元マグロ漁師はなぜマグロ料理店を開いたのか?【知られざる漁師の世界】

マグロ漁船で腕を鳴らしまくった元漁師が始めた居酒屋「一将丸(かずしょうまる)」。なぜマグロ漁師はマグロ料理の専門店をオープンすることになったのか、話をうかがった。

エリア京橋(大阪)

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大海原を奔走するマグロ漁船で、腕を鳴らしまくった元漁師・小城(こじょう)さん。漁師を引退し、網を包丁に持ち替えて居酒屋「一将丸」を始めたところ、予約の取れない評判店へ。

マグロ漁船ってどんなとこ? これほど繁盛している理由は? など気になる疑問をぶつけてきました。

 

お造りオーダー必須の評判の居酒屋

大阪のJR環状線・京阪電車「京橋駅」から徒歩約5分に、元マグロ漁師・小城さんが営む居酒屋「一将丸」があります。長年マグロ漁船に乗船していた小城さんですから、マグロの目利きはぴかいち。「お造りは絶対に食べて欲しい。これに命かけているんで」とのことで、マグロのお造りオーダー必須のお店です。

 

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そんな「一将丸」のお料理は、どれもこれも抜群に美味! とくにお造りは、今まで食べてたマグロは一体なんだったんだ……と驚くほどの旨味と食感。素材の良さってこういうことかと思い知らされる味わいです。

 

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▲新鮮そのもののマグロ

 

元漁師という一風変わった経歴、マグロ漁船での奇々怪々なエピソード、そしてマグロへのこだわりや評判の居酒屋へと成り上がるまでのお話し、たっぷりお届けします。

 

いざ、マグロ漁船へ

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──都市部で元漁師が営む居酒屋という、とっても珍しいお店ですよね。まずは漁師になられたきっかけから教えていただけますか?

 

f:id:Meshi2_IB:20200210155622p:plain小城さん:僕自身は宮崎の山育ち。親父が漁師だったんですけど、漁師になろうとはこれっぽっちも思っていなかったんです。でも勉強が嫌いでね。中学校はほとんどサボってばっかりで高校は行かず、ぶらぶらして悪いことばーっかりやっていたら、それを見かねた親父に無理やり引っ張られ、強引にマグロ漁船に乗せられました。

 

──周りが高校生のときに、小城さんはひとりでマグロ漁船。なかなか厳しそうですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20200210155622p:plain小城さん:まあ若かったし、やんちゃしてて威勢もよかったから、船にはすぐ慣れました。僕は船酔いも全然なかったし、普通にご飯も食べられましたね。

 

──すごい。最初はどんな船に乗ってたんですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20200210155622p:plain小城さん:最初は日本近海で漁をする小さい船に乗りました。船員は5、6人で、1カ月ぐらいで帰ってくるような船です。鹿児島千葉仙台とか、マグロを探して沖をウロウロ移動しながら昼夜問わずに漁をするので、ゆっくりできず大変な船です。なので船員は若い子ややんちゃな子が多かった。

 

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▲近海で漁をする小さめのマグロ漁船

 

──そんな中でマグロ漁を覚えていかなければなりませんよね。先輩の船員さんは、後輩の指導なんかもされるんですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20200210155622p:plain小城さん:いやいや、「見て覚えろ」っていう世界。あと、「飯食え」「体作れ」とは随分言われましたね。船に乗ったらとにかく食わされるんですよ。ご飯だけでも、マンガみたいなこんもりとした量で。マグロ漁船に乗ったときは体重54kgしかなかったので、もちろんそんなに食えないわけですよ。でも先輩には「吐いてでも食え、捨てるな」と言わるし、口答えすればゴッツン(叩かれる)やから。で、食えないし残せないからどうするかっていうと「仕事しながら食べろ」って、卵とかご飯をジャージのポケットの中に入れられるんです。

 

