作家・服部文祥氏と捕れたてのザリガニを頬張りながら、自然との付き合い方を聞いてみる【都市とサバイバル】

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登山やサバイバル、自給自足生活などに関心があるなら服部文祥という名前に聞き覚えがあるはずだ。

作家、編集者でありながら、必要最小限の荷物だけを装備し食料を現地調達する「サバイバル登山」の実践者でもある服部氏。オフの日でも極力、自然とふれあいながら過ごしている。その奔放かつ屈強なライフスタイルは、テレビ番組『情熱大陸』や『クレイジージャーニー』(いずれもTBS系列)でも取り上げられ、ネット上でも話題を呼んだ。

『極限メシ』連載第4回目となる今回は、そんな服部氏の自宅を訪ねてみることに。都市と自然、両方にまたがって暮らす「アーバンサバイバル」の中に、過酷な登山における「極限メシ」の一端が垣間見れるのではないか。ひいては、我々が非常時を過ごす際のヒントが隠れているのでは……。そんな思いを抱きつつ、彼が暮らす横浜の郊外へと向かった。(フリーライター・西牟田靖)

 

話す人:服部文祥(はっとりぶんしょう)

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登山家、作家、山岳雑誌『岳人』編集者。1969年横浜生まれ。東京都立大学在学中はワンダーフォーゲル部に所属。1996年、世界第2位の高峰K2(8611m)登頂。99年頃から装備や携行食を持ち込まず自然の中で食料を調達する「サバイバル登山」を実践している。第5回梅棹忠夫・山と探検文学賞を受賞した『ツンドラ・サバイバル』をはじめ、著書多数。現在は、妻、二男一女と横浜市内に在住。

 

ウッドデッキを自作してやれることが広がった

都心から電車で小1時間。さらに駅から15分ほど上り坂の住宅地を抜けていくと、その先の坂の上に服部文祥さんの自宅が見えてきた。坂の途中に建つ家の向こうは空が見え、眼下には住宅街がどこまでも続いている。さらに手前、家の下は急斜面の雑木林が広がっていた。

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▲一見何の変哲もない民家に見える

 

「いらっしゃい、どうぞこちらへ」

あごひげを生やした服部さんが現れて、建物の反対側へ案内してくれた。彼は普段、山岳雑誌『岳人』の編集作業をなりわいとするサラリーマン。そんな本業のイメージとはかけ離れた、長袖Tシャツに作業用のズボンというラフな格好をしている。

服部さんに促され、表玄関の真裏へ。そこには、広々とした空間があった。服部さんが2012年に自作したウッドデッキだ。

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▲左下の板の部分がウッドデッキ。もともとは狭い通路と柵しかなかった

 

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▲飼い犬のナツ。家を守ろうとしてムダにほえ、服部さんに叱られていた。狩猟のパートナーだけあって、かなりすばしっこい

 

デッキは家の一階部分と同じ奥行きがあり、日曜大工的な作業をやったり、まきを割ったり、狩猟で仕留めた獲物を解体する場になっている。また、大小のプランターが置かれていて、いろんな種類の野菜や果物が育てられていたりもする。ここは物置としても使われているようで、家の壁側には大工道具や登山用の靴がたくさん置かれていた。

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▲何に使うのかよくわからない道具たちが雑然と転がっている

 

ニワトリほど飼いやすい鳥はない

「ちょっと散歩でもしてみましょうか」

服部さんはデッキの端にある目立たない階段から降りていく。目の前にはハチミツ用に飼っているミツバチたちがブンブンと羽音を立てて飛び回っている。

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▲自宅にミツバチの巣箱がある人を初めて見た

 

刺されないか少しおびえながらも、何とか無事ミツバチの巣箱の前を通り過ぎた。小道を右に曲がるとそこは家のちょうど真下。ニワトリを飼育している、人の背丈ほどもある鳥小屋が目に入った。放し飼いになっているニワトリを数えると、オスは1羽、メスは3羽いる。

