

── よくそこまで明確に覚えてらっしゃいますね。お店を構えたというのは、屋台だけではお客さんが多く来すぎてさばききれなくなったからですか?

 

牛久保氏:そういうのもあったけどさ、結婚もその時したし、いつまで屋台ってわけじゃいかないじゃない。例えば、役所行って、婚姻届出すとするでしょ。職業の欄に「移動飲食」って書くと、これなんですか? って(笑)。

 

── そういうことになるんですね。

 

牛久保氏:そりゃ嫌だよ。俺、内幸町の昔NHKがあったところで屋台やってただろ。その頃ね、都心で大手企業を狙った爆弾事件がいっぱいあったんだよ。三菱重工とか、三井物産とか。すると都心は戒厳令みたい状態になっちゃった。屋台やってると取締対象じゃない。NHKもこっち(渋谷)に引っ越してきちゃうし。だから俺もこれで屋台やめようって気になったの。

 

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▲道路沿いの立ち食いカウンターは開店当初から変わらない風景

 

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▲お店を構えて40余年。今も現役で厨房に立つ牛久保社長

 

── なるほど。

 

牛久保氏:その頃は人も使っててね。アルバイトもいて「香月」の創業者(恵比寿で背脂さっぱり豚骨醤油で一世を風靡(ふうび)した伝説のラーメン店)も働いてた。

 

── あぁ、穴見さん! 「弁慶」(堀切にオープンし支店を展開、その後浅草に本店を移した太麺ギタギタ背脂コッテリラーメンの代表格)の西川さんもいらっしゃいましたよね?

 

牛久保氏:そう、それでこっちが屋台やめて店舗出すにあたって、彼らが屋台で独立したわけ。

 

── こちらが店舗を出されるんで、働いてた方も独立されたと。

 

牛久保氏:ついてくるやつはついてきたけどね。

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▲「香月」の穴見氏や、「弁慶」の西川氏をも魅了したラーメン(750円)

 

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▲白濁したとんこつ出汁に醤油のタレが混ざって茶濁したスープは、さっぱり飲めるもののマイルドで、ほのかな甘味が口中に広がる。タップリのスープに大盛りの麺、柔らかくも食べごたえ抜群のチャーシューに、背脂のコクも加わり、満腹必至の満足度の高い一杯だ

 

── こちらオープン当初は「ニューホープ軒」と名乗ってませんでした?

 

牛久保氏:吉祥寺にある「ホープ軒本舗」と差別化を図ろうかと思ったこともあったんだけどね。でも、ホープ軒の屋台からやってるところは、ホープ軒の名を乗っけて商売したいってのがどっかにあるわけだよ。だからウチでもって商標登録したわけ。

 

── 「ホープ軒」の商標はこちらにあると!?

 

牛久保氏:向こう(吉祥寺の「ホープ軒本舗」)は何もやらねぇもん(笑)。

 

── 吉祥寺の難波さんの方はそういうことにこだわらない方なんですね。一時期、ときわ台の環七沿いや北池袋にニューホープ軒という名の店がいくつかありましたが、こちらとはまったく関係ないんですか?

 

牛久保氏:関係ないですね。支店としては古川橋だけ。アチコチ広げて、規模を大きくする必要もないんだ。もうけようと思ってやるんだろうけど、大きくしてもね、もめごとばかりでね。

 

── そういう話はよく耳にします。

 

牛久保氏:屋台やってる時に、難波さんが連れてきた人を私が相当数教育したんだよ。だけど、ちゃんと卒業して屋台出していったのはほとんどいないね。教えて成功してるのって、「香月」や「弁慶」くらいかもしれない。

 

背脂こってりスープは邪道だった!?

── 「弁慶」のラーメンって、量が多くて太麺で背脂タップリのラーメンで、「ホープ軒」のラーメンと似てると思うんですよね。「香月」はもうちょっとあっさりした細麺にしてますけど。

 

牛久保氏:それはもうラーメンで独立して屋台始める時に、なんでも自分で自分の味としてアレンジできるわけだから、好きにすればいいわけで、これが「ホープ軒」のラーメンだってのに従う必要はないわけだよ。

 

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▲脂多めで注文したラーメン

 

── なるほど。背脂を入れた元祖はこちら「ホープ軒」とされてますが。 

 

牛久保氏:屋台始めた時、20歳そこそこだろ? 自分でうまいと思う方向に進めていくしかないよな。オレが始めた頃のラーメンは、いわゆる支那そばでさ、あっさり作れとかなんとかっていうのが、ラーメンの主流だったから。そこで脂入れるっとことは、人がやらないことをやるわけだから、それがイケねぇなんていうやつも出てくるわけ。

 

── 邪道だと。

 

牛久保氏:内幸町だから、帝国ホテルのコックさんも来れば、第一ホテルの人もいて、本当の一流の人の中からは、そういう意見も出て来る。でも初めから背脂ドロドロだったわけじゃなくて、徐々に濃くしていったってのが本当だよね。

 

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▲脂多めで注文すると、まさしく背脂の海といった一杯に出会える!

