「梅干しを突きつめると、地球をどうするかに辿りつく」梅干し300種類を食べた男が、立ち喰い梅干し屋をオープンするまでの軌跡

東京スカイツリー駅を降りてすぐ、東京ソラマチで「立ち喰い梅干し屋」を営む竹内さんは、全国各地300種類以上の梅干しを食べ歩いたという梅干しマニア。一体どういう経緯で300種類もの梅干を食べ歩いたのか、そしてなぜ立ち食い梅干し屋を始めようと思ったのか。竹内さんに詳しく話を聞いてきた。

 

 

東京スカイツリー内の東京ソラマチ4階にある「立ち喰い梅干し屋」。

全国各地のおすすめ梅干しを食べ比べできるお店だ。

「比べるほど差があるの?」と疑問を持ってしまいそうだが、実際食べ比べてみると、梅干しとひとくちに言っても、すっぱいものから甘いもの、オリーブオイル漬けなどの変わり種まで味のバリエーションは幅広い。

全国各地300種類以上の梅干しを食べ歩いたという竹内社長に、梅干しの魅力や店舗にこめられた熱い想いなどお話しをうかがった。

 

 

梅干し専門店って言われるけど、焼肉屋も焼肉専門店ですよね

 

 

―どういう経緯で、立ち喰い梅干し屋を開いたのでしょうか

 

大学卒業後、ほぼ日の会社で2年間仕事していて。
辞めるさいに友人と「企画会社をやろう」という話しになりました。
展示会などをやる企画会社なんですが、2014年にいろんなクリエイターさんと協力して「にっぽんの梅干し展」を実施しました。
そこからですね、梅干しに関する仕事は。

 

―梅干しにたずさわって、8年になるんですね


そうですね。ずっと梅干しを続けようとも、辞めようとも、特に意識してなかったんですが。
梅干し展終わって「次は別のコンテンツかな」と思っていたら、表参道ヒルズから「同じような展示やってください」と声がかかって。場所柄や壁面の少なさから展示形式より別企画が向いてるなぁと。で、立ち喰い梅干し屋をやりました。
その後、全国から立ち喰い梅干し屋の打診があって、イベント出展を繰り返してるうちに、今にいたる感じです。

 

―なぜ、立ち食いだったんですか?


「座ってまで食うもんじゃないだろ(笑)」って思ったのがはじまりです。

僕の会社バンブーカットのテーマは、粋。「梅干しとお茶、頼むよ」って注文して、クッと梅干し食って、お茶飲んで帰る。それって、粋だよなあって思って。
表参道ヒルズのお客さんが面白がってくれるか疑問でしたけど、連日2時間待ちでトイレ行く暇もない忙しさでした。

 

―梅干し専門店って珍しいですもんね。気になっちゃいます

 

Webメディアやテレビ番組でも話題になりました。
よく「立ち食い梅干し屋って、梅干し専門店なんですよ」って紹介されるんですが、これもよくよく考えると妙なんですけどね。
もんじゃ焼き屋だってもんじゃ専門店だし、焼き肉屋も焼肉専門店。どんな飲食店も専門店ですから。たまたま梅干しが珍しかっただけで。

 

―たしかに!どこも専門でやってますね。イベント出展で人気があったとはいえ、常設のお店持つのは大きな決断ですよね


そうですね。2018年に「実店舗を出しませんか?」ってスカイツリーのふもとにあるソラマチから誘われたんですが、お金もないし、常設でやっていけるなんて考えてもなかった。
「誰も来ないっすよ」って言ってたんですが、ひとまず期間限定出店で試してみようと。1ヶ月限定の出店を、ソラマチで年4回やりました。

 

ーまずはお試し期間があったんですね

 

4回ともだいたい同じ売上が出て、この売上が12ヶ月続くならやってけるかもなと。それで実店舗化に踏みきったら、コロナ禍ですよ。なんだこれ、と。

それまでイベントで全売上を立ててたので厳しかったですね。

 

 

▲梅干し食べ比べセットは、16種の梅干しから3つ選べる。ほうじ茶もついて900円(税抜)

 

▲食べ比べセット。左から焼き梅、なちゅら、すっぱい梅


ひとくちに梅干しといっても、すっぱいものから甘いもの、味付きのものまでさまざま。「極端に好みが分かれるので、どれも同じぐらい売れます。意外と変わったやつも出るし、基本のすっぱい梅も出る」そうだ。

 

実食した感想としては”すっぱい梅”は、まさに名前のとおり、昔ながらのすっぱい梅干し。もちろんご飯には合うし、お茶のお供にするのもいい。

真っ赤な”なちゅら”は、見た目よりもマイルドな味わい。すっぱさが控えめで、優しい梅干しという印象。こちらもご飯のおかずにしっくりくる。

ちょっと珍しい焼き梅は、他の2粒とはまるで違う方向性。香ばしくて、しっかりした味わいなので、単品でいくつもイケてしまいそう。

ひとくちに梅干しと言っても、こんなに幅広いものなんだと、改めて認識が深まった。

 

 

 

居酒屋の店主が自作した梅干しに出会えると、めちゃくちゃ興奮する

▲常時、数十種類の梅干しを取りそろえている

 

―梅干しってこんなに色々あるんですね。竹内さん、いままで何種類ぐらい食べてるんですか?


