夜遊びのシメはいつもここ「かおたんラーメン」が見てきたバブルと不況の35年【TOKYOラーメン系譜学】

都内屈指の夜遊びスポットとして知られた六本木・西麻布。そのはずれにポツンと立ちながら、昭和・平成・令和と続くラーメン店がある。カウンター越しから見える夜の景色はどう変わっていったのだろう。

エリア青山

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東京の都心部、六本木や西麻布から少し離れた青山霊園沿いに、屋台というかバラック小屋風のラーメン店を目撃したことはないだろうか?

 

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▲深夜、青山墓地脇に浮かび上がるこの光が目印。看板に書かれた「高湯」とは中国語で「かおたん」と読む

 

墓地を背景に、闇夜に浮かび上がる煙突の生えたトタン張り。その外観は、見るものに相当なインパクトを与えるが、数十年ぶりにその姿を目撃して「まだやってるんだ!?」と驚かれた方も多いかもしれない。

それもそのはず、この「かおたんラーメンえんとつ屋 南青山店」(以降、かおたんラーメンと表記)は、昭和から平成、そして令和と、この怪しげな雰囲気を維持しながら、バブリーな時代と不況の谷を生き抜いて営業を続けている。

東京の事情に明るくない方からは、こういうお店が都心でずーっと営業を続けているのかと驚かれるかもしれない。が、土地に息づいていることこそ、東京らしさとも言える。

ここで提供されるラーメンは、さっぱりとした透明感のあるスープに、揚げたネギが浮かぶ代物で、都内を中心に親しまれてきた味だ。

 

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激動の時代を経てもなお現役であり続けるかおたんラーメンは、いかにして作られ、その味を維持し続けているのだろうか。

気になる、気になりすぎる!!

だったらお店に直撃するしかあるまい。

 

未経験のド素人からラーメン店主に

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▲創業当時からお店を切り盛りされている落合一元さん(70歳)が気さくに応じて下さった

 

──本日は宜しくお願いします。さっそくですが、お店はいつから始められたのでしょう?

 

落合さん:もう35年くらいになりますかねぇ。

 

──とすると昭和60(1985)年くらいですか。その時はすでにこの立地でラーメン店を?

 

落合さん:いえ、たまたまこの物件が売りに出ていたので、ここで何かやろうということになって。

 

──落合さんがお一人で立ち上げられたんですか?

 

落合さん:社長がいて、自分が料理人として立ち上げメンバーの一人になったという感じですね。

 

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▲若かりし頃の落合さんとお店の様子(写真提供/落合一元氏)

 

──それまでラーメン作りの経験は?

 

落合さん:全然関係ない仕事だったの。お店はやっていたんですけど、自分は自然食品とか、自然化粧品に関わっていました。その後、サラリーマンをやっていたんだけど、リストラにあいまして。ボクは食い道楽だったものですから、いろいろあってこのお店に関わるようになったというわけです。

 

──なるほど。そういうもんですよね。

 

落合さん:元々ラーメンだって、最初はこの味ではなかったし。

 

──えっ、違うんですか?

 

落合さん:そう、違うんですよ。

 

ラーメンはさっぱりしながらコクのある味わい

ではここでラーメンを注文。厨房を覗かせていただくことに。

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▲中華鍋に湯を沸かし、麺を揉みながら投入

 

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▲茹でている間に、丼にタレを入れる

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▲かおたんラーメンといえば、この揚げネギ

 

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▲主に豚ガラと鶏ガラから取られた黄金色の透明スープを寸胴からすくって

 

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▲揚げネギを加えたタレに注いでいく

 

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▲麺を平ザルで掬い上げる、職人技が冴える瞬間。テボと呼ばれる深ザルで茹でるのが主流の昨今、麺が中華鍋の中でしっかりと対流し、美味しく茹で上がる平ザルは貴重

 

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▲茹で上がった麺がスープの入った丼にキレイに投入される

 

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▲もやしやチャーシューなどの具を盛り付けて

 

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▲へい、おまち!

 

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▲ラーメン(770円)

 

「かおたん」と呼ばれるワケ

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▲こちらがメニュー

 

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▲塩ワンタンメン(1,020円)など、ワンタンメンも評判だ

 

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▲しっかり肉らしい味わいが楽しめる餡と、プルプルの皮が見事!

