乳化に追い水、アルデンテにこだわらない……。侍シェフの「つゆだくペペロンチーノ」レシピが斬新すぎる

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 「お酒のシメにピッタリ」ペペロンチーノとは?

料理の名人に「家庭でできる手軽な一品」を教えてもらうシリーズ、今回訪れた街は、大阪心斎橋。ここに、なんとオールナイトで朝9時まで営業しているイタリアン&洋食のお店があります。

しかもそこは、「めっちゃおいしい!」「何度も食べても、ぜんぜん飽きない」「特にペペロンチーノが、お酒のシメにピッタリ」と評判の声が高いのです。

「朝9時まで営業」ということは、終電あとのミッドナイトでも、しっかりと食事ができるわけですね。酒場が多い大阪ミナミ地域は、深夜にちゃんとした食事が摂れる店が意外と少なく、本当にありがたい。

それにしても「お酒のシメにピッタリなペペロンチーノ」って、いったいどういうものなのだろう。ペペロンチーノは、とってもおいしくて、大大大好物。けれども、オイリーでガーリックなイメージが強い。お酒のあとには、むしろむいていない気がするのだけれど……。

 

ちょんまげ頭の「ペペロンチーノ侍」が登場

「お酒のシメにピッタリなペペロンチーノ」、ぜひとも食べてみたい。

せっかくならレシピを教わりたい。

 

そう考え、やって来たのは心斎橋のなかでも、とくに雑居ビルが建ち並ぶエリア。小さなバーやスナックが櫛比(しっぴ)し、ムード歌謡が似合いそうな街。 

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 辿り着いたお店の名は、ズバリ! 

「深夜食堂ペペロンチーノ」

 

店名が、いきなりペペロンチーノとは、よほど自慢のメニューなのでしょう。期待感がたかまります。では道場破りになった気持ちで扉を開けますぞ。

 

頼もう~!

 

お? 

 

そこにいらしたのは、なんと、武士!? 

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10席10坪のカウンタースタイルの店内。シェフはそこに、しっかり月代(さかやき)を剃りあげたちょんまげ頭で、襷掛(たすきがけ)をし、腰には大小の刀を差し、凛々しい姿で立っておられました。

シェフのお名前は“ペペロンチーノ侍”こと後藤“またべえ”隆博さん。「442歳です。この店をオープンして、408年が経ちました」と、さっそく不思議な世界へといざなってくれます。やっぱり、料理界は今も昔も戦国時代なんですね。

そんな後藤さん、本業の料理は凄腕。フレンチ6年、イタリアン6年。フレンチに至ってはプリンスホテルのチーフを担うなど、包丁で頭角をあらわした、言わば剣豪。後藤さん念願の開業だった「深夜食堂ペペロンチーノ」は、パスタだけではなく、オムライスなど洋食も充実しています。

 

「ペペロンチーノはスープたっぷり」が侍の流儀

そんな後藤さんに、お訊きしたい。こちらのペペロンチーノは「なぜお酒のシメに合うのか」。

 

f:id:meshi2:20190619184104p:plain後藤さん(以下、敬称略)それは、うちのペペロンチーノが、スープたっぷりだからなんです。

 

え、スープ? ペペロンチーノに?

スープタイプのペペロンチーノって、見たことも聞いたこともないです。

 

f:id:meshi2:20190619184104p:plain後藤ペペロンチーノと言えば“オイルパスタ”というイメージがあります。けれども深夜なので、オイルまみれのパスタよりも、油分を控えたスープにひたそうと。器ごとスープを飲んでいただいてもいいかな。

 

ほお。つゆだくのペペロンチーノですか。酔い覚ましにも、よさそうですね。

 

f:id:meshi2:20190619184104p:plain後藤もともと、このお店を始めた理由が「深夜に洋食やイタリアンが食べられる店って、ないよなあ」ってことでした。仕事終わりや仲間とお酒を飲んだあと、「おいしいパスタが食べたいな」と思ったとしても、行けるお店がない。だったら、「自分でやろう」と考えたんです。

 

いやあ、貴重な深夜食堂の開店、ありがたいです。もう地域貢献ですね。

 

