中国人コラムニストの食×テクノロジー理論がジワジワ来る【焼餃子=日本のイノベーション】

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マイクロ出版社、ferment booksの(よ)です。

突然ですが皆さん、下記の式の意味、わかりますか?

  • 焼餃子 = 日本のイノベーション
  • 中華料理 ≠ 中国料理
  • 日本食 = 和食 +(洋食+中華料理)
  • 和食 = 日本食 -(洋食+中華料理)
  • 洋食 + 中華料理 = 日本食 - 和食
  • iPhone : Androidスマホ = ラーメン : サンドイッチ

どうでしょう?

 

きっと、わかるような、わからないような……ですよね。たぶん、式だけでは、かなりだと思います。

 

この謎を解明するため、上記の理論をとなえている中国人コラムニストの徐航明(じょ・こうめい)さんを紹介しましょう。

 

中国・西安市出身の徐さんは、90年代末に来日、会社員として勤務しながら、新興国発のイノベーション、そして中国や日本など異文化の比較研究を行うコラムニストとして活躍しています(中国語、日本語、英語の三カ国語で執筆)。

 

日本では『リバース・イノベーション2.0』(CCCメディアハウス刊)の著書があるほか、「日経テクノロジー online」では、コラム【技術者のカフェタイム 食文化とハイテク】を連載中。

 

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▲徐さんの著書『リバース・イノベーション2.0』(CCCメディアハウス刊)と、論文『ラーメン文化の商品化と食ビジネスの循環進化プロセス』、そして中国の雑誌に掲載された中国語のコラム

 

なかでも非常に興味深いのは、技術系中国人コラムニストならではの視点から繰り出される食文化論。日本と中国の食をテクノロジー業界の目線で分析したコラムには、ジワジワ来る不思議な面白さを感じます。

 

それでは、さっそく徐さんの話を聞いてみましょう。

 

焼餃子=日本のイノベーション?

 「焼餃子は日本のイノベーションである」なんて、なんだか大げさな感じもしますが、徐さんの話を聞いていると「やっぱり餃子ってすごいんだ!」と素直に思えてくるから不思議です。

 

徐さんが「焼餃子は日本のイノベーションである」と考えるようになったきっかけは、日本人の友だちに手づくりの水餃子をふるまった体験でした。

 

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▲徐さんが自宅で手づくりした水餃子(写真提供:徐航明)

 

徐氏:90年代末に来日してすぐの頃、自宅に招待した日本人の友だちのために、水餃子を作りました。もちろん皮も手づくりですよ。友だちを喜ばせようと熟考し、具はニラと卵にしました。それを食べた友人は「皮がモチモチの食感でおいしい!」と絶賛してくれましたが、当時の私は「こだわりの具ではなく、なぜごく普通の皮をほめるんだろう?」と、とても不思議に思ったんです。

 

中国で餃子といえば水餃子。例外はありますが、焼餃子はほとんど食べないそうです。一方で、日本では焼餃子のほうが断然ポピュラー。今でこそ水餃子をメニューに載せるお店も多くなりましたが、当時まだ日本ではなじみのないメニューでした。

 

徐氏:薄い皮にパリッと焼き目をつける焼餃子に親しんだ日本人にとっては、水餃子の厚めのモチモチした皮の食感が新鮮だったんでしょうね。この謎が解けるまで、なんと10年もかかりましたよ。

 

日本の焼餃子は、戦後、中国大陸から伝わった餃子文化が日本の大衆食として広まったのがルーツとも言われ、宇都宮が焼餃子発祥地であるとか、横浜の野毛に焼餃子の元祖店があるとか、諸説が存在します。

 

来日当時から日本の焼餃子の存在は知っていた徐さんですが、ひそかに「あまりおいしくなさそうだなあ……」と思っていたとか。中国出身の徐さんにとって、焼餃子とは、水餃子の材料が余ったときに作る、残りもののリメイク料理のようなイメージだったからです。

 

とはいえ、在日歴が長くなるにつれ焼餃子のおいしさにも開眼した徐さん。よくよく考えれば、中国の餃子文化をベースにして、日本人が新たに発明したのが焼餃子なのだ、そう思うに至りました。

 

図式化すると、下記のようになります。

 

中国<水餃子>

~餃子文化が伝わる~

日本<焼餃子を発明!>

 

ところで「発明」って、なんでしょう?

