「M-1決勝後のお酒は、負けても勝っても全部うまい」笑い飯・哲夫が打ち上げ御用達のバーで明かす大会秘話【M-1メシ】

芸人人生を賭けた漫才頂上決戦「M-1グランプリ」。あのレジェンド芸人は、決勝前夜や打ち上げで何を食べ、何を考えていたのか? 連載第1回は“ミスターM-1”こと笑い飯・哲夫さんが、9年間の大会と「食」の記憶を振り返ります。

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漫才頂上決戦「M-1グランプリ」。

2001年の開始以来、この賞レースに人生を左右された芸人は数知れない。チャンピオンという肩書を手にして売れっ子にのしあがっていく者、2位に甘んじながらもその後大きく開花する者、ファイナリストとなるもやがて解散の道を選ぶ者……悲喜が交錯する決勝のとき、その場に立つ芸人はいったい何を食べ、何を考えているのだろうか。

不安と緊張、そして終わったときにはとてつもない解放感が訪れるであろう数日間に食べたものの記憶は、M-1というドラマチックすぎる出来事と分かちがたく結びついているはずだ。

 

・・・

本企画で誰に話を聞きたいか考えたとき、真っ先に浮かんだのが笑い飯・哲夫さんだった。

 

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2002年の第2回大会に彗星のごとく現れ、大会自体の方向性にすら影響を与えたであろうコンビはその後、前期M-1の最終年となる2010年に優勝を果たすまで、毎年決勝に出場し続けた。そして2009年には、大会史上唯一となる「100点」を審査委員長の島田紳助さんから獲得している。まさに前期M-1を象徴するコンビといっていいだろう。

 

合計9回経験した決勝戦、戦いを前に哲夫さんは何を食べ、その後にはどんな酒を飲んでいたのか。優勝から10年たち、再び世間がお笑いブームにわく中であらためて聞いてみた。

 

二日酔いから始まった初決勝

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▲ブラックライトで浮かび上がる“最後の晩餐”が目印の六本木「アクアリウムダイニング ARANNYA(アランニャ)」。店内の水槽ではサメが2匹泳いでいる ※取材を行った2020年8月現在、バー営業は休業中。かき氷屋として昼のみ営業を行っていた

 

f:id:exw_mesi:20200825112338p:plain哲夫さん(以下、敬称略):うわ〜、懐かしい!

 

──今回お邪魔した六本木「ARANNYA」には、M-1放送終了後によくいらしていたそうですね。

 

f:id:exw_mesi:20200825112338p:plain哲夫:スタッフさんとかテレビ局の方に連れてきていただいてましたね。M-1だけじゃなく、近くにあったホテルアイビス(※2013年12月閉業)で泊まりのときはよく来てました。ほんま懐かしいですね。大都会やのに、ふるさと来たみたいに勘違いしてまうなぁ。

 

──笑い飯さんとM-1といえば、いまでも2002年の決勝初出場時のことをすごくよく覚えています。テレビで観て衝撃を受けました。当時は六本木で飲むどころか、東京でのお仕事の経験もほぼなかったわけですよね?

 

f:id:exw_mesi:20200825112338p:plain哲夫:M-1の決勝前に1回だけルミネ(the よしもと)の出番もらったくらいで、仕事で東京来るっていうのはなかったですね。
2002年の準決勝で勝ち上がって、東京での決勝に行けることが決まったときは、今日こそ人生のターニングポイントやって思ったんですよ。「そのとき歴史が動いた」の「そのとき」が今日や、って。
でも、そのあと「明日記者会見があるんで、(会場の関係で)朝イチの飛行機で東京に行っていただきます」って言われて。人生でいちばん嫌な1日になりそうだなって思いました。

 

──それはまた、なぜですか?

