逸品すぎる「1万円の箸」の話【漆芸中島】

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漆芸中島の「江戸八角箸」とはいかなる逸品か

いま、私カゲゾウの目の前には一膳の箸がある。漆芸中島というお店で販売されている「江戸八角箸」という、かなり特別な箸である。なにがそれほど特別なのかというと……。

 

まずこのお店で売られている箸の素材は紫檀(シタン)。黒檀(コクタン)といった木材のなかでも最高級の銘木が使われている。これらの木材は成木になるまで長い年月がかかるが、そのかわりに緻密で内部に水分が染み込みにくく耐久性バツグン。箸の素材としてはこれ以上のものはないのである。

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▲こちらが漆芸中島の外観。月島駅より徒歩5分、佃島住吉神社のほど近く。開店前に着いたというのもあるが、一見すると普通の民家っぽいので通り過ぎそうになった

 

マットに黒光りする見た目は高級感があり、持ち上げると一般の箸とは違う重量感がある。「八角」と銘打っているように箸先まで八角形になっている。このためコンニャクやイカといったツルツルヌルヌルの食材でも、そばのような細い食材でも、まるでレーザーポインターのように狙った場所をピシリとつまみあげることができる

これがなんとも気持ちいい。素材、作り、使い心地の三拍子がそろったスペシャルな箸なのだ。

 

大事な逸品を壊してしまった

そんな箸をなぜカゲゾウが持っているのかというと、数年前の誕生日に奥さんからプレゼントとしてもらったものなのだ。

 

しかし、しかしである! 大事に使っていてもいつしか箸先は磨耗してくる。さらに追い打ちをかけるように、食後はぬるま湯での手洗いが基本のこの箸を、子どもが食洗機(しかも箸先から)に入れて洗浄にかけてしまった!

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ぐあああ~!

気づいたときにはすでに時遅し。箸をコーティングしている塗料は抜け、乾燥肌状態。

箸先も微妙に曲がってしまった。正直かなり落ち込んだが、でも案ずることはないのである。漆芸中島は、箸のメンテナンスを無料で行ってくれるというのだ。

さっそく直接にお店赴き、修繕の様子を取材させてもらった。 

 

いざ、江戸八角箸のメンテナンスへ

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いた!

親方の中島泰英さんだ。お店のHPにある写真の風貌や佃島という土地柄やそのご職業から勝手に「昔堅気のガンコおやじ」を想像していたのだが(親方、すいません)、中島親方のあたりは非常にソフトで、質問すれば気軽にどんどん答えてくれる紳士なのだった。

 

カゲゾウの箸を見るなり……

 

f:id:Meshi2_IB:20180813131257p:plain中島親方:こりゃ、青黒檀かなぁ……「反り癖」がひど過ぎると人間と同じでいくらやっても直らないんだけど、うん、これはまあなんとかなりそうかな。

 

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やおら作業台に腰を下ろすと、まずはバーナーで箸を軽くあぶり……

 

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ついた反り癖を戻していく。

 

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次に箸先にのこぎりを入れ磨耗していた部分をギコギコ……2本の箸の長さをそろえた。続いて各面にヤスリを入れていく。と、その時である!

 

中島親方が「これ、青黒檀じゃなくて紅木紫檀だな」とひと言。

 

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おお、「紅木」と称されるだけあってそこに紅緋(べにひ)色のヤスリ粉が! 

箸自体は黒色なのでなんとも不思議な光景である。なんでも紅木は紫檀の中でも最上級の素材とのこと。ああ、プレゼントしてくれた奥さんに感謝せねばならない。

 

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各面が整ったところで一番大事な箸先をヤスリに立て最終調整。最後は植物由来の塗料を全体に塗ればリペア完了! 塗料が落ち着つくまで2日間ほど寝かせれば、もとのように使えるということ。

 

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▲見ての通りメンテナンス前と後ではその違いが一目瞭然。新品同様にリペアされた

 

やほ~い! 角がピンピンに立ち、しっとりと黒光りする江戸八角箸が見事復活した。中島親方、ありがとうございました!

 

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メンテナンス作業終了後、お箸のことやお店のことなどお話を聞いた。

 

創業350年「漆芸中島」とは

f:id:Meshi2_IB:20180813131257p:plain中島親方:そうだね、ウチは徳川吉宗の頃に創業だからかれこれ300年、いや350年になるかな。

 

そう、漆芸中島は親方で11代目を数える老舗。昔から江戸で漆器や家具などの調度品を上客に提供してきた。

 

f:id:Meshi2_IB:20180813131257p:plain中島親方:漆っていうとみんな輪島とか山中とか会っていうんだけど、江戸でも漆器を作る職人は昔からあったわけ。

 

漆製品の産地は確かに地方が多い。でもその製品のターゲットは地元客以上に大都市となるわけで、その最大の消費地は江戸や大阪ということになる。江戸の城下町で上客相手に漆塗りを提供してきたのが漆芸中島なのだ。