 

発明の条件は「新規性」「進歩性」です。

 

  • 新規性 = 従来にはない新しいもの = これまでの「ゆでる」「蒸す」とは異なる「焼く」という新しい調理法。薄い皮をパリパリに焼き上げるという発展的なおいしさ。
  • 進歩性 = 公知の技術から容易にできるものではない = 中国と異なる食文化を持つ日本でしか生まれ得ない。

 

上記のごとく、焼餃子は「発明」の条件をきっちり満たしているわけですが、さらに徐さんはこう語ります。

 

徐氏:水餃子と焼餃子の違いは調理法や味だけではありません。主食として食べる水餃子に対して、日本の焼餃子はごはんのおかずにもなります。食卓でのポジションも大きく変わり、食文化に影響を与えた。焼餃子は日本人の発明であり、さらにはイノベーションなのです。

 

イノベーションの定義は次の通り。

 

  • イノベーション = 単なる「発明」にとどまらず、それが社会に浸透して経済や文化に影響を与える。

 

徐氏:焼餃子は日本の大衆食として広まり、外食マーケットとしても大きなシェアを得るまでになりました。

 

ふむふむ。意識していなかったけど、焼餃子は食文化のイノベーションだったのか。

 

徐さんが取材したという静岡浜松市の「東亜工業」「焼餃子=日本のイノベーション」を体現する企業です。もともとバイク部品の製造機器を作っていた会社ですが、大企業の下請けではない新規分野を模索した結果、部品製造の技術を転用して「餃子包みマシーン」を開発したのです。

 

これを飲食店に販売し、さらに餃子レストラン「浜太郎」のフランチャイズもスタート。餃子包みマシーンと餃子レストランをセットで扱う会社として、テレビ番組に取り上げられるほど有名になりました。

 

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▲小型餃子包みマシーンを活用する「浜太郎」のキッチン(写真提供:徐航明)

 

徐氏:餃子包みマシーンの製造業者が、餃子レストランのチェーンも経営するようになったということは、機器メーカーがコンテンツプロバイダーとしての部門を進化させたのと同じです。

 

例によって図式化しましょう。

 

機器メーカー  餃子包みマシーン製造

<ハード提供 → ソフト提供も開始>

コンテンツプロバイダー  餃子レストラン

 

なるほどね~!

 

「東亜工業」の餃子包みマシーンは、なんとパリにある小粋な焼餃子専門店でも使われているんだそうです!

 

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行列を作らないフランス人が行列すると話題になった、パリの「GYOZA BAR」(写真提供:徐航明)

 

「ギョーザ」とカタカナで呼ばれることもある日本の焼餃子は、日本食ブームのアメリカ、ヨーロッパ、アジアにも輸出され、現在では「GYOZA」として親しまれるようになりました。なんと、中国にまで逆輸入されているというからオドロキ!

 

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▲アメリカのスーパーにあった「GYOZA」の値札(左)と、中国に進出した「味千ラーメン」のメニューの「焼餃子」のページ(左)(写真提供:徐航明)

 

さらなる図式化を試みましょう。

 

中国 <水餃子>

~餃子文化が伝わる~

日本 <イノベーションとしての焼餃子>

~日本のギョーザが伝わる~

世界 <ギョーザが「GYOZA」に!>

 

や~、本当に焼餃子は日本のイノベーションなんですね。

 

納得しました、ハイ。

 

徐さんのRAMEN論とは?

さて、ギョーザに似ているポジションの料理として、忘れちゃならないのがラーメンです。

 

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とにかく、日本人のラーメン愛はすごい。でも、海外でのラーメン愛も大変なことになっているのです。

 

最近、ラーメンのグローバル化には目をを見張るものがある。日本のラーメンチェーンがアメリカやヨーロッパ、アジア諸国へ進出しているのはもちろん、現地の料理人が考案する各地のオリジナルラーメンまで出現し、すでに「RAMEN」は世界料理なのです。

 

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▲筆者がフィンランド・ヘルシンキで食べた生サーモン・ラーメン

 

徐さんは、冒頭の写真でご紹介したとおり『ラーメン文化の商品化と食ビジネスの循環進化プロセス』なる、ずいぶん難しそうな論文も書いている研究者なのです。

 

徐氏:「ラーメンの論文は世界初かもしれないですね!」

 

本当ですね!

