下町の行列店「らーめん弁慶」76歳オーナー“生涯現役”の秘訣(ひけつ)は、自慢の背脂ギタギタこってり味にあった!?

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千駄ヶ谷ホープ軒は、「背脂とんこつ醤油ラーメン」という1ジャンルを生んだ。

そしてラーメン専門店という形態を根付かせ、現在の東京ラーメンシーンを築き上げる人材を多く排出した、いわば生きた伝説のようなお店だ。

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創業者である牛久保さんが屋台を引いていた時代に手伝いに入っていたのが、後に東京の東側で大行列を作った「らーめん弁慶」を創業する西川さんである。

1980~90年代に背脂とんこつ醤油ラーメンはいかにして一大ムーブメントとなったのか。そして2000年以降、その味はどのように受け継がれたのか。

現在、らーめん弁慶の会長を務める西川さんに、浅草本店で直接お話をうかがってきた。

 

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浅草駅から徒歩7分ほど、浅草寺からもほど近い言問通り沿いにある浅草本店

 

師匠・牛久保さんとの出会い

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▲屋台時代の写真の前で笑顔で取材に応えて下さる西川総一会長

 

── 会長は子どもの頃からラーメンはお好きだったんですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20181218094359p:plain西川会長:鶯谷の駅前によく屋台が出てて、そこはよく食べましたね。くわえタバコで作ってるおやじさんがいて、灰が落ちるんじゃないかってハラハラしながら見てましたけど(笑)。

 

── ラーメン屋さんって昭和の頃からのお店って、そんなところありますね。生まれ育ちも鶯谷で?

 

f:id:Meshi2_IB:20181218094359p:plain西川会長:生まれは日本橋の本石町なんですよ。小学1年くらいの時、おやじが商売失敗しましてね、千葉県の姉ヶ崎にあった別荘に移ったんですがそこも処分して。そして鶯谷には小学2年くらいから。中学入っても貧乏でしたから、居酒屋さんの皿洗いや新聞配達やったり、そんな生活でしたよ。

 

── ラーメンを始められたのも、食べるもので苦労したという経験があったからでしょうか?

 

f:id:Meshi2_IB:20181218094359p:plain西川会長:というか、私は8人兄弟の一番下でね、親が「オマエは勉強が嫌いなんだから手に職をつけろ」と、知り合いに頼んで烏森の割烹を紹介してもらったんです。その後、品川区の旗の台にあった鰻屋さんに移ったんですけど、不況で閉めることになって。それで、香月の社長と一緒で、タクシーの運転手を始めたんです。

 

── 香月(かづき)といえば、恵比寿で背脂さっぱり豚骨醤油で一世を風靡(ふうび)したラーメン香月の穴見さんですか!?

 

f:id:Meshi2_IB:20181218094359p:plain西川会長:そうそう。その時、牛久保さんの屋台によく食べに行ってたんですよ。そしたら牛久保さんが「誰か手伝ってくれる人いないかね」って話になったんですね。

 

── 当時、すでに繁盛店で忙しかったんですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20181218094359p:plain西川会長:行くたびに行列でね、これはもしかしたら人生の一大チャンスかなと思いまして。それで「使って下さい」って言ったら、「じゃあ来いよ」っとなって。

 

── ホープ軒に決めたのはやはり味にひかれてでしょうか?

 

f:id:Meshi2_IB:20181218094359p:plain西川会長:タクシーの運転手をやっている時やその前も何度か食べに行ったことあってね。背脂がのってクセのある豚骨のスープ、あれが病みつきになっちゃった。この味で自分のお店をやりたいなと決心して飛び込んだんですよ。

 

── ホープ軒が千駄ヶ谷にお店を構えるタイミングで屋台で独立されましたが、屋台をご自身で引かれるようになってから弁慶をオープンされるまでどのくらいかかったのですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20181218094359p:plain西川会長:今の堀切店をオープンしたのが、昭和60年の9月18日なので、10年間は屋台だったんですね。

 

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浅草本店の店内に、屋台時代の西川さんの写真が飾られている

 

これが中毒者を生んだ弁慶のラーメンだ!