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▲ニワトリは全部で4羽。田舎ではよく飼っている家も多いのだが、都会ではまず見かけない

 

「ニワトリほど飼いやすい鳥はないよ。放し飼いにしても逃げないし、生ゴミ置いとけば食べてそれが卵に変わるんだよ」

 

そういって服部さんは鳥小屋の背後に作られた小さな戸を開けて、卵を一つ取り出して見せてくれた。

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▲当たり前だが産みたての卵は、まだ生あたたかい。当然、服部家の重要なタンパク源になっている

 

植物や果物は狩りたてをいただく

ニワトリの巣箱の反対側には、ビワやはっさくといった果樹の木が家と同じぐらいの高さで生えていた。服部さんは斜面から身を乗り出したり、木に登ったりして、ビワの実をいくつか収穫し、そのまま頬張った。

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▲目に付いたら小型の剪定(せんてい)ばさみで切り取っていく

 

庭を案内してもらう道中、彼が口にしたのはそれだけではない。

「これはウコギ科のハリギリ。春に新芽を食べる」

「こっちはノカンゾウ」

「この実は桑の実で、あれはブラックベリー」

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▲植物にうとい者には単なる雑草にしか見えない

 

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▲ノウカンゾウをほおばる服部さん。味はネギに近い

 

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▲鮮やかな桑の実。酸味があってなかなかおいしい

 

道中、時折立ち止まっては、食べられる野草や木の実をちぎっては頬張っていく。無論、私もお裾分けしてもらった。コンビニやファミレスでは決して味わえない、「野生としかいえない何か」が口の中にじんわり広がっていくのがわかる。

 

竹林を抜けたそこにあったのは……

小道をまっすぐ下っていくと、目の前はうっそうとした木々に覆われていた。木漏れ日しか差さないので薄暗い。ほんの1時間すこし前まで都心の雑踏を歩いていたことがうそのようだ。

進路が突然、阻まれた。土砂崩れ防止のため、下の地面はコンクリートで固められた法面(のりめん)になっていた。

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▲眼下には住宅街が広がっていた

 

法面の最上部を数十メートル歩き、別のところから、坂を上る。急斜面に竹林が広がっている。この竹林のおかげで服部さん宅の庭でもタケノコ掘りが楽しめる。

上り切ると、やぶになっていて、そこからは服部さんがナタを使って、道を作りながら上っていった。

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▲服部さん宅の庭と竹林はつながっている

 

気かつくと、目の前に高圧電流の流れる鉄塔の足が現れた。山のてっぺんに来たらしい。服部さんはずんずんと進み、鉄塔の真下へと歩いて行く。そんな後ろ姿を見て、「入っても大丈夫かな」と内心ドキドキする。服部さんと私は奇しくも同い年。五十路に手が届きそうなおっさん二人が40年ぐらい前の子ども時代に戻って秘密基地ごっこをやっているように一瞬錯覚した。

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▲普段は遠くに眺めている鉄塔。真下まで来たことなんてあったっけかな

 

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▲足場が決して良いとは言えない林の中をズンズン進んでいく服部さん。さすがは登山家、足腰は相当鍛えられている

 

服部さんは鉄塔の下を通り過ぎたところにあるもう一つのまき置き場で立ち止まった。その背後にはなぜか水の入ったペットボトルが置かれ、ミツバチと同じかさらに大きな銀バエが数匹、ブンブンと飛んだり、着地したり、忙しく動いていた。

「ここは俺のトイレ。野生動物は排泄物を土に返すでしょ。なるべく毎朝来てます。まきを取りがてらね」

ざっとここまで歩くのに10分ほど。このトイレこそが秘密基地の最深部なのだ。そう言いきっていいのだろう。

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▲散歩の終着点がトイレだった、というのもちょっとオチがついていてイイ

 