 

ただ、チラっと論文を拝見したところ、やはりかなり学術的な内容ですので(はっきり言ってムズい……)、この記事ではあくまでわかりやすくかみ砕いた話を聞かせてもらうことにします。

 

確かに、ギョーザもラーメンも、ともに中国発祥であり、日本で独自の進化を遂げて食文化のイノベーションをもたらし、さらに海外へ渡ってグローバル化を実現している。

 

ハイ、図式化しましょう。

 

中国

<麺文化/餃子文化>

日本

<ラーメン/ギョーザとして独自進化>

~ガラパゴス化~

世界

<RAMEN/GYOZAとしてさらに進化>

~グローバル化~

 

ここで気になるのが「ガラパゴス化」なるキーワード。

 

徐氏:「ガラパゴス化」は少しネガティブなイメージのあるキーワードですが、必ずしも悪いとは限らない。ラーメンやギョーザのように、日本という限定されたマーケットの中でコンテンツとして、そして、プラットフォームとしての質を高めたものが、結果として世界で通用する。つまりグローバル化できる。それを実現したのがラーメンやギョーザです。

 

ふむふむ。ケータイにとって「ガラパゴス化」はネガティブ要因だったけど、ラーメンやギョーザの進化には良いことだったわけか。

 

中華料理≠中国料理

徐氏:そして、ラーメンやギョーザは「中華料理」であり、「中国料理」ではありません。

 

出た~っ!

 

これは徐さんの十八番。彼が提唱している、独特な料理ジャンルの分類法です。

 

ざっくり説明しましょう。

  • 中華料理 = ラーメンやギョーザなど、中国発祥だが日本で独自の進化を遂げた、言わば「日本化した中国料理」。ラーメン店もそうですし、「街中華」なんてジャンルもこれに当たりそうですね。庶民的なイメージがあります。

 

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  • 中国料理 = 中国にも存在する中国料理。例えば北京ダックだとか、四川料理店のメニューだとか、そういう類の料理はこのカテゴリーです。丸テーブルを囲んで大人数で食べる、ちょっと高級なレストランが思い浮びます。

 

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(写真提供:徐航明)

 

上記の通り、徐さんの分類法に従えば、中華料理と中国料理は異なる料理ジャンルなのです。

 

式にあらわすと、こうなります。

 

中華料理≠中国料理

 

うむ。

 

日本食と和食の関係

さらに、日本で独自に進化した、もうひとつの料理ジャンルとして「洋食」を忘れてはいけません。

 

例えば、とんかつ

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あるいは、スパゲティナポリタン

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または、ハンバーグもそうですね。

 

フレンチやイタリアンではないけれど、和食でもない洋風の料理ジャンルを「洋食」と呼ぶことが多いと思います。

 

で、「和食」というカテゴリーは、要するにボクらが無意識に純粋な日本の料理だと思っているような一群です。

 

「和食」の例は、例えば寿司。

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あるいは、そば。

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あと、てんぷらなど。

 

徐さんは、外国から伝来して日本で独自に進化したと考えられる「中華料理」「洋食」「和食」を加えて、大きく「日本食」というカテゴリーでくくります。

 

つまり。

 

日本食 = 和食 +洋食+中華料理

 

この等式にのっとれば、寿司などの「和食」とは、大きなカテゴリーである「日本食」から、とんかつなどの「洋食」や、ラーメンなどの「中華料理」といった外来料理文化の要素を除いたものです。

 

和食 = 日本食 -(洋食+中華料理)

 

また、「洋食」「中華料理」という外国から伝わって日本化した料理のグループは、大きなカテゴリーである「日本食」から、寿司などの「和食」を除いたものであるとも言えます。

 

洋食 + 中華料理 = 日本食 - 和食

 

当たり前のことのようでいて、あらためて整頓すると、頭の中がスッキリしますな。

 

ところで、ふと思ったんですが、カレーってどうなんでしょうか?

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ジャパニーズ・カレー ≠ 本格インド料理?

 

上の不等式が成り立ちませんか?

 

かつ、インドから伝来して日本の大衆食となった「ジャパニーズ・ルー・カレー」は「日本食」に含まれませんかね?

 

徐氏:インド料理に関してはあまり研究していないので、なんとも言えませんが、基本的に日本のルー・カレーは「洋食」に含まれるんじゃないでしょうか?

