船酔い地獄のマグロ船から生還するため、死ぬ気で食べ抜いた43日間【極限メシ】

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腎臓を売るか、マグロ船に乗るか──。かつては“多重債務者に残された最後の手段”などと言われ、なにかと都市伝説めいた扱いを受けてきたマグロ船。

この過酷な職場にまったくの未経験者のまま足を踏み入れ、生還したばかりか、そこでの希有な体験を糧に生きる男がいる。今回登場いただく齊藤正明氏だ。氏はサラリーマン時代、上司の命令でマグロ船に乗船。そこで待っていたのは地獄のような日々だった。初めて体験する大海原の航海で、強烈な船酔いに悩まされ続けたのだ。

「43日間の航海中、吐かなかったのは3日だけ」と語る彼の極限メシと、マグロ船の知られざる実態とは。 

話す人:齊藤正明(さいとうまさあき)さん

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2000年に北里大学水産学部を卒業後、バイオ系企業に就職し上司の命令でマグロ漁船に乗船。退職後、人材コンサルタントとして独立。マグロ漁船の乗船時に培ったコミュニケーション術や組織・仕事論をもとに、講演や研修などを主に行っている。著書に『会社人生で必要な知恵はすべてマグロ船で学んだ』(マイナビ新書)ほか。現在、株式会社ネクストスタンダード代表。

 

パワハラ上司の命令でマグロ船へ

──そもそもマグロ船に、齊藤さんはなぜ乗ったんでしょう。きっかけから伺えますか。

 

f:id:Meshi2_IB:20190411174655p:plain齊藤氏:大学卒業後、バイオの研究所に勤務して、マグロが腐る速度を遅める鮮度保持剤を開発していたんです。そしたら2001年6月のことでしたか、上司が「おまえ鮮度保持剤を作ってるんなら一回現場を見てきた方がいいぞ」と。てっきり私は「魚屋さんか魚市場に行くのかな」って思ったんですが「現場ってマグロ船に決まってるじゃねえか」と。(1度の遠洋漁業に相当する)43日間フルで行ってこいと。

 

──いわゆる無茶ぶりそのものなんでしょうけど、上司の存在ってそんなに絶対的なんですか。

 

f:id:Meshi2_IB:20190411174655p:plain齊藤氏:10人ほどの小さな研究所だったんですが、上司の命令はノーと言えない完全ピラミッド型の組織でしたからね。勇気を出して「鮮度保持剤の実験に役に立たない」と言ってみたんですが、聞き入れてもらえませんでした。

 

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──齊藤さんが海が好きだったからとか、それらしき理由は……。

 

f:id:Meshi2_IB:20190411174655p:plain齊藤氏:いえいえ、まったく。自分は東京西部の昭島市出身でして、海からはるか遠いし、山に囲まれていたので魚よりは昆虫派でした。しかもファミコン大好きなインドア派。昔から運動は苦手で、遠足バスの車内では乗ってすぐに酔っていました。

 

──でも大学は水産学部でしたよね。海洋実習なんかもあったのでは?

 

f:id:Meshi2_IB:20190411174655p:plain齊藤氏:僕が通っていた大学は、実習用の船を持っていなかったんですよ。

 

──人生初の航海がマグロ船……、強烈すぎる。

 

f:id:Meshi2_IB:20190411174655p:plain齊藤氏:さぞや劣悪な環境だろうなとは思っていました。それこそ荒くれ者たちにもてあそばれるんじゃないかと。「使い物にならねえ」ってことでデッキから突き落とされるかもしれないし。もしかしたら男性好きの船員に襲われるかもしれないし……。なにせ逃げ場がないですからね。

 

──不安要素を挙げ出すと、それこそキリがない。

 

f:id:Meshi2_IB:20190411174655p:plain齊藤氏:実を言いますと、自分には持病もありまして。溶血性貧血。つまり、赤血球が溶けてしまい、体に酸素が運べなくなってしまう病気で、発作が起こると最悪、死に至る病気なんですね。それに加えて、喘息持ちでもあって、子どものころは症状が重く、喘息で入院してしまうほどでした。それもあって親や親類からは行くのをずいぶん反対されました。

