「わさびは太いものを選べ」わさびについてプロに聞いたら焼酎にたどり着いた

f:id:Meshi2_Writer:20190206193554j:plain

日本が誇る薬味「わさび」。私も愛好家の一人ですが、あらためて考えると、わさびのこと何も知らないことに気づきました。

 

そこでわさびについて学ぶため、そしてさらにおいしく食べるため、わさび農家さんに話を聞きに行ってきました。

 

わさび園は黒い布に覆われていた

f:id:Meshi2_Writer:20190205202110j:plain

今回うかがうのは山梨県都留市。富士山のお膝元、富士吉田市の隣町で、富士山ビュースポットが町中に点在しています。

 

f:id:Meshi2_Writer:20190205202129j:plain

中央自動車道、都留インターで一般道へ。ナビに従って道を進むと、山間に棚田状の地形、ぽつんと建つ謎の小屋、そして何かを隠すかのような黒い布……第一印象は「怪しげ」がしっくりくる、そんなエリアへとやってきました。

 

f:id:Meshi2_Writer:20190205202149j:plain

近づいてよく見てみると、筒に入った若葉がずらーっと並んでいました。これはわさび……なのか……?

 

f:id:Meshi2_Writer:20190205202201j:plain

こちらは菊地わさび園を運営している菊地富美男さん。大正7年から代々わさび農家を営む3代目です。今回は、菊地さんにわさび園をご案内いただき、なかなか聞けないわさびの疑問を解決していきます。

 

前代未聞の自然栽培

f:id:Meshi2_Writer:20190205202710j:plain

── いろいろとうかがいたいことはあるのですが……まずはこの風景について聞かずにはいられません。この苗を囲っている筒はいったい……? いや、その前にこれはわさび……ですよね?

 

f:id:Meshi2_Writer:20190206192257j:plain菊地さん:はい、間違いなくわさびです。筒は苗の根っこを食べてしまう害虫からわさびを守るために設置しています。一つ一つ手作業で苗を植えて、この筒をセットしているんですよ。わさび農園ではよく見られる光景ですね。

 

── 地中の害虫対策なんですね。地上の害虫に対してはどのような対策をしているのでしょうか?

 

f:id:Meshi2_Writer:20190206192257j:plain菊地さん:わさび田に入って人の手で駆除しています。夏場は虫がつきやすい季節ですので、念入りに確認します。冬場になると虫はおとなしくなりますが、落ち葉拾いや草取りでわさび田には入ります。常に水が流れているので寒さがこたえますよ……。

 

f:id:Meshi2_Writer:20190205202810j:plain

── 常に水が流れている、というお話がありましたが、わさびって水がきれいじゃないと栽培できないイメージが強いです。事実でしょうか?

 

f:id:Meshi2_Writer:20190206192257j:plain菊地さん:はい、わさびの栽培にきれいな水は必要不可欠です。水が汚れていると、わさびが病気にかかりやすくなるため、わさびを栽培するにあたって水がきれいであることは前提条件となります。

 

── 前提条件なんですね。

 

f:id:Meshi2_Writer:20190206192257j:plain菊地さん:水がきれいであることに加えて、水温も非常に重要です。この水は昔からここで自然に湧いている富士山からの伏流水(浅い地層を流れる地下水)で、湧出量は毎分2t、水温は年間通して12度と、わさびにとって理想的な水なんですよ。

 

── 水質だけでなく水温にも気を配っているのですね。

 

f:id:Meshi2_Writer:20190206192257j:plain菊地さん:品質を見ても平成の名水100選に選ばれるほどです。わさび田の水は常にかけ流しており、どんどん新しい水を供給することで水の鮮度、温度を維持しています。

 

f:id:Meshi2_Writer:20190205202908j:plain

── 温度の維持が重要なんですね。頭上にかかっている黒い布も温度維持のためでしょうか。

 

f:id:Meshi2_Writer:20190206192257j:plain菊地さん:はい、このシートは日よけです。日光に長時間あたると温度に影響してきます。温度が高すぎると根が腐ってしまうんです。設置しているのは4月末から12月頃まで、冬季は積雪があるので外します。

 

── 水の条件に恵まれたうえで、日々の維持管理があってわさびは栽培できるんですね。年間どのくらい収穫できるのでしょうか?

