好きなことで生きていく
「好きなことをして生きていきたい」
人生100年時代と言われる現代、定年という概念が崩れるなかで、そう願う人が増えているように感じます。
「好きなことだけして稼げたら……」
「趣味を仕事にできたら……」
みなさんもそう考えたこと、ありませんか?
そんななか、趣味である「釣り」を思いきり活かして「店主自らが釣ってきた魚を囲んで、仲間たちと大宴会しながらお店を経営している」という、羨ましすぎる居酒屋を発見しました。
とにかく釣りが好き! 魚が好き! まさに「釣りバカ」な店主の魚と愛を味わいたいなら、まずはぜひ五反田に足を運んでみて欲しいのです。
釣りバカすぎて、釣りを仕事にしてしまった
▲五反田駅から目黒川を渡ってすぐ
五反田駅の西口から徒歩3分。目黒川沿いのビル1階にあるのが、釣りバカ店主の営む居酒屋「おまつり本舗」さんです。
▲これでもか! とヱビス様の暖簾が
店内には釣り竿と真鯛を抱えた神「ヱビス様(ヱビスビール)」の暖簾がたくさん。
▲こんなタペストリー作れるんだ……と感心
奥には特注の「旨い魚 釣って来てます」というタペストリーが飾ってあります。
いきなり立派なノドグロを2匹
▲笑顔も魚もまぶしい
そして満面の笑みと、ドヤ! と突き出された大きなノドグロ、後ろにどでかいヒラマサの魚拓を引っさげて登場してくださったのが、噂の釣りバカ店主・荻野さんです。
──今日はよろしくお願いします。さっそくですが、立派なノドグロですね。しかも2匹も……。
荻野さん:いやいや、こんなの一部ですよ。一昨日釣って来たんですけど、他は明日以降出すために別で保管しています。
──え! 荻野さんが釣ってきたんですか。
荻野さん:はい。うちで出してる魚の半分以上は私が釣ったものです。一昨日は中深場で300〜350mくらいでした。錘200号でPE4号統一、中錘禁止で2本針がベストって感じでしたよ。2枚潮だったんで底ダチが取れず、なかなか苦戦しましたよ(笑)。
──読者の5%くらいの釣り好きだけが「なるほど」ってなる情報をありがとうございます(笑)。
荻野さん:今日は私の釣ったノドグロとサバ、釣り仲間の釣ったハギ、あとは富山県から直送のホタルイカなんかがオススメです。
──なんという魅力的なメニュー。荻野さんのお任せでお願いします。
荻野さん:了解です。ところで中川さんも釣りするよね。見て見て、この竿たち。
▲料理の前に、まずは竿の紹介
荻野さん:これで島に遠征して数十キロのカンパチやマグロ、ブリなんかも釣って来るんですよ。
──すごい。狙ってるターゲットもすごいし、釣り道具をお店に置きまくっているこの状況もすごい。もう飲食店なのか、荻野さんの趣味部屋に遊びに来ているのか……。この非日常感も楽しいですね。
荻野さん:釣り人もよく来るから、一緒に飲んで話して大盛り上がりですよ。釣りをしたことのないお客さんも面白がってくれますし。
──楽しそうです。仕事なのか趣味なのか、最高の働き方ですね。
店主の釣った魚を豪快に。「釣り人の特権」を味わう
店内には大きな円卓やテーブル席、そしてカウンター席が。常連の釣り人は1人でフラリと訪れ、カウンター席で釣り談義を楽しみながら魚をつまんでいるそうです。
▲カウンター越しに魚を捌く様子が見られる
私もこの日はカウンター席に陣取って、荻野さんの華麗な包丁さばきを堪能させていただきました。
──荻野さん自らお料理されるんですね。
荻野さん:お店がオープンした当時はコックを雇って、私はホールに立っていたんですよ。でも私が巨大な魚を釣ってくるたびにコックたちが驚いちゃって。プロのコックも、何十キロの魚を丸ごと捌く経験なんてしてない人がほとんどなんです。
──確かに普通のお店は小さな魚か、大きい魚はブロックに捌かれた状態で仕入れていそうですね。
荻野さん:がんばって捌いてはくれてたんだけど、徐々に「自分でやった方が上手いな」と思うようになって。盛り付けなどはコックたちが上手だったので、2年間で彼らの技を学ばせてもらい、3年目からは私が料理を受け持つことにしました。
ということで、まずは1品目のお造りをどうぞ。
▲高級魚のノドグロがドドーン 「刺身盛り合わせ」(時価)
──うわわ。これはすごい!