 

──当時(約20年前)はパワハラなんて言葉もまだありませんでしたしね。

  

f:id:Meshi2_IB:20190411174655p:plain齊藤氏:仮に営業職であれば、命令を断って転職してもツブシが効くと思うんです。でも、専門分野の研究職だった自分はそうはいかない。「もうこれは断れないから、船に乗ってなんとか生き残って帰らなきゃ」と我に言い聞かせるしかありませんでした。

 

──マグロ船自体、かつては「借金を返すために死ぬ気になって働く危険な職場」というイメージがありました。

 

f:id:Meshi2_IB:20190411174655p:plain齊藤氏:そういう噂が出回るくらい、特に昭和50年代くらいは儲かっていたようです。当時は魚市場からはみ出るぐらいマグロが捕れていたので、一航海で20日ぐらいでパンパンになって帰ってきたそうです。月100万円ぐらいもらえてたそうですし。今は漁獲量も減ったし、ハードな職場なので、なかなかなり手も少ないみたいですけどね。私が乗ったときで同じタイプの船が約500隻あったんですが、今では100隻前後になっているという話です。

 

マグロ>漁具>船の備品>人間

──ほんと、かつてのTV番組『進め! 電波少年』みたいな展開ですね。あるいは漫画『カイジ』のエスポワール号とでも言うべきか。出港のときの様子はどうだったのでしょう。

 

f:id:Meshi2_IB:20190411174655p:plain齊藤氏:2001年6月27日、大分久見市の保戸島(ほとじま)から出港しました。いわゆる「はえなわ漁」を行う船で、全長20メートルで約70トン。定員は9名で、僕を合わせてちょうど9人乗りこみました。これで緊急事態が起こらない限り、43日間は陸に戻ってこないわけです。

 

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▲実際に乗船した船とは違うものの、ほぼこのクラスといっていい

 

──船のスケール感がイマイチ分からないのですが、約70トンで定員9人ということは、けっこうゆったり目なんでしょうか。

 

f:id:Meshi2_IB:20190411174655p:plain齊藤氏:いや、ギリギリですね。こういう船のほとんどのスペースは、マグロを入れるための倉庫ですから。それこそスペースの優先順位はマグロ、(網などの)漁具、船の備品、人間。プライベート空間なんて小部屋というかほとんど棺桶みたいなところですよ。一応、定員9名なんで9部屋あるんですけど、長さ180センチで、幅60センチ、高さ80センチしかないので、座った状態で過ごすこともできません。漁師さんたちはみんな体格が良いから、各々の部屋にいると発泡スチロールの中に入れられた魚みたいに縮こまって、もうパツパツですよ。

 

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▲実際の個室はこんな感じ。ほぼカプセルホテル並みの空間だ

──そんなに狭いと、持ち込むものも限られるのでは。

 

f:id:Meshi2_IB:20190411174655p:plain齊藤氏:持ち込めたのはボストンバッグ1個分。着替えなど、必需品だけでバッグがパンパンになるので、お菓子やカップ麺を詰め込む余裕すらありませんでした。

 

──閉塞感もすごそうですが、船って意外と音とか振動も激しいですよね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190411174655p:plain齊藤氏:もうすごいです。自分のベッドはスクリュー部分のほぼ真上で、機械音がものすごい。道路工事の現場の隣で寝ている方がまだマシでした。じゃ、スクリューから離れたところの個室なら快適なのかというと、とんでもなくて、そっちはエンジンが近いので機械の振動でまた別の地獄が待っています。

 

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▲出航したての齊藤さん。笑っていたのはこのときまでだった

 