 

なるほどね~。

 

日本のカレーはインドから直接じゃなく、イギリス経由で入ってきたって言いますもんね。確かに。

 

ラーメンはクローズドプラットフォーム

 さて。iPhone:Androidスマホ=ラーメン:サンドイッチ

 

これに関しては純粋にワケが分かりません。

 

どういう意味なのか、徐さんに尋ねてみましょう。

 

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徐氏:ラーメンは麺、スープ、具の3種類の要素で構成される料理です。その構造は普遍的で変わりませんよね。これは、テクノロジーの観点からすれば一種のプラットフォームなんですよ。

 

ラーメンはプラットフォームである。

 

なるほど。

 

さっきも「ガラパゴス化」の話のところでチラっと出てきましたが、プラットフォームの意味するところは、こうですよね。

  • プラットフォーム = システムの基礎部分。ラーメンにおいては「スープ+麺+具」という確立した基礎部分を利用すれば、さまざまなラーメンを生み出すことができる。

例えば、にぎり寿司なんてのも、ネタ+シャリという基礎部分を持っているプラットフォーム・フードってワケですな。

 

徐氏:そうです。ただ、ラーメンがプラットフォームであると言っても、誰もが気軽に利用できるプラットフォームではありません。ラーメンの一番重要なポイントはスープだと思いますが、本格的なラーメンスープを家庭で作るのが難しいのは、ラーメン店が豚骨や魚などさまざまな食材を駆使して大量に仕込むことで独自のスープを作り上げているのを見ればわかるでしょう。

 

確かに、ラーメン屋さんは「スープの大鍋が命」って感じですもんね。レシピは企業秘密だったりもするだろうし。確かに、インスタントやカップめん以外じゃ、ラーメンってそんなに家では作らないなあ。

 

徐氏:つまり、ラーメンはクローズド・プラットフォームなんです。

 

なるほどね!

 

座布団一枚! 

 

って感じもしますが、意味はよーくわかります。

 

iOSというアップル社独自のOSで動いているiPhoneは、アップル社だけが採用している「クローズド・プラットフォーム」です。調理の技術を持っているプロが経営する飲食店という限られた場所で主に提供されているラーメンも、同じく「クローズド・プラットフォーム」であると言えるわけですね。

 

つまり、

 

iPhone

=クローズド・プラットフォーム

=ラーメン

 

もう説明不要かもしれませんが、どのスマホメーカーにも無償で提供され、ソースコードも公開されているAndroidはオープン・プラットフォームです。

 

そして、万人が誰でも自由に利用可能なオープン・プラットフォームとしての料理は……、そう、サンドィッチなのです!

 

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パンで食材をはさむ。ただ、その構造さえ満たしていれば、サンドイッチとして認められますし、どんなパンでも、どんな具材でもサンドイッチとして成立します。家庭でも作る機会が多いのは「オープン・プラットフォーム」だからです。

 

よって、

 

Androidスマホ

=オープン・プラットフォーム

=サンドイッチ

 

以上から、

 

iPhone:Androidスマホ=ラーメン:サンドイッチ

 

上記の等式が導き出せるわけです。

 

徐氏:そして、世界に広がるグローバルな料理となるためには、プラットフォーム・フードであることが必須なんですよ。ギョーザ、ラーメン、そして、にぎり寿司やサンドイッチが世界的な料理である理由は、ここにあるんです。

 

納得です!

 

はじめは、ちょっと屁理屈っぽく感じてたのですが(失礼!)、よくよく聞けば、これでラーメンとサンドイッチの料理としての位置づけを明快に説明できますね!

 

他にも電気炊飯器の進化について、IoT(Internet of Things)調理家電について、さらにはAIと味覚や料理の関係など、食とテクノロジーがクロスする分野を重点的に取材・考察してる徐さん。

 

徐氏:テクノロジーがどんなに発展しても、人間が幸せにならなければまったく意味がありません。食は、料理を作ることも食べることも、人間の根源的な喜びに根ざしています。私がテクノロジーと食文化を融合して語っている理由はそこにあるんです。

 

日本食の謎から生まれたさまざまな方程式が、今後どんな進化を見せるのか。かなり独自路線を行く中国人コラムニスト、徐航明さんの活動に注目します!

 

書いた人:(よ)

(よ)

「ferment books」の編集者、ライター。「ワダヨシ」名義でも活動中。『発酵はおいしい!』(パイ インターナショナル)、『サンダー・キャッツの発酵教室』『味の形 迫川尚子インタビュー』(ferment books)、『台湾レトロ氷菓店』(グラフィック社)など、食に関する本を中心に手がける。

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