名古屋・今池にある「中国料理 ピカイチ」(以下、ピカイチと表記)。
中日ドラゴンズのファンが集まるお店として地元のみならず、全国のプロ野球ファンの間でもその名は知られている。
プロ野球シーズンが開幕すると、ナゴヤドームでの観戦帰りに立ち寄り、勝利の美酒に酔う中日ファンたちの姿が地元メディアでたびたび紹介される。
▲まさに「ピカイチ」としか言いようのない、インパクトある外観
しかし、冷静に考えてみてほしい。何もプロ野球のシーズン中だけお店が流行っているわけではない。
ちなみにプロ野球の公式戦は全143試合。ドラゴンズのホームであるナゴヤドームでの試合数は71試合(いずれも2019年)。
海の家じゃないんだから、それだけで店主と従業員とその家族が1年間暮らせるだけの利益を出すには無理がある。
▲店内にあるスコアボード。シーズンが始まると、ここで試合経過が確認できる
実際、取材に訪れた日はオフシーズン。しかも平日にもかかわらず、18時のオープンと同時にお客さんがひっきりなしに訪れて、あっという間に満席になった。
つまり、中日ファンが集まるお店というのをさっ引いても、いわゆる「町中華」としての実力があることを物語っているのだ。
故・星野仙一氏も懇意にしていた名店
お店を切り盛りするのは二代目店主、兵頭忠保さんだ。
▲店主の兵頭さん。コアなドラゴンズファンにはおなじみの存在
兵頭さん:お店は1965年創業ですが、ドラゴンズファンの方が集まるようになったのは、1975年。当時、千葉県の銚子商業高校からドラフト1位で入団した土屋正勝さんが来てくださったのがきっかけでした。私の母が銚子商時代からのファンで、それを知っていた方が連れてきてくださったんです。土屋さんからの紹介でほかの選手たちも来られるようになって、ファンの方たちも足を運んでくださるようになりました。
▲店内にはヘルメットや応援グッズも
実際、筆者がプライベートで食べに行ったとき、先代店主の兵頭洋二さんと中日ドラゴンズを1988年と1999年に優勝へ導いた名将、星野仙一氏が目の前を通り過ぎたことがあった。
スーパースターでしかありえない、全身から発するオーラの凄さ。筆者も、その場に居合わせた他のお客さんも誰一人声をかけられなかったことを今でも覚えている。
▲先代店主の兵頭洋二さんと星野仙一氏の似顔絵
先代店主と星野氏との深い親交も地元メディアではよく報じられてきた。しかし、2人は単なるファンと監督という間柄でなかったことはあまり知られていない。
兵頭さん:父は当時、仕事の傍ら地元リトルリーグの事務局として活動していました。韓国や台湾のチームを招致したり、逆にこちらから遠征に行ったりしていて、それを知った星野さんがスポンサー企業を紹介してくださったりしたんです。もちろん、手弁当で。互いの野球愛でつながっていたと思います。
激辛好きをうならせる「ピカイチラーメン」
さて、「ピカイチ」の名物といえば、こうしたドラゴンズ関連ばかりではない。いや、むしろ現在は全国の激辛好きたちから熱い視線を浴びている必殺のメニューがあるのだ。
それが「ピカイチラーメン」である。
辛さは「1度」から「10度」までの10段階。ではさっそく、辛さの基準となる「5度」のピカイチラーメンを作っていただくことに。いってみれば「中辛」くらいの辛さだと思っていい。あくまでもこのお店のメニューの中では、の話であるが。
▲「ピカイチラーメン」の具材
麺の上にのる具材は、モヤシとネギ、ニラ、味付けした豚ミンチ、フライドガーリック。一見、名古屋のご当地ラーメン、台湾ラーメンのように思えるが、まったくの別物であることはあらかじめ申し上げておこう。
▲特製のミンチ。台湾ラーメンのような辛さはない
兵頭さん:台湾ラーメンはミンチに辛みをつけています。食べすすむうちにミンチが崩れて、だんだんと辛くなるのですが、ピカイチラーメンはミンチではなく、スープそのものが辛いのでひと口目からヤラれます(笑)。
▲ピカイチラーメン専用のタレ。これが最強の辛さを生む
どちらかといえば、トウガラシなどを含む具主導で辛さを作り上げる台湾ラーメンに対し、ピカイチラーメンはタレからしてすでに辛さの下地になっている、といえばわかるだろうか。
これにより、醤油ラーメンよりも濃厚な味わいとなるが、同時に旨みとコクもプラスされる。
自家製ラー油が辛味に追い打ちをかける
▲自家製のラー油。見るからに辛そう!