──加えて揺れもひどそうです。マグロ漁といったら近海じゃなく、太平洋や東シナ海の大海原に出ていくわけじゃないですか。波の高さがハンパなさそう。

 

f:id:Meshi2_IB:20190411174655p:plain齊藤氏:お察しのとおり、想像を超えるくらいムチャクチャ揺れるんです。私が乗ったときは最大で上下6メートルですよ。遊園地のアトラクションも顔負けです。波の音もザザーンじゃなくてドッコーン!! という爆音と衝撃で。大型トレーラーがぶつかってきたのかっていうぐらい。転覆でもしないかと心配で、生きた心地がしなかったですよ。漁師さんたちによれば10メートルの波でもよくあることらしいですが。

 

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▲赤道に近づくまでは、これでもかというほどの強烈な揺れに見舞われた

 

漁師らはコミュニケーションの達人だった

──ずっと揺れているうち、多少は船内の生活に慣れたりするのでは。

 

f:id:Meshi2_IB:20190411174655p:plain齊藤氏:いえいえ全然です。航海が進むごとにある意味、後悔も深くなってくる。いや、そんなダジャレも浮かばないほど四六時中、船酔いに悩まされていました。で、やっぱり吐いちゃうわけですよ。それこそ深夜だろうが朝方だろうが。まぁ寝てる時は大丈夫なんですけど、目が覚めた瞬間にオエーッと。これだけは慣れなかった。実際、43日間の航海のうち吐かなかったのはたったの3日だけでしたからね。

 

──漁師さんたちも同じようにひどい船酔いで吐いていた?

  

f:id:Meshi2_IB:20190411174655p:plain齊藤氏:吐いていたのは私ひとりだけです。漁師さんたちは小さいときから船に乗り慣れてるから全然平気なんです。彼らはどんな大波でも全然動じない。「6メートルもの波なのによく酔わないですね」ってある船員さんに言ったら、「俺がこんまい時から船に乗っちょるけーの」って。「でも俺たちゃ、電車だと酔うけんな」と。てっきり漁師ジョークだと思ってたら、本当にそうらしくて。「揺れ方が違うからダメなんじゃ」って言ってましたね(笑)。

 

──なるほど。しかしマグロ船の漁師って、まさしく生粋の海の男という感じですよね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190411174655p:plain齊藤氏:大分の地元の中学校を卒業してから漁師をしてるという方たちでした。実家も代々漁師なので、みなさん泳ぎはうまいし、船酔いもない。そんな彼らと接していて私が驚いたのは、彼らは船の上でブチ切れるどころか、イライラした様子さえ見せないところです。船という狭い空間だからこそ仲良くやっていく術を心得ている。ストレスの受けとめ方や、コミュニケーションの仕方がすごく上手なんですね。もちろん、各人のチームワークもバッチリだから仕事上での成果も上がります。

 

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▲唯一心が安らいだのは、ベタなぎ時に夕焼けを眺めているとき。太陽が水平線の向こうに沈むと、今度は息を飲むような満天の星空に包まれる

 

──それはすごく意外です。てっきりケンカや言い争いが絶えない現場かと。そんな中で、漁師じゃない齊藤さんご自身は漁場に着くまでは何をされてたんですか。

 

f:id:Meshi2_IB:20190411174655p:plain齊藤氏:漁具の整備ですね。約5センチある延縄用の釣り針は1回使うとサビが出たり、針の先が丸くなったりするので、しっかりメンテをしなければならないので。空き時間はテレビゲームやビデオ、漫画での暇つぶしでしょうか。漁が始まると激しい肉体労働となるんですが、それまではかなりゆったりとした時間が続きました。ただ、吐き気はやはり収まらなかったのでそこはつらかったですね。

 

デンジャラスすぎる海の猛者たち

──そうやって苦しみ抜いた末、やっとマグロの漁場にまでたどり着くと。

 

f:id:Meshi2_IB:20190411174655p:plain齊藤氏:はい。出航12日後に漁場に到着しましたね。北緯3度、東経140度(以下Google マップ参照)といっても一般の方にはなにがなにやらだと思いますが、もうほとんど赤道に近い、大海原のど真ん中。どの国が近いかというと、最寄りのグアムでも船で数日かかるところです。

 

