「いちど挫折した男」が一念発起して絶品とんかつに人生をかけた理由【人情メシ】

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あまりにもおいしすぎるとんかつがある

とんかつが好きだ。とんかつが好きだ。とんかつが好きだ。

何度だって言える、私はとんかつが好きだ。

 

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▲たとえばこの文字列を見るだけでよだれが出てくる


とんかつは多くの人にとって特別な食べ物だ。

好きな食べ物と聞かれてその名を挙げる人は多い。はじめてとんかつを食べた日のことは覚えていない。だけど、最近いつ食べたかは覚えている。

その前に食べた店もなんとなく覚えている。とんかつは、上書き保存されない。

思い出だけがどんどん増えていく。だから私の写真フォルダには、茶色の揚げ物ばかり並んでいる。

 

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▲おいしいとんかつを食べたいと思っていたら家の近くにあった

 

西小山には、いい店がたくさんある。

以前、近所にあるとんかつやの記事を書いたところ、けっこうな反響があったから、みんなとんかつが好きなんだなと思った。そして、とんかつは数字を持っている。

だから今回もとんかつの記事を書く。この店のとんかつが、あまりにおいしすぎたのだ。

 

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▲メニューを見る限り、いたって普通のラインナップである。値段は町場のとんかつ屋さんにしてはすこし高めか

 

とんかつ・しゃぶしゃぶ 波止場」。

この店には何度か来たことがある。

そのたびに、普通のとんかつ屋とは違った雰囲気を感じていた。

なんというか、ただものではないのだ……特に店主が。

 

見た目はいかついが、話すと優しい店主

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▲店主の「角さん」は鹿児島県出身の46歳

 

── す、すみません。今日はよろしくお願いします。

 

f:id:Meshi2_IB:20190325140836p:plain角さん:よろしくお願いします。お茶飲む?

 

── (あ、優しい)

 

見た目はいかついが、話すと優しい店主の角さん。

高校卒業後に、都内で電鉄会社に就職した。

その後、不動産業、飲食業、金融業などを経て、武蔵小山に自身がオーナーを務める居酒屋を開いたそうだ。

 

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▲笑うとかわいらしい

 

f:id:Meshi2_IB:20190325140836p:plain角さん:金融の免許も宅建の免許も持ってますよ。でも、どれだけ稼いでも、お金はぜんぶ食べ歩きに使っちゃったね。世界180ヵ国に行きました。ウルグアイのステーキとかおいしかったけど、やはり日本が一番だなって思いました。

 

── 180ヵ国! それはすごい。お話の途中で恐縮ですが、さっそく揚げ始めていただいてもいいでしょうか。

 

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▲特上ロースと上ひれをオーダーしました

 

── 以前経営されていた武蔵小山の居酒屋は、どんな店だったのですか。

 

f:id:Meshi2_IB:20190325140836p:plain角さん:焼酎をもっと広めたいと思いがあってね。私は鹿児島出身でしょう。有名な蔵元とは全部ルートがあったし、当時は焼酎がまだあまり知られていなかったから、これをもっと世に広めたいと思ったんです。

 

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▲バッター液につけます

 

焼酎に対する熱い思いと同じくらい昔から食べ歩きが好きだった角さんは、時間を見つけては日本全国あらゆるところへ食材を探し歩いた。

 

f:id:Meshi2_IB:20190325140836p:plain角さん:行ったことのない市町村は、おそらくないです。魚も好きだから、いろんなものを食べ歩いたね。

 

だが、精力的にうまいものをさがしまわる角さんの情熱に反比例するように、武蔵小山の居酒屋の経営は厳しくなっていた。他にも手広く店を経営していたこともネックになったのだろうか。

 

そして4年前に、そのお店を畳んだ。

 

その豚肉に、衝撃を受けた

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▲揚げ油も同じ豚から取れたラードを使っている

  