毎日セットを欠かさない「ちょんまげ」 

そして、どうしても気になるのは、後藤さんのSAMURAIファッション。なぜ、お侍さんの格好をしているのですか。

 

f:id:meshi2:20190619184104p:plain後藤開店当時は、僕はごく普通のシェフだったんです。ただある日、食のイベントに参加する機会があり、インパクトを残したくて侍の格好をしました。すると「似合っている」とひじょうに評判がよくて。学生時代は弓道部でしたし、精神統一のために居合抜きも習っています。もともと和服には親しんでいたんです。

 

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い、居合抜きですか! 包丁のみならず、日本刀の心得がおありだったとは。

とはいえ、「ちょんまげ」まで結ってしまうとは、どえらいご決断。お手入れ、たいへんじゃないですか。

 

f:id:meshi2:20190619184104p:plain後藤たいへんです。飲食店なので清潔に、アルコールシャンプーで丁寧に洗ってから結います。どうしてもセットに1時間弱かかります。着物に似合う髪型を考えると、やはりちょんまげに行きつきますから、仕方がないですね。

 

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お名前を「後藤“またべえ”隆博」とされている理由は?

 

f:id:meshi2:20190619184104p:plain後藤うちは実家が大分なんです。実家の蔵から家系図が出てきまして、家系をさかのぼってゆくと、後藤又兵衛*1に辿りつくんです。それで、あやかりました。

 

ええ! 後藤又兵衛の墓は確か大分県にありますよね。ということは、後藤さんは、もしや英雄の末裔?

 

f:id:meshi2:20190619184104p:plain後藤う~ん。その家系図がなにを意味したものかがわからないし、末裔であるとは言えないです。ただ、こうして自分は侍の格好をしているので、ご縁は感じます。

 

あえて細麺で「つるつる」感を

ではいよいよ、そんな武士としての気高さをいだく後藤さんに、店名にもなっているご自慢の、つゆだく「ペペロンチーノ」のつくり方を教わりたく候。

 

f:id:meshi2:20190619184104p:plain後藤ご家庭でつくれるレシピを、お教えいたしましょう。

 

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痛み入ります。

秘伝「ペペロンチーノ」の免許皆伝! よろしくお願いいたします!

 

ペペロンチーノ(1人前)

【用意する食材】

  • スパゲッティ 直径1.4mm
  • 鷹の爪 2本(お好みで)
  • 玉ねぎ 4分の1玉
  • ベーコン 40グラム
  • にんにく 大きめ3かけ
  • コンソメ(粉末) 8グラム
  • 塩 4グラム
  • サラダオイル+オリーブオイル 30ミリリットル
  • 水 150cc
  • パプリカパウダー ※お好み
  • カエンペッパー(赤唐辛子の微粉末。カイエンペッパーともいう)※お好み
  • ブラックペッパー ※お好み
  • エクストラバージンオリーブオイル ※お好み

調理、いざ開始!

 

まずは下準備から。玉ねぎとベーコン、にんにくをサクサク刻んで……。 

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素材にポリシーはありますか?

 

f:id:meshi2:20190619184104p:plain後藤にんにくは中国産を使います。スーパーマーケットで売られている安いものでいいですよ。高級な国産品を使うと、香りが強くなりすぎるようです。鷹の爪を用いますから、にんにくの刺激は控えめに。

 

なるほど、国産がベストかとつい思い込んでました。鷹の爪のピリ辛を活かすために、にんにくは脇で助太刀する感じですね。

 

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スパゲッティは直径1.4mm。

ずいぶんと細いものを使うんですね。なにゆえに?

 

f:id:meshi2:20190619184104p:plain後藤細めのスパゲッティのほうが、のど越しがいいですから。「つるつるっ」と召し上がっていただきたいんです。それに1.4mmだと3分~5分で茹であがります。さっと湯がいて、できたてのアツアツをささっと食べる。そういうスピード料理です。とはいえ、もちろん太さは、お好みでかまいません。

 

「のど越し」で味わうペペロンチーノですか。楽しみですね。

でも……1.4mmだと、すぐに麺の中心まで茹であがってしまって「アルデンテ」にするのが難しいのでは。

 

後藤僕ね、アルデンテって、まったく気にしていないんです。

 

