こんにちは。天谷窓大です。
この記事が公開される半年ほど前、2019年初頭に私のとあるツイートがバズりました。
なんだよこれ、クズすぎる
最後にこのツイートにたどりついたときにみんなでズッコケたいので
このツイートに引用RTでみなさん怒ってください。
写真はくずもちです pic.twitter.com/mTBH7cDtaF
— 天谷窓大 Sota Amaya (@amayan) January 8, 2019
Wikipediaから拾った『くずもち』の写真を貼りつけ、「なんだよこれ、クズすぎる」とコメントをつけたのです。
ここでいう「クズ」とはもちろん「クズモチ」の意味ですが、これに対していろんな人が「これはたしかにクズ(モチ)だ」と引用ツイートし、それがさらに引用リツイートされていくことで、大勢の人が「なんだか知らないけれど何かを『クズ』と罵倒している」という構図ができあがります。引用元のツイートをたどっていくと最終的に『くずもち』の写真が出てきて、「なーんだ、クズはクズでも『くずもち』かぁ」とオチがつく、という遊びでした。
面白がってくれる人から「クズって言ってるお前がクズ」とわりかしストレートな罵倒を投げてくる人までいろいろあったこのネタツイートだったのですが、寄せられたリプライのなかに、気になるものを見つけました。
「これ、私の知ってるくずもちじゃない。これは『わらびもち』」
「これは関西式のくずもちだな。関東式は小麦粉から作るんだよ」
????
自分がこれまで思い浮かべていた『くずもち』は、葛粉(くずこ)から作られた透明でプルプルとしたお菓子。それ以外の材料・方法で作られる『くずもち』があるなんて、考えたこともありませんでした。
俺、『くずもち』をネタにツイートしてるけど、どれくらい『くずもち』に詳しいかって聞かれたら、全然自信ない……。
俺……全然知らないものをネタにして……本来の意味で「クズ」じゃないか……。
本物のクズに出会うため亀戸の老舗へ
デスクに突っ伏す僕のところに、「メシ通」担当編集部からメールが。
メシ通編集部:天谷さん、明日、亀戸天神に来てください。本物の『くずもち』を見に行きましょう。
というわけで……。
亀戸天神(かめいどてんじん)へ
やってきました。
「学問の神様」として毎年多くの受験生たちが合格祈願に訪れることで有名な神社ですが、これと『くずもち』にどんな関係が……?
メシ通編集部:東京の亀戸天神のそばに、江戸時代から「関東式のくずもち」を作り続けている老舗があるんですよ。
ほほう……。
メシ通編集部:こちらに『くずもち』のことを全然知らないくせにTwitterでネタにしているとんでもない男がいるので、本物を教えてあげてもらえますかという相談をしたら、お話を聞かせてもらえることになりました。天谷さん、この機会にしっかり勉強してくださいね。
すみません……。勉強させていただきます……。
『くずもち』東西での違いって?
やってきたのは、歴史を感じる古民家風のお店。
創業は1805年で、徳川将軍が第11代将軍家斉の時代。いかにも「老舗」といった感じの風格です。
本店内にある喫茶コーナーへ。
メシ通編集部:ここが、関東式のくずもちを江戸時代から作り続けている『船橋屋』さんです。このお店の裏に工場があって、そこで毎日くずもちが作られているそうです。
今回お話を伺うのは、船橋屋の広報担当・篠原さん。
篠原さん:天谷さんのツイートを拝見したんですが、あの透明なくずもちは葛粉を使った『関西式のくずもち』ですね。私たち船橋屋では、小麦粉の名産地だった千葉・船橋生まれの初代が江戸時代、乳酸菌発酵させた小麦デンプンを原料にした関東式の『久寿餅(くずもち)』を考案して、亀戸天神の境内で売り始めました。以来200年以上、変わらぬ製法で作り続けているんです。
▲昭和初期に撮影された「船橋屋」の店舗
篠原さんいわく、
葛粉を火にかけ固めたものが「関西式くずもち」
小麦デンプンを発酵させて蒸したものが「関東式くずもち」
とのこと。
同じ「くずもち」でも、関東と関西では原料から作り方まで、まったく別のものだったんですね。
そんなに奥の深いものだったなんて……全然知らなかった。
本当に俺、くずもちのこと何も知らないであんなツイートを……俺は……うう……。
篠原さん:えっ、あ、天谷さんなんで泣いてるんですか? ウチの関東式『くずもち』を食べて、元気出してください!
