ナポリタンとサンマーメンの二刀流を貫く老舗には、横浜の食文化と家族の物語が詰まっていた

創業70年を迎えた横浜の老舗レストラン「すいれん」は、横浜生まれの「サンマーメン」と「ナポリタン」を誕生初期から提供し続けてきた、貴重なレストラン。二つのメニューを軸にひも解かれる横浜の食文化の歴史と、4代に受け継がれる店主たちの物語とは……?

エリア日ノ出町

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鉄道、水道、ビール、アイスクリームなど、「モノのはじめが横浜」というケースは非常に多い。※新橋~横浜

料理でいえば、ローカルフードである「サンマーメン」。

そして、誰もが知っている「スパゲッティナポリタン」も横浜発祥といわれる。

 

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サンマーメンの発祥は謎が多い

曙町の「玉泉亭」を元祖としたり、「栄来軒NOW(※2016年まで横浜・吉野町に存在した)」の先代が昭和5~10年頃に長者町の中華料理店で修行時代の賄いとして考案したとも言われているが、昭和5年に当時の料理長が考案しメニュー化した記録が残っている、中華街の「聘珍楼」が発祥というのが現時点での有力説だ。

 

ちなみに、モヤシが入っており、その他の肉野菜を用いてあんかけにしたものが、本来のサンマーメンの特徴である。

 

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一方、洋食のナポリタンは発祥が明確だ。

昭和9年の山下町「ホテルニューグランド」のメニューには「Spagetti Napolitaine(スパゲチ・ナポリテーイン)」というトマトソースベースの料理が提供されている。

この料理をルーツに二代目総料理長の入江茂忠氏の手で日本人好みのテイストに仕上げられたものが、「スパゲッティナポリタン」である。

 

なおトマトケチャップを用いたナポリタンについては、野毛の「センターグリル」が昭和21年の創業当時メニューに入れていたのが最初、というのが有力説だ。

 

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そもそも、なぜこうした独自の料理が横浜で生まれたのか。

 

まず横浜の開港後、日本人と西洋人の貿易の交渉に中国人が一役買っていたことから中華街が形成され、同時に西洋式ホテルの建設や客船の入港などで西洋文化が根付いた。

その後国内で独自に進化した「中華料理」も「洋食」も、開港がもたらした食文化であり、横浜に新しい料理が生まれる土壌があったことは間違いない。

 

何はともあれ、今回はそんな横浜発祥の「サンマーメン」と「ナポリタン」を、かなり早い段階から現在まで提供し続けてきたレストランを紹介したい。

 

中華×洋食の“二刀流レストラン”

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横浜・長者町。京浜急行の日ノ出町駅から徒歩5分ほど、雑居ビルが立ち並ぶ中で比較的閑静なエリアにある「レストランすいれん」。

 

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昭和25年創業、昨年で創業70年という老舗だ。

創業者の水野秀雄(旧姓・相磯)さんは、戦後「米軍第155横浜ステーション病院」の厨房で小野正吉氏と出会い、洋食のイロハを学んだという。小野正吉氏といえば、ホテルニューグランド初代総料理長の愛弟子の一人であり、のちに「ホテルオークラ」の総料理長を務めた人物である。

その後、独立を考えていた秀雄さんは中国で料理を学び、引き揚げてきた水野辰次さんと出会う。

秀雄さんは辰次さんの養子として水野家へ入り、洋食は秀雄さん、中華料理は辰次さんが担当する、「中華」と「洋食」の“二刀流レストラン”を共同で開業することとなった。

 

それがこの「レストランすいれん」である。

 

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▲「すいれん」店内。「水野ビル」としてマンションを管理しながら、2階に店舗を構えている。このフロアは約25席

 

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現在はホール担当の4代目店主・水野秀幸さんと、厨房担当の相澤七男さんの2人で運営している。

通常はフロアのみで営業しているが、奥には宴会向けに「松・竹・梅」の3部屋が存在。畳で胡坐をかきながらの洋食も一興である。

 

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▲「梅」の間。予約人数に応じて、このテーブルとイスは外され、座布団で洋食がいただける

 

これぞ洋食屋さんのナポリタン

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▲ナポリタン(850円)

 

「すいれん」のナポリタンをいただく。

玉ねぎ・ピーマン・マッシュルーム、そしてウインナーと、奇をてらわない正統派な具材。赤色がしっかりと付いているので、ピーマンの緑色がくっきりと映える。

 

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一口頬張れば、トマトケチャップの甘酸っぱさの中にコクを感じる味わい。粉チーズやタバスコはいらない。どんどんフォークが進む。

さすがは洋食屋さんのナポリタンである。

 

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▲筆者が会長を務める「日本ナポリタン学会」認定店舗として、認定証も置いていただいている

naporitan.org

 

それでは、店主の水野秀幸さん(※残念ながらお写真はNGとのこと)に話を聞いてみよう。

 