 

── それは常連さんにウケていったからですか?

 

牛久保氏:そうだよね、今日薄いなぁなんて言われながらね。すると、濃すぎると思った人は離れていくし、だから全部が全部受け入れるってわけにはいかなくて、新しいお客さんが10人来たら、1人だけリピーターになってくれりゃいいかな。

 

── スープも濁るほど炊き出すのはこちらが始めてだったと聞いています。

 

牛久保氏:それは私がやったんですけど、九州にはあったんだよ。

 

── とんこつラーメンですね。

 

牛久保氏:豚骨を煮出して、白濁させるのはね。ある時考えたのは、なんで沸騰させないで、澄んでるスープがいいのか。それは中華料理の理論なんだよ。中華料理店だと、そのスープをベースに、麻婆豆腐だとかさ、いろんな料理に使うわけだ。でもウチはラーメンしか作ってない。だったら煮出しでもいいんじゃないかと。

 

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▲厨房内で濁るまで煮込まれるスープ

 

── 煮立たせたとんこつスープ独特の臭いがすると、食欲がソソられます。お店が近づくと、フワ~ッと匂ってきて、「ホープ軒」来たなぁ、食べるぞ! って思わせてくれます。ラーメン専門店って、そこに行かないと味わえない中毒性があるから、行きたくなるわけじゃないですか。

 

牛久保氏:そういうふうに考えてくれるとうれしいな。それがいいか悪いかもお客さん次第だけど(笑)。でも、九州の方はもっともっと沸騰させてるよね。新宿の「桂花ラーメン」とか、環七にあった……。

 

── 「なんでんかんでん」ですか?

 

牛久保氏:ああいうお店は、何日も継ぎ足し継ぎ足しでやってるもんな。ウチは1日で取り替えてるけど。

 

── そこはもう各店のスタイルの違い、ということでしょうか。難波さんの「ホープ軒本舗」の方は、それほどスープは煮立たせてなかったんですか?

 

牛久保氏:澄んでた。

 

── 背脂も?

 

牛久保氏:入れてなかったね。そういうのはむしろ嫌ってた、最初はね。澄んだのがおいしいとされてたし、本人もそう思ってたからね。

 

太麺を選んだ理由とは

── それと、こちらの「ホープ軒」といえば太麺も特徴だと思いますが。

 

牛久保氏:細麺ってのは伸びるのが早いけど、1杯1杯作るのはそんなに時間はかからないんだよね。ただ、お客さんが一気に来たら間に合わない。混んでるときは10杯でも20杯でも一度に釜の中に入れたいわけだから、それをいかに伸びないで出すかっていったら、太麺のほうがいいわな。もちろんスープとの相性も考えた上での話だけどね。

 

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▲4階の製麺室にある製麺機

 

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▲厨房でゆでられるのを待つ自家製麺

 

── それは屋台の頃から太麺だったと?

 

牛久保氏:そう、太く作ってくれって、難波さんの製麺所の方に発注したんだよ。

 

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▲ゆでられた麺は、角ばってエッジが立っており、しっかりゆでられても小麦粉らしいかみ応えと味わいが生きている。量は多めで、ワシワシ食べるとうまさ倍増!!

 

屋台時代から変わったこと、変わらないこと

── 麺は今は4階で自家製されているんですよね。2階、3階はテーブル席ですが、1階は以前からずっと立ち食いのカウンター席のみですよね。

 

牛久保氏:内幸町でやってる時は、これから銀座に行ってお客さんを乗せようっていうタクシーが集まってきてた。するとたまにだけどパトカーが来たりするわけ。その時パッと逃げられるようにってことだよね。

 

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▲カウンター形式が変わらないが、改装を重ね常にピカピカできれいな状態が保たれている。外気を感じながら背中を丸めてすする一杯がなんともタマラナイ~

 

── スグに動けるための立ち食いと。なるほど!

 

牛久保氏:あの当時は、一般のお客さん半分、タクシー半分だろ。タクシーで仕事してる間は座ってんだから、椅子は要らないよと。ここでお店を始める時も、そういうタクシーのお客さんが半分は来てくれればなと思って、立ち食いにしたわけだよ。

 

── ネギが入れ放題なのも特徴ですが、これも開店当初からずっとですか?