荻野さん:私の釣ったノドグロを、左上は炙り、下はそのまま刺身で。右下は同じく私が釣ったサバの刺身です。
──炙りの良い香りがします。それではさっそく炙りからいっちゃおう。いただきます。
▲あまりの美味しさに仰け反る筆者
──うーん、ふわふわですね。香ばしさに負けない、ジューシーで甘い脂がすごい。身と皮の間から、噛む毎にうま味が滲み出してきます。炙っていない方のお刺身は、身は少しねっとりとまろやかですが、香りは爽やかです。
荻野さん:サバも美味しいから食べてみてください。釣り人の間ではなぜかサバが「外道(げどう)」なんて呼ばれて捨てられちゃうことが多いんですが、私は美味しいと思うんです。
▲脂がのってテリッテリのサバ
──おおお。臭みがまったくなくて、こちらも脂がすごい。サバは〆サバのイメージが強いと思いますが、そのままお刺身で食べると甘みとまったりした口触りがクセになりそうですね。
荻野さん:サバの刺身、おいしいですよね。まあ新鮮だから楽しめる、釣り人の特権というやつかもしれません。
──「釣り人の特権」って最高ですね。そういうメニューは多いんですか?
荻野さん:まず全体的にとにかく新鮮で安いっていうのはありますね。今食べてもらっているノドグロも、この鮮度と量を他のお店で食べたらすごい値段になっちゃう。
さっきもお話したように、うちの魚は半分以上が自分で釣って来ているものだから、良いものを安くて提供できるんです。あと珍しいものもたまに出していますよ。例えば「銀ザメの刺身」や「ドンコの刺身」。
──サメをお刺身で!? そしてドンコも珍しいですよね。確か深海魚。
荻野さん:普通に市場で仕入れようとしても、なかなか無いと思います。釣り船でたまたま釣れたときに、船長や他の釣り客に美味しい食べ方を聞いてお店で出すようにしているんです。さて、釣り人の特権といえばこれもかな。さっきのノドグロの頭近くを炙って食べてみてください。
ノドグロを炙りで
▲卓上コンロがにくい演出 「ノドグロのカマの炙り」(時価)
──これは贅沢。そして目の前で焼けるなんてたまりませんね。あ〜……徐々に良い香りが。これはお供が欲しくなる。
荻野さん:これのことですか?(と、おもむろに日本酒を差し出す)
▲店内にはこだわりの日本酒がいっぱい 「凌駕」(860円)
──そうです。これこれこれ!
荻野さん:うちは日本酒にもこだわっていて、普通だと直接取引できないような蔵とも仲良くさせていただいてるんです。美味しく魚を食べてもらうため、とにかく良い蔵を探して交渉して。今では一般に出回らない希少なお酒も仕入れられるようになりました。ちなみにうちで「米」と言えば日本酒のこと。ご飯ではないのでご容赦ください。
▲香ばしい香りと表面に湧き出る脂がたまらない
──そろそろ良い感じそうです。は〜。魚って、この顔のまわりとか骨の間の身が濃厚でお酒に合いますよね。永遠にしゃぶっていたいです。
荻野さん:酒飲みのコメントですね(笑)。すごくわかります。それでいくと、こんなのもありますよ。
▲顔面サイズのエイヒレ「エイヒレ」(380円)
──な、なんですか! この顔面サイズの巨大な……エイヒレ?