メディアで答える時は、300種類以上と言ってます。
食べた種類を増やすのを目的にしたくないので、最近は数えるのやめてますけどね。
メディア出演すると「何個食べてるの?」「毎日食べてるの?」ってそこを深堀りされるんですけど、好きの度合いを人に測られてるみたいでピンと来なくて。
たとえるなら「お母さん、好き?」「どれぐらい会ってる?」「毎日会ってないってことは、そんなに好きじゃないんですか?」って詰められてる感覚。
好きさって、頻度や個数じゃ測れないと思うんですよ。

 

―分かるなぁ……。と同時に、分かりやすい指標として数字は聞いちゃいますね。それにしても、数えてるだけでそんなに食べてるんですね


居酒屋の店主が自作した梅干しとかも数に入れてますから。

そんなたくさん食べてるつもりはないですよ。

 

―居酒屋店主の自作梅干し??そんなのあります?


これが、わりとあるんですよ。
この店いいなって思ったら、メニューになくても「梅干しありますか?」って聞くんです。そうすると、たいていある。
で、出された1粒がウマかったときの興奮はたまりませんね。
「どこの梅干しですか?」って尋ねると、ほとんど買った梅干しですけど、たまに「自分で作ってる」って言われる。もぅ、めちゃくちゃ興奮しますね。宝物に出会った感覚です。

 

―特殊な興奮ポイントだ

 

 

マニアになってはいけない。ちょうどいい塩梅でやっていく

 

▲すっぱい梅干しで、ごはんがはかどる!うまい!

 

―もともと竹内さんは1つのことを突き詰めるタイプなんですか?

 

なにか1つを突き詰めるより、すべてに興味が湧いちゃうタイプです。

逆に1つのことをずっと続けられない。

唯一続いてるのは、12年やってた野球と8年目の梅干しだけです。

 

―なんで、梅干しは続けられるんでしょう


人の価値観がちょっと変わる瞬間に立ち会えるからですね。
「梅干しってこんなに美味しかったんだ!」って、立ち食い梅干し屋の敷居をまたいだ時と出ていく時でお客さんの価値観が変わるのが最大の喜び。
「梅干し業界のためにがんばってるね」って言ってくれる方もいますけど、業界というより、お客さんが喜んでくれるからって理由が大きいです。

いい塩梅って言うじゃないですか、0でも100でもないちょうど良さ。

シンプルな美味さだけじゃない、それが梅干しにはあるんですよね。そんな魅力を多くの人に伝えていきたいですね。

 

―梅干しを切り口に、価値観を変えるっていいですね

 

僕の中で、マニアはスゴイな、マニアになりたいなって羨ましい気持ちと、マニアになってはいけないという相対する気持ちがありまして。
仮に、他の人に分かってもらえなくても、共感がなくても、マニアは好きでいられる。
そこまで突き詰めるから、そのマニアを通じて、対象の物が面白いって思えるようになる。
でも、僕はそういうずばぬけた愛とはまた違って、人に伝えるためにお店をやっているというか。

 

―マニア的に物事を突き詰めてくと、自分の面白いと世間の面白いがズレちゃうってのはありますよね


たとえば僕個人としては、梅干しを食べて、食べて、食べまくってるので、甘い梅干しはもう自分的にはそんなにグッとこなくなってて。むしろ、すっぱい梅がいい。
でも、それだけを突き詰めて、すっぱい梅干しだけ出しても、梅干しの魅力が伝わらないと思うんです。伝えるためにはどうすればいいのか。そういうバランスの取れたスタンスが、僕にはちょうどハマってます。

 

―まさにいい塩梅

 

梅干しの生産者さんの話しをたくさん聞いたんですけど、若者の梅干し離れがすごいと。

 

―若者の梅干し離れですか

 

でも、本当かなって。
僕は、東京生まれ、東京育ちなんですが、美味しいものはすべて東京に集まってると錯覚してた。
でも当時、現地で食べた梅干しは、どれも美味しかったのに1つも知らなかった。
「若者の梅干し離れ」というけど、そもそも梅干しに出会ってすらいないんじゃないかなって。
じゃあ、それぞれが好みの梅干しに出会える場を作ろうって思ったんです。

 

 

梅干し作りを突きつめると、地球をどうするかに辿りつく

 