──そこまでですか! 考えただけで苦しくなってきました。

 

f:id:Meshi2_IB:20200210155622p:plain小城さん:昼飯で限界まで腹一杯になって、仕事の合間にポケットに詰めたご飯を食べるから、晩飯なんてますます食えない(笑)。もう地獄かと思いましたけど、これが食べられるようになってくるんですよ、1週間とか10日ぐらいで。

 

──そうなんですか! 人間ってすごい。

 

f:id:Meshi2_IB:20200210155622p:plain小城さん:そう、無理やり胃が伸びるんですね。で、毎日漁をして筋肉は勝手についてくるから、体が2倍ぐらい大きくなる。握力だけでも当時は68㎏ぐらいありました(※20〜39歳の握力平均はだいたい47kg程度)。そうすると、筋肉がつきすぎて指が曲がらなくなるんですよ。漁をするための手袋も簡単につけられなくなって、まあ大変でしたね。

 

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▲現在の小城さんの手のひら。当時の片鱗がうかがえる豪快な漁師の手だ

 

船の上での人間模様

──小城さんは威勢のよさや船との相性のよさで船員生活が順調にスタートしましたが、一方でなかなか馴染めない人もいますよね。そういう人は、船の上で相当辛い思いをしそうです。

 

f:id:Meshi2_IB:20200210155622p:plain小城さん:まず、いくら食わしても体力がつかない子っているんですよ。それが判明すると、諦めますね。「こいつに飯食えとかもっと動けって言っても無理やろ」となる。だから船の上では、僕みたいに体格がよくて動ける船員が3人ぐらいいて、体力のない子はそのサポートにまわる、そんな仕組みです。それに、体力がないとやっぱり続かない。結局船を降りることが多いと思います。

 

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──小城さんは本当に恵まれてたんですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20200210155622p:plain小城さん:そうですね、そこは良かったかなと思います。ただ、僕はやんちゃしてたっていうのもあって先輩にも食ってかかるタイプでしたから、何回も海に放り込まれてますけどね(笑)。

 

──え、放り込まれる(笑)!?

 

f:id:Meshi2_IB:20200210155622p:plain小城さん:中学卒業したての若造がハタチやそこらの先輩に「ちょお、待てや。お前ら何年船乗ってんねん。俺今乗ったばっかりやぞ。お前ら3年後見とけよ、逆にどついたるからな」って言うたりしてて。めちゃくちゃ生意気やったんで、甲板に立っていると先輩にコーンって蹴られて海に落とされるんです(笑)。ちょっと頭冷やせ、みたいな感じで。もちろん船が停まっててみんなが見ているときですよ。そんな先輩たちとも今では飲み友達ですけどね。

 

──漁師として一人前になられて、その後の漁師人生はどのような感じに?

 

f:id:Meshi2_IB:20200210155622p:plain小城さん:小さめのマグロ漁船に乗り始めて7、8年ぐらいやったかな。どうせ乗るなら海外とかも行ける大きな船に乗ってみようって、船を自分で見つけてきて乗ることにしました。船員は20人ぐらいで、一度漁に出たら1、2年帰ってこられないような遠洋漁業です。港には1カ月ぐらい滞在するかなあ。南米まで行ったりもしましたよ。

 

──わーカリブ海! それだけ聞くと、ものすごく優雅な感じがしますね。

 

f:id:Meshi2_IB:20200210155622p:plain小城さん:ハワイとかも行ってね。でもやっぱり大きい船なんで、いろんな人がいますね……。

 

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──どういう方が乗っているんですか? 小城さんみたいに自ら志願した人もいれば、そうじゃない人もいて、みたいな……?