 

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▲カウンター上に置かれた取り放題のネギ。いつもツヤツヤで、みずみずしい

 

牛久保氏:脂っこいもの中和させるためにはネギしかないんだけど、入れすぎてヌルいとか文句いうのもいたけどさ(笑)。

 

── 自分で入れといて無茶苦茶ですね。

 

牛久保氏:でも、たくさん入れる人もいれば全然入れない人もいるんで、全体の使用量でいったらトントン。始めた頃はまだ野菜が安かったからっていうのもあるけど、でもまぁ、ラーメンの味はお客さんが作るもんだくらいの気持ちでいるからさ。

 

── 私事で恐縮ですが、よく神宮球場で野球見た帰りに寄らせてもらうんですよ。以前に一度、用事があってゲームセットより少し早く球場出たことがありまして、サッと「ホープ軒」でラーメン食べて帰ろうと1階で食べてたら、社長が目の前でラーメン作られてたんですね。試合終了の時間を気にされてて、もうちょっとしたら試合終わってお客さんがドッと来るから、麺を多めにゆでるようにスタッフに指示されてたんです。お客さんの流れを見て商売されるというのは、屋台から培われてきたものなのかなと思って、感心して眺めていました。

 

牛久保氏:野球が終わると、100食くらい必要なの。それに備えてモヤシゆでとこうとかさ、スープ熱くしろとか、お客さんが来てからじゃ間に合わないからね。それと、心の準備もあります。

 

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▲ナイター終了直後は、ほぼ毎回ごった返している

 

東京五輪、さらにその先へ

── 昭和50年にオープンされて40年以上経ちますが、客層は当初と今では変わりましたか?

 

牛久保氏:学生があんまり来なくなっちゃったよな。この街に、たとえば慶応の剣道部とかの寮なんかがいっぱいあったんだよ。それに、学生も住めたのかな。今は家賃が高くなったのか、ビルのテナントに入る企業も仕事してる人が変わったってのもあるし、それに残業やらなくなったじゃん。

 

── 働き方改革ですね。24時間営業されていると、夜中のお客さんに影響が出ますか?

 

牛久保氏:前はさ、伊藤忠とかの商社も近くにあってよく来てたし、深夜国会みたいなのも始まると議員さんが来ましたよ。秘書いっぱい連れてきてな。そういえばもうお亡くなりになられたけど、鳩山邦夫さんは議員になる前によく食べに来てましたよ。

 

── そうなんですか! 目の前の新国立競技場の工事が着々と進んでいますが、近しいところで2020年のオリンピック・パラリンピックを節目に、お客さんの層や流れもまた変わるかもしれませんね。今後、こう変わっていくと感じるものはありますか?

 

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▲3階の窓から見える新国立競技場の工事風景

 

牛久保氏:世界でラーメンが売れてるっていうけど、日本の食べ物だから、日本の人にもたくさん食べてもらいたいね。

 

── これから、外国人観光客も増えてきますし、日本のラーメンが世界で浸透してますから、オリンピックに来た人で食べに来るお客さんも増えるでしょうね。昭和30年代の屋台から背脂豚骨醤油というスタイルを確立されてから、背脂でコッテリという基本は変わってないですよね。海外の人にもですが、国内の人にも自国で育まれた文化として、もっと知ってもらいたいですね。

 

牛久保氏:今は息子もやってますし、若い衆も頑張ってます。自然淘汰(とうた)されるまでね(笑)、やっていきますよ!

 

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▲若いスタッフが多く働く、活気あふれる厨房

 

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▲スタッフと和気あいあいと触れ合う社長。皆さん笑顔で撮影に応じていただいた

 

── 最後に頼もしいお言葉をいただけて、うれしい限りです。本日はツッコんだ話にまで気さくに答えて下さり、本当にありがとうございました。また個人的に食べにうかがいます。野球帰りにもぜひ寄らせてもらいます!

 

「ホープ軒」が屋台時代も含め半世紀以上続いたのは、お店を広げず、一つの味を貫いてきたからではないだろうか。その根底に、時代の変化に対応しつつも、一つのことを続ける強さがある気がする。

背脂コッテリの発祥地として、このままのスタイルが後世に受け継がれ、より多くの人に味わってもらうことを願うばかりだ。

 

お店情報

ホープ軒 千駄ヶ谷店

住所:東京渋谷区千駄ヶ谷2-33-9
電話番号:03-3405-4249
営業時間:24時間営業
定休日:無休
ウェブサイト:http://www.hopeken.co.jp/

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書いた人:刈部山本

刈部山本

スペシャルティ珈琲&自家製ケーキ店を営む傍ら、ラーメン・酒場・町中華・喫茶で大衆食を貪りつつ、産業遺産・近代建築・郊外を彷徨い、路地裏系B級グルメのブログ デウスエクスマキな食卓 やミニコミ誌 背脂番付 セアブラキング、ザ・閉店 などにまとめる。メディアには、オークラ出版ムック『酒場人』コラム「ギャンブルイーターが行く!」執筆、『マツコの知らない世界』(TBS系列)「板橋チャーハンの世界」出演など。2018年5月には初の単著となる『東京「裏町メシ屋」探訪記』(光文社)を出版。

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