とろけるようなうまさの鯨定食を食べながら……「鯨食堂」の社長に話を聞いてきた

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鯨(くじら)を食べたいと思った

筆者は現在40歳、もうすぐ41歳になる。幼い頃、鯨(くじら)を食べて育ったわけではない。どちらかというと、自分より年上の世代が食べていたイメージが強い。私の幼少期には、鯨はすでに給食から姿を消していた。

 

飲み屋さんで、鯨ベーコンを頼んだことがある。横でおじさんがおいしそうに食べているのをみて、つられてオーダーしたのだ。たしかにおいしかった。

だが、安くはなかった。ちょっとした高級つまみであった。好きな時に、鯨ベーコンが食べられるくらいに、お金を稼げばそれは幸せな人生だと思った。

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▲美しい鯨ベーコン。本物のベーコンに似せるため赤く着色されている

 

戦後の高度成長期に安価で良質なタンパク源として日本の食卓を支えた鯨。団塊の世代にはおなじみの食材だが、気がつけば希少な料理となってしまった。渋谷には有名な専門料理店があるが、値段は決して安くはない。

「食べてみたい」と思っても、意外とハードルの高い料理。そんな鯨を食べさせてくれるお店がある。それも、鯨の水産加工会社が経営しているので、お手頃価格で楽しむことができるという。行ってみよう。

 

ちゃんと鯨を食べたことがない大人が、あらためて鯨を食べに行く

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▲バス停の目の前にある「鯨食堂」

 

赤羽駅、川口駅などから出ているバスに20分ほど揺られ「山王橋際」というバス停で降りる。目の前に鮮やかなブルーの建物が見える。

 

こちらが「鯨食堂」。北海水産という水産加工会社が運営している。 

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▲飾り気のない外観。こちらが鯨食堂。誰でも利用することができる

 

店内では食堂のスタッフが忙しそうに働いている。入ると、壁に飾ってある写真に目を奪われた。

 

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▲歴代の捕鯨船と世界のクジラの図版が飾ってある

 

歴史を感じる古めかしい写真たち。この鯨食堂は、北海水産という水産加工会社が運営しているのだ。食堂は工場に隣接しており、店舗の裏手には本社もある。

 

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▲自販機でチケットを購入しよう

 

鯨といえばやはり竜田揚げだろう。しかし、それ以外にも気になるメニューが並んでいる。聞けば鯨カツやメンチが評判らしい。個人的に刺身はぜひ食べたい。まずはオーソドックスなメニューから攻めよう。

 

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▲注文が入るとすぐに調理が始まる

 

働いている妙齢の男性と女性はテキパキと調理を進めていく。揚げ油の香りが食欲をそそる。あっという間に料理が完成したようだ。

 

昭和40年代まで給食に出ていた「鯨の竜田揚げ」

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▲いい色に仕上がった鯨竜田揚げ(定食で700円)

 

昭和40年代までは給食でおなじみのメニューだった鯨の竜田揚げ。「いやあ懐かしい」という年配読者の方もいるのではないか。衣はしっとりと柔らかく、鯨の肉は歯応えがしっかりしている。ムネ肉のような食感で、揚げることで鯨のうま味がギュッと凝縮されているのがわかる。しっかり下味がついているので、ごはんもお酒も進みそうだ。

 

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▲こちらは念願の鯨の刺身定食(700円)

 

ベーコンや竜田揚げはあっても、鯨の刺身はあまり街中では食べられないだろう。鯨専門の水産加工会社ならではメニューといえる。どんな味がするのだろう。

 

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▲いただきます!

 

かつては魚などの保存技術があまりよくなかった。つまり、市井(しせい)の人がおいしい刺身を食べるのは困難だった。だが、冷凍技術が進歩した現在ではこんなおいしそうな刺身をお手頃価格で食べることができる。それも海がない埼玉で! 科学ばんざい! 私たちは科学の子なのだ。

 

舌の上で脂が溶け出し、甘さがガツンとやってくる

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▲サシが入っているのがよくわかる

 

刺身にはご覧の通り、たくさんのサシが入っている。それゆえ、醤油をつけて口に入れた瞬間、舌の上で脂が溶け出し、甘さがガツンとやってくる。かみ締めると、口の中いっぱいに肉の持つ滋味と脂のうま味が広がる。

 

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▲これはうまい!

 

誤解を承知でいえば、馬刺しの味わいに近い。口の中で鯨の刺身がとろける。ごはんも進む。このお刺身だったら、朝昼晩・毎食でもいけるのではないか。初めて食べたが、鯨の刺身はうまい。とにかく、うまい!!

 

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▲食堂内ではお得な値段で鯨を購入することができる

 

社長さんに話を聞こう

それにしても、なんで埼玉に水産加工会社があるのか、それも鯨専門の。社長さんに理由を聞いてみよう。

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▲社長の武内嘉一郎さん。81才になった現在も現場に立っているという

 

──鯨専門の水産会社って珍しいですよね。そのうえ、埼玉県には海がないじゃないですか。どのような経緯で会社を始めようと思ったんでしょうか。

 

f:id:Meshi2_IB:20180816151738p:plain武内社長もともと十条で乾物店、つまり食料品店をやってたんですよ。昔から鯨は好きでしたね。それで鯨の漬物、つまり南蛮漬けが売れるって聞いて、鯨を扱い始めたのがきっかけでした。市場で鯨を買ってきて、自分で切って販売したんです。それがとても評判が良かった。

 