──そこから操業がいよいよスタートする。

 

f:id:Meshi2_IB:20190411174655p:plain齊藤氏:そうです。はえなわという長い縄を使った漁法で、朝6時台から全長約100キロの縄を後部甲板から5時間かけて流していくんですが、縄には浮きと糸、餌の付いた針が着いています。針の数は合計約2000本。それらを流し終わると3時間待ち、今度は3時間かけてモーターで巻き上げて網を回収しながら、かかったマグロを捕っていきます。主にメバチマグロとキハダマグロですね。

 

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▲いざ漁が始まれば、船上は修羅場と化す

 

── 縄が100キロで針が2000針! やはり遠洋漁業はスケールが違うなぁ。

 

f:id:Meshi2_IB:20190411174655p:plain齊藤氏:モーターで網を巻き上げていくとだいたい30分に1匹のペースでかかってきます。マグロの大きさは小さな子どもと同じぐらいでしょうか。重さにして20キロから50キロぐらい。船上にマグロが上がると、すぐに血抜きをしていきます。これをやらないとのたうち回って体温が50℃を超えて身が白く焼けるんです。なんせ赤道近くで外気も暑いですしね。ただ、僕は漁師ではないので、これといった仕事は任されていませんでした。マグロをおびき寄せるための餌となるアジ、その解凍作業は手伝ってましたが。

 

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▲獲れたマグロは鮮度を保つため、まずシメ棒で刺す

 

──まさしく戦場みたいに慌ただしくなるわけですよね。思わぬ危険もいっぱいありそう。

 

f:id:Meshi2_IB:20190411174655p:plain齊藤氏:マグロに混じって大きさ1.5メートルのヨシキリザメが釣れたことがありました。いわゆる人食いザメです。しばらくして漁師のひとりが「うわぁ!」って叫び声が聞こえてきて。右足を噛まれてしまったんですよ。でもそのときは幸い、長靴を噛まれただけで助かりました。まともに噛まれていれば出血多量で亡くなっていたかもしれません。

 

──大学の水産学部じゃそんなこと、なかなか経験できないですよ。

 

f:id:Meshi2_IB:20190411174655p:plain齊藤氏:あと怖かったのはエイです。ヤツら、神経毒を持っていて、うっかり刺されると心臓が止まって死んでしまう。すぐに解毒剤を打たなきゃならないんですけど、間に合わなくて命を落とすケースも多々あります。だからエイは上がった瞬間、海に捨ててましたね。

 

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▲これがエイの口部分。意外と小さい!?

 

マヨネーズぶっかけて赤身が真っ白に

──そろそろ食事について聞かせてもらいましょうか。力仕事ですし、どこにも逃げ場がない分、食事ぐらいしか楽しみがないんじゃないかと推察するんですが。

 

f:id:Meshi2_IB:20190411174655p:plain齊藤氏:まさしく。43日も過ごす船内では食べることがかなり重要ですし、唯一の楽しみといってもいいぐらいです。ただ、船内はテーブルが4人分しかないので一堂に会してワイワイ食事をすることはなかったですね。操業が始まるとゆっくり時間をかけて食べるヒマがないんですね。だからみんな超早飯ですよ。ものの数分で平らげて作業に戻ります。

 

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▲船員の食事用にマグロの内臓処理を行っているところ

 

──誰がどんなスケジュールで食事を出すんですか。料理長的な?

 

f:id:Meshi2_IB:20190411174655p:plain齊藤氏:漁師を兼ねたコックがいて、1日に4回出してくれます。朝昼晩、そして夜食。実際は4回ある食事のうち、朝と昼については漁の状況に応じてどっちかを食べるという感じなのでまぁ平均1日に3回でしょうか。

 

──具体的にどんな料理が出るのか気になります。マグロ船だけにやはりマグロ?

