三大欲求のひとつである、「食欲」。栄養を補給するため、おいしいものを食べるため、空腹を満たすため。食事をする理由は人によってさまざまですが、朝昼晩と口にしている食べものに、疑問を持ったことはありませんか?
本連載「メシのはてな」は、普段当たり前のように食べている“メシ”の疑問を解き明かし、そこに隠された文化や歴史、よりおいしく楽しむための作法を識者に教えてもらう企画。
今回は日本を代表する発酵食品、「納豆」に関する疑問を解決します。
フリー素材モデルの大川竜弥です。
あなたは「納豆」が好きですか?
普段、どれくらいのペースで「納豆」を食べていますか?
私の趣味は、「筋トレ」。
「納豆」には筋肥大に役立つ栄養素が多く含まれているため、最低でも1日1パックは食べるようにしています。
しかし、ここで素朴な疑問が……。「納豆」が体にいいことはわかっているのですが、独特な風味のするこの「納豆」を、誰が一番最初に食べようと思ったのでしょうか?
他にも、腐っているのになぜ賞味期限があるのか、なぜ関西の人が「納豆」を食べないのかなど、考えれば考えるほど、「納豆」についての疑問は深まるばかり……。
これらの疑問を解決すれば、より「納豆」がおいしく感じられるかもしれない!
「腐敗」と「発酵」は別物。「納豆」は腐っていない
今回お話をうかがうのは、筑波大学人文社会系教授であり、『納豆のはなし: 文豪も愛した納豆と日本人のくらし』の著者・石塚修(いしづかおさむ)先生です。
石塚修(いしづかおさむ)
1961年栃木県生まれ。1986年筑波大学大学院修了。博士(学術)。筑波大学人文社会系教授。2005年第2回納豆研究奨励金奨励研究準入選。2014年第25回茶道文化学術奨励賞受賞。主な著書に『西鶴の文芸と茶の湯』(2014年、思文閣出版)など。
早速ですが先生、昔の人はなぜ腐った豆である納豆を食べようと思ったのでしょうか?
その前に大川さん、そもそも「納豆」は腐っていないんですよ。
えっ!?
「腐敗」と「発酵」は別物。「納豆」はキムチやチーズと同じ、発酵食品です。ちなみに腐敗と発酵の違いはわかりますか?
食べられるか、食べられないか、というところでしょうか……。
そうですね。「腐敗」と「発酵」は人への働きかけが有益か有害かで分けられるのです。
実は「『納豆』はすでに腐っているのに、なぜ賞味期限があるのか?」という質問も考えていたのですが。そうなると……
答えは「『納豆』は腐っていないので、食べてみてお腹を壊すまでが賞味期限」ですね。
な、なるほど……。
ところで、誰が「納豆」を一番最初に食べたのでしょうか?
よく知られているのは「源義家説」「光厳(こうごん)法皇説」です。他には「聖徳太子説」「加藤清正説」「伊達政宗説」「豊臣秀吉説」など、諸説あります。
ずいぶんとたくさんありますね。しかも、全員有名な歴史上の人物。
どの説も共通しているのは、馬ですね。「村人から食料として献納された豆が馬の体温で糸を引くようになったものを食べた」など、どの説にも馬が出てくるんです。これは馬の体温が、納豆菌が発酵しやすい温度であることが挙げられます。あと、味噌を醸造する過程で大豆の保管温度を間違えてしまい、「納豆」ができてしまったという説もありますね。
確かに、味噌を作ろうとして「納豆」ができてしまった話は説得力があります。「納豆」に限った話ではありませんが、あの独特な風味を嗅いで、最初に食べようと思った人は勇気がありますね。
そこは日本人のもったいない精神でしょうね。捨てるのはもったいないと思い、食べ続けていたら健康になった、長生きしたなど、科学的な根拠がなくても昔の人は「納豆」が体にいいことをわかっていたんでしょう。
「関西人=納豆嫌い」はウソだった!?
「納豆」には豊富な栄養素が含まれているのに、なぜ関西には苦手な人が多いのでしょうか?
ああ、それはウソですよ(笑)。マスコミが作ったイメージでしょう。
なんと!
昔は納豆売りが歩いて「納豆」を販売していましたが、京都の台所といわれる錦市場付近にも納豆売りがいたと記されている資料があります。これは関西人も日常的に「納豆」を食べていた立派な証拠ですね。
ふむふむ。
ただし、関西は江戸に比べ「納豆」の流通経路が確立していなかったこともあり、自家製の「納豆」が中心だったんですね。そのため、近代になると「納豆」を作る家庭が減っていったそうです。あとは、関西出身の著名人がマスメディアで納豆嫌いを公言することが多く、「関西人は『納豆』を食べない」というイメージが定着したのかもしれません。
必ずしも、関西の人は「納豆」が嫌いというわけではないんですね。
はい。平成28年度の「納豆の消費量の都道府県別ランキング」では、大阪府が37位です。確かに下の方ですが、極端に消費量が少ないわけではありません。昔は、どの地域も山間部では保存の効く「納豆」がよく食べられていました。反対に、沿岸部では消費量が減るんです。
それは、「納豆」を食べなくても魚からたんぱく質を摂取できるから……?