 

f:id:Meshi2_Writer:20190206192257j:plain菊地さん:2000坪の敷地に1万5千株のわさびを植えており、年間で収穫するわさびは約3トンになります。収穫したわさびは主にわさび漬けに加工し、サイズ、形のいいものはお寿司屋さんにも卸しています。

 

── なるほど。

 

f:id:Meshi2_Writer:20190206192257j:plain菊地さん:わさびは年間通して収穫できますが、一番おいしいのは11月頃になりますね。というのも、夏と冬は温度に偏りがでる、春は花を咲かせるために栄養が使われるので、わさびにとって一番過ごしやすい時期なんです。香り、辛味が特に強いですね。

 

f:id:Meshi2_Writer:20190205202944j:plain

── 菊地わさび園ならではのこだわりはありますか。

 

f:id:Meshi2_Writer:20190206192257j:plain菊地さん:自然栽培ですね。昔は農薬を使わないなんてどうかしているんじゃないか、と言われるほど、農薬は一般的でしたが、私の場合、農薬を使っていたころはわさびの完成度がいまひとつ、納得いくものではなかった。

 

── 納得がいかなかったんですね。

 

f:id:Meshi2_Writer:20190206192257j:plain菊地さん:その一方で、このあたりに自然に生えているわさびは農薬を使わなくても元気だったんです。その様子を見て、無農薬でやっていこうと決意しました。19年前のことです。

 

── 虫を駆除するための農薬ですよね。それをやめるということは……すべて人の手で駆除しているんですか?

 

f:id:Meshi2_Writer:20190206192257j:plain菊地さん:いえ、人の手でも駆除はしますが、害虫を食べる虫、いわゆる益虫が活躍してくれています。具体的にはクモやテントウムシですね。農薬は害虫とともに益虫も駆除してしまうんです。

 

──なるほど。

 

f:id:Meshi2_Writer:20190206192257j:plain菊地さん:この場所に本来存在しない農薬を使わず、昔から存在する虫や水、そして人の手でわさびを育てた結果、わさびの質、収穫量ともに安定し、病気にかかることも減り、元気に育ってくれるようになりました。

 

掘りたてのわさびは知らない姿

f:id:Meshi2_Writer:20190205203037j:plain

── こちらではわさびの収穫体験ができるんですよね。無農薬で育った自慢のわさび、収穫の様子もぜひ教えてください!

 

f:id:Meshi2_Writer:20190206192257j:plain菊地さん:はい、それでは奥のわさび田に移動しましょう。足元に注意してくださいね。

 

f:id:Meshi2_Writer:20190205203123j:plain

── 収穫していいわさびって、見た目でわかるものなんですか?

 

f:id:Meshi2_Writer:20190206192257j:plain菊地さん:茎が垂直に立っているわさびは収穫時です。地中のわさびがしっかりと育っている証拠ですね。横に垂れているのはまだ成長途中です。

 

f:id:Meshi2_Writer:20190205203141j:plain

 

f:id:Meshi2_Writer:20190206192257j:plain菊地さん:このあたりのわさびを収穫しましょう。植えてから2年ほど経っていますね。

 

── 引っ張って抜くんですか?

 

f:id:Meshi2_Writer:20190206192257j:plain菊地さん:いえ、わさびの15cmくらい奥に鍬(くわ)をいれて、手前に引いてすくいあげます。鍬の入れ方が浅いとわさびが折れてしまいますので、なるべく深くまで鍬を地面にさして、わさび本体を傷つけないように気をつけてください。

 

── まわりの土ごとすくいあげるんですね。結構力いるな……。

 

f:id:Meshi2_Writer:20190205203232j:plain

── 土の塊が取れた!

 

f:id:Meshi2_Writer:20190206192257j:plain菊地さん:いい感じです。上手に取れましたね。泥を洗い落としましょう。

 

f:id:Meshi2_Writer:20190205203248j:plain

── ……イメージしていたわさびと全然違いますね。

 

f:id:Meshi2_Writer:20190206192257j:plain菊地さん:ここから余分なところを取り除いていきます。どんどんイメージに近づいていくと思いますよ。まずはわさびを覆っている茎を取り除いていきます。

 

f:id:Meshi2_Writer:20190205203339j:plain

── いま私が取っている茎はなんですか?

