世の中には、同じものを好んで食べ続ける人が存在する。たとえばひふみんこと、将棋棋士・加藤一二三九段。彼はとあるうなぎ屋の「うな重」を気に入り、対局日は勝負メシとして昼夜を問わず40年間食べ続けた。そこには「メニューを考えなくてもいい」「すぐ食べられる」という、棋士ならではの考えがあった。
時には奇人扱いされる「同じものばかりを食べる人」。彼らに話を聞いてみたら、ひふみん同様に並々ならぬこだわりがあった。
6年間「コンビニおにぎり」2個を食べ続ける
まず声をかけたのは、グラフィックデザイナーとして大阪府の印刷会社に勤める、高下龍司さん(@kooooge)。
▲筆者の飲み仲間でもある(写真提供:高下さん)
高下さんが食べ続けるのは、セブン-イレブンのおにぎり。これを6年間、会社へ行く日は毎日2個食べ続けている。
このように、お昼に食べるおにぎりを、みそ汁とともに延々とTwitterにアップする、不可思議な習慣を持つ彼。筆者の頭に浮かんだありったけのハテナマークを高下さんにぶつけた。
食べ続ける理由は、明快で合理的
──そもそも、なんでセブン-イレブンのおにぎりを食べ続けているんですか?
高下さん(以下、敬称略):まず、おにぎりが好きなんですよね。あとは値段が手ごろですから。外でランチを食べると安くても600~700円はしますので、節約も考えておにぎり2個とみそ汁にたどり着いたんです。
(写真提供:高下さん)
──確かにかなりの節約ですね。ちなみになぜ他のコンビニじゃなくて、セブン-イレブンのおにぎりを選ぶんですか?
高下:駅から会社の間にはコンビニがセブン-イレブンしかないからです。
──単純かつ、合理的な考え方ですね。調達するのも時間がかからない。
高下:出社してからお昼の時間までは、それを袋に入れたまま机の上に置いています。ただし冬場は暖房が入るので、給湯室に待避させますね。
──ちなみにどんな風に食べるんですか?
高下:お昼休みが12~13時なので、まず先にみそ汁を作って、ネットニュースを見ながらおにぎりを食べます。そうすると、12時20分ぐらいに食事が終わりますから、そこからは自由時間ですね。
▲おにぎりに貼られているシールははがして集める高下さん。迫力に圧倒される(写真提供:高下さん)
──残りの40分はまるまる使えますね。ちなみに、付け合わせのみそ汁は何ですか?
高下:みそ汁はインスタントです。ダシが入った液みそと、お徳用のみそ汁の具材を買えば、1食あたり10何円でみそ汁が飲めます。
──ごはんとみそ汁って最強コンビですからね。
高下:そりゃ、もう。6年前からずっとこのセットです。
おにぎり選びは「8秒」?
──おにぎりを買うときはどんな感じですか?
高下:無意識に家のカギを閉めるみたいに、無意識にセブン-イレブンへ入ります。
──選ぶのって何秒くらいかけますか?
高下:早いと8秒くらいですね。
──ホントに早い。お店に入る前に「今日これにしよう」って考えないんですか?
高下:何があるか行ってみないとわからないですし、僕が行く店舗のおにぎりコーナーは10種類あるかどうかのラインナップなので、選ぶ時間はかかりません。あと新発売のシールが貼られていたら、迷わずそれを買いますね。
──ずっと同じおにぎりでも、変化を求めているのか。
高下:ちなみにリニューアルの場合も「新発売(または、さらにおいしくなりました)」シールが貼られます。たとえば栄養表示成分のカロリーや糖質が何グラム変わったとか。
▲新発売シールには、「新発売」もしくは「リニューアル」の意味があるとのこと(写真提供:高下さん)
セブンイレブンのおにぎり、今までリニューアルされたら「新発売」のシールが貼られてたんだけど「さらにおいしくなりました」に変わってた。 pic.twitter.com/BlIHtBvFT6
— 高下龍司(koge)@3/27マニアフェスタ大阪 (@kooooge) 2021年2月25日
▲最近では、「さらにおいしくなりました」シールも登場
人気のおにぎりほど売れ残りやすい?