その後、居抜きで見つけたこの場所で、また店を開くことを決意した。やはり飲食店が好きだったのだろう。

何をやろうか。

そう考えた時、角さんの頭に浮かんだのは「ある食材」と「あの店」だったという。

 

f:id:Meshi2_IB:20190325140836p:plain角さん:長野の、とある養豚場で生産している豚肉のおいしさを知って、衝撃を受けたんですよ。「なんだこれは!?」って。今までいろんな豚肉を食べたけど、これに勝るものはなかったね。

 

── 具体的にどう違うのでしょうか。

 

f:id:Meshi2_IB:20190325140836p:plain角さん:キメが細かくて、脂が甘い。そして、脂の融点が31度と、人の体温よりも大幅に低い。だから、いくら食べても胸焼けしないんです。

 

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▲「揚げるよ。ロースは10分、ヒレは13分かかります」

 

実は「波止場」で使っているこの豚肉は、市場に出回っていない珍しいものだ。

なぜなら生産量があまりにも少ないため、まとめて出荷することができないのだ。それゆえ、その長野の生産者と直接取引という裏技で角さんが仕入れているそうだ。これもすべて、過去の食べ歩きの経験の賜物だった。

 

f:id:Meshi2_IB:20190325140836p:plain角さん:あとはね、うまいとんかつをはじめて食べた時の感動を提供したかった。たとえば寿司屋って、いろいろあるでしょう。例えるなら、回転寿司は「町の食堂で食べるとんかつ」。町の寿司屋は、「とんかつ専門店」だね。
だったら僕は、銀座の寿司屋で食べるようなとんかつを提供できたらいいなと思ったんです。

 

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 ▲「20年前に蒲田の丸一という店で食べたとんかつの味に感動したんです。その記憶がどこかにあって、いつかこんな味を自分も出せたら、と思っていたんだよね」

  

f:id:Meshi2_IB:20190325140836p:plain角さん:今じゃネットで調べてわざわざ遠くから来てくれるお客さんもいるけど、最初は厳しかったなあ。オープン当時はランチがゼロの日が続いたこともあった。でも、武蔵小山で居酒屋をやっていたときに客が来ない辛さを知っていたから、なんとかなるだろうって思ってた。僕はこの豚のうまさに惚れ込んだからね。

 

その豚肉は、今まで食べた豚肉とはまったく違うものだった。

そこで、「やみつきになる」「市場に流通していない」という意味を込め、角さんが「ヤミ豚」とネーミングした。

 

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▲揚がったようだ。余熱で火を入れたら完成

 

角さんが惚れ込んだ「ヤミ豚」。

さっそくいただこうではないか。

  

脂が、甘い

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▲人はなぜとんかつを目の前にするとすしざんまいのポーズになるのか

 

注文した品が届いた。本日頼んだのは、特上ロースとんかつ定食(2,900円)と、上ヒレとんかつ定食(2,000円)。とりあえず、私のテンションはこれまでないくらい上がっている。

揚げ状態=アゲアゲである。私にとって、とんかつは最高のドーピングなのだ。

 

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▲まずは特上ロースから

 

最初は塩で食べて欲しいと言われる。

なぜなら、「豚の味と脂の甘みを口いっぱいに感じて欲しいから」。

そのあとは、ソースでも塩でも、お好みでどうぞ。もちろん、最初からソースで食べても強面の店主が不機嫌になることはない。

  

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▲というわけで塩でひとくち「甘い! うまい!」 

 

脂が、甘い。

なんだこれは。

丁寧に揚げられ、じんわりと火が入った少し赤みが残ったロースは、口に入れた瞬間に甘みがガツンとくる。これはうま味の爆弾である。

しっかりとした衣も甘みが強く、確かにこれは塩が合うなと感じた。

このとんかつが近所にあったら、どんなに困難で、くじけそうでも、僕はとんかつを信じることをやめないだろう。そして声を大にして言いたいのだ。必ず最後はかつ。

 

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▲「サクッと嚙み切れる」のとはちょっと違う。衣はカラッとしているが、中がしっとりジューシーだから

 

あまりにうまい。これがヤミ豚の実力である。

病みつきになるのもよくわかる。

お店と社会的立場が許すなら、今すぐ窓を開けておおきな声で「ヤミー!(※yummy・英語の「うまい」の意味の俗語)」と叫びたい。いやあ、うまい。

これはあっという間にぺろりである。

 

プリッとしていて、ねっとりとして、もちろんうま味がたっぷり

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▲お次は上ヒレをいきます。

 

まだ赤みが残った上ヒレ。

食べているうちにじんわりと火が入っていく、ということでさっそくいただこう。

 

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▲う、う、うまいです!