 

f:id:Meshi2_IB:20200210155622p:plain小城さん:家業が漁師でこの世界に入ってきたという人はもちろんいます。でも……今は違うと思いますけど、僕らのときは全身刺青の人が7割ぐらいいたかな。半分は外国人、という船もありましたね。あと、ちょっといわく付きの人とかね。

 

──おおー。

 

f:id:Meshi2_IB:20200210155622p:plain小城さん:いろんな人がいるし血気盛んな人らも多いから、やっぱり船の中での喧嘩はあります。で、昨日いた人が今日いないとか、結構ザラですよ。

 

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──え、それって……。

 

f:id:Meshi2_IB:20200210155622p:plain小城さん:まあ、いろいろとイヤーなウワサは聞きましたね。

 

(ここから小城さんによる「マグロ漁船、ほんとにあった怖い話」が始まるが、リアルすぎるため割愛!)

 

──なるほどですね……いや、想像以上でした。

 

f:id:Meshi2_IB:20200210155622p:plain小城さん:喧嘩はもちろんですけど、"漁は絶対に休めない"というのもキツい。自分たちで起こした揉め事で仕事を休むなんてもってのほかだという考えで、体が動くなら漁をしなければならないんです。

 

──それは体力的にかなり厳しそうですよね。

 

f:id:Meshi2_IB:20200210155622p:plain小城さん:だからこのお店オープンして4、5年はなかなか流行らなくて、昼はランチやって、出前もして、夜も朝まで営業して、寝る時間なんて毎日2、3時間ぐらいでしたが、それでもマグロ漁船よりは楽でしたね。

 

一将丸、ついにオープン

──辛くても性に合っていた漁師という職業を、どうして引退することにしたんですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20200210155622p:plain小城さん:腰を痛めてしまったんです。それまでどの船に乗ってもメインの船員としてみんなを引っ張る立場だったけど、それができなくなった。これは漁師人生もう終わりやなと。それで次何しようかなと思ったときに、航海中にもやってた漁師料理ならできると思ったんです。元漁師のお店ってあまりなかったし、新鮮な魚は日本中にいる仲買の友達に送ってもらえるし、これはいいって思ったんですね。

 

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──元漁師が作る漁師飯が食べられるって、かなりキャッチーですもんね。もちろんマグロの目利きも間違いないわけで。

 

f:id:Meshi2_IB:20200210155622p:plain小城さん:でも京橋周辺には安く飲める居酒屋が多いし、うちはマグロにこだわっているからどうしても高めの価格帯になる。だからさっき言ったように、最初は全然お客さんが来なかったんです。マグロのお造りを頼む人もせいぜい2、3組ぐらい。そんな状況に、いよいよ頭にきてね(笑)。もうお店閉めてもいいって覚悟で「お造り食べへん人は入ってくるな」って貼り紙したんです。

 

──やぶれかぶれだ! 周りの反応はどうでした?

f:id:Meshi2_IB:20200210155622p:plain小城さん:飲食やってる知り合いには「大将、あんなん書いたらお店潰れるで」とか言われましたね。でも、ええよ潰れてもっていう気持ち。そんなんしてたら「気概があるお店や」とちょっと話題になり、テレビも取材にくるようになって、あれよあれよと席が埋まるようになって、結果リピーターさんがたくさんくるようになったんです。

 

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──「お造りは必ず注文する」という枷をかけることで「マグロにとことんこだわっているお店」として注目が集まり、実際に食べた人が「ここのマグロは違う」と虜になっていったと。なるほど、お店経営的にも学ぶべきものがありますね。小城さんの選ぶマグロってどんなものでしょう。

 

f:id:Meshi2_IB:20200210155622p:plain小城さん:まず冷凍マグロは使いません。うちが提供するのは生だけ。冷凍するとどうしても肉質が壊れるし、解凍するときにドリップが出て水っぽくなる。シャビシャビのマグロ食べたことないですか?