 

f:id:exw_mesi:20200825112338p:plain哲夫:ずっと飛行機がすごい怖くて、一生乗らないって決めてたんです。だからそれが僕にとっては初めての飛行機やったんですね。良いことと嫌なことってこんないっぺんに来るんや、って。「気ぃ緩んどったらあかんど」って先生に怒られてるような気分でした。

 

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▲「なんとか新幹線で行けないか、お願いしたんですけどねぇ」

 

──そんなにも飛行機が嫌だったんですね。『M-1完全読本2001-2010』(ヨシモトブックス)によると、2002年の記者会見にはコンビ揃って二日酔いで臨んだとありましたが……。

 

f:id:exw_mesi:20200825112338p:plain哲夫:間違いないです。それは僕としては2つの意味がありましてね。
ひとつは「今日は人生の分岐点となる日だ」ってことで、祝い酒の意味でみんなで飲みに行ってたのと、もうひとつは、飛行機が嫌すぎて酩酊状態じゃないと乗れないなってことで。
そんで朝までみんなに付き合ってもらって、酔っ払ったままゲートをくぐったわけです。そしたら手荷物検査のゲートでビーッてひっかかりまして。カバンの中からハサミが2つ3つ出てきて「何するんですか?」とか聞かれてたら、だんだん酔いが覚めてきました。
当時はインディーズライブのチケットを自分でつくったりしてたから、そのハサミやったんかなぁ。

 

──そんな恐怖の飛行機体験を経て決勝当日を迎えるわけですが、この年は出番前に何を食べたか記憶はありますか?

 

f:id:exw_mesi:20200825112338p:plain哲夫:楽屋弁当やったと思います。楽屋がテツandトモさんと同じやったんで、一緒にお弁当食べたんは覚えてます。ごはんとおかずが二段になってて鳥か魚か選べるやつで、魚を食べたような気ぃするんですよね。
トモさんが「テっちゃん、ダンスの部分だけ合わしとこっか〜」って言うてたんがめちゃめちゃ印象深いです。漫才の王者決定戦の決勝やいうのに「ダンス合わしとこうか」って、漫才でそんなん聞いたことないわって思って(笑)。

 

──M-1の楽屋はお弁当やケータリングが豊富だと思いますが、普通に喉を通るものなんですか?

 

f:id:exw_mesi:20200825112338p:plain哲夫:人によるんですよ。相方が手ぇつけてんのはあんまり見たことないです。僕はもう、置いてくれてる弁当は必ず食べてます。なんでしょ、タダ飯ほどうまいもんないと思てるんで。

 

──西田さんのほうが緊張しいなんでしょうか。

 

f:id:exw_mesi:20200825112338p:plain哲夫:本人は「緊張しない」って言ってますけど、めちゃめちゃ緊張してるなって思うときはありますね。タバコの本数とか、口のニオイかいでたら「緊張してるんちゃうの?」って(笑)

 

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「『1』って数字にこだわってた時期もありました」

──M-1決勝で、せり上がりの箱に入っているときに相方の口臭で緊張が伝わるというのは“あるある”だと聞きますね。その後9回も決勝に出ることになるわけですが、出場を重ねるうちに「前日は後輩と飲む」「〇〇を食べる」といったルーティンはできていったりしたんでしょうか? 

 

f:id:exw_mesi:20200825112338p:plain哲夫:風邪引かないように、めちゃめちゃお風呂入ってました。体調悪いのがいちばん優勝できない理由になるだろうなって思ってたんで。

 

──体調が本調子でなかった年もあったんですか?

 

f:id:exw_mesi:20200825112338p:plain哲夫:いえ、ないんですよ。いつも体調はなんかうまいこと万全でした。2004年から2008年は験担ぎ的に禁煙もしましたしね。体調もそのほうが良くなるだろうということで、M-1予選が始まって決勝終わるまでタバコやめてたんです。
それでも優勝できなかったんで、2009年は禁煙をやめました。そしたら「鳥人」で紳助さんに100点いただいて、2010年もタバコ吸って優勝できて。験担ぎの「験」ってなんなんでしょうね。全く意味がなかったですね。
それでいうと、「1」って数字にすごいこだわってた時期もありました

 

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──「1位になる」ことへの願掛けとして。

 

f:id:exw_mesi:20200825112338p:plain哲夫:そうです、そうです。テレビぱっとつけて、8チャンネルとか10チャンネルがついたらまず1回1チャンネルにして、「これで1位になれる」って。

 

──それはどれくらいの時期ですか?