 

求められる製品は時代時代によって変わる。嫁入り道具や床の間、床柱といった調度品を扱った時代もあれば、お寿司屋さんの付け台を設えた時期もあったという。

 

現在日本の住宅からは床の間は消えつつあり、付け台を設けないお寿司屋さんも増えた。そのため5、60年前から箸を作るようになったという。そこで武器になったのは、現在では入手が大変困難な紫檀、黒檀といった高級木材だった。

 

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▲紫檀、黒檀、鉄刀木(タガヤサン)、ビリアンローズなど貴重な木材を材料に漆芸中島の箸は作られている

 

東南アジアで育つこれらの木材は、その希少性ゆえ乱獲などで大変数が少なくなっており、現在ではワシントン条約によって取引が禁止されているものもある。

稀に板材に加工された紫檀が入ってくる場合もあるが、何年も乾燥させるといった手間はかけられておらず、生木を即板材にしているため、製品にしてもすぐに反り癖やゆがみが出て、とても使えた代物でなく、箸の材料としては致命的である。

 

中島親方のところでは取引禁止以前に祖父や曽祖父代に手に入れていた材料があったため、現在でも紫檀・黒檀の箸を作ることができるのである。

 

江戸八角箸製作の過程

次に八角箸の製作過程を教えていただいた。紫檀の丸太を数~数十年乾燥させた後、板材に加工する。

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不思議なことに内部が黒く、外皮近くは白のツートンカラーになっている。

箸として使えるのはもちろん年輪が緻密に詰まっている中心部近くのみ。

 

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▲上の角材が切り出しで下が完成品。比べるとかなり大振りに切り出している。そういった意味でもぜいたくな箸なのだ

 

板材から四角形の棒を切り出す。通常の箸であればこれを細くしていくだけだが、四辺の角を削ることで八角形にする。

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角を落とすために使用する台。ここに元材を固定し角をカンナで削っていくのだが……

 

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これがその時に使用する「タテカンナ」。

いわゆる大工さんが使うカンナとは刃の角度が異なる。素材がとても硬いため通常の刃の角度だと、途中で刃が食い込んでカンナが止まってしまう。そのため刃が垂直になっているのだ。

 

この後は、リペア作業でも見てもらったように、各面にヤスリをかけて、最後に植物由来の塗料をつけて箸が完成する。

 

しかし何故「八角」なのか? 親方のオリジナルなのかと聞いてみると……

 

f:id:Meshi2_IB:20180813131257p:plain中島親方:それよく聞かれんだけど、象牙の八角箸ってのがあって、昔からお金持ちはそれを使ってたの。

 

そう、上流階級に珍重された象牙の箸だが素材としては高級だが、表面が滑らか過ぎて滑ってしまう。そのため箸先の部分を八角に加工していた流れから、木のお箸も八角にしているという。

 

中島親方のこと

親方自身のことも聞いてみた。親方は1943年の東京生まれ。

 

f:id:Meshi2_IB:20180813131257p:plain中島親方:俺は佃の東町ってどこで生まれたんだよね、ウチは昔は職人が10人くらいいて日本橋でやってたの。小僧も入れれば20人くらいはいたかな。

 

ところがその後戦争があり商いは縮小。中島親方も築地の山形屋というお店に丁稚奉公に出される。

 

f:id:Meshi2_IB:20180813131257p:plain中島親方山形屋のおやじは渡り職人っていって、輪島から何から有名な産地を全部渡って職人になった人で、だいたい25歳くらいで東京にもどって築地で商売を始めたんじゃないかなぁ。

 

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▲こちらは漆を練るときに使用するヘラ。その昔はヘラを見れば職人の腕や格がわかったという

 

その山形屋で修行の身となった親方だが、さぞかし厳しかったんでしょうねと質問してみると。

 

f:id:Meshi2_IB:20180813131257p:plain中島親方:いや、山形屋のおやじにはいろんなこと教えてもらったなぁ。

 

山形屋の主人自身は漆塗りの産地を巡りながら、それこそ職人の技を盗むように覚えていった(兄弟子にお茶を持っていく振りをして手もとを観察し、それが相手にばれて刃物が飛んでくるなんてことが日常茶飯事だったらしい)。

しかし築地で自分の商いを始めると自分のところの職人たちに聞けば惜しみなく教えてれたという。

 

f:id:Meshi2_IB:20180813131257p:plain中島親方:職人というより経営者的な人だったんだろうなぁ。まぁ頭もいいんだよね、半端じゃなかった。

 

山形屋で腕を磨いた親方は18歳で戻り家業に従事する。その後、時代のニーズと共に商品を変えながら、現在は箸をメインにするようになったことは既出のとおり。

 

最初から箸が売れたわけではない

今でこそ数々のメディアにも取り上げられ、堅調に売れている漆芸中島の箸だが、最初の頃はまったく売れなかったらしい。そのため親方は販路を広げるためにデパートの職人展などにも参加する。