 

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▲塩にするとスープの味わいがよりクリアに感じられる。この透明感のあるスープはどうやって生まれるのだろう?

 

──非常に澄んだスープですよね。

 

落合さん:キレイに灰汁(あく)を取ったりしてますからね。それを疎かにすると味も違ってきてしまいます。レシピ通り作れば変わりはしないだろうと思われても、作る人とか気候、火力調整とかでいくらでも違ってくるんです。

 

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▲アルコールも楽しめる。手作り感あふれるメニューを見ると、ネギチャーシューや味付けもやしなど、ツマミも充実

 

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▲甘みがあるもキリっとした飲み口の日本酒「吉乃川」(510円)と、コリコリの食感とゼラチンのプルプル感がアテとしてサイコーな豚耳の軟骨(510円)

 

──飲んだ後の〆のラーメンとして、最適なさっぱり加減だと感じました。

 

落合さん:開店した当初は薄味にしてみたり、いろいろと試行錯誤したんですけど、最終的にさっぱり系を追求しようということに行き着いたんですよ。飲んだ帰りだから、さっぱり食べられる味でないといけない。だけど、日本そばみたいだとさっぱりしすぎてしまう。

 

──確かに飲んだ後には物足りない。

 

落合さん:基本となるベースの味は変えず、ニーズに合わせてさっぱりだけどコクのあるラーメンに仕上げていきましたね。

 

──その基本となる味が、看板にも書かれている中国福建省の高級スープ「高湯(かおたん)」なんですね。

 

落合さん:ラーメンに乗っている揚げネギは、赤玉ネギを揚げたものです。台湾とか福建省の料理には高級な食材として使われているんです。

 

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▲スープに深いコクと甘みを与える揚げネギ。独特の香ばしさが高湯スープの核となり、さらなる食欲を掻き立てる

 

──揚げネギを売りにしているラーメン店は東京にいくつかありますが、関係があったりするのでしょうか?

 

落合さん:特に関係はないです。

 

──独自に揚げ玉ネギのラーメンを開発されたと。

 

落合さん:もちろん、いいものは取り入れながら、試行錯誤して独自の味に仕上げていったわけです。今の形に満足しているわけではないですが、ベースの味は決まっている上で、それをどう維持していくか、どうよくしていこうかと日々考えています。

 

南青山は陸の孤島だった

──最初は屋台のような店舗だったと伺ってますが。

 

落合さん:そうそう。こんなガッチリした店構えではなかったんです。風が吹けば飛ぶような。

 

──その屋台みたいな形から、今の店舗に改装されたわけですか?

 

落合さん:というよりも、あっちが壊れればこっちを直し、それで徐々に今の店舗のようになっていったわけです。

 

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▲現在も使われているお手製の扉。外壁もスタッフ総出でペンキ塗りをしている

 

──お店の屋号に「えんとつ屋」と付きますが、これは上に出ているエントツから?

 

落合さん:そうです。他のものがあったらその名前になっていたろうね。ひょうたんが付いてたら「ひょうたん屋」だったろうし(笑)。

 

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▲空に伸びるエントツは南青山のランドマークになっている

 

──だから名前に残してあるわけですね。なるほど。ただ、青山といっても、お店のある場所はいわゆるオシャレなイメージとはほど遠いですよね。

 

落合さん:決していい立地じゃないから。周囲に会社も少ないしね。目の前は米軍、後ろは墓地。なので人が来る要素的なものがなかったですね。

 

──出来た当初は、周りにお店はなかったんですか?

 

落合さん:なかったですね。前の通りもお店は全然なかったですから。

 

バブル全盛期に深夜営業がドハマりした

──そんな厳しい状況で、最初からお客さんは来たんですか?

 

落合さん:いや、メディアで取り上げられるようになってからですから、それまでに3〜4年かかりましたね。

 

──六本木から近いということで、知られるようになったんですか?

 

落合さん:もちろん西麻布や六本木が近いから、飲んだ後、ラーメンで〆るという流れで入ってくるお客さんも多かったけど、その当時は夜中1時や2時でほとんどのお店が閉まっていたんですよ。すると終電を逃した人が行くところがないわけ。それに働いている人も、夜中2時3時に仕事が終わっても自宅に帰れない。だったら朝までやったほうがいいと。

 

──ニーズに合致したわけですか。なるほど。

 

落合さん:それに当時、クラブが全盛だったんですよ。

 

──踊る方の?