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▲ラーメン(730円)。まさしく背脂の海! 表面いっぱいに覆い尽くす背脂に見るだけで胸焼けがしそうだが、これが意外とさっぱりと食べられてしまう

 

── 穴見さんの香月のラーメンは、あっさりとして麺も細い、ホープ軒とは違う味にシフトします。反面弁慶は、こってりとして麺も太くボリュームたっぷりですよね。

 

f:id:Meshi2_IB:20181218094359p:plain西川会長:そうそうそう。

 

── そういうホープ軒のスタイルでやりたいという思いが強かったんですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20181218094359p:plain西川会長:とにかく、牛久保さんよりも穴見さんよりも、ウチが一番脂っこくしてやろうと(笑)。

 

── それが弁慶中毒者を呼んで、長蛇の列を生んだんですよね!

 

ここで、中毒者を生んだラーメンを会長に作っていただいた。

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▲まず丼にタレを投入

 

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▲ゆで麺機に麺を投入。この麺は浅草の老舗製麺所、開化楼製。屋台時代から40年来の付き合い

 

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▲その横の寸胴で炊かれ、白く濁るスープ。豚骨、豚肉、豚の頭、鶏肉、タマネギ、ショウガ、ニンニクを7時間煮込むという

 

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▲ゆでている間に、丼のタレの上に背脂第一弾を投入! 背脂がチャッチャされる瞬間だ

 

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▲ザルに残っている背脂の上からスープを注ぐ

 

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▲スープが入った状態で、〆にザルをこするように第二弾の背脂を降りかける!

 

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▲ゆで上がった麺を平ザルに移してゆっくりと丼に入れる

 

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▲最後にチャーシューやネギ、メンマといった具を盛り付け、お客さんの目の前に着丼! 出てきた瞬間、具の盛りっぷりと飛び散る背脂に、おおっ! と感嘆の声が漏れる

 

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▲スープは塩味かのような色合い。背脂とスープの甘みを際立たせるショッパさ加減が光る絶妙な一杯に仕上がっている。そこに開化楼のモチッとした中太麺がよく絡む

 

こってりを「ギタギタ」と呼ばれて

── 「ギタギタ」という、ラーメンにのる背脂を増す注文の呼び方ありますよね。なんて分かりやすいコールの仕方なんだろうって、若くてカロリーに飢えていた頃に知ったので感激しました。

 

f:id:Meshi2_IB:20181218094359p:plain西川会長:あれはね、屋台やってる頃からそう呼ばれてたの。

 

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▲店先に掲示されている脂量の説明。いちばん右のギタギタのところには「良質の背脂って美味しいんです」というフレーズ

 

── えぇ! 外で背脂をチャッチャふりかけるって、周り汚れちゃうし大変だったんじゃないですか!?

 

f:id:Meshi2_IB:20181218094359p:plain西川会長:道路も脂だらけ(笑)。掃除が大変だったんですけどね、背脂多くするのがウチのポリシーだから。

 

── でもそうしたからヒットした。

 

f:id:Meshi2_IB:20181218094359p:plain西川会長:そうですね。お客さんがギタギタにしてちょうだいと言い始めたんですよね。

 

── それを踏襲されて今でも続けられていると。

 

f:id:Meshi2_IB:20181218094359p:plain西川会長:(力強く)全然変える気ないです!