▲立ち喰い梅干し屋のまかない瓶。自宅でも楽しめる瓶詰めの梅干しだ

 

―竹内さんご自身でも梅干し作るんですか

 

作ってますよ。
でもねえ、仮に人生100年生きれるとして、僕あと60回ぐらいしか漬けられないんです。

 

―え?どういうことですか


梅干しって、基本的に年1回しか漬けるタイミングがないんです。
冷凍した梅だと美味しくならないので、生の状態で漬けないといけない。そうすると、塩漬けできるタイミングは年1回。
人生あと60年として、もう60回しか梅干しを漬けるチャンスないんだなって。

 

―そう考えると、1回1回が貴重な機会ですね

 

梅干しの生産者の乗松祥子(のりまつさちこ)さんが「自分の体調、梅の状態、気候などの外部環境。すべてが完璧な年は12年に1度しかない」って言ってて。すごく印象に残ってます。

 

―自分、梅、外部環境、3つの条件がそろってはじめて完璧なんですね


ここ最近は、突然のゲリラ豪風が降ったり、暑すぎたり、天日干しに不向きだと。
いい梅干し作ることを突きつめてくと、結局、地球をどうするかに辿りついちゃうって言ってました。

 

―デカい話!


乗松さんは、鎌倉のお寺の庭を借りて干してるそうです。
お寺の砂利と近くの森、夜露が染みて、美味しく仕上がるとか。
自分で梅干し漬けてると言っても、僕はそこまでこだわれません。生産者さんたち、本当にスゴイです。

 

▲梅干し愛を語る竹内順平さん

 

―そこまでこだわるなんて。竹内さんの自作梅干しも食べてみたいです

 

僕の梅干しを売ったとたん「僕の梅干し、食べて欲しい!」になっちゃいそうなんで、しばらくはお店では出さないつもりです。
あくまでいろんな生産者さんの梅干しを、魅力にまだ気づいてない層に届けて「梅干しサイコー!」ってなるのが嬉しいので。

 

―とにかく、伝えることを重視してるんですね

 

そうですね。

自分で作った梅がどこで売られてて、誰が食べてるか分かっていない生産者さんもいて。「あなたの梅干し、美味しかったよ」と言われたことないって聞いた時は、衝撃受けました。

 

―立ち食い梅干し屋は、誰が食べてどんな反応だったか明確だから、美味しかったを伝えられますね


とはいえ、生産者に光を当てるのは大切だけど、度が過ぎるのもどうかなと。
極論、顔が見えなくても、物が良ければいいはずなんですが、生産者ブームではタレントのように扱われて。
ある展示会で、生産者さんの笑顔のポスターが貼られてて、その前で本人に試食をさせていた。
いや、こんなに恥ずかしいことないぞと。本人いるならポスターいらないじゃないと。
生産者の笑顔と一緒に「丁寧に作られてます」って言えば売れる風潮がイヤで。ものづくりは丁寧に作るのが普通ですから、どう丁寧なのかが大切。
もう一回、お客さんに伝えるべき情報はなんなのかを考えてみようと。

 

―竹内さんにとって、伝えるべき情報ってなんですか?

 

どういう工夫があって、どういう想いがあって作られているのか。それを整理して伝える。

立ち食い梅干し屋のスタッフは、お客さんに求められれば答えられるだけの知識量があります。でも、こちらから押し売りのように情報を押し付けないようにしてます。そういう方針です。

 

 

ソラマチ店は梅干しが主役、浅草店はわき役としての梅干し

 

 
 
 
 
 
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▲2022年、浅草の仲見世通りすぐ近くに「梅と星」をオープンした

 

―今年2022年、浅草にもお店を出されましたね


浅草は町の雰囲気に惹かれて。小さくてもいいから、路面店出したいなと場所を探してました。

いまの店舗の建物は、屋上が素敵だったんです。「ここで梅干しを天日干ししたいな!」と決めました。

 

浅草のお店のコンセプトは?


ソラマチの「立ち喰い梅干し屋」は脇役の梅干しを、むりやり主役に引っ張りだしたお店。浅草の「梅と星」は、羽釜で炊いたごはんが主役で、脇役としての梅干しです。

良い脇役として、梅干しだけでなく、明太子や海苔、納豆など炊きたてごはんのお供たちをそろえてます。

 

 

お店情報

立ち喰い梅干し屋
住所:東京都墨田区押上1丁目1-2 東京ソラマチ4階
電話番号:03-5809-7890
営業時間:10:00~21:00
定休日:年中無休
サイト:https://tachigui-ume.jp/

 

 

書いた人:松澤茂信

松澤茂信

珍スポットマニア。日本全国1,000ヵ所以上のちょっと変わった観光地や飲食店を巡り歩いています。

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