──おにぎりを選ぶ基準は何ですか?
高下:基本、2個のうちの1個はマヨネーズ系です。さらに新発売やリニューアル、期間限定の商品は優先して選んで、あとは気分次第ですね。
──なるほど。
高下:あと商品を運ぶトラックが来る前やと、だいぶおにぎりが少なくて。ツナマヨしか無いこともあります。
──ツナマヨ、残りやすいんですか?
高下:はい、人気やからいっぱい仕入れるんだと思います。
──ある種意外ですね、メジャーなものほど逆に売れ残っている。
高下:そうですね。そのときはツナマヨを2個買います。
セブンおにぎりマスターが選ぶベスト5は
──そんな数千個を食べ続けたセブン-イレブンのおにぎりで、ベスト5は何ですか?
高下:1位は海老マヨネーズです。
──ええ、海老マヨネーズ? セブンのおにぎりに疎い僕は知りませんでした。なぜ?
▲「手巻おにぎり 海老マヨネーズ」(135円)(写真撮影:筆者/商品名や仕様は、販売地域や時期によって異なります)
高下:ボイルした海老がそのまんま入っていて、食感がいいんです。
──ペーストじゃないんですか、そそりますね。
▲後日食べたら、小さなむき身がプリッとしていておいしい(写真撮影:筆者)
高下:ちなみに2位はツナマヨネーズです。
──またマヨネーズものだ。好きなんですか?
▲ 「具たっぷり手巻 コク旨!ツナマヨネーズ」(124円)(写真撮影:筆者/商品名や仕様は、販売地域や時期によって異なります)
高下:好きですね。カロリーも高くて食べた感もありますから。
──ツナマヨって253kcal(2021年1月現在)もあるんですね。
高下:だから2個買ううち1個は、必ずマヨネーズ系を入れます。
──3位は?
高下:紅しゃけです。
──紅しゃけ! 昔のおにぎり界では大スタンダードだった古豪が!
▲「手巻おにぎり 熟成直火焼き 紅しゃけ」(151円)(写真撮影:筆者/商品名や仕様は、販売地域や時期によって異なります)
高下:昔はおにぎりと言ったら、まずしゃけでしたよね。
──梅干しと並んでおにぎりの大定番でした。そんなオールドヒーローを選ぶのはなぜですか?
高下:単純に、しゃけが好きなんです。元々は一番好きでして。
──マヨネーズ系具材たちがしゃけを抜かしていったと。4位は?
高下:辛子明太子です。
──鉄板ですね。
▲「手巻おにぎり 熟成旨味仕立て 辛子明太子」(151円)(写真撮影:筆者/商品名や仕様は、販売地域や時期によって異なります)
高下:そう。でも高いんです。
──確かに高いから、100円セールのときに買いたくなります。
高下:おいしさだけならもっと上位ですが、値段も考えて4位ですね。
──ちなみにおにぎりの値段って上がりましたか?
高下:はい。たとえばこの6年で、ツナマヨは110円→124円になりました。
──やはり。
高下:消費税アップの影響もありますが、それ以上に上がっていますね。
──世知辛いなあ。5位はなんですか?
高下:塩むすびです。
▲「新潟県産コシヒカリ おむすび 塩むすび」(108円)(写真撮影:筆者/商品名や仕様は、販売地域や時期によって異なります)
──ストイックですね。なぜですか?
高下:具が入っていないのに、おいしいんですよ。ただ具材を抜いただけって感じでもなくて、ほかよりも強めの塩加減なんです。
▲後日食べたら、確かに塩加減が絶妙だった(写真撮影:筆者)
「おにぎり作りの矜持」が見えてくる
──セブン-イレブンのおにぎりを食べ続けて、飽きないんですか?
高下:基本、飽きないですね。
──ええ?