 

突然登場人物が増えて申し訳ない。

彼は、若手の落語家である。快楽亭ブラック師匠のお弟子さんで、その名を快楽亭ブラ坊という。二つ目の伸び盛りで、食べ盛りでもあるのだが、つい先日、同棲していた彼女に放り出され食うものにも困る生活を送っていた。

というわけで、とんかつを食べることを条件に、カメラアシスタントをお願いしたのだ。私の写ったカットはブラ坊が撮ったものである。

 

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▲「うまいうまい!」

 

── 味はどう?

 

f:id:Meshi2_IB:20190325141141p:plainブラ坊:うまいっす! こんなの食ったことないです!

 

── どううまい?

 

f:id:Meshi2_IB:20190325141141p:plainブラ坊:いやあ、これはすごいですよ。まじですごい。いやあ、うまい!

 

近年は凝った文章表現の食レポも多いが、ここまで端的で清々しい評価があるだろうか。

この上ヒレカツは「うまい!」のだ。

 

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 ▲「今日の1食目がとんかつ。いい1日になりそうです(現在午後3時)」

 

補足させてもらう。

上ヒレカツは、噛んだ瞬間、軽い歯ごたえを感じる。

しかし、すぐにシュッと口の中で肉はほどける。プリッとしていて、なおかつねっとりとして、もちろんうま味がたっぷり。大きな力を入れなくても、嚙み切れるし、脂は胃もたれしないとあって、かなり年配の方でもぺろっといけてしまうらしい。

 

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▲中心部の赤みと火が入った境目がこのとんかつのジューシーさを物語っている(保健所の基準をきちんとクリアしています)

 

うまい。とにかくうまい。

たしかにこんなとんかつ食べたことない。最後に店主の角さんに話を聞いた。

 

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▲「ごはんのおかわりいいの?」米は新潟県佐渡産の特Aコシヒカリを使っているそうだ

 

まさか西小山というこんなローカルな駅で、極上のとんかつを食べられるとは思っていなかった。最初は「ちょっと高いかな」と思ったが、全然である。

納得の味だった。むしろ安いくらいだ。

 

f:id:Meshi2_IB:20190325140836p:plain角さん:とんかつが好きだし、僕はこの豚に惚れ込んだの。最初はお客さんが来なくて、心が折れかけたけど、この豚に人生を賭けてるからさ。メニューも少ないって言われるけど、たくさんあっても選ぶのに困るでしょ。僕は不器用だし、このとんかつ一本で勝負したいなと思っているんです。だから、みんな食べに来てください。

 

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▲極楽である

 

私はどんなに体調が悪い日だって、喪中だって、土砂降りの雨の日だって、痛風が悪化した日は難しいかもしれないが、この店を訪れるだろう。

だから、最後に声を大にして言いたい。そう、あのメロディで。

必ず最後にアイラブかつ。

 

お店情報

とんかつ・しゃぶしゃぶ 波止場

住所:東京都目黒区原町1-3-15
電話番号:03-3714-6922
営業時間:ランチ/月曜日〜土曜日11:30~14:00(13:45 LO)、ディナー/平日18:00~21:00(20:50 LO)
定休日:不定休、日曜営業 ※ツイッターでご確認ください。

twitter.com

 

書いた人:キンマサタカ

キンマサタカ

編集者・ライター。パンダ舎という会社で本を作っています。 『週刊実話』で「売れっ子芸人の下積みメシ」という連載もやっています。好きな女性のタイプは人見知り。好きな酒はレモンサワー。パンダとカレーが大好き。近刊『だってぼくには嵐がいるから』(カンゼン)

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