▲「いくつ読めますか?」お店に入ると早くも難読漢字の読み取りテストが挑んでくる
明石で「明石焼き」は禁句?
メシ通リポーターの吉村智樹です。
明石漁港から水揚げされたフレッシュな魚介類は、大漁旗がたなびく「魚の棚(うおんたな)商店街」の店頭にたちまち並びます。
▲「魚の棚」と書いて「うおんたな」と呼ぶ難読な商店街
▲大漁旗がたなびく「魚の棚商店街」。近海の魚介が昼網漁で揚がり、フレッシュな海鮮がたちまち商店街に並ぶ
▲明石の名物といえばやはり「たこ」。商店街の照明までたこをデザイン
明石海峡の激しい潮流にもみにもまれて育った近海のたこは、身がぎゅっと引き締まり、その身は甘い。
そんな海のブランド「明石だこ」が、たまごたっぷりのやわらかな生地をまとい、球体に。あっつあつの上品なおだしにひたし、粗熱をわずかに冷ましてからいただきます。
舌の上で生地がとろぉんととろけ、おだしのたおやかな香りが後を追う。たこをぷちっとかみ締めれば、豊かなうま味がじゅわりと染み出る。
ぷるるん、ふわあっと、海の恵みが口いっぱいに広がるのです。
JR「明石」駅および山陽本線「山陽明石」駅を降りて明石海峡方面へ歩くと、明石焼きの専門店がいたるところに見受けられます。
しかし、実は明石焼きを名乗るお店は少なく、多くが「玉子焼」と呼んでいます。
広島へ行っても広島焼きと表記されたお店がないように、明石焼きも、あくまでフォリナーの視点から生まれた呼称なのです。
▲明石では「明石焼き」ではなく「玉子焼」と表記するお店が圧倒的に多い
店名は1文字、その名も「ゴ」
そんな明石の「魚の棚商店街」を出てすぐの場所に、あえて堂々「明石焼き」と掲げる一軒が。
それが、2002年に創業した「ゴ」。
▲「魚の棚商店街」の入り口すぐの場所に、あえて「明石焼き」を名乗るお店「ゴ」が建つ
▲店名は「ゴ」。何度見ても「ゴ」だけ!
難読漢字が並ぶ店内
外観がすでにゴっつい異色なこの「ゴ」。
実は店内には、さらなる意外すぎるサプライズが待っています。
それは「漢字」。
壁には、動詞や形容詞など、夥(おびただ)しい数の難読品詞がびっしり鏤(ちりば)められ、犇(ひし)めいているではありませんか。
▲壁にびっしり並んだ難読漢字
▲読み方がクイズになっている漢字漢字漢字漢字漢字……
▲その数なんと598問!
誰もがその文字文字した光景に魂消(たまげ)ること必至。
国語が苦手な人だったら、きっと身が竦(すく)み、顔を顰(しか)め、目を瞑(つぶ)ってしまうかもしれません。
▲ライターなのに読めない言葉が多く、「足掻(あが)く」しかない
▲「自惚(うぬぼ)れ」ていたことを思い知らされる漢字の大海原
「はじめは1100以上あったんです。ところが貼ってみたら字が小さすぎて読めなくてね。およそ半分に減らしたんです」(小谷喜久雄さん)
店主の小谷喜久雄さん(71歳)は、そう言います。
▲「ゴ」の店主、明石焼き職人の小谷喜久雄さん
こちらの「ゴ」は、小谷さんと、小・中学校9年間同級生だったという幼なじみの妻・マチ子さん(71歳)、夫婦ふたりが営むアットホームなお店です。
▲厨房は妻のマチ子さんとふたりで切り盛りしている
それにしても嘗(かつ)ては壁に1100以上もの難読漢字が連なっていたとは……。
それはもう怪文書ならぬ怪文所。
全問正解すると、明石焼きが1年間食べ放題に
しかもここに並んだ漢字は単なるディスプレイではありません。
読み方を全問正解すると1年間、無料で食べ放題になるのです。
▲壁の598問すべて正しく読みあげることができたら1年間、明石焼きを無料で食べ放題
当たり前ですが、その場でスマホなどを使い読み方を調べるのはNG。
そんな難易度が高い出題に、これまで9名が全問正解。
▲全問正解第一号となった今城さん(2006年に達成)
▲ふたりめはなんと当時小学3年生だった男の子
▲最新の全問正解者が昨年末に誕生した。2018年はまだひとりも果たせていない
そのうちひとりはなんと小学校3年生。
もうひとりは女優の宮崎美子さん(2011年/5人目)。
さすが才媛の宮崎さん。
知性がピカピカに光っていらっしゃいます。
漢字テストの結果で割引率が変わる!