高下:具材も違いますから。毎日ツナマヨだったら1年ぐらいで飽きそうですけど。
──ずっとツナマヨでも1年持ちそうなのはすごい。
コンビニおにぎりに巻かれている海苔、関東には味付け海苔が存在しないって聞いて驚愕してるんだけど pic.twitter.com/vb7VFHBcVZ
— 高下龍司(koge) (@kooooge) 2020年5月19日
▲ちなみに高下さんが住む関西には「味付海苔Ver.」があり、よく食べているそう ※2020年5月時点の情報です
──毎日おにぎりを食べ続けたら、何らかの商品の変化も感じますか?
高下:「今日のごはん、ちょっとパサッとしてるな」とかは、たまにありますね。ただ、それはいつでも「コンディションがめちゃめちゃいい状態」をキープしていて、品質が高いことの裏返しだと思います。
──その言い方には、セブン-イレブンのおにぎりを愛する者としての誇りを感じますね。
高下:ええ、おいしいですから。
──おにぎりを食べ続けて、何か発見したことはありますか?
高下:ラベルのデザインの変化とかですかね。リニューアルされたときの栄養表示成分が、0.1グラムとか微妙に変わっている、そこにおにぎりを作っている人の矜持を見ますね。
▲たとえばツナマヨネーズだと、2017~2020年4月までのシールだけで、合計9種類ある(高下さんのブログ「セブンイレブンおにぎり今昔物語 〜ツナマヨネーズ〜」より) ※高下さん個人による調査の結果です
──細かいところに着目してくれたら、おにぎりを作っている人も開発者冥利に尽きますね。
セブンイレブンのツナマヨおにぎり、最近より美味しくなったなと思ったら脂質が0.1g増え、糖質が0.2g、食塩相当量が0.1g減ってた。どおりで!#セブンイレブン pic.twitter.com/ulkVCDCfdG
— 高下龍司(koge) (@kooooge) 2020年3月5日
「周りに何も言われない」
──セブン-イレブンのおにぎりを食べ続ける高下さんを見て、周りの方はなんと言っていますか?
高下:基本、何も言われません。
──会社の人はぜんぜん干渉してこない?
高下:はい。
──そういう会社だからおにぎり生活を守れるのかも知れませんね。変わったものを食べていると、ガキ大将みたいな人がすごく干渉してくることもあるじゃないですか。
高下:「またおにぎり食べてるやん」みたいな。
──そうすると面倒くさくなるから。その環境が、高下さんの偏愛的なおにぎり生活を育てたのかも知れません。
kogeランチ 20201215 pic.twitter.com/ixB1TO97fS
— 高下龍司(koge) (@kooooge) 2020年12月15日
ずっと続けたいおにぎり生活
──おにぎりを食べ続けるのをやめようとしたことはないんですか?
高下:いや、ないですね。もう気づいたら習慣になっていて。「靴は右足から」みたいなルーティンなので、これをやめたら、気持ち悪いですから。別に無理に続けているわけでもないですし。
──いま聞いていたら、やめる理由がないですもんね。節約できるし、おいしいし、浮いた時間も活用できるし。
高下:ええ。食べるごはんが決まっていれば、選ぶ時間もなくなりますから。
──それでは、いつまでこのおにぎり生活を続けますか?
高下:たぶん、いつまでも続けます。
おーい、今日からセブンイレブンのおにぎりが生まれ変わったぞー! #セブンイレブン pic.twitter.com/zYUQkTNAQ7
— 高下龍司(koge) (@kooooge) 2019年2月5日
8年間「納豆だけ」の朝食?
さらにお話を聞いたのは、北海道で英語講師をしている時枝行人さん(仮名)。この方は2013年ごろから、約8年間、毎朝「納豆」を食べ続けている。それも、タレもカラシもかけることなく。
(イラスト提供:時枝さん)
──ホントに「納豆」だけなんですか?
時枝さん(以下、敬称略):はい、平日は納豆1パックだけを毎朝食べています。
──どんなタイプの納豆ですか?