ザリガニ、本日は大漁ナリ

その後、彼の家のある坂の途中から自転車で近所の鶴見川を目指した。

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▲服部さんに自転車を借りて、遅れながらも、なんとかついて行く

 

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鶴見川はおだやかは表情を見せていた

 

急な坂を下ったり、住宅地を抜けたりして10数分。鶴見川が見えてきた。橋の上から水面を見ると、水草が方々に生えていて、そこそこ自然豊かであるのが分かった。その一角にある、水草で覆われていて本流からは何も見えない、そんな隠れ家的な穴場に案内された。

「これからやるのは大人の遊びだから」

そう言って彼は、用意してきた荷物を自転車から降ろす。1メートルほどの竹竿3本、生臭いアジのアラ、いくつかのビニール袋、そしてバケツ。おもりの代わりの石を現地調達して、アラと一緒に四角い網の袋(約10センチ四方、キッチンで使う網状の袋)に入れ、釣り糸の反対側に結んでいく。仕掛けには釣り針はないがどうするのだろうか。

すると服部さん、釣り針をつけないまま、竹竿を5~10メートルずつ離して3本の竿を配置していくではないか。ちなみに川底は深さ50センチほど。そこにザリガニがいるらしい。

竿をゆっくりあげて、ザリガニがハサミで網をつかんでいれば、たも網で下から慎重にすくってバケツに放す。そして次の竿まで歩き、竿をあげる。その繰り返し。エサであるアジのアラは封をした網に入っているからザリガニは魚を食べようがない。だから何度でも使える。 

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▲片手にたも網を持って竿をあげていく

 

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▲ザリガニ釣りに使ったエサ。アジのアラとおもり代わりの小石が入っている

 

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▲立派なマッカチン(アメリカザリガニの別称)が釣れた

 

ザリガニは何度でも引っかかった。30分あまりで10数匹。これは入れ食いといってもいいのだろう。

「魚の身からザリガニの好きな匂いが水中に流れるんでしょ。それにおびき寄せられるの」

私は子どもの頃、ゲソを糸でくくってザリガニ釣りをやっていた。そのころの釣り方に比べると服部さんの釣り方は実に洗練されている。サバイバルの方法を突き詰めているうちに、こうした釣りの手法ひとつとっても、改良に改良を重ねてきたということなのだろう。彼が「大人の遊び」といったのは、それだけ改良してきたという自負があるからなのかもしれない。

 

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▲釣れたザリガニは帰宅後、水道水につけておく

 

強いコクのあるエビの味

服部さんの自宅へと戻って、さっそくザリガニを試食する。

「さあ食べましょう」

私に呼びかける服部さん、その目の奥には、いたずらっぽい笑みが浮かんでいる。それを見て何かたくらんでいるんじゃないかと思った。

本来なら数日、真水の中で泥を吐かせるようだが、時間がないので、水に少しつけただけでそのまま実食する。ウッドデッキの真ん中に置いてある臼を改造して作ったテーブル。卓上にはカセットコンロが置かれ、その上に鍋がセットされる。調理法は一番おいしいと彼にすすめられた塩ゆでだ。

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▲ザリガニをゆでていく

 

熱湯の中にザリガニを置いていく。ザリガニはもん絶するように足やシッポを動かすがそれも数秒だけ。入れてから10秒ほどで、細かい泡のようなものを吐き出し、動かなくなった。全部を熱湯の中に入れる。ゆでていたのはものの1、2分。赤黒いザリガニの体は、みるみる鮮やかな赤色へと変わっていた。もはや生き物ではない。ゆでられることで、ザリガニは生き物から食べ物へと変わったのだ。

ゆであがったザリガニを見た私は食べる気満々になっていた。いかにもおいしそうなのだ。

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▲真っ赤にゆであがったザリガニ。ちっちゃいロブスターみたいだ

 

「いただきます」

エビを食べる要領で、固い殻をとってプリプリしたシッポの部分を取り出し、背中付近に埋まっている黒い消化器官を取り出していく。このブイは背ワタ。排せつ物がつまっているそうなので取り除いた方がいいらしい。