辛さに追い打ちをかけるのが自家製のラー油。辛さ5度でこのスプーンですりきり2杯が目安。ちなみに10度の場合は、山盛りで5杯。
兵頭さん:1度は辛さ控えめです。1度から5度までは辛さを段階的に感じることができますが、6度以上となると、伸び率が違うというか、辛さの感じ方がまったく変わってきます。
醤油ラーメンのタレとピカイチラーメンのタレ、自家製のラー油、ニラを丼に入れて、清湯スープを注ぐ。茹で上げた麺を入れて、その上に具材をのせて完成。
これが「ピカイチラーメン」(650円)。ご覧の通り、スープは真っ赤。うん、見るからに辛そうだ。
激辛「だけじゃない」確かな旨味
実は筆者、今から遡ること25年前にピカイチラーメンを食べたことがある。たしか星野仙一氏の監督復帰に盛り上がる名古屋の街を取材していて、「ピカイチ」にも足を運んだのだった。
その日は、虫歯が痛くてたまらず、頬を手で押さえながら取材したことを覚えている。で、先代店主が「ピカイチラーメン、食べてってよ」とわざわざ作ってくださったのだ。断るわけにいもいかず、虫歯の激痛と容赦ない辛みのWパンチにヒィヒィ言いながら食べたなぁ。正直あのときは死ぬかと思った。
では、勇気を出して麺をズルズルとすすってみる。
あ゛~っ!
辛いっ!!!
台湾ラーメンの比ではない。何しろ、麺の一本一本に激辛のラー油がまとわりついてくるのである。
ただその一方で、辛さの奥にあるスープの旨みを感じることができた。辛いものが好きな人なら、十分に耐えられるレベルだと思う。
男たちの労働メシとして生まれた
それにしても、このピカイチラーメンは、いつ頃に何をきっかけに誕生したのか。やはり、台湾ラーメンを意識してのことだったのか。
兵頭さん:(場所的に)味仙さんも近いですし、もちろん、台湾ラーメンが人気だという話は聞こえてきていたと思います。が、今池界隈には、ホルモン焼きのお店が数多くあって、スタミナ系のメニューを出すお店が多かったんです。ピカイチラーメンは細かいバージョンアップを何度か繰り返していまして、昔はニンニクの茎が入ったあんかけスープでした。発祥についてはよくわからないのですが、今のスタイルになったのが25年くらい前です。
なるほど、今池界隈には今でこそオシャレなお店が増えたが、昔は働く男たちが行き交う、もっとワイルドなイメージがあった。台湾ラーメンが支持されたのも、きっとニンニクをたっぷり使ったスタミナ系の料理を好むお客さんが多いという背景もあったのだろう。いわば、ピカイチラーメンが生まれたのもごく自然な成り行きだったとしか言いようがない。
▲兵頭さんは今池で生まれ育ったのだが、実は辛いものが大の苦手。ピカイチラーメンも辛さ控えめの1度しか食べられないという
辛さ10度に挑戦。辛いというより痛い……
兵頭さん:私は絶対にムリですけど、辛さ10度を体験してみます? 普段はお客さんにもあまり積極的にお勧めしないのですが、せっかく取材に来られたことですし。
いやいやいや、私は辛いものは好きだけど、辛さに対する耐性は人並みですから! などとやんわり断ろうとすると、目の前にはスタンバイされた丼が。
▲「ピカイチラーメン 辛さ10度」のタレと自家製ラー油。まさに地獄絵図(笑)。たしか5度以上は「段階的ではなくなる」って言っていたが……
ここまできたら、腹をくくるしかない。なにごとも身をもって体験するのもライターとしての務めである。それに翌日にお尻が痛くなることはあっても死ぬわけではない。よし、やってやろうではないか!