時枝:スーパーで売っている、3パックで100円くらいのものです。
(写真提供:時枝さん)
──四角い、ちょっと大きいやつですね。
時枝:ええ。パックのまま10回ほどまぜて食べます。
──まぜる回数は少なめですが、もしかしたら時間節約のため?
時枝:はい、朝は時間がないので、2~3分でパパッと食べます。
──合理的な朝食風景ですね。
時枝:これにブラックコーヒーを合わせるのが定番です。
──トリッキーな組み合わせだ。
時枝:あまり合わないんですけど、学生時代からの習慣なので。
ランチも粗食
──ちなみに昼や夜はどうですか?
時枝:昼は通勤時にコンビニで買ったサラダチキン1個を食べていますね。昨年の夏から続けています。
──朝は納豆、昼はサラダチキン1個でおなかはもつんですか?
時枝:仕事に没頭するとおなかが空かないですし、昼に食べ過ぎても眠くなっちゃうので。
──おお、前澤社長と同じことを言っている。
時枝:同じくそばやパン、おにぎりなどを食べ続ける生活もそれぞれ年単位で試しましたが、脱・炭水化物ということで、いまはサラダチキンにしています。
──夜はどうですか?
時枝:夜は家族とみんなで何でも食べます。
(写真提供:時枝さん)
──ふつうに食べていらっしゃる時間もあって安心しました……!
納豆にこだわりは「ない」
(写真提供:時枝さん)
──納豆の銘柄にこだわりはありますか?
時枝:ぜんぜんこだわらないですね。なんでもおいしく食べています。
──サラダチキンも味へのこだわりはないですか?
時枝:特に。あんまりおいしくないと思うものがないですし、基本的にどんな食べ物でもおいしいなって感じますね。
──何でもおいしく食べられるから続くのかも知れませんね。この食生活に、周りの人はなんと言っていますか?
時枝:直接聞いてはいないんですけど、間違いなく変人だなと思っているはずです(笑)。
納豆生活の素養はボクシング経験から
──ずっと同じものを食べ続けるからこそ、うれしい一瞬はありますか?
時枝:土日、週末は家族と過ごしているので、例えばお好み焼きなんかも食べます。北海道では定番のカップやきそば、「やきそば弁当」だって食べますよ。開放感とか、背徳感を楽しめますね。
──時枝さんも食欲を謳歌する日があるんですね。なぜそういった食生活ができるんですか?
時枝:昔、アマチュアボクシングをやっていたんです。食べ物をあえて制限する生活は、当時減量していたときから慣れていたのかも知れません。
──ストイックな生活の素養はボクシングにあったんですね。確かに土日の食事は、計量後にたらふく食べるボクサーっぽい。
時枝:ええ。だから夜はスタミナが足りないと思ったら、ニンニクをレンジでチンして食べています(笑)。野菜でビタミンや鉄分も摂っていますよ。
──タレもカラシもかけない納豆だけを毎朝8年間食べていて、飽きないですか?
時枝:飽きるかもしれないですけど、つらくもないです。やめる気はないですね。
──なぜ続けるんですか?
時枝:納豆を毎日食べると、健康になれる気もして。まずやせましたし、実際に健康診断も良好ですから、体の調子は良いですね。
──くわしい効能はわかりませんが、あくまでご自分では好調と感じているんですね。
時枝:食事を選ぶ時間が浮いて、食べている時間も少ないので、たくさん時間が浮くのもメリットです。それに、お金の節約にもなりますから。
あたかも求道者のように、同じものを食べ続ける人々。彼らはそれらを喜んで食べながら、合理的な思考でお金や時間、脳のリソースなどを節約していた。
栄養が偏らないように気を配ることが肝心だが、彼ら流の生きるツボを押さえたような食生活に少し憧れる。
※ なおこの記事は、同じものを食べる生活をオススメするわけではありません。今回のお二人は、ほかのお食事で栄養を幅広く摂るとのことでした