荻野さん:オーダーメイドでつくってもらっているエイヒレです。一般のエイヒレって、しょっぱすぎて好きじゃないんですよ。こちらは両面を軽く炙ってどうぞ。
▲卓上コンロ再び。一瞬で危険な香りが広がる
──素材の味をしっかり感じます。決して薄味ではなく、日本酒がどんどん進む濃厚さなのに、変にしょっぱくも甘くもない。
荻野さん:そうでしょう。うちは釣った魚以外の食べ物も、とにかく私自身が満足できる美味しいもの、日本酒に合うものばかりですから。
──本当に美味しいものばかり。それにしても趣味を活かせて、美味しい魚介と日本酒に囲まれて、お客さんたちともワイワイ盛り上がれて……最高すぎですね。やっぱり釣りが好きすぎてお店を開いたんですか?
荻野さん:もちろん釣りは好きでしたが、実はこのお店を始めたのはあるきっかけがあったんですよ。
不動産の仕事から「釣った魚の居酒屋」へ
荻野さん:おまつり本舗は来年の3月で30周年を迎えます。スタートしたのは私が29歳のとき。当時は不動産開発の仕事をしていました。
──飲食業のご出身じゃないんですね。
荻野さん:はい。バブルの時期にオーストラリアや北関東で良い土地を見つけては開発をして分譲で売り出す仕事をしていました。その時、たまたま九州で「屋台村」が流行っていると聞いて。現地を見に行き、東京でチャレンジすることに。実はこの店は、屋台村事業の本部と研修店舗を兼ねた場所だったんです。
──そうなんですか。確かに店内に調理スペースが複数あって、変わったつくりだと思っていました。
荻野さん:新たに屋台をやりたい人を探して、その人がやりたい屋台の料理の作り方なんかをここで教えていました。当時はマンションがどんどん建てられていて、その一画を買収する間、先に空いた土地を短期で活用する方法として屋台村が好まれていたんです。
──なるほど。
荻野さん:しかしいつまでも続けられる商売ではないかなと思っていたので、研修施設として使っていたこの場所の契約が更新するタイミング(3年)でやめて、次の事業を考えようと思ったんです。 そんなとき、この土地のオーナーから「荻野、自分で店を持たないか?」と提案されて。最初は断っていたんですが、何度もお願いされて遂に引き受けてしまいました。
──そんなスタートだったんですね。
荻野さん:屋台村の本部をやっていたので、経営ノウハウはありました。あとは料理人さえいればということで、コックを銀座から2人引っ張って来てスタートしたんです。
──例の巨大な魚に驚いちゃったという……。
荻野さん:そうそう(笑)。最初はそこまで釣った魚を推してはいなかったんですが、私が趣味で釣った魚を、どうせなら店で出そうと持っていったら驚かれてしまって。
でもお客さんは当時から喜んでくれていたので、2年が過ぎたときに自分でも包丁を握ることを決め、店のコンセプトも「釣った魚が食べられる」にシフトしました。ちょうど日本酒ブームと重なったこともあって、ありがたいことにブレイクしたんです。
──世の中に求められるがままに動いていたら、いつの間にかご自身の趣味・特技を活かせる環境にいらっしゃったんですね。
荻野さん:まあ、そうなりますかね。本当に好きだからこだわれるし、妥協せずに美味しいものを提供できているというのはあるかもしれません。ということで、釣った魚ではないんですが私のこだわりの2品を食べてみてください。
釣り魚以外にもこだわりの魚介が
▲めったに食べられない 「ナガスクジラの刺身 ハーフサイズ」(430円)
──これは……馬刺?