 

f:id:exw_mesi:20200825112338p:plain哲夫:2003年から2010年までずっとですね。ノイローゼ的にやってたのかもわかんないですけど。

 

──「1」といえば、決勝のファーストラウンドで「1」組目になった年も2回ありました(2005年、2007年)。

 

f:id:exw_mesi:20200825112338p:plain哲夫:あれはもうマジで「そうじゃないって」って思いました。俺、「1」触りすぎたんかな? って。

 

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──当時観ていて、笑い飯さんがトップバッターというのは不思議な感じがしました。

 

f:id:exw_mesi:20200825112338p:plain哲夫:なんかちょっと違うでしょう? 変化球から始まってまうような雰囲気でねぇ。しかも2007年のときは、ええネタできたと思てたんですよ。ただ、トップバッターでやるようなネタじゃなかったんです。結局あんまり思わしくない成績で。

 

──「ロボットの声」のネタでしたね。順位は5位でした。

 

f:id:exw_mesi:20200825112338p:plain哲夫:あんなもん、絶対トップバッターちゃうでしょ(笑)。ほんまやらかしたんです。2本目には「宇宙人の声出す」ってネタがあったんですよ。その2本で「必勝パターンできた!」って思てたんですけど。

 

「鳥人」の後のネタが「チンポジ」だった理由

──やはりM-1には相当戦略的に臨んでいたんですね。

 

f:id:exw_mesi:20200825112338p:plain哲夫:当時のM-1は、「似たネタを2本すると優勝できる」っていう法則がなんとなく確立されてきたじゃないですか。2007年に僕らはそれができていたつもりやったんですよ。
でもトップバッターになって、成績がふるわなくて。そこから「この法則も何年も続いているから、もう同じようなネタじゃないほうがウケるんちゃう?」って変なロジックができてきましたね。
だから09年に「鳥人」みたいなネタをもう1本やりゃあええのに「チンポジ」をやったんですよ。全然毛色が違うでしょう。
ほんなら世間様から「優勝せえへんように、わざとあのネタやったんでしょ」って言われて。「違うんです、我々は新しいロジックを見つけたんです」って思ってましたが、やっぱり似たようなネタをするべきでしたね。

 

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──翌年「サンタウロス」を披露したあと、「去年のパターンで来ました」とネタ終わりにおっしゃってましたよね。

 

f:id:exw_mesi:20200825112338p:plain哲夫:そうなんです。だから09年に「サンタウロス」のネタができてたら、絶対優勝してたんですよ。なんなんでしょう、ほんまに。宿題出すんが遅い生徒なんです、僕らは。

 

──ロジックの発見もそうですし、あれだけ出場していたら分析と実践の試行錯誤はすさまじかっただろうな……と思っていました。

 

f:id:exw_mesi:20200825112338p:plain哲夫:前年を上回らなあかんけど、大きく変えてしまうと「えらい変わったな」ってなるんですよね。それを良しとされる場合もあるけど、「なんかおもんなくなったな」ってされる場合もあるんで、メジャーチェンジってそうできないんですよ。
最近の大会でいうと、和牛はマイナーチェンジの天才やなと思います。「和牛のこういうのが見たい」って思われるところをちゃんとベースに引きながら、絶対前年と違うところを入れて上回ってきてる。

 

──確かにそうですね。卒業で今年は見られないのが寂しいです。笑い飯さんは最初からずっとWボケでしたが、出場を重ねるにつれて変えていった部分はどんなところですか?

 

f:id:exw_mesi:20200825112338p:plain哲夫:最初の頃のネタは何部構成かになってたんですよ。2002年の「トーマス」は“トーマス”と“席を譲る”の2部構成、次の2003年の「奈良県立歴史民俗博物館」も“動く人形”と“ええ土”と“教室での発表”の3部構成で。別々のネタを無理やり1本にしてたんですね。
それがだんだん、つなぎ合わせずに1本だけでできるようになっていきました。今なんかほんまそっちが必勝パターンですよね。ネタが何部構成かになってる人、まぁいてないんで。

 

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──10年の間に、M-1全体での”主流”のスタイルも変わっていったと思います。

 

f:id:exw_mesi:20200825112338p:plain哲夫:たとえば2008年に優勝したNON STYLEやったら、何十回ボケて何十回ツッコんでって、数が多くてテンポがいい。僕らも2005年は「ないなぁないなぁ」言うてすごいテンポでやったんですが、やっぱり違うなぁ、と。それで「鳥人」を思いついたんです。
要は、フリの時点でもうすでにちょっとおもろい。ぼんやりずっとおもろくて、ボケのところもちゃんとおもろいっていうつくりですね。緊張と緩和でいうたら、普通は緊張でマイナス5になってたのが緩和でプラス5みたいに上下するところを、「鳥人」は常にプラス2くらいになってて、ボケのところで5いって、というイメージですね。
あのネタ、結局8個しかボケてないんですよ。NON STYLEが50個くらいボケてる中で、うちらは8個。でもこっちのほうが俺らに合うてるなって思いましたね。