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▲シッポの部分をむき、背ワタを取り除いた

 

恐る恐る口をつける。すると、おいしいダシが出そうな、強いコクのあるエビの味だった。プリプリした歯応えもあって、すごくうまい。じゃ、ほかの部位もおいしいはず。ということで私が、ミソの部分を吸おうとすると服部さんに止められた。

鶴見川は日本有数の汚染された川だからね。シッポ以外の部分はやめといたほうがいいよ。どんな化学物質が混じってるかわからないから」

鶴見川は、国土交通省が発表する河川の水質調査のワースト5の常連。全国有数の汚い川として有名だ。その事実を思い出した私は、慌てて私はザリガニの上半身をガラ入れに置いた。

調理するとき、彼がニヤッとしたのは、ザリガニは汚染されてるかもしれないけど食べられるかな、ということを暗に伝えたかったからではないか。もちろん、ここまで来て食べないという選択肢はなかったのだが。

 

何がサバイバルへと駆り立てるのか

落ち着いたところで、服部さんに話を聞いてみる。

ニワトリを育てて卵を産ませたり、野菜や果物を栽培したり収穫したり、ザリガニを捕まえたり。そうしたことのほかに、彼は肉の自給にも精を出している。

 

f:id:perezvon6:20180709152711p:plain服部:飼っているニワトリを絞めて食べたりするほか、果物を狙いにやってくるハクビシンをワナにはめたり、ミドリガメを捕まえたりします。10月から3月の猟期には、山梨北海道岡山まで出かけて、シカやイノシシ、ヌートリア(外来種の大型ネズミ)とかを仕留めて食べたりもします。

 

ハクビシンやミドリガメといったものを食べるのは問題にはならないのか。

 

f:id:perezvon6:20180709152711p:plain服部:どちらも外来種でしょ。だからむしろ駆除されるべきなの。

 

服部さんがザリガニの赤ちゃんを容赦なく、バケツに入れていた。それは外来種だったからだ。駆除すべき種は小さいかどうかは関係がないのだ。

今までなぜこんな面倒くさいことばかり追及しているのか。食べ物はスーパーで買う方がずっと楽ではないだろうか。

 

f:id:perezvon6:20180709152711p:plain服部:ひと言で言うと楽しいからです。外国を旅しても、山とか極地とか別のところに行ってもしょせんはゲストなんです。そこで見えるものって自分の生活には根付いていないから、自分自身は格好良くない。じゃ日本人である自分が格好良く生きるためにはってことを考えたら、日本人としての自分の生活を格好良くするしかない。ニワトリを飼って卵を食べるのと北極の人たちがトナカイを食べるというのと通じているものがあるし、体験として確固としたものがあるって思うんです。

 

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そもそも、こうした本物志向の生活を目指したきっかけはなんだったのか。

 

f:id:perezvon6:20180709152711p:plain服部:90年代前半、まだ大学生だったころ、一人旅でパキスタン北部を訪れました。「今日、広場に肉屋さんが来るよ」と言われて、暇だったので行っみた。すると、鍋とかボウルとかを持って待っている人が何人かいる。しばらくして、男が牛を連れて歩いてやってきた。どうするのかなって思っていたら、その男、牛を切り株みたいな台まで連れて行って、黒光りした大きな石を牛の頭めがけ、思い切りぶつけて、殺してしまった。そしてすぐに男は、牛を手際よく解体し、待っていたお客さんに売っていきました。ビーンって電流が走るような体験でした。

 

生き物の命を奪い、それを食べて、誰しもが生きているという真理の存在に気がついた服部さん。だからといって、それがすぐ、現在のような、日常でのサバイバルという今の実践にはつながらなかった。というのも彼は、20代の大半を、命の危険を伴うような肉体的にキツイ登山、自転車などを使った海外放浪などに費やしたからだ。