 

── 屋台から堀切でお店を始められた当初は、立ち食い席のみでしたよね。

 

f:id:Meshi2_IB:20181218094359p:plain西川会長:屋台の雰囲気が好きなんでね。堀切は間口も広いんで、カウンターだけの物件が見つかったものですから、これは屋台風に出来るなと。

 

── ラーメン店の居抜きだったんですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20181218094359p:plain西川会長:元は床屋さんだったんですけど、間口を広く改装して。

 

── 目の前の川の手通りは、堀切菖蒲園から綾瀬に抜ける車の交通量の多い道路ですよね。やはりホープ軒同様に、タクシーなどドライバー目当てというのもあの立地を選ばれた理由ですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20181218094359p:plain西川会長:ウチが始める前は、隣がデニーズだったんですよ。事前にデニーズに何度か行って様子見たんですけど、デニーズの店長さんがウチのお客さんだったんです。

 

── あ、屋台の!?

 

f:id:Meshi2_IB:20181218094359p:plain西川会長:それで店長さんにいろいろ情報もらったんですが、この界隈のデニーズでも売上がよくないほうだって言うんですよ。ウチの家内にも反対されたんですが、でも家賃は安いし、気に入った場所だったんでね。

 

── なにか、ピンと来るものがあったんですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20181218094359p:plain西川会長:なんか、ひきつけられるものがあったんですね。もうどうなってもいいからここで頑張ってみるんだと、それで契約したんです。

 

超こってりが生んだ大行列

── スグお客さんは来たんですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20181218094359p:plain西川会長:いや~、最初の1年間はヒドかったです。だけど、屋台の頃によく食べに来ていた個人タクシーの運転手さんから、『プレイス』というテレビ番組で気に入ったラーメン屋さんを紹介してくれないかって話がきてるので、弁慶を紹介したいって言われたの。こっちは二つ返事で、ぜひお願いしますと。取材が終わって放映された翌日からもうスゴかった。

 

── 一度このお店スゲーぞとなったら、一気にバッと火がついたわけですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20181218094359p:plain西川会長:もう爆発ですよね。みんな道路に車停めるじゃないですか。それで大渋滞引き起こして、警察は来るわ、近所から苦情は来るわ。あの道路、そんなに広くないでしょ?

 

── 片側1車線ですよね。

 

f:id:Meshi2_IB:20181218094359p:plain西川会長:こっちも向こう側も車が停まっちゃうわけでしょ。中には二重駐車するのもいて。すると交通情報でね、「堀切五丁目から綾瀬に向かって弁慶渋滞が始まっております」なんて言うの(笑)。

 

── えぇ、スゴイですね! でもそれって宣伝になりませんか? ラジオで一気にドライバーの人に知られるわけですよね。

 

f:id:Meshi2_IB:20181218094359p:plain西川会長:そうなんです。

 

── 当時はネットもないですから、口コミでどう広まるかが繁盛店になる最大の条件でしたよね。それに当時は若い働き盛りのドライバーさんたちに、ガッツリ食えるこってりした味が求められていたんじゃないですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20181218094359p:plain西川会長:今と比べてあの当時はね、ほとんどのお客さんは若かった。タクシーの運転手さんが5~6割、あと一般のお客さんだったんですけど、それが行列ができると逆転しましたね。

 

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▲当時はこのガッツリ背脂を求めて若者が集まった

 

── 一般のお客さんというのは、遠くから目指して来られる方ですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20181218094359p:plain西川会長:聞くと、横浜とか群馬とか遠くからわざわざ来てくれるもんで、休めなくなっちゃったんですよ、悪くてね。それで当時高校出てNECに勤めていた娘(現・社長)にお願いして、頼むから皿洗いだけでいいから手伝ってくれないかと。それでそのまんま離さなかったの(笑)。

 

── 娘さんも、まさか天下の大企業NECから父親のラーメン店の社長になるとは思ってなかったでしょうね。でも娘さんと一緒に仕事できてうれしいじゃないですか。

 

f:id:Meshi2_IB:20181218094359p:plain西川会長:そうなんですよ~。

 