 

M-1後のお酒は、勝っても負けてもおいしい

──8個! M-1の後期はボケ数が多いほうが強いと言われていましたが、「鳥人」ってそんなに少なかったんですね。ただ、2009年は100点を出すも最終決戦でパンクブーブーさんに破れてしまいました。嬉しさと悔しさが入り交じる年だったと思いますが、終わった後はどちらの気持ちが大きかったんでしょうか?

 

f:id:exw_mesi:20200825112338p:plain哲夫:富士山の9合目まで登って、そこから下向いて下りていった感じでしたね。もちろん、紳助さんというすごい師匠に100点をいただけた喜びのほうが大きくはありました。そこからなんで頂上いかんと俺は下りんねやろうっていう悔しさがあって、嬉しさ6:悔しさ4くらいの比率でしたかね。

 

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──もちろんその年に優勝されたかったでしょうが、観ている側としては、翌年に有終の美を飾ったことがすごくドラマティックに感じました。

 

f:id:exw_mesi:20200825112338p:plain哲夫:いや~、でもねぇ、みなさんが僕らに下駄履かせてくださったなって思いでいっぱいなんですよ。あの日の会場内、いちばん沸かしてたんは確実にスリムクラブでしたから。僕らもスベってたわけではないんですけど、空気を完全に持っていってたのはスリムクラブだったかな~って。

 

──たしかに、それこそ2002年の笑い飯さんのように「この人たちは何者なんだ」という感じがしました。10年の間で、決勝で戦う相手はスリムクラブさんのように後輩が増えていったと思いますが、そこに焦りはあったんでしょうか?

 

f:id:exw_mesi:20200825112338p:plain哲夫:個人的にはあんま不安はなかったです。たとえば後輩が決勝にやってくると──あ、僕はいつも「やってくる」って言うんですよ。“決勝で待ってる側”の言い方で。NON STYLEにしろアジアンにしろ、決勝にやってくるのはすごい微笑ましかったですよ。劇場で一緒にやってた子らとここで再会できる、その感じはすごくよかったですね。
カナリアとかもね、2010年にやっと決勝来れて。そんで最下位かい、って思いましたけど。

 

──笑い飯さんが優勝した瞬間、カナリアさんはめちゃめちゃ喜んでましたよね。

 

f:id:exw_mesi:20200825112338p:plain哲夫:みんないい子たちなんですよ。生放送中は涙腺気にせんかったけど、終わってから後輩が、自分たちも優勝したかったろうにすぐ切り替えて「兄さん、おめでとう」って言ってくれたのが嬉しくて、舞台上で目頭あつぅなりました。なんて良い世界なんだって思いましたね。

 

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──優勝した年の打ち上げで何か思い出深いことはありますか?

 

f:id:exw_mesi:20200825112338p:plain哲夫:M-1の打ち上げは毎年僕の口上タイムがあったんですよ。「M-1をいちばん知ってる男」ってことで、2006年くらいから「今回の大会はこうでした」みたいな寸評をしてたんです。「誰が言うとんねん」ってことをやらせてもろうてたのが、2010年はやっと優勝して理にかなった口上ができました

 

──優勝した年とそれ以前の年で、打ち上げで飲むお酒の味は違いましたか?

 

f:id:exw_mesi:20200825112338p:plain哲夫:そうですねぇ……でも全部うまいんですよ(笑)。祭りなんでね、M-1って。第1部(決勝本番)のあと、第2部が始まったというような時間のお酒なんで、どの大会の後もすべておいしいんです。

 

──それは想像がつかないくらいおいしそうですね。祭りのあとの酒宴では、いつもどんな話をしていたんですか?

 

f:id:exw_mesi:20200825112338p:plain哲夫:その年によってちゃいますけど、「悔しいですわ~」って話が多いですかね。あとはABC(テレビ)のえらいさんに「こんな何年もM-1の決勝出てるんやから、ええかげん僕らで冠番組やってくださいよ」ってことをしきりに言ってました。それこそ、この店で(笑)。

 

──2010年の優勝後もここにいらっしゃった?