 

f:id:Meshi2_Writer:20190206192257j:plain菊地さん:わさびは株分けをして繁殖していく植物です。周辺を覆っているのは株分けして育ったわさびの子どもですね。両親指をグッといれて左右に開いて取ってください。

 

f:id:Meshi2_Writer:20190205203356j:plain

 

f:id:Meshi2_Writer:20190206192257j:plain菊地さん:これがわさびの子どもですね。これを植えると成長してわさびになりますので、またわさび田に植えて育てます。

 

── 苗を買ったり、種から育てるわけではないんですね!? 知らなかった!

 

f:id:Meshi2_Writer:20190205203418j:plain

 

f:id:Meshi2_Writer:20190206192257j:plain菊地さん:続いてわさび本体についた根をちぎります。これも捨てずにわさび漬けの材料として使います。仕上げに残った根っこをナイフで切り落としていくと……。

 

f:id:Meshi2_Writer:20190205203443j:plain

── おお! 知ってるわさび!

 

f:id:Meshi2_Writer:20190206192257j:plain菊地さん:結構大きいのが取れましたね。1,200円くらいの売値かな。

 

── ……いい値段しますね。

 

f:id:Meshi2_Writer:20190206192257j:plain菊地さん:いまは品薄状態なんですよ。わさびは海外のかたがイメージする辛味とは違う、日本独特の辛味ということで、日本食ブームと相まって人気です。

 

わさびは太いものを選べ

わさびの栽培、収穫と、農家さんならではの情報を教えていただきました。続いてはわさびの疑問を解決していきましょう。

 

f:id:Meshi2_Writer:20190205203727j:plain

── 形、色、大きさなどで、いいわさびを見分ける方法はありますか?

 

f:id:Meshi2_Writer:20190206192257j:plain菊地さん:さきほど根っこをナイフで切り取った部分は、時間が経つと黒くなってきます。切り口が黒くないものは鮮度が高いです。また、わさびは外側が辛く内側に甘みが詰まっています。太いわさびは甘みのある部分が大きいため、ただ辛いだけではない、生わさびならではの味を感じられますよ。

 

f:id:Meshi2_Writer:20190205203759j:plain

── 擦りかたのコツってあるんでしょうか?

 

f:id:Meshi2_Writer:20190206192257j:plain菊地さん:わさびはすりおろして初めて辛味が出てくるので、ペースト状になるようにゆっくりと、きめ細かく擦るのがポイントです。強く擦ると辛味、香りともに控えめになってしまいます。

 

── 辛さは擦り方で調整ができるのでしょうか?

 

f:id:Meshi2_Writer:20190206192257j:plain菊地さん:辛味を抑えたい場合、皮をむいて擦れば辛味は抑えられます。わさび本来のよさを失うことでもあるのでオススメはしませんが……逆に辛味を増やしたいときは砂糖を混ぜてください。糖分と反応して辛味がでます。

 

f:id:Meshi2_Writer:20190205203847j:plain

── 家庭でわさびを一本使い切るのは難しいと思います、保存はどうしたらいいでしょうか?

 

f:id:Meshi2_Writer:20190206192257j:plain菊地さん:濡らしたキッチンペーパーで包み、さらにビニール袋にいれて冷蔵庫で保管してください。一カ月は持ちます。ただ先端からどんどん黒くなってしまうので、早く食べるに越したことはないですね。

 

f:id:Meshi2_Writer:20190205203924j:plain

── 続いて食べ方に関して、わさびと肉の相性がいいとよく聞くのですが、農家さんとしてはどうお考えですか?

 

f:id:Meshi2_Writer:20190206192257j:plain菊地さん:脂っこさをうまく中和してくれるから飽きずに食べられる、ということではないでしょうか。 私は小さいころから「赤身の刺身とわさびこそ最高の組み合わせ」といわれてきたので、肉との相性ってあまり考えたことがない、というのが正直なところです。料理人さんが考えて、召し上がったかたの感想が広まった結果なのかもしれませんね。

 

── なるほど……。ちなみに、赤身の刺身とわさびが最高と言われてきたそうですが、なぜ刺身にわさびが添えられるんでしょうか?