やっぱり「立ち食い」が好き

── 浅草に支店を出されて、その後に浅草を本店にされましたよね。

 

f:id:Meshi2_IB:20181218094359p:plain西川会長:堀切は調理場と客席くらいでいっぱいで、事務所も置けないじゃないですか。警察からも交通渋滞の原因だから、お店を他にもう1店舗くらい出して、お客さん分散してくれないかって言われたんですね。

 

── ご自身で判断されたわけじゃなくて、外から言われた結果だったと。

 

f:id:Meshi2_IB:20181218094359p:plain西川会長:その時はね、お店を広げようなんてみじんも思ってなかったけど、何とかしないわけにはいかないんで、浅草のお店(現在本店のある向い)を見つけて、1階を店舗に2階は事務所にして、本店を移したんです。

 

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▲2013年に移った現在の浅草本店もビルになっている

 

── 堀切のお店はその後、椅子を設けるようになりましたが、門前仲町店は今でも1階は立ち食いですよね。高速下でとても雰囲気あって大好きなのですが、今、立ち食いのラーメン屋さんって少なくなりましたよね?

 

f:id:Meshi2_IB:20181218094359p:plain西川会長:少なくなりましたねぇ。牛久保さんはホープ軒の1階をいまだに立ち食いにしてるじゃないですか。あすこにいくと、やっぱりいいなぁ~って。

 

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▲今も屋台の雰囲気を残す門前仲町店

 

── いいですよね。他に江戸川店もありましたが、支店以外にもこちらから独立されたお店もたくさん有名店になっていまよね。砂町の「とうかんや」も出身と聞きましたが。

 

f:id:Meshi2_IB:20181218094359p:plain西川会長:あれはウチの一番下の娘とね、堀切店の店長やってたのと結婚したんですよ。それであそこにお店を持ったんですよね。

 

── ラーメンはこってり背脂ではないですよね。それは独立されたからには各店の独自の味で勝負されているということでしょうか。

 

f:id:Meshi2_IB:20181218094359p:plain西川会長:別にウチのコピーじゃなくていいよって言うんです。自分のやりたい味で、自分の好きなラーメンを作ればいいんだよと。一番似てるのは群馬県の桐生にある「もん吉」。今、同じ群馬県内の伊勢崎に2店舗目を出して頑張ってますね。

 

── それはぜひ行ってみたいです。

 

f:id:Meshi2_IB:20181218094359p:plain西川会長:背脂たっぷりですよ~。

 

背脂ラーメン健康法!?

── ホープ軒から受け継がれて、背脂こってりで太麺でボリューム満点というのをずっと貫かれてますよね。これまでと違うラーメンもやってみようかな、という気持ちにはならなかったんですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20181218094359p:plain西川会長:いやね、頭をかすめたことはありますけど、でも牛久保さんのスタイルが好きなんですよ。牛久保さんの生き方。あの人の根性はスゴイですよ。あの人と一緒に仕事をするとね、うわぁこの人スゴイなぁって思いますよ。

 

── 僕も取材した時も現場に立たれていて、たくさんの若いスタッフに囲まれながらも、誰よりも若々しく毅然とした態度でシャキシャキと立ち回られてる姿見ると、若い人たちもとても影響を受けると思いました。

 

f:id:Meshi2_IB:20181218094359p:plain西川会長:私なんか、影響を受けたなんてもんじゃない。あの人は屋台をやってる頃からね、自分のポリシーを貫き通す人なんですよ。

 

── ラーメン一杯の料金も、タクシーの初乗り運賃に合わせるというのを変えてませんが、こちらもそうですよね? 牛久保さんの考え方を継承されていると。

 

f:id:Meshi2_IB:20181218094359p:plain西川会長:そうです、受け継いでいると言えるでしょうね。

 

── 西川会長も厨房でチャーハン作られているとお聞きしましたが。

 

f:id:Meshi2_IB:20181218094359p:plain西川会長:ラーメンは店長に任せてるんですけど、3階の厨房で毎日11~14時までランチの時間にチャーハンを作ってます。