 

f:id:perezvon6:20180709152711p:plain服部:K2(高さ世界第2位の山)を登頂したり、真冬の知床を縦走している途中、雪に閉じ込められたり。フリークライミングとか沢登り、山スキーとか。あの頃はやればやるほど難しいことが出来ていきました。そうやって登山技術をある程度極めちゃった。あとね、さっき言ったように、山に入るにせよ、外国を旅行するにせよ、俺自身はしょせんゲストだから格好良くないってこと。それよりかは、地に足をつけて本物の生き方をしたくなった。

 

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転機となったのは、今から19年前、服部さんが28歳のときのことだ。

テントを持たず、食糧は現地調達が基本、持っていくものは米五合と黒砂糖、お茶と塩こしょうのみという、約1週間の山登りに挑戦した。場所は南アルプスの大井川源流~三峰川源流。

 

f:id:perezvon6:20180709152711p:plain服部:生命体として生々しく生きたい。自分がこの世界に存在していることを感じたい。そう思って山登りを続けてきました。その末にたどり着いたのが、この「サバイバル登山」でした。

 

日中は道なき道を移動したり、釣りをしたり。カエルやヘビ、きのこや木の実などを調達し、食料にしてしまう。夜はテントを使わず、寝袋でごろ寝。なかなか思うように食事を得ることが出来ず、空腹にさいなまれた。

 

f:id:perezvon6:20180709152711p:plain服部:実際にこうした登山をやってみて思ったのは「食べ物というのは本来、自分が生き延びるために、獲物を捕まえて殺して食べるものなんだ」ということ。そんな複雑な負の感情を、パキスタンのような目撃者ではない形で、体験的に実感したんです。

 

常識は敵

サバイバル登山を実践してから6年後、彼は本格的な狩猟に出かけるようになる。

それからさらに4年後の2009年、服部さんはいよいよ日常生活においてもサバイバルし始める。現在、家族とともに住んでいるこの家を購入して以降のことだ。

 

f:id:perezvon6:20180709152711p:plain服部:大家が親戚に貸したいと言い出したのを機会に、アーバンサバイバル生活ができる物件を探しました。そうして見つけたのが今の家。妻からは反対されましたよ。「こんなジャングルの中みたいな雑木林つきの古い家、地盤がいつ崩れるかわからない。住むのは嫌」と。

一方、三人いる子どもたちが賛成してくれたので、多数決で引っ越しを決めました。今じゃ、妻は俺以上に、ニワトリのことを世話してて、おのおののニワトリに名前をつけて、個体の性格の違いまで把握していますよ。その後は、対ネズミ用に導入した猫と狩猟のお供の犬を飼い始めた。一週間ほどしか違わずに飼い出したから、子犬と子猫のころから仲良くやってます。

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── 雑木林の中は大自然という感じですけど、一方、最寄り駅までの時間も含めて1時間あまりで都心に出られるわけじゃないですか。毎日通勤されているんですよね。アーバンサバイバルとか狩猟とかをやってて、よく精神のバランスを保てるなって思います。

 

f:id:perezvon6:20180709152711p:plain服部:バランスはとってなくて、むしろ我慢してる。大きな自然界のおきてというのが人間社会のルールでは通用しないからね。例えば街中で用を足したら怒られるわけじゃないですか。下手したら逮捕される。でも野生動物が森の中で用を足しても別に問題ないじゃないですか。

 

── 今だって近所の目を気にしてか、ずいぶん奥の秘密基地みたいなところで用を足されていますよね。でも、こういった生活って家族は受け入れてくれているんですか。

 

f:id:perezvon6:20180709152711p:plain服部:人間のルールが宇宙の法則だと勘違いしている人は多い。さらに、その間違いを指摘するのは難しい。だから俺にとって「常識は敵」なんです。子どもたちは俺と付き合うときと、学校とではチャンネルを変えているようです。妻にしても俺と別れずに付き合ってくれているから、ある意味、度量が広いのかもしれないね。