「『Qさま!!』じゃあるまいし、難読漢字を598問も正解するなんて無理~」という方、ご安心を。
この「ゴ」では、食前に漢字の小テストに答え、正解率によって割引になる「漢字で得・とく」なるサービスまであるのです。
小テストの出題は10問。
料理を注文をするとまずテスト用紙が運ばれてきます。
▲注文すると10問の小テストが手渡される。制限時間は「注文した商品ができあがるまで」。もちろんスマホやケータイなどでのカンニングは失格
テスト用紙は「A」「B」「C」の3種類のいずれかが配られ、それぞれ問題は3日に一回、入れ替えているとのこと。
▲小テストは3日に一回、3種類(A・B・C)、出題が入れ替わる。全10問正解すると20%オフに!
出題は問5・7・8・9が、店内に掲げられた難読漢字から。
問1・2・3・4・6が出題作成日の新聞紙面から抜き出されます。
割引は6問正解から5%、8問正解から10%、全問正解なら20%オフ。
正解数が5問を下回っても、廊下に立たされるような罰則はないのでご安心を。
制限時間は「商品ができあがるまで」。
考え倦(あぐ)ね、じっくり検(あらた)めている時間はありません。
回答するスピードも重要ですよ。
焼きあがるまでの時間を楽しんでもらいたい
ではこちらからも10問、店主の小谷さんに質問です。
【1問目】あまりにもユニークなこの「漢字テストによる割引サービス」は、いつから、なぜ実施されているのでしょう。
小谷さん:創業当時からです。始めた理由ですか? 明石焼きは注文をいただいてからつくるから、少々お時間をいただくんです。なので焼いている待ち時間も楽しんでもらおうと思ってね。私自身がイラチ(せっかち)でね。よそのお店へ食べに行っても、新聞とか漫画とかがないと待てないんですよ。間が持たない。「焼きあがるまでのあの待ち時間、なんとかならんもんかな」と考えて、やりはじめたんですわ。
なるほど。
明石焼きはたこ焼きよりも水分を多く含み、ふんわりなめらかしていることが命。
なので、事前に焼いて待機させるわけにはいかない。水分が蒸発し、命である食感をそこねてしまいますから。
そのため注文が入るたびに調理することになり、焼きあがりまでのウエイティングタイムが生じる。その間を漢字テストで楽しんでもらおうということだったのですね。
小谷さん:正解は皆さんだいたい5、6問やね。最後の問10だけは、私が独断と偏見で選んだ難しいやつを出題しています。
小テストは3種類もあるから、大勢で来店しても盛りあがりますね。
それに出題が3日で入れ替わるから、何回訪れてもほとんどかぶらないのがいい。
前職は「写植」の営業マン
ここで、さらなる疑問が頭を擡(もた)げました。
【2問目】明石焼きができあがるまでの待ち時間を埋める方法として、小谷さんはなぜ「漢字テスト」を選ばれたのでしょう。
小谷さん:実は私はこのお店をやる前は*写植メーカーの「モリサワ」で36年間、営業をやっていました。漢字に親しんだ歴史が長いんです。ことさらに漢字が好きやというわけではないけれども、仕事がら、読み方はよく知っていたんです。
*写植メーカー「モリサワ」とは
写植(しゃしょく)とは「写真植字」の略。1924年、それまで活字植字の仕事に従事していた森澤信夫が世界に先駆け、活字を用いず文字板からレンズを使って一字ずつ感光紙またはフィルムに印字して印刷版を作る「邦文写真植字機」を発明。これが写植時代の第一歩となり、「モリサワ」は写植のトップシェアを誇った。現在は電算化され、写植ではなくフォントメーカーの大手として存在。
▲小谷さんは写植メーカー「モリサワ」で営業マンだった時代に漢字の知識を蓄えた。壁に貼られた難読漢字も「モリサワ」に依頼して打ち出されたもの
そうだったのですか! 思わず膝を打ちました。
明石焼きの料理人になる前は、文字にかかわる仕事をされていたのですか。
謎が解け、すべてがつながった気がしました。
小谷さん:壁に貼ってある漢字も、「モリサワ」に打ち出してもらったんです。新ゴシック体で。
この「ゴ」というお店が、かつての印刷文化を担ったベテランの、まさに「そのゴ」と呼べる第二ステージだったとは。
特太ゴシックで表記したい事実です。
銅板でじんわり焼きあがる、絶品ゆる生地の明石焼き
ではいよいよ、お楽しみの明石焼きをいただきます。
まずは、メニューに「主役」と書かれた、もっともシンプルな「たこ」入りを(10個 520円)。
▲鉄板ではなく熱伝導がいい銅板を使う
▲ガス火でしっかり生地を焼く。たこ焼きより水分が多く、そのためたまごスープが沸騰しているかに見える
▲銅板は鉄板よりやわらかい。そのため金属製の串では傷がつく。ゆえに木製の菜箸でひっくり返す
使うのは鉄板ではなく、熱伝導がよくムラなく焼ける銅板。
鉄に比べてやわらかく繊細なため、焼き板に傷がつかないよう金属製の串ではなく菜箸で回転させます。
投入されるたこは、もちろん目の前の海でとれた新鮮なもの。
▲目の前の明石漁港に揚がった新鮮でコリッコリなたこを使う
小谷さんとマチ子さんの、言葉を交わさずとも意思が伝わる息の合ったコンビネーション、見とれてしまいますね。
焼きあがるのが待ち遠しいです。
▲夫婦の絶妙な間合い。静かなフォーメーションで確かな味に焼きあげる
アイドル考案の変わり種メニューも
それにしても、メニューが豊富ですね。
▲「主役」「母の味」「真打」「関西ジュニア考案」「ごろごろ」など気になる表記があちこちに
【3問目】明石焼きのお店にしては、このバリエーションの豊富さは異例なのでは?