 

f:id:exw_mesi:20200825112338p:plain哲夫:たぶん来たと思います。そのときはもう、ただただほんまに「ありがとうございました」「おつかれさまです」って感じで飲んでたと思います。

 

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▲水槽の中にはギリシャ神殿風のオブジェ

 

後輩にいいところを見せるはずが……

──打ち上げまでの祭りが終わったあと、翌日以降に自分への“ご褒美”として何か食べたりはしましたか?

 

f:id:exw_mesi:20200825112338p:plain哲夫:カツカレーは食べたと思いますね。昔からすごく大事にしてるんです。小さいときに地元・奈良県の生駒山上遊園地ってところに連れて行ってもらって、そこで生まれて初めてカツカレー食べて「こんなうまいもんが世の中にあるんか」って思ったんですよ。なんてことないカツカレーだったんですけどね。
それからずっと、ご褒美的なときにしか食べないようにしてます。食には結構ストイックに臨んでて、好きすぎるもんはご褒美として自分に与えたいんですが、その最たるもんがカツカレーなんです。「勝つ」って言葉も入ってるし、M-1前に食べたこともあったような気ぃしますね。
あとは親戚からお祝いでお花いただいたので、お礼に割烹で創作料理ふるまったり、カニふるまったり。

 

──哲夫さんは後輩をすごく大事にするイメージがあるんですが、優勝後もやっぱりおごったんでしょうか。

 

f:id:exw_mesi:20200825112338p:plain哲夫:しましたね。吉本のみんながよく行く居酒屋のマスターと、「優勝したら、僕がいないときでも後輩が使っていいお金を10万円くらいストックしておく」って約束してたんですよ。

 

──大阪の芸人さんたちが通うことで有名な「たこしげ」ですかね。

 

f:id:exw_mesi:20200825112338p:plain哲夫:「たこしげ」です。それでほんまに10万円持っていったんです。でもしばらくしてたこしげ行ったらマスターに「哲夫、あのお金、なんぼか使たけどもう返すわ」って言われて。
理由聞いたら、「タダで飲めるってわかってて来るの、ちょっと気ぃ使う」って逆に後輩が来んようになったわ、と。

 

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もし、もう一度M-1に挑戦するなら

──2010年に笑い飯さんの優勝で幕を閉じたM-1が、2015年に再開してから早5年が経ちました。結成年の制限がなかったとしたら、また出たいと思いますか?

※2020年現在の出場資格は、結成15年以内のコンビに与えられている

 

f:id:exw_mesi:20200825112338p:plain哲夫:うーん……しんどいですね。ネタのテーマをつくるときにいつも思うんですが、お弁当箱に「ネタの題材」っていうおかずがあるとしたら、あれだけM-1に出たことでおいしいおかずは上から順番に食べ尽くしちゃったんですよ。だから残ったご飯粒を膨らませて膨らませてネタにしてる感じなんです。

 

──笑い飯さんのM-1のネタは、それにならうと「これもおかずになるのか」という驚きが毎年あったと思います。

 

f:id:exw_mesi:20200825112338p:plain哲夫:僕も「こんなもんがネタになんねや」ってところを引っ張り出してくるのが好きなんですよ。当時のネタを上回るようなものが出てくるかどうか……自信ないわけではないんですが、1週間山小屋かどっかにこもってアイデアを引っ張り出してこなあかんでしょうね。
でもそうすると今やってる仕事が没になる。今の仕事を大事にしたいですからね。うーん、そうですね、賞金1億円になったら出たいですね

 

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撮影:八木虎造

 

プロフィール

笑い飯・哲夫(わらいめし てつお)
1974年生まれ、奈良県出身。2000年、笑い飯を結成。趣味は花火鑑賞、写経など。『えてこでもわかる 笑い飯哲夫訳 般若心経』(ヨシモトブックス)、『ザ煩悩』(KADOKAWA)など、仏教関連の著書も多い。

twitter.com

 

お店情報

アクアリウムダイニング ARANNYA(アランニャ)

住所:東京都港区六本木4-6-7 六本木4丁目ビル1F
電話:03-3468-3621
営業時間・定休日:12月17日現在、コロナウイルスの感染拡大防止のため休業中。

bar-arannya.com

 

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