というわけで、目の前に「ピカイチラーメン 辛さ10度」が置かれてしまった。
▲値段は辛さの度数が変わっても一律650円と良心的
そもそもビジュアル自体がさっき食べた5度とは違う。まず丼がひとまわり大きい。それだけ激辛のラー油がたっぷりってことか? いや、余計なことを考えるのはよそう。
スープの色も明らかにこちらの方が赤い。もう、見ているだけで目がヤラれそうになる。正直、怖いけど、ここまできたら食べるしかない。
では、いざ実食!
麺を箸で持ち上げたときのラー油の絡み加減がさっきとはまったく違う。何と言えばよいんだろう。粘度が強いというか……。
ええーいっ! もうどうにでもなれ! と麺を思いっきりすすってみた。
うう゛っ……。
辛いというよりも、い、痛い……。
よくテレビで激辛料理を食べた芸人がそんなコメントをしているが、まさにそれ! ライターだというのにそれ以外に適当な言葉が見つからない。
激辛好きの人なら、5度のときに感じたスープの旨みをこの10度でも感じるかもしれないが、私程度ではまったく感じない。
辛さ、それも腰の入った右フックを食らったかのような暴力的な辛さしか感じない。ひと口食べただけで頭から顔、腕、胸、背中、お尻、脚まで全身が汗でビショビショになってしまった。
ふた口目にいこうと思っても、本能的に危険を察知してか、どうしても体が拒んでしまう。己のヘタレぶりにも呆れたが、わずかひと口でギブアップしてしまった。
笑うなら笑うがいい。
かれこれ20年以上グルメ取材をしているが、今まで食べた激辛メニューの中でダントツで辛かった。
兵頭さんの話によれば、辛さ7度までは激辛好きな一般のお客さんもよく注文するそうだが、10度となると雑誌やテレビ番組でしかなかなか作る機会がないとのことだった。
自宅でもピカイチラーメンが食べられる
ちなみにこのピカイチラーメン、お土産にもなっていて、中部国際空港 セントレアや高速道路の刈谷ハイウェイオアシス、東名高速道路 上郷サービスエリアなどで「金のピカ麺・銀のつけ麺」として販売されている。
▲お土産用のラーメン「金のピカ麺・銀のつけ麺」。こちらはいずれも味わえるセット。購入は下記の公式サイトから購入可能
兵頭さん:ピカイチラーメンをモデルにしたものが「金のピカ麺」です。「銀のつけ麺」は、お店でも夏季限定で販売しています。いずれも旨みと辛みのバランスがとれていると自負しています。辛いものが好きな方に1度から10度(つけ麺は7度)まで用意しているので、ぜひ試してみてほしいですね。
名古屋メシにおいては、台湾ラーメンがメジャーすぎるため、どうしてもその陰に隠れてしまうが、辛さで勝負するのなら、ピカイチラーメンが周回差をつけて勝利するほど辛い。
激辛マニアはもちろんのこと、とにかく汗をかくので代謝が今ひとつ、という方にも是非オススメしたい。
店舗情報
中国料理 ピカイチ
住所:愛知県名古屋市千種区今池1-14-5
電話番号:052-731-8413
営業時間:18:00〜翌1:00※土・祝は17:30〜翌24:30。いずれも売り切れ次第終了
定休日:日曜日 ※連休が重なった場合は要問い合わせ
書いた人:永谷正樹
名古屋を拠点に活動するフードライター兼フォトグラファー。地元目線による名古屋の食文化を全国発信することをライフワークとして、グルメ情報誌や月刊誌、週刊誌などに写真と記事を提供。最近は「きしめん」の魅力にハマり、ほぼ毎日食べ歩いている。