小谷さん:「おすすめはなにか」と問われたら「全部です」と答えています。明石は魚介類が豊富ですから、たこだけではなく穴子なんかも人気ですよ。「たんこぶ」はたこと塩昆布。「青春バススペシャル」は梅とたこ。
【4問目】なぜ梅とたこで「青春バススペシャル」なのでしょう。
小谷さん:「関西ジャニーズJr.」のメンバーがサンテレビのロケで梅を持ち込んできてね。試しに梅肉を入れてみたら、さわやかでうまかった。それでメニューに加わりました。彼らに「あんたらが名前もつけてや」って言うてね。番組のタイトル「青春バススペシャル」がそのまま明石焼きの商品名になりました。
関西ジャニーズJr.のメンバーが名づけたメニューまであるとは!
関西シニアの僕としてもこれは注目です。
とろけるようなデリケートな食感、その秘訣(ひけつ)は……
そうしてメニューを矯(た)めつ眇(すが)めつしているうちに、生地に熱が通り、さらによい香りが漂ってきました。
どうやら焼きあがってきたようです。
▲銅板そのものに取っ手がついているのも明石焼きの特徴
▲独特な形状の一本歯まな板に銅板を乗せ、ぱかっと外すと一丁あがり
そしてついに、焼きあがりました!
「さあ、どうぞ!」
いただきます!
香りのよいおだしにくぐらせて……ぱく。
▲たまごたっぷり。まな板にとろぉんと横たわる明石焼き
▲うっすら品のよい焼き色。たこが透けて見える
………ぅ、ぅ、ぅ、うまい(涙)。
これは、すごい。
茶碗蒸しかのような、まろみのある食感。
喉の奥をちゅるんと、ゆるく通り抜けてゆきます。
なんというデリケートで崇高な技術。
▲つまようじではなく箸で下からすくい取る。ゆる~い生地には実は秘密が
▲ほんのり塩気と海の香りいっぱいのおだしにひたし、三つ葉をはらり
【5問目】しっかり焼いているのに、なぜこんなにやわらか~く、ふんわか仕上がるのでしょう。
小谷さん:うちは、でんぷんでできた浮き粉だけで焼きます。そやから、やわらかい。ただ、浮き粉は原材料費が高いんです。焼きにくいしね。でもこれだけは絶対にこだわってるんです。
この浮揚感のある口あたりは、その名の通り浮き粉100%がもたらす効果だったのですね。
さらに、おだしの香りと滋味がたまらない。
湯気とともにたちのぼる海の香りにうっとりしながら、不思議に思う気持ちもたちのぼってきました。
【6問目】おだしが絶品ですが、素材はなにを使っていますか?
