東京・台東区の北川に位置し、日雇い労働者向けの簡易宿泊所が多くあったことから「宿」を逆さにした「ドヤ街」とかつては呼ばれた「山谷(さんや)」エリア。
現在も残るリーズナブルな宿泊施設は、外国人旅行客などにも多く利用されるようになり「危険な街」という昭和のイメージも大きく変わりつつあります。
昭和30年代の高度経済成長期は、日雇い労働者のための食堂や大衆酒場が立ち並んでいたそうですが、労働者の減少とともに味わいのある飲食店が次々に閉店。メインストリートともいえる「いろは商店街」には、シャッターが閉まったままの商店も珍しくありません。
そんな場所に、ずばり「山谷酒場」の店名をかかげ、山谷の複雑で深い歴史を若い世代にも知ってもらいたい、誰もが安心して飲める新しい大衆酒場を作りたい……。
そんなことを考え、実現してしまった人がいるらしいとの情報を得ました。これは、確かめにいかずにはいられない!
「あしたのジョー」に会える町
ここは「あしたのジョー」の舞台としても知られる街。
街道沿いに唐突に現れる等身大のジョー。
その目が見すえる先が、かつての山谷エリアです。
▲懐かしい下町の風景の名残を今も感じられます
▲こんな路地が残っていたり
あ、丹下会長!
と、街を散策していると、お、ありましたよ。
「山谷酒場」
▲店主の酒井さん
酒井さん、今日はよろしくお願いします!
さっそくお酒を飲みつつ、お話を伺っていきたいと思います。
昭和の匂い漂うDIYな店内
じつはこちらのお店、「かつての山谷に大衆酒場をつくる!」という目標のもと、クラウドファンディングにて資金を募るところからスタートしました。
残念ながら当初の目標金額まではいかなかったものの、変わりゆく街に新しい憩いの場を作り、貢献していきたいという酒井さんの想いと、それに共感した多くの協力者と、さらに足りない分を補うDIY精神により、お店は2018年秋に無事オープン。
開放的で居心地の良い店内。
会議机を自らリノベーションしたテーブルが、逆に今風です。
こちらのテーブルと椅子のセットは、蒲田のキャバレーで使われていたものを譲り受けたそう。
店内奥にはちょっと個室っぽいスペースもあります。
壁にはお店のオリジナル「山谷酒」のキープボトルがずらり。
巨大な瓶に仕込まれている、山谷酒の原液。
名物「山谷酒」のどこにもない味わい
実は酒井さん、以前は東京郊外の西調布で喫茶店を経営されていました。
そういった関係で、現在こちらでも、8:00〜10:00限定で「モーニング喫茶楓」として喫茶店営業をされています。
ただし、体力的にもなかなかにハードで、いつまで続けられるかはわからないとのこと。
▲「喫茶」と「酒場」が並ぶ看板
▲お酒メニュー
これ以外に、世界中から集められたビール各種もあります。
が、まずはここでしか飲めない「山谷酒」でしょう。
酒井さん、お願いします!
▲氷の入ったグラスに炭酸水をそそぎ込み
▲10種のスパイスなどを焼酎に漬け込んだ、山谷酒の原液をプラス
到着〜!
右側の色が濃いのが「山谷酒」(500円)、左は編集担当ムナカタ氏が頼んだ「花椒酒」(500円)。
こちらでは山谷酒の他にも、スパイスを漬け込んだ系を中心に、日替わりも含めて数種の自家製酒が楽しめます。
レシピは門外不出だという山谷酒。
肝心のお味はというと、ほんのりと甘く、複雑にスパイスの香りが絡み合い、薬膳、薬草といった言葉も連想されるような独特の一杯。
そういう系大好きなもんで、正直クセになる美味しさです!
正真正銘ここでしか飲めないというプレミア感が、仕上げのスパイス。
カブ×甘夏×ミント=超さわやか
料理メニューはこんな感じ。
他に、全品300円の日替わりボードメニューもあり、今日のラインナップは「メンチカツ」「蕪と甘夏、ミントのサラダ」「大根の紹興酒漬け」「きなこマサラアイスクリーム」の4種。
くぅ〜、どれも気になるな〜。
「カブと甘夏、ミントのサラダ」(300円)を注文してみました。
▲カブ、甘夏、ミントを一口で
こういう料理を考えられる人って本当尊敬します。
実際に食べてみると、組み合わせの斬新さよりも、純粋な美味しさに夢中になってしまう味!