 

落合さん:そうそう。若い子たちが遊ぶ方のクラブ。特に金曜土曜はオールナイトみたいな感じですから、クラブ帰りの子たちから「もうお店終わりですか?」なんて聞かれるようになっちゃった。じゃあもう始発までやろうと。

 

──お客さんの要望で徐々に朝までやるようになっていったと。

 

落合さん:そうなると、芸能人の方からもご贔屓にしていただけるようになって。

 

──テレビ局の収録終わりで、飲んで帰ろうってときにちょうどいいんでしょうね。

 

落合さん:そういう方々がテレビや雑誌に紹介してくれることが相次いだんですよ。最初にテレビで大々的に取り上げて下さったのは、今は亡き歌手の桑名正博さん。

 

──おおっ、『セクシャルバイオレットNo.1』!

 

落合さん:それからいろんな芸能人が来るようになって。

 

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▲かつての店舗の様子、左から三人目が落合さん。通りに面してカウンターが開いており、通りがかるときでも厨房が窺えた(写真提供/落合一元氏)

 

──その頃は夜中でも行列が出来ていたと聞いていますが。

 

落合さん:50人くらい並びましたよ。店内も狭いですから、立ってラーメン食べてましたし、車を横付けしてボンネットに乗って食べてたり(笑)。

 

──ヤンチャですね(笑)。いい時代だなぁ。

 

落合さん:テーブルも椅子も足りないわけですから、しょうがないんですよ。一斗缶ひっくり返して椅子にしたり、ダンボールかき集めてテーブル代わりにしたり。

 

アットホームな雰囲気で不景気を乗り切る

──本当に屋台そのまま!

 

落合さん:東南アジアとか博多の屋台のような雰囲気でしたよ。むしろそのほうがアットホームというか、温かい感じがしていいかと。

 

──だから今でも屋台のような和気あいあいの雰囲気がお店の中に残っているんですね。

 

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▲山小屋のような内観は落合さんはじめスタッフの皆さんの手作り。低めのテーブルにお客さんが集い、自然と和気あいあいとした空気が出来上がる

 

落合さん:今はほら、ラーメンの味もいろんなのがあるし、どこも店舗がオシャレじゃないですか。客層が変わってしまうのも嫌だったし、自分もザックバランな人間だし、逆にこのままでいいんじゃないかと思ってね。

 

──久しぶりにお店を訪れた人も「あぁ、変わってないな」って思えますよね。

 

落合さん:まだ潰れてねぇなって(爆笑)。

 

──バブルが弾けた後の90年代半ば頃は、客足は遠のいたんでしょうか?

 

落合さん:5年くらいは大丈夫だったの。でもそれから世の中全体が悪くなっていくでしょ? すると、大会社で昔は名を馳せた人も、お見えにならなくなっていったしね。

 

──今はどうですか?

 

落合さん:その頃に残ってくれた人はずっと来てくれています。味はもちろん、お店の雰囲気とかノリを気に入ってくれているので、思い返せば、そういう方々が悪い時もずっとお店を盛り上げて下さった気がするんですよね。

 

都内に点在する「かおたん」ブランド

──恵比寿や目黒にある「香湯(かおたん)ラーメンちょろり」など、かおたんラーメンを掲げる店舗はいくつかありますが、こちらから独立されたお店でしょうか?

 

落合さん:ここから出た人もいますが、いま繋がりはないです。ウチはここと赤坂の2店だけで細々とやってきましたから。

 

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東京メトロ千代田線赤坂駅すぐにある、支店「中国料理 かおたん」

 

──赤坂のお店は支店なんですね。実は以前、西船橋にあった「ラーメンZ」が関連店と知って、よく行っていたんですよ。赤坂のお店のように、一品料理が充実してましたよね。

 

落合さん:そう、料理メニューもたくさん出しててね。だけど、なかなか当時の従業員は上手く味が出せなくて苦労しましたよ。ボクがずっとお店にいるわけにいかないし。

 

──お店に入られてたこともあるんですか?

 

落合さん:やってたよ。最初の頃はね、こっち(南青山)からも人を回してましたから。ライターさん(筆者・刈部山本)はいつくらいに「ラーメンZ」に食べに来てたんですか?