──まずはナポリタンについてお伺いします。ケチャップや隠し味となるソースなどのこだわりを教えてください。

 

水野秀幸さん(以下、秀幸さん):まず、ケチャップにはナガノトマトのトマトケチャップを使っています。

 

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──ナガノトマトのケチャップを使用しているのは、何か理由があるのですか。

 

秀幸さん:こだわりというほどではないですが、たまたまナガノトマトのケチャップを安く仕入れられるルートに運よく出会えたこともあり、そのまま長年使用し続けています。
これに加え、当店のオリジナルであるトマトソースを使用しています。見ていただくとわかると思いますが、イタリアンのトマトソースと違って茶色がかっているでしょ? デミグラスソースがブレンドされているのです。これがうちのトマトソース。これは親父(秀雄さん)から継承し、現在まで変えていません
ナガノトマトのケチャップも、やはりこのソースとの相性が良いので変えることはできないという考えに至っています。

 

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▲特製トマトソースは、デミグラスソースがブレンドされたコク深い味わい

 

──なるほど。ソースに力を入れている洋食屋さんのナポリタンだからこそ、ケチャップだけではない深みが演出されているのですね!

 

懐かしき「あっさり系」サンマーメン

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▲サンマーメン(800円)

 

──さて、お次はサンマーメンです。一般的にはサンマーメンって「肉野菜」のイメージですが、エビなんかも入っていて具材がとにかく豪勢ですね。

 

秀幸さん:これも創業時から変わっていないはずです。確かに具材が多いので、時々入れ忘れてしまうものもあったりして……。

 

── あっさりしたスープですが、いろいろなうま味が凝縮されていて、最後まで飽きません。

 

秀幸さん:横浜のラーメンと言えば、今や豚骨醤油のイメージが強いですが、一昔前まではこういうあっさり系が主流でした。

 

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──ナポリタンは「日本ナポリタン学会」認定ですが、サンマーメンは「かながわサンマー麺の会」の認定を受けていますね。

 

秀幸さん:当店が「神奈川県中華料理業生活衛生同業組合」に加盟している関係でいただけたものでもありますが、うちのサンマーメンをきっかけに「いろいろなサンマーメンを食べ歩いてみよう」という動機にはなりますよね。

sannma-men.com

 

店の歴史をさらに掘り下げるつもりが……

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ここでもう少し「すいれん」の歴史を掘り下げたい。

 

──今年すいれんさんは創業70周年を迎えるとのことですが、水野さんとしてはどのような心境ですか。

 

秀幸さん:店をやっている者としては、「同じことをずっと続けてきて、気が付いたら70年の時が過ぎてた」という感じです。
ただ、飲食業という身体が資本の仕事で、古くからのお客さんに支えられながらここまで長くやってこれたのは、“無事之名馬(※競走馬を指して「能力が多少劣っていても、怪我なく無事に走り続ける馬は名馬である」という格言)”なんじゃないかな。

 

──中華・洋食の二刀流についても、70年間形を変えずに貫いてこられました。どちらか一つだけに絞ったとしても大変な仕事かと思います。

 

秀幸さん:そうですね。本当に大変でした。ただ言えるのは、うちはどこまでもこのスタイルの店だということです。
中華については辰次さんが作り上げたものを継承しずっと守り、また洋食については小野正吉氏と父・秀雄の出会いから始まったものを、大切にしてきました。

 

なお、秀幸さんは現在4代目店主であるが、創業者・秀雄さんの息子なので一時は2代目を務めていた。約10年以上3代目店主を務めたのは、秀幸さんの義兄である澤田寛さん。

しかしその間、秀幸さんは厨房に専念していたため、「すいれん」の歴史を語り尽くせるわけではないという。

 

実はこの取材、店の歴史に詳しい澤田さんが対応してくれるものとばかり思っていた。しかし、澤田さんは現在この場にはいない。

 

秀幸さんに聞くと、「すいれんを離れてメキシカンのバーをやっている」というのだ。

 

「すいれん」始まりの地はメキシカン・バーに

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▲長者町の雑居ビル。この奥に「すいれん」3代目・澤田氏の店がある

 

数週間後、なんとか澤田さんと連絡がつき、「すいれん」から徒歩5分ほどの場所にある「Ibero Americana(イベロ アメリカーナ)」というカフェバーに呼ばれる。

 

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店名の通り、アメリカ大陸のスペイン・ポルトガル語圏の国々の料理を提供するバーのようだ。

澤田さんを待っている間、空腹だったので失礼を承知で“アルゼンチンのソウルフード”とも言われる「チョリパン」を生ビールで流し込むことにした。

 

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▲チョリパン(600円)

 

極太のチョリソーをトーストしたバゲットにサンドしたシンプルなものだが、これが美味い。

チョリソーの肉感はもちろん、「チュミチュリ」という20種類ほどのハーブなどで作られたソースとの相性がたまらない。チョリソーの脂っこさとチュミチュリの酸味が見事にマッチしている。