カブのさわやかな香りと食感を、甘夏とミントが増幅させ、ドレッシングの塩気や酸味がそこに一体感を生み出しているんですよね。
しかもこの量で300円!? 自分、すでに感動しちゃってるんですけど……。
専門店級の本格麻婆が800円!?
ここでビール 大瓶(750円)と醤肉も追加。
醤肉とは、豚肉を醤油で煮た中国料理。
▲醤肉と書いてジャンルウと読みます(600円)
酒井さんの料理は、どこかのお店で修行したとかではなく、すべて独学。それゆえ、大衆酒場という枠にとらわれず、自由な発想で自分の好きな料理を出されており、他のお店ではあまり見ないような珍しいメニューにもたくさん出会えます。ちなみに、これも多くのお客さんが頼む名物なんだそうです。
スパイスの効いたトロトロの豚肉は、酒飲み仕様に味が濃いめで、豚好きの僕としては一口食べて卒倒してしまいそうな美味しさ!
特製 麻婆豆腐(800円)
どうでしょうか、この圧倒的な存在感を誇る麻婆豆腐。
たっぷりのオイルの海は、唐辛子をはじめとしたスパイスで真っ赤に染まり、そこに美しく形を保ったたっぷりの豆腐。
本格派でありながらオリジナリティもある刺激的な美味しさで、専門店で出てきたら例え倍の値段を取られても何の文句もありません。
ちょっとすごすぎるぞ……山谷酒場。
これまた味濃いめでビールが進みすぎる!
シメに鮮やかな「ウニ焼きそば」を
日替わりから「大根の紹興酒漬け」(300円)を追加。
上品な紹興酒の香りと花椒の刺激。
これ、酒のつまみとしては最上級の部類です。こっそり作りかた聞いておけばよかった!
最後のおかわりは「カルダモン酒」(500円)。
これまた自家製酒で、清涼感のある強い香りにより「スパイスの女王」とも呼ばれるカルダモンを漬け込んだもの。
全身がスーッと浄化されてゆくような爽やかな香りがたまりません。
ところでこちらのお店、ご飯ものや麺ものなど、しっかりとした食事メニューもいろいろあって、何かひとつ試してみたいところです。
そこで、中でも一番興味を惹かれた、
「特製 雲丹(ウニ)焼きそば」(800円)
をオーダー。
見てくださいこの芸術的一皿。
今写真を見て気づいたんですが、これ、お皿全体でウニを表現しているんでしょうか?
ウニがたっぷりの香ばしい焼きそばの周囲を美しい白髪ネギが囲み、その外側にトゲを模した刻み海苔。
出てくるだけでインパクトがあり、無条件にテンションが上がる見た目で、思わずシェフを呼んでしまいそうになりましたが、シェフは思いっきり目の前にいました。
「よ〜く混ぜて食べてください」
ってことでその通りにいただくと、まったりと甘く濃厚なウニの芳香、ネギのシャキシャキ食感、海苔の旨味、それらすべてを絡めとるパリパリモッチリな麺が渾然一体となり、これまた衝撃的な美味しさです……。
いや〜、その志の高さや立地の物珍しさがきっかけでやってきた山谷酒場でしたが、一皿一皿、一杯一杯、食べて飲み進めるたび、純粋にその美味しさのとりこになってしまうお店でした。
まだまだ頼んでいないメニューだらけだし、またちょくちょくこのエリアにやってくる理由ができちゃったな〜。
あ、そうそう、さっき「ここでしか飲めない」と言った山谷酒ですが、店内の一画には、ご近所にある遊廓・赤線・歓楽街などに関する文献資料を専門に販売する書店「カストリ書房」が監修する書籍、さらにはオリジナルグッズなどの販売コーナーがあり、そこに、
「手作り山谷酒の素」(1,000円)
も売られているので、簡易的にならば買って帰れば自宅でも楽しめます。
というわけで、これまでの人生で縁がなかったという方も多いであろう、旧山谷エリア。
素敵な酒場「山谷酒場」とセットで、訪れてみてはいかがでしょうか?
店舗情報
山谷酒場
住所:東京都台東区日本堤1-10-6-1F
電話:03-5808-9245
営業時間:16:00〜23:00、8:00〜10:00はモーニング喫茶「楓」として営業
定休日:月曜、火曜(祝日の場合は営業)
書いた人:パリッコ
DJ/トラックメイカー/漫画家/居酒屋ライター/他。FUNKY DANCE MUSIC LABEL「LBT」代表。酒好きが高じ、雑誌、Webなどの媒体で居酒屋に関する記事を多数執筆中。
- X:@paricco
- 公式サイト:パリッコのホームページ