 

f:id:Meshi2_IB:20190411174655p:plain齊藤氏:朝昼は、マグロの刺身とご飯と味噌汁。ほぼそのメニューでしたね。マグロはおっしゃるとおり現地調達の獲れたてでしたが、じつはあまり美味くない。というのも売り物にならない、小さくて脂があまりのっていないマグロばかりだったからです。

 

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──極上なはずのマグロを獲っている人たちが、あんまり美味しくないマグロを食べるなんて、なんと気の毒な。

 

f:id:Meshi2_IB:20190411174655p:plain齊藤氏:だからなのか、マグロの食べ方がとんでもないんですよ。大皿に赤身を並べるでしょ、その赤が見えなくなるくらいまでマヨネーズをかけて真っ白にして、次に醤油で真っ黒にしてわさび醤油で食べるんです。なんでそんなことするかというと、脂があまり乗っていないからマヨネーズをかけて油を加えることでトロっぽくなるから。まぁ、あくまでひとつの説。もうひとつは「味が付いてないマグロは野菜。野菜なんだからマヨネーズをつけて食うに決まっているじゃねえか」という説です。「マグロ=野菜」説は船内で広く支持されてましたね(笑)。

 

──ある意味、めっちゃクリエイティブな発想……。

 

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▲獲れたてのマグロは本当にツヤツヤしていて美しい

 

f:id:Meshi2_IB:20190411174655p:plain齊藤氏:夕食は、ほぼ肉料理でした。焼肉、ステーキ、すき焼き、カレー……。肉は船に冷凍した状態で詰んできてるので、毎日出せるんですよ。ただ、揚げ物は1度も出てこなかったと記憶しています。船が揺れて火災になる危険性が高くなるので。一方、ステーキだとホットプレートだけで作れるので、安全なんですよね。

 

──確かに理にかなってます。栄養バランスも考えて、付け合わせの野菜なんかも添えてあるんでしょうか。

 

f:id:Meshi2_IB:20190411174655p:plain齊藤氏:うーん、野菜は冷凍がきかないので、もやしかキャベツぐらいでしょうか。しかも、出航した直後だけでしたね。だからコックさんは大変です。限られた食材でレパートリーを考えて、なるべく美味しいもの作らなきゃ船員たちの士気も下がるし。

 

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▲食いちぎられたマグロの頭だけ上がってくることも。これはクジラの仕業

 

ドリンク類が命をつないでくれた

──これぞ船ならではという食べ物があれば教えてください。

 

f:id:Meshi2_IB:20190411174655p:plain齊藤氏:マグロの生きた心臓。漁師さんから「ほれ、食べてみぃ」と言われて食べてみたんですが、それが意外とイケました。最初は血液の味しかしなくて生臭かったんですが、だんだんアワビみたいな味がして。

 

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▲これが生で食べたマグロの心臓。大きさは人間の拳と同じぐらいで、シメ立てのやつは手の上に乗せるとはねる

 

 ──それは漁師さんしか知らない味でしょうね。まず一般人は食べられない。

 

f:id:Meshi2_IB:20190411174655p:plain齊藤氏:あと、通常の食事の他にみんな作業中にたくさんジュースを飲んでいましたね。特に栄養ドリンクの類。リポビタンDとかリゲインみたいな市販の栄養ドリンクを1日6、7本は飲んでいましたね。もう流し込むようにバンバン飲むんですよ。「糖尿になるんじゃないか」と心配になるくらい。

   

──そういうドリンク類って冷えているんですか。ぬるいと飲めたもんじゃないですよね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190411174655p:plain齊藤氏:冷えていましたよ。だけど冷やしているところが問題でした。というのも、マグロを貯蔵しておくタンクなので、マグロの血で真っ赤になってるんです。だから、オレンジジュースを飲んでもリポDを飲んでも不気味な血の味しかしない。一番古いタンクになると30日入っていたので、衛生的にあれはヤバかったんじゃないですかねぇ。海水に強い腸炎ビブリオという細菌がいて感染症起こしちゃうので。 

 

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▲水槽タンク内にはたんまりとドリンクが詰まっていたが……

 

──お酒なんかはどうなんでしょう。みんな九州男児だから、焼酎でもあおってそうな……。

 

f:id:Meshi2_IB:20190411174655p:plain齊藤氏:まぁ、そりゃ港に帰って来れば存分に飲みますよ。でも船の上だと飲んでもせいぜい缶ビール1本どまり。酔うと転落事故とか喧嘩が起きやすかったりして危険ですから。実際、酔っ払った挙げ句、マグロをさばく包丁を持って暴れた人が過去にいたそうです。

 

──そ、それは怖すぎる……。血を見るのは魚のだけで十分ですよね。そんな中で齊藤さんは毎日嘔吐していたとのことですが、毎日ちゃんと食ベられたんですか。もしかして、食べるのが嫌になって拒食状態に陥ったり?