ええ、意外な発言! そち、それはまことか。

 

f:id:meshi2:20190619184104p:plain後藤「スパゲッティはアルデンテ状態がいい」「パスタは歯ごたえがなくてはならない」という考え方に、みんな縛られすぎていますね。「アルデンテになっていないから、おいしくない」って、そんなことはないんです。たとえ芯まで柔らかくなっていても、決してのびているわけではないですから。茹ですぎでも、反対にカタカタでもかまわない。自分の好みの硬さ加減で食べればいいですよ。

 

それがし、ちょこざいな固定観念に縛られておりました。めんぼくない。

確かに、そうですよね。それに、お酒のシメに食べるのだったら、細い茹でたてスパゲッティのほうが胃にやさしそうですもん。

 

麺を茹で始める

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次なるステップは熱湯に塩を入れて、 

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パスタを茹で始めます。

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オリーブオイル+サラダ油を合わせる理由は……

こちらは熱したフライパンに、まず鷹の爪を。まだ油は入れず、さっと乾煎りして香りを強めておきます(ここ、ポイント)。 

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そこへサラダ油+オリーブオイルを注ぎ、にんにくが参上。 

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 「じゅわ~」

 

くぅぅ、いい音するなあ。この場合、油はサラダ油とオリーブオイルを半々で使うのですか。オリーブオイルのみのほうが、贅沢感がありませんか。

 

f:id:meshi2:20190619185646p:plain後藤いやあ、オリーブオイルだけだと、ちょっとクドいです。香りが強すぎるんですね。ペペロンチーノはシンプルな料理。なので、バランスが大事なんです。素材の持ち味を「抑える」感じでつくっていった方が、味が整うんです。

 

シンプルなひと皿だからこそ、それぞれが前に出すぎないように調理するんですね。一騎討ちの料理ではないんだな。

 

「香りこそが、お客様へのサービス」

熱したフライパンに、たまねぎを入れ、ベーコンを入れ……。

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ベーコンの脂がとろとろにとろけ、玉ねぎに沁みてゆきます。

うわあ、とてつもない、いい香りですね。上様、食欲がご乱心です。ちょっとこれはヤバいですぞ。

 

f:id:meshi2:20190619184104p:plain後藤にんにくの香りがたちのぼって、ベーコンの脂が溶けた香りがして、いいでしょう。この香りこそが、お客様へのサービスです。お客様からは、よく「ビルのエレベータの扉が開いた瞬間にペペロンチーノのいい香りがする」と言われるんです。

 

いやはや、恐悦至極。すばらしい香りに、うっとりします。

後藤さんがペペロンチーノの極意として「控えめ」「抑えめ」とおっしゃっていた理由が、よくわかります。これ以上にフレーバーが強いと、抵抗感をおぼえるかも。

 

乳化に加えて「追い水」も

そして、パスタの茹で汁を、炒めた具材のなかに。 

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これは、よく耳にする「乳化」(本来混ざらない水と油を同化させること)ですか。

 

f:id:meshi2:20190619185646p:plain後藤そう、乳化です。言わば、ソースをつくる作業ですね。玉ねぎがしんなりとし、とろみが出てきて「ぷつぷつっ」という音がするでしょ(確かに聞こえてくる)。これが聞こえたタイミングで、茹で汁を油に注ぎます。お玉一杯分くらい。ただ、うちはスープパスタのような感覚で召し上がっていただきたいので、茹で汁だけではなく150㏄の水を加えます。 

 

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というわけで追い水を追加。

 

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ほほ、おつゆたっぷり。すでにスープとして、おいしそう。

茹で汁に加え、水を加えたことで香りがまろやかになりましたね。このまま、ぐぐっと大盃で飲み干したいほどあっぱれです。

 

コンソメは「スパゲティを茹でる鍋」に投入!

お? コンソメですね、これは。

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これをフライパンの具材側じゃなく……スパゲッティを茹でている麺に投入!

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フライパンの具材の方ではなく、スパゲティを茹でる方の鍋に? これはかなりの意外なポイントです。なぜなのですか。

 

f:id:meshi2:20190619185646p:plain後藤スパゲッティに、うまみを沁みこませるのが目的です。ちょっとスパゲッティを「炊く」感覚ですね。うちではいつもはスパゲッティと野菜を一緒に煮て、うまみを封じ込めるんです。けれども、コツが要りますし、材料費もかかります。ご家庭ではコンソメでいいと思います。

 

御意!

