埼玉県、特にさいたま市界隈で熱愛されているスタミナラーメン。1970年代ごろから浦和・大宮・上尾の男性客を中心に親しまれてきた、埼玉県屈指のソウルフードだ。
ご当地グルメファンからは、奈良、茨城、そしてこの埼玉のスタミナラーメンが「日本三大スタミナラーメン」の三傑として語り草になっている。
現在もその味を伝えているのは、地元の中華料理店「娘々(にゃんにゃん)」(「娘娘」と表記している店もあるが、この記事では「娘々」に統一する)と「漫々亭」の各店舗。両店ともに、もともとは「矢島商事」という飲食会社が経営していたチェーン店であったものの、現在は各店舗が独立し、合わせて10店舗が残っている。高校生でも手が出せるほどの安価でも知られ、今なお430~600円程度のお手ごろな価格帯のメニューが中心だ。
映画『翔んで埼玉』の公開で湧き上がる埼玉県だが、県を代表するご当地グルメであるにも関わらず、意外とこのメニューの存在は知られていない。ならばぜひ知ってもらいたい。ウマいから。
特に人気の高い、「娘々 北浦和店」へ
今日伺うのはスタミナラーメン提供店でも特に人気が高い、「娘々 北浦和店」。地元の大人たちだけにとどまらず、県立浦和高校にほど近いため、高校生たちにも長年愛されている店だ。活気ある声が外まで聞こえる。
▲商店街を一歩路地に入ったところにある
▲空いているはずの夕方でもひっきりなしにお客さんが来る。これは一番人が少ないときにようやく撮ったもの
カウンターのみが並ぶスタイル。男性だけでなく、女性の一人客もいる。思い思いの時間を過ごせる、街の元気な中華屋さんといった風情だ。
メニューを見ると、ちょっとトリッキーなメニュー名も多い。ホルモンラーメン、ジャージャーメン、レバー丼……その中でも、やはり名物である「スタミナラーメン(450円)」を注文した。
▲「娘々 北浦和店」のメニュー。ちなみに焼きそば(450円)も塩味&太麺で人気
実はスタミナラーメンの発祥店
褐色のおいしそうなものを抱えたどんぶりが、程なくしてやってきた。
存在感のある一杯である。しょうゆベーススープの上であんかけたっぷりの水面が光り、そのとろみがまた食欲をそそる。早く箸を付けたい気持ちを押さえながら、その姿をカメラに収める。
▲店主の藤本喜代治さん(71歳)。気さくな人柄で周囲の空気を軟らかくする
スタミナラーメンができたのは50年ほど前。四川を旅行した人からおみやげで1キロ程度の豆板醤(トウバンジャン)をもらったことにはじまる。今でこそ四川料理の主役として、豆板醤は非常にポピュラーだが、当時はそこまでメジャーではなかった。
そこで「どうやって食べたらウマいだろう?」といろいろ試行錯誤した結果、いまのスタミナ餡の前身ができた。
そうして開発したスタミナラーメンを最初に食べさせたのは、近所の浦和高校の生徒たち。彼らが気に入るか気に入らないかが商品化の分かれ道だったが、結果はOKだった。さらに数年間改良を重ねた末に今の味ができあがり、そこから何十年も浦和界隈のソウルフードとして君臨している。
スタミナラーメンのスタミナ餡は、まずしょうゆ、砂糖、味噌、一味唐辛子などを入れて煮る。そこから豆板醤を入れ、30分ほど煮て、企業秘密の「特別なしょうゆ」を入れた上で、数週間寝かせて作る。
さあ食べよう。昔ながらの細麺を、ピリ辛でトロットロのスタミナ餡がコーティング。スルスルと口に吸い込まれていく。これは……いけるぞ。
さらにスープを飲み込んだとき、野菜系の香りが遅れて漂う。懐かしいどこかの食堂で感じたような香ばしさだ。
以前大宮の「漫々亭 2丁目店」でスタミナラーメンを食べたときは、塩気をかなり強く感じたが、こちらはピリ辛が前面に立っている。同じスタミナラーメンでも、味が大きく違うのだ。
ちなみに各店で出すスタミナラーメンには、豆板醤などを使ったピリ辛のあんかけラーメンなどという共通点はあるが、特にルールは決まっていない。だからこそ、お店ごとに思い思いの特色がある。
北浦和店では、スタミナラーメンでは珍しく、もやしが入っている。
藤本さん:食べたときにニラだけだとつまんないだろ? もやしって食感がいいし、もやしが嫌いな人って、あまりいないからね。
確かにもやしやニラをはじめとした具材たち、細麺、そして餡が渾然一体となって口に吸い込まれるときの食感と風味は、疲れた一日だって救ってくれるような多幸感がある。
思いのほか、辛い