 

──あります。なんかそんなに味がしないな〜ってマグロ、結構ありますよね。

 

f:id:Meshi2_IB:20200210155622p:plain小城さん:そう、冷凍すると全然違うんですよ。もちもち感がなくなる。年配の方がうちのマグロを食べて「俺、今までなんのマグロ食べてきたんやろ……」ってよくおっしゃいます。マグロっていってもピンからキリまであるけど、うちのマグロは最高。しかもお造りは原価率60%、ギリギリの値段設定でやってるし。

 

──それでもやっぱりお造りは食べて欲しいわけですよね。

 

f:id:Meshi2_IB:20200210155622p:plain小城さん:そう、ほんと言うたらポテトフライとかを食べてもらったほうがお金にはなるんですよね(笑)。だから「変わったことするなー」って言われるけど、マグロのお造りがうちのいちばんの売りなんやから、それを食べてもらわんとこのお店がわからんと思うんです。

 

絶品マグロ料理の数々を食べてみよう

マグロ漁船で船員たちを引っ張ってきた店主・小城さんが、培った審美眼と調理でお客さんを魅了し続ける「一将丸」。素材にこだわったマグロ料理をたっぷりといただきましょう。

 

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▲本マグロ六種盛り 3,180円

 

一将丸で注文必須のマグロのお造りの中でもとくに評判がよく、多くの人が注文するという六種盛りです。 

本マグロの肉とともに希少部位までたっぷりと盛り合わせ、見るからに新鮮でおいしそう〜。右上から時計回りに赤身、中トロ、大トロ、ホホ肉、目玉、脳天の6種類です。

 

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「食べたときに口の中をマグロでいっぱいにして欲しいから」と、かなり厚めにカットされた赤身。頬張るともっちもちで驚きました。これまで食べていたマグロとは明らかに違う、とろけるうまさです。もちろんスジは一切なし。

 

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人生で2回ぐらいしか食べたことのない大トロ。そんな侘しい経験で、”大トロ=脂っぽくて胃にもたれるもの”というマイナスのイメージを抱いていたのですが、なんだこれは。脂たっぷりでも全然しつこくない。透き通るような脂のコクに肉のうまみが重なり、べらぼうにおいしいです。これがマジの大トロなのかあ……。

 

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目の周りのお肉、その名も目玉。脂がのってやわらかく、でもさっぱりといただけます。うまみたっぷりで、マグロって本当においしいんだなあと実感。

さすがお造り注文必須なだけある、大納得の味わい。なお、お造りメニューはこちらの「六種盛り」のほか、赤身だけ、大トロだけなどいろんなバリエーションがあります!

 

続いてはこれ、早い時間になくなる評判メニュー。

 

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▲ホホ肉ユッケ 580円

 

ひと口大に切ったホホ肉が、ごま油&醤油、卵黄とからみます。

 

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▲至福

 

ホホ肉はまるでお肉のようなうまみと弾力があって、牛肉のユッケを食べているような感覚。ごま油の濃厚な風味ともぴったり合い、これは焼酎がもってこいです。

 

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▲ネギトロ鉄火巻き 880円

 

のりで巻いたシャリの上にネギトロをぶっかけたスタイル。このマグロ、うまみがぎゅっと凝縮し、舌ざわりも実になめらか。これまで食べてきたどの鉄火巻きとも違う、果てしないおいしさでした。

 

一将丸のマグロが食べたくなったら

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「食べも飲みもせんお客さんがいたら、はよ帰ってくれって言います。うちはそういうお店」とまったく媚びない小城さん。やはり、マグロ漁船で培った根性と度胸は並大抵ではありません。

マグロ好きはもちろん、おいしいマグロを食べたことがないという人にこそおすすめ。

ぜひとも一将丸に行って、とろけるマグロの味わいを体験してください!

 

お店情報

一将丸

住所:大阪大阪市都島区東野田町4-5-45
電話番号:06-6881-7774
営業時間:17:00〜23:00(LO 22:30)※マグロが無くなり次第終了
定休日:日曜日・月曜日
ウェブサイト:https://www.kazusyoumaru.jp/

www.hotpepper.jp

 

書いた人:木村桂子

木村桂子

福井県出身、大阪府在住。某エンタメ系企業にて雑誌編集に携わり、その後コピーライターを経てフリーランスに。大衆居酒屋から小洒落たカフェまで、うまいと聞けばどこへでも突入。ゆえに体重増量中。

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