 

ナポリタンとサンマーメンの取材で思わぬものに出会ったところで、澤田さん登場。

 

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──現在はここ「Ibero Americana」の経営に携わっているのですか。

 

澤田さん:ええ。「すいれん」を継ぐ前は約40年メキシコ銀行に勤務していたこともあって、メキシコ関係の付き合いもいまだに続いているので、メキシコの食肉メーカーの日本代理店を始めました。
それを活かした飲食店もやりたくなって、「Ibero Americana」を開店したんですよ。
「すいれん」は完全に辞めたわけではないんです。家族の店ですから時々手伝っていますよ。

 

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▲現在休眠中の「OLMECA」も澤田さんが経営

 

──近くには「OLMECA」というメキシカンのカフェバーもありますね。

 

澤田さん:あの店は実は休眠中でして、暖かくなったら始めようかと考えています。実は、「OLMECA」の店舗こそが「すいれん」発祥の地なのです。

 

──今の場所ではなかったのですね!

 

澤田さん:そう、民家を改造して小さな食堂として25年ほど営業していました。戦後、このあたりの多くは接収されていて周辺には「カマボコ兵舎」が立ち並んでいたそうです。

 

──接収が解除されてからは、このあたりも繁華街として賑わい、お客さんも増えたでしょうね。

 

澤田さん:はい。それでもっと大きい店にしようと考えていた時に、吉田興産(※この伊勢佐木町・長者町などの「吉田新田」を開墾した吉田勘兵衛氏の子孫が営む不動産会社)から今の土地を譲り受けました。

 

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▲「すいれん」のすぐ傍にある「清正公堂」は、かつて吉田勘兵衛氏の邸宅だったといわれる

 

──移転した当時の水野ビルは木造の店舗だったそうですね。

 

澤田さん:そうです。2階建てで1階が厨房、2階が客室。でき上がった料理は配膳用エレベータで運んで。最盛期はエレベータが大活躍でしたし、従業員も50人ほどいて賑わっておりました

 

二人の料理人が家族になって

──話は戻りますが、その小さな店舗の時代から秀雄さん辰次さんによる洋食・中華の二刀流は始まっていたのですね。

 

澤田さん:ええ。秀雄はもともと水野家との血縁関係はなく、中国から帰国した辰次さんを兄貴分として慕っていて、「すいれん」を共同で創業しようというタイミングで養子に入ったそうです。
辰次さんはもともとは静岡沼津市出身ですが、中国へ渡り料理を学び、香港か上海あたりで手広く飲食ビジネスに携わっていたという話を聞いていますね。

 

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──サンマーメンは辰次さん、ナポリタンは秀雄さんのレシピを継承して現在まで続いているのですね。

 

澤田さん:辰次さんは「今のサンマーメンの形を作ったのは私だ」と豪語していましたし、秀雄も当時日本であまり馴染みのなかったスパゲッティの扱い方について、小野正吉氏の元でいち早く学んだと聞いています。

 

──現店主の水野秀幸さんも、そのルーツを大切にしていきたいと。

 

澤田さん:そうですか。ただ、洋食は仕込み作業が大変なのに、お手頃な値段で提供しなければならず大した儲けも出ないので、若い人はあまりやりたがらないかもしれませんね。
だから「すいれん」もいつまでやれるかわからないけれど、できる限りこういうストーリーを伝えながら続けていけたらと思います。

 

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横浜の古くからの食文化を継承し続けている店はまだまだ存在し、実際に足を運んで様々なストーリーを聞くことはとても貴重な体験である。

 

「レストランすいれん」は、まさにそんな横浜の食文化の歴史と物語が詰まった店だった。中華・洋食の二人の料理人が出会い、店を作り、家族となり、家業として一つになってゆく

“二刀流”を貫くということは、どんな世界でも大変なことであるが、横浜の代表的な食文化である「サンマーメン」と「ナポリタン」を70年間守ってきた「すいれん」に、心からリスペクトの気持ちを表したい。

 

【参考文献】

『はま太郎 12号』(星羊社)

『麺食力』(アップロード)

 

お店情報

レストランすいれん

住所:神奈川横浜市中区長者町9-166
電話:045-251-1397
営業時間:11:00〜21:00(L.O.20:30) ※ランチ11:30〜15:00
定休日:月曜日

www.hotpepper.jp

 

書いた人:田中健介

田中健介

横浜発祥と言われるスパゲッティナポリタンを愛し、2009年より「日本ナポリタン学会」会長として、横浜を中心にナポリタンの面白さを発信する。著書に「麺食力-めんくいりょく-」(2010年、ビズ・アップロード)、連載に「はま太郎」(星羊社)の「ナポリタンボウ」(2017年〜)など。

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