 

f:id:Meshi2_IB:20190411174655p:plain齊藤氏:嫌でもムリヤリ食べさせられていました。というのも船酔いの末、なにも食べられなくなり亡くなった人が過去にいたようなんです。ちょうど熱中症と同じように、体液(電解質)を放出しすぎた結果、亡くなってしまったらしいんですね。だからもう死ぬ気で食べ抜いたわけです。吐くとわかっていてもあきらめず、口の中へ放り込んで、意地になってかみ続けました。固形物がのどを通らないときはリポビタンDとかリゲインを飲むしかない。それこそ、こうした栄養ドリンクのおかげで何とか命を繋いだといっても決して過言じゃありません。

 

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▲水揚げされたマグロは漁港にズラリと並べられ、壮観な眺めに

 

──43日間で漁を終えて、大分の保戸島の港に無事戻ってこられたわけですが、結局船の中では病気にかかったりしなかったんですか。

 

f:id:Meshi2_IB:20190411174655p:plain齊藤氏:結果的には大丈夫でした。それまで僕は風邪をすぐにひいて会社を休みがちだったんですが、ここに乗せられたときはなぜか平気だったんですね。風邪なんかひいたらもうおしまいだと体が本能的に感じたんでしょう、きっと。だけどそれ以後、腰痛持ちになってしまって。航海中、せまいところでずっと寝ていたからかなぁ。

 

──マグロ船を降りた後、齊藤さんの人生自体も大きく針路を変更していきました。

 

f:id:Meshi2_IB:20190411174655p:plain齊藤氏:はい。船で出会った漁師さんたちは、荒くれ者というネガティブなイメージとはまるで逆で、本当に優秀でかっこいいと気づいたんですね。そこで船を下りた後、船長に「漁師にさせて下さい」って志願したんですが「齊藤は、弱すぎるからいらない」って拒否されました。「お前が乗ってもマグロの餌にもならねぇよ」と。それでいったんは同じ職場に戻って鮮度保持剤を完成させました。脱サラして起業したのはその後。今はマグロ漁船の経験を活かし、執筆活動をしたり、全国を回って講演や企業研修を行っています。

マグロ船仕事術―日本一のマグロ船から学んだ!マネジメントとリーダーーシップの極意

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  • 作者: 齊藤 正明
  • 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
  • 発売日: 2011/02/18
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
  • クリック: 14回

  

──大変貴重なお話をしていただき、どうもありがとうございました!

 

齊藤さんの話を聞いて、人は運命に逆らわずに従うことで道が開けてくるものがあるということを思い知らされた。
もしかすると、件のパワハラ上司には深い考えがあり、齊藤さんの将来を見通して乗船任務を命じたのではないか。本人すら気づかない才能や適性を見抜いていたからこそ……というのは勘ぐりすぎだろうか。

齊藤さんがその後、書籍を発表しベストセラーを飛ばしたり、日本全国を飛び回って企業研修を行ったりという活躍ぶりを見ていると、根拠は何もないが、そう思えてならない。   

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▲現在は講演や企業研修で全国を行脚する日々

  

書いた人:西牟田靖

西牟田靖

1970年大阪生まれ。家族問題から国境、歴史、蔵書問題まで。扱うテーマが雑多なフリーライター。「僕の見た大日本帝国」(角川ソフィア文庫)、「誰も国境を知らない」(朝日文庫)、「わが子に 会えない」など著書多数。2018年には「本で床は抜けるのか」が文庫化された。

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