昔「辛い」と言われたものは、「辛さの度合い」が上がった今だと物足りないものもあるが、これはちゃんと辛い。
今どきの辛さに慣れた筆者でも辛いのだから、辛い食べ物の少なかった当時はもっと辛く感じ、ヒイヒイ言いながら食べていたのだろう。
そんなスタミナラーメンだが、さらに「特製ラー油」を入れて辛くする人も多い。
そのままでも額に汗がにじみ出るが、ラー油を追加するともはや汗だくになる。ピリ辛を通り越して「ヒリ辛」とも言うべきヒリヒリとした辛さだ。昨今の激辛グルメ愛好家でも満足してくれるのではないか。
麺は140g入っているが、これで450円は圧倒的に安い。
さすがに食材の高騰などのあおりを受け、2019年10月の消費税増税に合わせて500円程度に値上げする話があるそうだが、それにしてもまだまだ安い。
スタミナラーメンはもちろん一番人気のメニュー。辛くて汗が沸き出すほどカラダが温まるので、寒い日は特に大人気だそう。しかしこれ、夏バテで食欲のないときでもガツガツ食べられそうだ。
藤本さん:スープは水曜~金曜までは毎朝5時に来て作るよ。3日間とも同じ時間に、同じように仕込んでる。……家に帰る時間? だいたい24時ごろだね。
まともに寝る暇すらない。スタミナラーメンの味を守るのは大変なのだ。
▲スタミナ餡は18リットル缶に入れて、ひと缶一週間で使う。作った餡は寝かせて味を熟成させていき、順番に使っていく
「スタカレー」と「餃子」も見逃せない
こちらはスタミナ餡をごはんにかけた「スタカレー(450円)」。厳密に言うとカレーでは無いが、レンゲで多めにごはんとスタミナ餡をすくって、それを豪快に頬張るシーンが北浦和の原風景だ。
こちらも人気があり、取材当日もスタミナラーメンに迫る勢いで注文が聞こえてきた。
しかし汁ごはんをすするときに脳を襲う幸福感、これはなんなのか。単なる「スタミナラーメンのごはん版」ではない、また違った味わいをもたらしてくれるメニューだ。
ちなみに「スタミナ餡をチャーハンにかけてくれ」と言ってくる人もいるそうで、裏メニュー的にこの餡が提供されている。
さらに餃子は、7個で250円という安さだ。
大口を開ければ、一口でもいけるサイズで、具材の軽さが酒のつまみにもちょうどいい。
餃子には五香粉(ウーシャンフェン)を入れている。営業マンたちはにんにくのにおいを嫌うため、これでにおいを消してあげるのだ。焼くことで独特な香りが漂い、香ばしくおいしい。一度食べたら忘れられない、「娘々」と「漫々亭」ならではの味である。
埼玉を代表するメニューを、カラダが続く限り守る
早ければ17時台でスタミナ餡が売り切れてしまうこともあり、予定よりも前にお店を閉めることもある。そんな大人気店の「娘々 北浦和店」だが、閉店はそう遠くないかもしれない。
実は最近、スタミナラーメンを提供する「娘々」や「漫々亭」の閉店が相次いでいるのだ。やはり店主の高齢化によるところが大きいようで、誰かが継ぐこともあまりない。この北浦和店すら例外ではないという。
藤本さん:ウチも、誰かに継いでもらう気はない。俺がダメになったら終わりだね。でもウチの若い子がやるっていえば、まかせるよ。やる気があればすぐものになるから。
ちなみに映画『翔んで埼玉』で盛り上がっている埼玉県。藤本さんも見に行き、ただただ笑ったそう。
そんな彼へ唐突に、「埼玉は好きですか?」と聞いてみたところ、「埼玉は好きだよ、大好きよ」……と即答で答えが返ってきた。
▲埼玉を愛する藤本さんは、地元浦和レッズのポスターやグッズも店内に飾っている
改めて言おう。
スタミナラーメンは、さいたま市界隈で愛されているメニュー。まだ全国的には知る人ぞ知る存在であるこのメニューが、無くなりつつある今こそ皆さんに知ってほしい。
最後に、「ご主人様にとってスタミナラーメンはどんな存在ですか?」と聞いてみた。
藤本さん:お金になるもの。スタミナラーメンが売れればお金が入るから(笑)……ただ、カラダが続くまでやろうと思ってる。
そんな冗談も飛ばす、飾らない人柄の藤本さん。彼をはじめとする「娘々」や「漫々亭」の店主たちが、埼玉を代表するソウルフードを守り続けている。
お店情報
娘々 北浦和店
住所:埼玉県さいたま市浦和区北浦和1-2-13 栄ビル1階
電話:048-824-6791
営業時間:12時~19時45分(L.O.19時30分。売り切れ次第終了の場合あり)
定休日:月曜日、火曜日