その通りです。よくわかりましたね。
やっと「筋トレ」で得た知識が役に立ちました!
他にも、関西でも昔から「納豆」が食べられていたエピソードがあります。大川さんは、北大路魯山人をご存じですか?
はい、聞いたことがあります。
美食家で知られる北大路魯山人は京都の出身ですが、「納豆茶漬け」や「納豆雑炊」を好んで食べたそうです。
どちらも初耳の料理ですが、なんだかおいしそうですね。
北大路魯山人は納豆の混ぜ方にもこだわっていて、醤油を数滴ずつ入れながら、糸が立たなくなるほど、繰り返し混ぜるのが最も美味しい納豆の食べ方だと記したそうです。この魯山人の納豆が再現できる、「魯山人納豆鉢」という商品があるほどで、それを使えば 424 回もか
きまぜることができるそうです。
424回もかき混ぜたら、「納豆」を食べるたびに腕の筋肉がつきそうですね。「納豆」は混ぜる回数で味が変わるのでしょうか?
混ぜれば混ぜるほどコクが増す、味がまろやかになるとは言われていますね。
日本だけじゃない! 世界各地にある「納豆」
もうひとつお聞きしたいのですが、そもそもなぜ「納豆」という名前になったのでしょうか? 先ほど「納豆」は大豆が腐ったものではなく、発酵食品だと教えていただきましたが、字面的には「豆腐」のほうが合っているような……。
「納豆」の語源は寺院の台所を意味する「納所(なっしょ)」と「豆」を結びつけたとする資料がありますが、はっきりしていません。
歴史が古いからこそ不確かなところも多いんですね。
そもそも、「納豆」は日本独自のものと思い込んでいるかもしれませんが、海外にも「納豆」に似た食品はたくさんあるんですよ。
し、知りませんでした……。
タイのトゥア・ナオ、韓国のチョングッチャン(清麹醤)、インドネシアのテンペなどはいずれも大豆を発酵させている食品です。横山智さんの『納豆の起源』(NHK出版)にはミャンマー、ラオス、ネパールに「納豆」の存在があると記されていますし、アフリカにも「納豆」があるそうです。
ただし、副菜として「納豆」を食べるのは日本人だけです。我が国独自の食文化として発展したことは間違いありません。もし「納豆」についてさらに知りたいという場合には、さきほどの『納豆の起源』や『謎のアジア納豆』(高野秀行著,新潮社)、私の『納豆のはなし: 文豪も愛した納豆と日本人のくらし』(石塚修著,大修館書店)を読めば、納豆の歴史を網羅することができますよ。
ただ体にいいからという理由で「納豆」を食べていましたが、先生のおかげで「納豆」の文化や歴史を知ることができました。時間に余裕があるときは、北大路魯山人を見習って424回かきまぜてみます。
おおまかに400回ぐらいでもいいと思いますよ。ちなみに、「納豆」のタレはかき混ぜる前と後、どちらに入れるのが正しい作法か知っていますか?
いつもかき混ぜる前に入れてますね。
実は、「納豆」をかき混ぜた後にタレを入れたほうが、ふっくら感がでると言われています。好みの問題なので、かき混ぜる前にタレを入れる人もいますが。
「納豆」にもおいしい食べ方があったんですね!
さあ、もう一度「納豆」を食べてみてください。「納豆」のことを知り、いつもよりおいしく感じられるはずです。
そんな、話を聞いただけでおいくなるはずが……
パクッ! ウ、ウ、ウマくなってる!!!
石塚先生のおかげで、「納豆」の疑問を解決することができました。
「納豆」を最初に食べた人物には諸説あること、関西の方は「納豆」が苦手ではないということ、日本以外にも「納豆」と似たものが存在するということなど、これまで知らなかったことばかり。
普段当たり前のように食べている「納豆」に隠された、奥深い世界。今まで以上に「納豆」を身近に感じられるようになったのではないでしょうか。
みなさんも今回紹介した知識を踏まえ、作法を実践することで、よりおいしい納豆ライフを堪能してください!
「メシのはてな」を知ると、食はもっとおいしくなっていきますよ。
※この記事は2017年6月の情報です。