荻野さん:いえ、これはナガスクジラの刺身です。クジラと思えないほど綺麗な赤みでしょう。アイスランドでしか獲れないんですが、特別なルートで仕入れているんです。
──クジラ肉はもっと黒ずんだ印象でしたが、本当に澄んだ色ですね。わ! この爽やかな甘み、言われないとクジラだとわかりません。
荻野さん:そうでしょう。クジラだって当てられないことが多いんですよ。あと、ホタルイカも旬ですからいってみてください。沸騰した昆布出汁にさっとくぐらせます。
▲ツヤッツヤのホタルイカがずらりと並ぶ 生ホタルイカのしゃぶしゃぶ(1,900円)
──ホタルイカ! 私、富山県の出身なんです。でもホタルイカを丸ごとしゃぶしゃぶにするって初めてですね。
荻野さん:出汁に入れると、まず白っぽくなります。そして少しすると赤みが戻ってくるのでそこを……今です!
▲数秒で色が赤、白、赤と変化
──軽くポン酢につけて丸ごと……お、おいしい!
▲絶対ひと口で食べてほしい
──このプリップリ感と内蔵の濃厚な甘み。これはまた日本酒しかないです。富山出身なのに、この美味しさを知らなかったなんて。
荻野さん:私はとにかく魚介をいかに美味しく食べてもらうかに懸けていますから。
▲マゴチを抱えながら良い話をする荻野さん
荻野さん:人って生きているなかで心から幸せな顔をできる機会はあまりないと思うんです。でも、美味しいものを食べた時は何度でも笑顔になれますよね。そしてその笑顔はまわりの人も笑顔にする、幸せにする。こんなシーンを演出したくて、私はこの仕事をしています。
──ステキです。ちなみに荻野さんが笑顔になる瞬間はいつですか?
荻野さん:私はデカい魚を釣って、やったー! って缶ビールをあける瞬間ですね。この缶を開けるために魚を釣っていると言っても過言ではありません。
──荻野さん、おもしろすぎる(笑)。
来店前に、釣りスケジュールを要チェック
──最後に、おまつり本舗で四季毎に食べられる魚を教えてください。
荻野さん:年によって多少違いますが、ざっくりと私が釣りにいくのはこんな感じです。
- 春:ハタ、ヒラメ
- 夏:カンパチ、ヒラマサ、アオダイ、ヒメダイ、マゴチ
- 秋:マグロ、カツオ
- 冬:ワラサ、ブリ
荻野さん:その間に今回のように深海魚(ノドグロや金目鯛)だったり、カワハギだったり、いろいろ釣っていますね。
▲八丈島で巨大カンパチを釣る荻野さん (写真提供:荻野さん)
荻野さん:公式HPに私の釣行スケジュールを貼っているので、良かったらそれを見てください。小物は翌日、大物は4日後くらいからお店に並べます(熟成させて美味しくするため)。常連さんになると常にこのスケジュールを見て、食べたい魚を狙って通ってくださいます。
──店主の釣りスケジュールが共有されてる店なんて、初めてです(笑)。それにしても本当に美味しかったです。ありがとうございました。
荻野さん:こちらこそ、ありがとうございました。今度一緒に釣りに行きましょう!
「釣り人の愛」にあふれた空間
釣りバカ店主のお店は、美味しすぎる魚と愛に溢れた素敵な空間でした。
自分の好きなことで生きていける人は、まだまだ稀です。好きなことこそ趣味のままにしておくのが幸せだという人もいるでしょう。
しかし荻野さんがストイックな拘りを持ちながらもニコニコ笑顔で働いている姿をみると、やはり「好きだからこだわれる、続けられる」のだなと素直に納得できました。
人生100年時代。この先、何年働いていくかが見えない現代で、あなたはどんな働き方を望み、選択していきますか?
そんなことを考えるとき、美味しい魚と日本酒、そして釣りバカ店主の笑顔が味わえる場所に行ったら、新たな道が見えてくるかもしれません。
まずは店主の釣りスケジュールを見るところから始めましょう。
お店情報
おまつり本舗
住所:東京都品川区西五反田1-29-3 五反田シティハイツ1F
電話:03-3492-5887
営業時間:月曜日~金曜日 18:00~24:00、土曜日・祝日 19:00~24:00
定休日:日曜日 ※11月、12月は日曜も営業