本物ならではのモチモチ感
こちらが生まれて初めて食べる『関東式のくずもち』(税込630円、本店内喫茶利用の場合)。
透明な関西式くずもちに比べて、こちらはかすかにグレーがかったオフホワイトの姿が特徴的。
沖縄産黒糖をじっくり煮詰めて作った特製の黒蜜をたっぷりかけていただきます。
……モッチモチ……。
モッチモチだけど同時にプリプリとしていて、歯の先で小気味よく弾けていきます。そして口のなかにゆっくりと広がっていく甘みと香ばしい香り。
これまで知っていた『くずもち』とは全然違う。けど、優しい味で、とっても美味しい。
これが本物の味か。こんな『くずもち』が世の中にあったなんて……!
450日間、天然乳酸菌に仕事をさせる
いや〜篠原さん、『関東式くずもち』めっちゃ美味しいです!
篠原さん:喜んでいただけてよかったです。
でもこの食感、小麦粉から出来ているなんて想像がつきません。
小麦粉が材料の食べ物というとパンとかクッキーとか、サクサクとしたものを思い浮かべてしまいます。このモチモチプルプルの食感って、どうやって作っているんですか?
篠原さん:沖縄と岐阜にある専用の工場で小麦デンプンと水を混ぜ、それを樽のなかで450日間寝かせます。このあいだにヒノキ製の樽のなかに住み着いた天然の乳酸菌が働いて、小麦デンプンがおいしく発酵するんです。
▲こちらが450日間発酵させた小麦デンプン
▲原料となる小麦デンプンは、粉というより消しゴムのようなグニグニした感触で、鼻を近づけるとヨーグルトのようなツーンとした匂いがします。この時点ですでにおいしそう(気が早すぎ)。
篠原さん:この小麦デンプンに熱湯でとろみを付けたものを高熱の蒸気で蒸したら、くずもちの出来上がりです。蒸す工程こそ機械を使っていますが、作業の大半は職人さんたちが手作業で行っているんですよ。
午前中で2万個出荷! 工場は「時間との戦い」
くずもち作りの職人さんたちは毎朝6時半には出勤。ムダのない熟練した手さばきで、その日出荷する約2万個のくずもちを午前中のうちに作り終えてしまうそう。
▲こちらはほぼ出来たてのくずもち。すでにプルプルの状態になっている
篠原さん:蒸して固まったくずもち(写真上)は職人たちの手できれいに切り分けられ、みずみずしいうちにすばやくパックされて都内とその近郊のお店へ出荷されます。
▲24等分に切りわけられたくずもち(税込790円)は、きれいにパッキングされてお昼頃までには出荷される
和菓子って穏やかなイメージがあったけれど、こんなに緊張感あふれる現場で作られていたなんて……。
篠原さん:450日かけて作り上げるくずもちですが、消費期限は2日。天然のものだけで作りあげるから、まさに生き物なんです。保存料や添加物を一切使わず、あえて日持ちをのばさないのが弊社のモットー。毎日が時間との戦いなんです。
なるほど、その緊張感にはちゃんと理由があるんですね。しかしこれだけ厳しいクオリティが求められる現場だと、怖〜い親分みたいな人がいて見張っていたりとか……。
篠原さん:とんでもない! 怒鳴るどころかみんな積極的に助け合って、とてもいい雰囲気ですよ。私を含め『自分たちのくずもちで、みんなに笑顔になってもらうんだ』という思いで一致団結しています。たとえば、この社内報(写真下)は、若い社員たちがワイワイ言いながら作ってくれているんですよ。
▲工場の壁には情報満載の社内報が。動画サイトに見立てた職人さんの紹介ページや新製品に関する詳細なコラムなど、老舗とは思えぬ(失礼!)今っぽさがある。
こんなお話をたくさん見聞きしたら、
さらにくずもちが美味しく感じてしまいそう。
関東式くずもちは「発酵食品」だった
職人さんのたゆまぬ努力と天然の乳酸菌の力で美味しくなる関東式のくずもち。
これっていわば、最近流行りの発酵食品……?
篠原さん:まさにおっしゃるとおり、関東式のくずもちは発酵食品です。でもご存じの方はまだまだ少ないんですよね。だからこそ、どうアピールしていけるか考えるのはやりがいがあります。
一口に乳酸菌といってもさまざまな種類がありますが、関東式くずもちの独特の風味はそのなかでもごく特定の菌しか作り出せないのだとか。さらに、船橋屋ではこの菌を使ったサプリメントを開発するなど、新たな展開に取り組んでいるそうです。
軽い気持ちでツイートした『くずもち』でしたが、ひょんなことから足を踏み入れたその世界は、とても奥深いものでした。
今日勉強したことをしっかり踏まえながら、これからもくずもちの魅力がつたわる楽しいツイートに励みたいと思います。
みんな、くずもちは関東式も最高だぞ!!
撮影:石川真魚
店舗情報
船橋屋 亀戸天神前本店
住所:東京都江東区亀戸3-2-14
電話:03-3681-2784
営業時間:9:00~18:00(喫茶は〜17:00)
定休日:無休