 

いよいよ終盤。茹でたて麺を具材と混ぜ……

ほんのりコンソメ風味がついた茹で上がりのスパゲッティを熱湯から引き上げて、フライパンの具材とからめ…… 

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底が深めのお皿にスパゲッティを盛りつけ(丼でもOKとのこと)

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おつゆをそそぎます。

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最後の仕上げは極めつけ、「エクストラバージンオリーブオイル」をとろり。 

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ああ、献上品のような高貴な香り。卒倒しそう! 

可能であればオリーブオイルは2種類を。二刀流だ。

 

お好みで「パプリカパウダー」「カエンペッパー」「ブラックペッパー」をふり……

完・成・です!

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は、早い! あっという間だ。

だって、作り始めて5分かかっていないですよ。

 

喉越し最高。お箸で食べるのがイタリアン武士道  

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f:id:meshi2:20190619185646p:plain後藤やっぱり、食べたくなったら、すぐに食べたいですよね。フォークもいいですが、お箸をどうぞ。お箸で、すすすっとすすってください。

 

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かたじけない。スープがひたひたで、スパゲッティというより、ラーメンを思わせる見栄えですね。

 

では、いただきます! 

うん、うまい……。 

うまさが沁みる。五臓六腑に沁み渡ります。白ワインと合う合う。 

 

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細くてアツいスパゲッティが心地よく、つる~んと喉を通ってゆく快感。ペペロンチーノで、これは初体験。お酒とともに&お酒のシメに、なるほどぴったりです。

キリリとした辛みの鷹の爪を主君にし、素材が陣を組んでいるかのようなチームワーク。すばらしい均質感ですね。

 

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「カエンペッパー」が想像以上に、いい仕事をしているな。うちにも常備しよ!

 

玉ねぎやベーコンのうまみたっぷたぷなスープが、これまたもお絶品。 

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なんと愛しいやつじゃ。飲み会のシメにごくごくいただいたら、たまらんじゃろなあ。このスープを飲みたいがために、あえて二日酔いになりたいほど。ありがたき幸せ。おぬし、やりますな。

 

f:id:meshi2:20190619185646p:plain後藤ペペロンチーノは、もともとは家庭料理です。イタリアでは、扱っていないお店があるくらい「おうちで食べる料理」なんです。こうするのが王道だとか、これをしては邪道だとか、そんなことはなにも気にせず、楽しく調理して食べていただきたいですね。

 

ペペロンチーノは、シンプルだからこそ多様性に富む、イタリアンの原点のような食べ物なんですね。素材も茹で加減もお好み次第の千差万別。だからおもしろい、だから楽しい。今日はペペロンチーノ侍に、それを教わりました。

さぁ、おのおのがた、固定観念の呪縛にとらわれず、それぞれ思い思いのペペロンチーノをつくってまいろうぞ。

 

侍シェフ・後藤さんの料理が食べたくなったら

ナニワの名物シェフ、後藤さんの料理を食べてみたい……生ちょんまげ見てみたい……と思った方はぜひ心斎橋にある「深夜食堂ペペロンチーノ」へ。

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たとえ終電逃しても朝まで営業しているので心配ご無用。

さぁ皆の衆、心ゆくまで楽しもうぞよ!

 

店舗情報

深夜食堂ペペロンチーノ

住所:大阪大阪市中央区心斎橋筋2-2-10 新日本三ツ寺ビル 3F
電話:06-6210-4222
営業時間:19:30~翌9:00(L.O8:00) 
定休日:不定休

www.facebook.com

  

*1:※後藤又兵衛(後藤基次)…安土桃山時代から江戸時代初期に活躍した武将。「大坂の陣」で奮闘した豪傑な英雄として語り継がれている

書いた人:吉村智樹

吉村智樹

よしむらともき。関西ローカル番組を構成する放送作家。京都在住。街歩きをライフワークとし、『VOWやねん!』ほか関西版VOW三部作(宝島社)、『ジワジワ来る関西』(扶桑社)、『街がいさがし』(オークラ出版)、『ビックリ仰天! 食べ歩きの旅』(鹿砦社)など路上観察系の書籍を数多く上梓している。

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