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▲十条の店は大繁盛。鯨カツは評判だった

 

f:id:Meshi2_IB:20180816151738p:plain武内社長自分の作った商品がヒットした、それが面白くてね。商売が好きで向いていたんでしょうね。すぐに大きな機械を買って、量産体制を整えました。小売からお店相手の商売に切り替えて、京浜東北線の沿線を売り歩いたんです。

 

若かった武内さんはとにかく足を使った。1日の最後に商品が余ったら懇意にしていた「日之出屋」というお店の軒先を借りて、たたき売りをしたという。

 

f:id:Meshi2_IB:20180816151738p:plain武内社長そのお店の主人に商才を見込まれてね。うちに婿に来てくれっって言われたなあ。僕は長男だからって断りましたけど(笑) 。

 

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▲ほとんどの鯨を食べたという武内さん。ナガスクジラがおいしかったと目を細めた

 

豚カツが30円だった頃、鯨カツは10円。食糧難だった戦後の時代から、鯨は貴重なタンパク源として日本の食卓を支えた。武内さんは26歳で結婚した。会社は順調だった。

 

f:id:Meshi2_IB:20180816151738p:plain武内社長会社も現在のあたりに移転して千葉の鋸南(きょなん)町に工場も作った。うちのかあちゃんは経理が上手だったからよく手伝ってくれたね。

 

二人三脚で会社の業績はどんどん拡大していった。しかし、そのとき鯨業界を最大の危機が襲う

 

商業捕鯨の中止

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▲今でも現場に立ち続ける社長

 

北海水産はますます業績を伸ばし、マルハなどの大手から直接、鯨を仕入れるようになっていた。だが、風向きが変わったのが1987年。IWC(国際捕鯨委員会)の決議によって商業捕鯨が一時停止になったのだ。

 

f:id:Meshi2_IB:20180816151738p:plain武内社長最初は10年で見直すという約束だったの。だからみんな我慢してた。でも、その措置が回復されないまま、気がつけばもう2018年になってしまった。

 

現在、鯨専門の水産会社は、武内さんの知る限り、東京近郊では千葉に1社あるきりだという。

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▲あれから30年。同業者はほとんど亡くなってしまったとか

 

調査捕鯨で捕まえた鯨の供給量は決まっている。それゆえ、鯨肉の市場は急激に縮小した。会社を維持するそのためには、鯨以外の収益の軸を探さなければいけなかった。

 

f:id:Meshi2_IB:20180816151738p:plain武内社長あそこの鯨食堂ね、以前は牛丼の吉野家さんのシャケを切る工場だったの。

 

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▲もともとは工場だったという鯨食堂の建物

 

──吉野家でシャケですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20180816151738p:plain武内社長ほら、「朝定食」ってあるでしょ。あれに使われるシャケの切り身を調理する工場だったんですよ。

 

鯨肉の取り扱い量は先細りする一方で、会社としては鯨以外の収益の柱を作らねばならなかった。つまり、既存の設備を活用して、いろんなメーカーの製品の下請けを担ったのだ。

 

f:id:Meshi2_IB:20180816151738p:plain武内社長ロッテリアのパティを作ってたこともありました。でも、吉野家のシャケは5年で取引が終わってしまってね。せっかく作った工場をどうしようかって話し合って、社員の食堂にした。そうしたら一般の方からも「食べたい」ってオーダーがあってね。

 

周辺住民の声を聞いた社長は、すぐに一般向け食堂として営業をスタートさせた。現在では地域の名所となっている。

 

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▲この味を求めてわざわざ買いに来る人も多い。この鯨はアイスランドから輸入されたもの

 

暗い話ばかりではない。

 

近年、鯨食は日本の伝統的な食文化だとして、若い世代に味を伝えていこうという機運も高まっている。ここ最近でも、東京都や川口市などの給食に鯨肉が出た実績がある。

 

f:id:Meshi2_IB:20180816151738p:plain武内社長小学校の給食で鯨が出た時は、新聞記事にもなったの。横浜市では前の市長さんが鯨が好きでね、23万食を6社で分割して納入したんですよ。

 

鯨という資源が枯渇しないように、適切な量で捕獲することが大切ではないかという武内さん。

 

そもそも鯨には80種あまりもおり、シロナガスクジラのように絶滅の危機にひんしている種類もあれば、ミンククジラなどのように資源量が豊富な種類もいると言う。

 

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▲先日のお盆で親戚が集まって際にはみんなで鯨を食べたそうだ

 

f:id:Meshi2_IB:20180816151738p:plain武内社長保護ももちろん大事だけど、適切な捕獲量の範囲で食べることも大事だと思うんです。

 

高タンパク、低脂肪。鯨は栄養豊富で、ダイエットにもいいのだ。

 

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▲鯨の各部位が食べられる握り寿司は土曜限定のメニューだ

 

f:id:Meshi2_IB:20180816151738p:plain武内社長僕は昔から鯨が大好き。もちろん(鯨への)愛着は人一倍ありますよ。若い人にも、もっと鯨を知って欲しいですね。本当においしいんです。ウチの鯨、ぜひ一度食べに来てください。

 

お店情報

鯨食堂

住所:埼玉川口市領家4丁目8-17
電話番号:048-223-5161
営業時間:月曜日・火曜日・木曜日・金曜日・土曜日 11:00~14:00
定休日:水曜日・日曜日・祝日

www.hotpepper.jp

 

書いた人:キンマサタカ

キンマサタカ

編集者・ライター。パンダ舎という会社で本を作っています。尿酸値13の痛風持ち。先日は足を引きずりながら立ち飲み屋の取材をしました。『週刊実話』で「売れっ子芸人の下積みメシ」という連載もやっています。好きな女性のタイプは人見知り。好きな動物は柴犬。好きな酒はレモンサワー。パンダとカレーが大好きです。

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