小谷さん:化学調味料は決して使わず、昆布、かつおぶしを2種類をブレンド。かつおぶしは専門店で本物を仕入れています。
素材へのこだわり、伝わってきます。
海そのものをいただいているような、おおらかな気持ちになるお味です。
この味なら負けない! あえて激戦区に参戦
ではここから、いよいよ根本的に疑問に思うことを。
【7問目】写植の営業マンとして長年活躍した小谷さんが、なぜまるで畑が違う明石焼きの世界に与(くみ)することになったのでしょう。
小谷さん:妻(マチ子さん)の実家が淡路島の岩屋でね。そこで「池田屋」という明石焼きとうどんのお店をやっておりまして、ここが本当にうまかったんですよ。僕は本場明石のものより妻の実家の明石焼きのほうがおいしいと思っていた。そしてお義母さんが90歳になりまして、この池田屋を終(しま)うことになりまして。それを聞いて「この味を絶やしたらいかん」と思い、会社員をやめて修行したんです。
おお。この「ゴ」の味は、淡路島の名店のレシピを引き継いでいたのですか。
それにしても、明石焼きの聖地のような場所に新規で参入するとは、すごい勇気ですね。
小谷さん:開店当時ここ明石には、わかっているだけでも74軒もの、すごい数の明石焼きのお店があったんです。普通やったら、よそから来た人間が明石で新たにお店をやろうとは思わない。でも私は「池田屋の明石焼きやったら絶対に負けへん」という自信があった。そんなら「いっそ本場の明石にお店を開いた方がええんちゃうか」と考えたんです。
お、漢(おとこ)ですね! もう殴り込みだ。
【8問目】もしや「玉子焼」ではなく「明石焼き」を名乗っていらっしゃるのは、明石焼きで勝負したいという思いからなのですか?
小谷さん:「明石焼きがうまいお店」、うちはそれでいい。お客さんは遠くから「明石焼き」を食べにきてくれるんやしね。「玉子焼」ではわかりにくいでしょう。お客さんにわかりやすくしないとね。
お客さんが「明石焼きを求めているから明石焼きを名乗る」「焼きあがるまで退屈だろうから、漢字の小テストをつくる」。
小谷さんの視線は、つねに来訪者へ、思いやりをもって注がれています。
お客さん命名のあんかけ「ごろごろ」
それをさらに感じさせてくれるのが「ごろごろ」(650円)なる珍名メニュー。
生姜と三つ葉を効かせた、あんかけ明石焼きです。
▲焼きたての明石焼きにさらにおだしのとろみあんを流しいれる「ごろごろ」
▲見た目のおだやかさに反して激アツなので舌をやけどせぬよう
小谷さん:明石焼きはやわらかいし、つぶれやすい。だしにひたして食べるときにつぶれてしまうんやから「はじめからだしがかかっていてもええんとちゃうか」と思って考案したんです。
【9問目】あんかけの明石焼きが、なぜ「ごろごろ」という名前になったのでしょう。
小谷さん:最初に試食してくれた女の子が命名してくれたんです。「名前、考えてくれるか?」って聞いたら「ええよ! ごろごろ!」って即答。「それ、ええな」って、すぐ採用ですわ。なんでごろごろなのか? たぶん見た目がごろごろしているからやろね。
お客さんのアイデアがすぐ商品名になる、その柔軟性は、小谷さんが焼く明石焼きのやわらかさ、そのものであるように思いました。
▲木のさじですくいあげていただく。ふわとろ食感の感動にしばし陶然となる
「ゴ」の次は「リ」という2軒目をオープンさせたい
では、これが最後の質問です。
実は、お店に入る前から気になっていました。
【10問目】なぜ店名が「ゴ」なんですか?
小谷さん:私のあだ名が「ゴリラ」なんです。私自身は似てるとは思わないんやけど。それで初めは店名を「ゴリラ」にしようと思うたんです。でも「待てよ」と。お店を3軒持つのが夢やったから、ほな一軒目は「ゴ」にしようと。そやから次は「リ」(笑)。もし街で「リ」というお店を見つけたら「ああ、あのおっさん、2軒目を開きよったんやな」と思うてください。
店名の「ゴ」って、ゴリラのゴだったのですか!
どうりでお店のなかにゴリラのぬいぐるみがたくさんあるなと思っていました。
▲店名の「ゴ」はゴリラのゴ。したがってもしも2軒目を開くなら店名は「リ」になる
▲店内はご主人のあだ名である「ゴリラ」のぬいぐるみでいっぱい
小谷さん:「ラ」までいくのが夢やね。まだまだやりますよ!
10問の漢字テストの回答数によって割引率が変動する「漢字で得・とく」サービスにならい、こちらからも10の質問を投げかけました。
小谷さんの「全問正解」としか言いようがないご名答の数々に唸(うな)らされたひとときでした。
漢字テストを受けてみた。その結果は……(涙)
そして僕が食前に挑戦した漢字小テストの成績は!
正解、5問……。
割引なし(涙)。
もうライターを名乗るなんて、烏滸(おこ)がましいです。
お店情報
明石焼き「ゴ」
住所:兵庫県明石市本町2-1-4
電話番号:078-913-8205
営業時間:水曜日〜土曜日11:00~22:30(LO)、日曜日〜火曜日および祝日11:00~21:30(LO)
定休日:不定休
ウェブサイト:https://www.go-akashiyaki.com/