 

──12〜13年前ですかね。

 

落合さん:全盛の頃ですよ。その時はお客さんがたくさん来て満席になってね。

 

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▲西船橋駅から少し離れたロードサイドにあった「ラーメンZ」

 

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▲「ラーメンZ」の店内。南青山のお店同様、屋台のような雰囲気だった

 

──あの屋台をそのままブチ込んだようなお店がよかったんですよ。厨房と客席の間に屋台風ののれんをかけて。それがまた雰囲気ある感じでした(笑)。

 

落合さん:それに、あそこも朝までやってましたからね。

 

──夕方のハンパな時間でも通しで開いていたんで助かりました。

 

落合さん:ここ(南青山)もそういう狙いがあるんですよ。タクシー運転手さんにしてみれば、車が停められるかってのが重要になってくるし、ああいう仕事ってランチタイムに必ずしもお昼休みが取れるとは限らないじゃないですか。

 

──確かに、陸の孤島と言われるような場所でしたし、タクシー需要が高い場所ですよね。

 

落合さん:そういうところが優しいでしょ(笑)。

 

安全には変えられない

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落合さん:そういえば、オープン当時はラーメン一杯ワンコインで食べられることを重要視していましたよ。

 

──いつ頃までワンコインで出されていたのですか?

 

落合さん:創業して25年(2010年)くらいまでかな。そのくらいが妥当だと思うんですよね。でも、そうはいかなくなりましたね。従業員も増えたし、材料費も上がったし。

 

──最近だと消費税に加えて、ガス代など光熱費も上がっていますよね。

 

落合さん:そう。ウチは国産の食材しか使っていないから、原価が高くなると、どうしても一杯の値段を上げざるを得ない。

 

──都心ではラーメン一杯700円とか800円が普通になっている中、こちらは国産で770円というのはスゴイですね。しかも青山で。

 

落合さん:でも、安全には代えられないですから。

 

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▲優しく笑顔で語りつつも、ラーメンにはアツい想いが込められていた

 

──今後もそこをブレずに続けられていくと。

 

落合さん:(新型コロナウイルスの騒ぎがあっても)まずはこれまでと変わらずお客さんに提供していくことが喫緊の課題ですよね。それに従業員の給料をキチンと払っていかないといけないですから、現状維持に全力を上げて取り組んでいくしかないですね。

 

──これからもこの雰囲気のまま、この場所で、このラーメンのクオリティであり続けていかれることを願ってます。本日は貴重なお話、どうもありがとうございました!

 

折しも新型コロナウイルスの騒ぎが大きくなっていった時期に伺ったが、多くのお店で客足が遠のくというニュースが流れる中、かおたんラーメンには次々とお客さんが押し寄せ、常時満席に近い状態をキープするという繁盛ぶりだった。

六本木や麻布、青山界隈はバブルで都内有数の商業地となったが、同時に店舗の廃業や入れ替わりが激しい土地でもある。そんな中で、35年のれんを守り続けることがどれほど大変なことか。

バブルだろうと、不況だろうと、ブレない味と接客の姿勢。それ故に、どのような状況になっても、ファンがお店を支え続けるのだろう。こうした底力こそ、飲食店にとって一番大事なもののように思えてならない。それをまざまざとこの外観が見せつけている気がするのだ。

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店舗情報

かおたんラーメンえんとつ屋 南青山店

住所:東京都港区南青山2-34-30
電話番号:03-3475-6337
営業時間:月曜日〜木曜日11:30〜翌5:00、金曜日〜土曜日11:30〜翌6:00
定休日:日曜日

www.hotpepper.jp

 

書いた人:刈部山本

刈部山本

スペシャルティ珈琲&自家製ケーキ店を営む傍ら、ラーメン・酒場・町中華・喫茶で大衆食を貪りつつ、産業遺産・近代建築・郊外を彷徨い、路地裏系B級グルメのブログ デウスエクスマキな食卓 やミニコミ誌 背脂番付 セアブラキング、ザ・閉店 などにまとめる。メディアには、オークラ出版ムック『酒場人』コラム「ギャンブルイーターが行く!」執筆、『マツコの知らない世界』(TBS系列)「板橋チャーハンの世界」出演など。2018年5月には初の単著となる『東京「裏町メシ屋」探訪記』(光文社)を出版。

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