 

f:id:Meshi2_Writer:20190206192257j:plain菊地さん:刺身は生ものなので、消費者の口に入るまで雑菌の繁殖を防がないといけません。そこで注目されたのがわさびの殺菌力なんです。刺身にわさびをつけることで殺菌効果が得られ、内陸に住んでいる人も刺身を食べられるようになった。私たちわさび農家にとって、寿司、刺身が世界中に普及したことは大変な誇りなんですよ。

 

f:id:Meshi2_Writer:20190205204011j:plain

── さび抜きどころか、わさびがないと食べられない時代があったとは! 薬味という認識ではなかったんですね。続いてわさびの辛味について。ツーンと来た時、紛らわす方法ってありますか?

 

f:id:Meshi2_Writer:20190206192257j:plain菊地さん:わさび農家として言わせてもらうと、それこそがわさびの醍醐味(だいごみ)ですね(笑)。ツーンと来てしまったあとは耐えるしかありません。ただ予防する方法はあります。一度ドカッとわさびを食べて極限までツーンとすると、あとから食べたわさびはツーンと感じにくくなりますよ。

 

f:id:Meshi2_Writer:20190205204058j:plain

── ガツンと食べることが大切なんですね(笑)。 家庭で使われる「チューブわさび」なんですが、実際に擦って食べるわさびと違う気がします。どう違うんでしょうか?

 

f:id:Meshi2_Writer:20190206192257j:plain菊地さん:チューブのわさびはそもそも、ホースラディッシュなど生わさびではないものを原料としていることがあります。生わさびを使っていても保存料や味の調整に調味料が入っていることが多いので、擦りたてのわさびの味はチューブでは実現しないでしょうね。

 

じつは酒との相性も抜群だった

── 最後に、一般家庭ではあまり食べられていないようなわさびの活用方法を教えてください!

 

f:id:Meshi2_Writer:20190206192257j:plain菊地さん:そうですね、あまり変わったものはないかもしれませんが……。

 

からしの代わりに納豆へオン

f:id:Meshi2_Writer:20190205204216j:plain

生わさびの特徴として、辛味がふわっと消える、軽さがあります。しかし納豆とわさびを混ぜることでねばねばのなかにわさびが入り込み、わさびの辛味、風味が持続するように感じました。付属のタレをかけると一層辛味が立ちます。タレに含まれる甘みがわさびの辛味を引き立てるようですね。

 

バゲットにチーズ生ハムわさび

f:id:Meshi2_Writer:20190205204252j:plain

まずかぶりついた瞬間鼻の先にわさび。香りがズギュンと飛び込んできます。生ハムの肉と塩の味、それを乗り越えてくるわさびの辛味。それをクリームチーズが上書きしてパンの甘みでフィニッシュ。口のなかでの変化が楽しい料理に仕上がっています。

 

わさび焼酎

f:id:Meshi2_Writer:20190205204328j:plain

わさびのポテンシャルを最も感じたのがこれ、わさび焼酎です。わさびを入れると、焼酎のアルコールっぽいえぐみが消えるんです。そしてわさびの甘みが際立ち、まるで果物のサワーを飲んでいるよう。高級な焼酎ではなくお手頃なものでお試しを! わさびの新しい可能性を感じられますよ!

 

試してみてすべての料理に言えること。擦ったわさびを料理にのせている間に、味は変化していきます。一口分を擦ってすぐ食う! わさびのポテンシャルを最大限引き出すにはコレです。

 

わさび、食べたくなりましたか? 菊地わさび園では、年間通してわさびの収穫体験を開催しています(要予約、参加費2,000円)。もちろん注文も可能。ぜひホンモノのわさびを活用して、自分なりのわさびライフを開拓してください!

 

施設情報

菊地わさび園

住所:山梨県都留市夏狩1803
電話番号:0554-43-9279
定休日:水曜日
※わさびの収穫体験は事前に電話予約が必要

 

書いた人:毎川直也

毎川直也

風呂が好きで、風呂デューサーを名乗り活動中。銭湯、スーパー銭湯、温泉旅館での勤務経験を持ち、銭湯に勤めながらメディア出演をしている。酒が弱いうえに小食なため、「メシ通」には間違いなく向いていないライター。

過去記事も読む

トップに戻る