 

▲チャーハンを作られている会長の動画

 

── 完全に任せるのではなく、ご自身も厨房に立たれると。

 

f:id:Meshi2_IB:20181218094359p:plain西川会長:とにかく、生きてる間は生涯現役でいたいんです。仕事してないとね、やっぱりダメになっちゃうんですよ。だから私は絶対に楽をしたくない。それに、現場で仕事してれば、従業員ともコミュニケーション取れますし。

 

── ラーメン屋さんって、従業員の方々が和気あいあいとコミュニケーションとって仕事されていると見ていて気持ちいいですし、食べてもおいしく感じられますよ。

 

f:id:Meshi2_IB:20181218094359p:plain西川会長:ええ。

 

── 自分も背脂ラーメンで学生時代に元気をもらっていたのですが、今の若い人たちは背脂のラーメンを食べる機会ってとても少なくなってしまっている気がします。

 

f:id:Meshi2_IB:20181218094359p:plain西川会長:やっぱりね、このラーメンを食べると元気が出ますよ。それに、コラーゲンとか多いじゃないですか。牛久保さんも見てわかると思うけど、肌の色艶いいでしょ?

 

── 確かにツヤツヤしてました。

 

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▲ホープ軒の厨房にて。従業員と和気あいあいと写真に映る、ツヤツヤの牛久保さん

 

f:id:Meshi2_IB:20181218094359p:plain西川会長:よくね、動物性の脂は悪いとかなんとかいいますけど、牛久保さんもそうだし、穴見さんも私も何十年とラーメン食べてるんですよ。

 

── ホントお元気ですもんね!

 

f:id:Meshi2_IB:20181218094359p:plain西川会長:私も76歳だけどね、病気したことないです。でも、体は動かさなきゃダメですよ。このラーメン食べて現役でバリバリ体動かしている人は、みんな元気ですよ。

 

── 健康で元気になれるラーメンをもっと若い人に食べてもらえるよう、アピールしていきたいと思います。このラーメンを今後も長く続けて下さい。本当に今日はありがとうございました。

 

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▲元気の源、背脂と真剣に向かい合う現役バリバリの西川会長

 

時代とともに流行が移ろいでいくのには、どうしてもあらがえない。しかしその背景には、必ずそれより前に流行って定番化していったものが隠れている。

現在、背脂こってりラーメンは、二郎系を除いて特に都心部であまり見受けられなくなったが、背脂ブーム以後に支持を集めたお店も、「弁慶」をはじめとする背脂こってりのお店で修行されていたりしている。ラーメン二郎も、そういった時代に東京背脂こってりラーメン店の一つとして評判店になっていった。

今日のルーツとなる背脂こってりの味を経験したことのない若い人にも、そして最近めっきり食べなくなったアラフォー以上の世代にも、ぜひ味わっていただきたい。今なら伝説の職人が元気に現役で現場に立たれている。

ストレス社会で闘う人々にとって、きっと元気をもらえる一杯となるはずだ。

 

お店情報

らーめん弁慶

住所:東京都台東区花川戸2-17-9
電話:03-5828-7355
営業時間:11:00〜翌4:00
定休日:無休

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書いた人:刈部山本

刈部山本

スペシャルティ珈琲&自家製ケーキ店を営む傍ら、ラーメン・酒場・町中華・喫茶で大衆食を貪りつつ、産業遺産・近代建築・郊外を彷徨い、路地裏系B級グルメのブログ デウスエクスマキな食卓 やミニコミ誌 背脂番付 セアブラキング、ザ・閉店 などにまとめる。メディアには、オークラ出版ムック『酒場人』コラム「ギャンブルイーターが行く!」執筆、『マツコの知らない世界』(TBS系列)「板橋チャーハンの世界」出演など。2018年5月には初の単著となる『東京「裏町メシ屋」探訪記』(光文社)を出版。

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