 

f:id:Meshi2_IB:20180813131257p:plain中島親方:簡単に言うとデパートに入ってると良いお客さんが来てて、そういったところでついたお客さんがまたお客さんをつれてくるの。

 

こうして口コミで少しずつ箸が売れだしていく。

 

f:id:Meshi2_IB:20180813131257p:plain中島親方:やっぱり人生って7割から8割運が良くなかったらできないんじゃないかな。正直いってそういった運がなかったらもうとっくに死んでると思うよ。

 

もちろん売れるのはそこに職人の腕といい製品があってのこと。また親方は「運だ」というはいうが当然それだけに頼っているわけではない。

 

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地方のデパートで職人展が開催されれば、扱っているものが箸だけに地元の飲食店の亭主やオーナーもお客さんとしてやってくる。夜には逆にそういったお店に自らお客さんとして足を運ぶという。

 

f:id:Meshi2_IB:20180813131257p:plain中島親方:安いお店には行かないようにしてるんですよ。地元のお金持ちもそれなりのお店に集まるでしょ。で、お店の亭主が他のお客さんに「この人、今あのデパートでお店出しててね」って紹介してくれるわけ。そういうとお金持ちは必ず昼間に来るからね、そしたら買ってくれるじゃん。

 

また親方は、日頃から自分で作った全部の種類の箸をローテーションで使っているそうだ。地方に行く際はカバンに箸を入れ飲食店でも自分の箸を使う。目端の利くお客さんであればその逸品に興味をひかれる。

 

f:id:Meshi2_IB:20180813131257p:plain中島親方:「この箸なんですか?」っていう人もいるの。ただし滅多にそういうふうに聞く人もいないけど。そうはいってもけっこう売れた時もあったよね。自分で使った人は「これを親にあげたい」ってなって、そいう人たちがリピーターじゃないけど、どんどん口聞きで広めてくれてね。それで信用とかついてきてね。

 

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▲こちらは以前親方が持ち歩いていた江戸箸と袋。現在は店舗で展示用となっている

 

無料で箸のメンテナンスを行っているため、15年使った箸のメンテナンスを依頼してきたお客もいたそうだ。

 

f:id:Meshi2_IB:20180813131257p:plain中島親方:そういう人もけっこういますよ。その人、もうそうとう歳じゃないかな。その後メンテナンスの依頼がないから、もう悪いけど亡くなってしまってるのかもしれないけど。

 

こうして知る人ぞ知る漆芸中島の箸は、やがてテレビの取材でも取り上げられるようになり、ネットで通販も開始。さすがに箸を使わない欧米圏には売れないが、今ではアジア圏のお客さんもたまに訪ねて来ることも。

 

f:id:Meshi2_IB:20180813131257p:plain中島親方:華僑のお金持ちなのかな、台湾からっていう若い兄ちゃんが2人来て「箸くれ」っていうからいくらのがいいのって聞いたら「一番いいやつがいい」って。なんだかんだいって8膳くらい買ってったかな。

 

そのお代は20万円以上だったという。

 

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▲開店と同時におうかがいし、昼過ぎまで取材に付き合ってくれた中島親方。長時間丁寧にご対応いただき本当にありがとうございました!

 

ほしいと思った時が買い時

日々手にするもの、日々口にするものが最上であればそれだけで幸せな気分になれる。漆芸中島の箸はまさにそんな道具である。自分で使うのもおすすめだが、末永く幸せに使えるので両親やお世話になった人へのプレゼントとしても最適なアイテムといえよう。だが、ちょっと気になる情報を最後に。

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▲江戸箸は高価であるが、これで食事をする幸せは何物にも代えがたい。種類も価格帯も充実しているので好みの一膳に出合えるはず

 

取材の最後、中島親方に12代目も誰か引き継ぐのですかと質問したところ「俺の代で終めぇかな」とこぼされた。そう、一番のネックは後継者というよりは材料のストックが残り少ないこと。木材によっては、あと数十膳しか取れないものもあるという。

 

もしこの記事を読んでくれた方のなかで「漆芸中島の箸がほしい」という方がいるのであれば、早めのご購入をおすすめする。

 

お店情報

漆芸中島

住所:東京都中央区佃1-4-12
電話番号:03-3531-6868
営業時間:10:00~18:00
定休日:不定休

www.urusigei-nakajima.com

 

書いた人:飯炊屋カゲゾウ

飯炊屋カゲゾウ

1974年生まれの二女一男のパパ。共働きの奥さんと料理を分担。「おいしいものはマネできる」をモットーに、料理本やメディアで紹介されたレシピを作ることはもちろん、外で食べた料理も自宅で再現。家族と懐のために「家めし、家BAR、家居酒屋」を推進中。「双六屋カゲゾウ」名義でボードゲーム系のライターとして活動中。「子育屋カゲゾウ」名義で育児ブログも更新中。

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