 

毒にまみれて生きていく

── 話は変わりますが、食の割合はどうなっているんでしょう。自給自足的な部分と買ってくるものとでは。

 

f:id:perezvon6:20180709152711p:plain服部:猟期に関して言えばやろうと思えば、肉は100%賄えるんじゃないですか。でもまあ猟期が終わったら、冷凍しててもなくなっちゃうし、弁当に肉入れるとか言って鶏肉を買ったり豚肉を買ったりしてる。肉はだいたい年間で6割ぐらいかな。田んぼや畑をやってるわけではないので、米や野菜はほぼ買ってます。トータルで考えると自給できているのは1割ぐらい。もちろん割合は増やしたいですけど時間が足らない。

ゆくゆくは根本的に生活を変えてみたい気がします。大きくて平らな山林を買ってそこに小屋を建て、水道電気ガスというライフラインがなくても十分生きていけるんだということを示したい。上の子ふたりはそろそろ大学入学という年なので教育費をどうするかがこれから問題になってきますけどね。

 

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── 東日本大震災のときはどう過ごされたのか、気になります。

 

f:id:perezvon6:20180709152711p:plain服部:3.11の後、首都圏にもセシウムとかが飛んできたからね。健康は大丈夫なのかなって気にはなりました。だけど気にしてもしょうがない。俺は毒にまみれて生きるしかないって達観して、野草とか採って食べてますよ。さきほど「ザリガニはシッポだけにして」と言いましたけど、あそこの鶴見川は実際、汚染されている可能性がありますからね。まあ、化学物質にしろ、放射能にしろ避けようがない気がします。狩猟で仕留める山の中のイノシシにしてもだいぶ被ばくしてるみたいだし。

わざわざ毒を積極的に体内に入れようとかそんなことは思わない。だけど汚染を他人事として批難だけして、避けて生きたいとも思わない。現代人である俺だって汚染を止められなかった責任があるんだから。子どもたちには申し訳ないけど、こうなったら毒と一緒に生きていくほかはない。現代の日本はさながらナウシカの世界ですよ。

 

── アーバンサバイバルって、都会ゆえの環境問題との共生という面もあるんですね。こういう生活は震災が起こったときに参考に出来たりするんでしょうか。

 

f:id:perezvon6:20180709152711p:plain服部:もちろん災害のときには応用が利きます。やっていて損はしないですよ。震災が起こってからはじめてザリガニを仕方なく食べるより、食べたことがあるとか、食べ方を知っているという方が有利でしょ。

とはいえ、来たるべき災害のために予行練習を嫌々やる、というのもちょっと違う。というかシステムに頼らず、自分の力でちゃんと生きてみるというのは、まず圧倒的に楽しいんですよね。楽しいといっても、遊園地の楽しさとはもちろん違います。ジェットコースターみたいな劇的な喜びはないけど、でも本当に小さい喜びだけど確固とした楽しさでそれが積み重なってくるとすごく面白いし、実感としてすごく自分を肯定できる。そんなふうに、できることをちょこちょこと少しずつやって行くのがいいと思います。

 

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生命体として生々しい生き方を追及しつつも、服部氏は編集者という社会人、そして家庭人という別の生き方も追求している。そんな彼だからこそ、システムにどっぷり浸かった現代日本人に別の生き方もあるんだ、というアドバイスができるのではないか。

ちなみに私はこの取材以降、自宅の周囲で生える草や近所の川を見る目がほんの少し変わってしまった。あのとき、服部氏と少年のように夢中で頬張ったザリガニが「味以上の何か」を教えてくれたのかもしれない。

 

書いた人:西牟田靖

西牟田靖

1970年大阪生まれのノンフィクション・ライター。多すぎる本との付き合い方やそれにまつわる悲喜劇を記した「本で床は抜けるのか」(本の雑誌社)を2015年3月に出版。代表作に「僕の見た大日本帝国」「誰も国境を知らない」など。

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