【フランス人の味覚】日本と真逆の営業スタイルの「塩ラーメン屋」が、なぜかパリでウケているワケ

f:id:exw_mesi:20191204155611j:plain

 

パリのラーメンシーンに変化が起きています。

これまでパリでラーメンと言えば“豚骨”のイメージでした。2011年にパリへ進出した、豚骨スープを使った背脂チャッチャ系「こってりらーめん なりたけ(以下、なりたけ)」を皮切りに、「一風堂」「博多ちょうてん」など、豚骨を売りにするラーメン屋の出店が重なったことがその理由です。

 

しかし近年は、鶏や魚介などを主に提供する店舗が相次いでオープン。パリの外食産業の中で、ラーメンは新しい方向性を見せ始めています。

例えば、ヴィーガン向けのラーメンなど多文化社会での宗教・信条への対応。凝った内装で、味だけでなく店内の雰囲気までも日本を再現した店。さらにはフランス人のミシュラン3つ星シェフが、ラーメン屋をプロデュースするまでになりました。

 

そのパリにおいて、初めて“塩”で勝負をかけたのが、大阪・堺からパリに出店したラーメン屋「龍旗信」です。彼らがパリで狙うのは、日本では大衆食のイメージが定着しているラーメンの“付加価値を上げていく”ことでした。

 

さまざまなラーメン屋がひしめき合うパリ

f:id:presseigrek:20191105230425j:plain

 

パリ市内オペラ地区。有名なオペラ座前より真っ直ぐに伸びる、大通りから少し脇道に入った地域が、日本食品店や和食レストランなどが立ち並ぶアジア食品街にして、パリ随一のラーメン屋街でもあります。

 

f:id:presseigrek:20191105230505j:plain

 

2018年7月に、龍旗信はここをパリの進出拠点に定めて店を開きました。店内は昔ながらのラーメン屋のイメージではなく、ビストロのイメージで、落ち着いたインテリアが特徴です。短い滞在時間でひたすらラーメンをすするというよりも、前菜からデザートまで、長居してラーメンを楽しめる店です。

 

f:id:presseigrek:20191106163519j:plain

f:id:presseigrek:20191113062453j:plain

▲強火で長時間炊いて作る濃厚なスープの「龍旗信・白湯」(現地価格:15.80ユーロ/2019年12月現在の為替換算で約1,900円)

 

そんな龍旗信パリ店を任されているのが、店長の吉村優さんです。

 

f:id:presseigrek:20191105230551j:plain

 

パリだからこそ日本と真逆のスタイルで

f:id:presseigrek:20191105230943j:plain

 

──龍旗信パリ店はインテリアの雰囲気も落ち着いていますね。

 

f:id:exw_mesi:20191116205146p:plain吉村さん:はい。照明の加減、色使い、店内の吸音具合にもこだわっています。接客も機械的な作業ではなく、お客さまと積極的に対話して、その時々で最善のものを臨機応変に提案できるようなサービスを心がけています。

 

──食券を券売機で買って、座って、黙々と食べて帰る日本のスタイルとは真逆です。パリの日系レストランは日本人を積極的に雇っている店も多いですが、スタッフの国籍が豊かですよね。

 

f:id:exw_mesi:20191116205146p:plain吉村さん:いろいろな国籍の人をスタッフに雇うようにもしています。さまざまな考え方、経験、文化を取り入れていくことで、自分だけでは見えないものや感覚を店全体で共有することができる。特にパリのような多様な人種が集まる街では、そうした考え方が必要です。

 

f:id:exw_mesi:20191219114430j:plain
 

──来店者の年齢層は高めですね。

 

f:id:exw_mesi:20191116205146p:plain吉村さん:大体30代から、上は60代ですね。20代はあまりいません。昼間はスーツを着ている管理職風のお客さまが多いです。ファッション関係の人も最近増えましたね。当店の裏に高級ファッションブランドのオフィスがあるんですけど、そこで働く方々も常連になってくださっています。

 

──店の空気感も日本のラーメン屋のイメージと少し異なります。

 

f:id:exw_mesi:20191116205146p:plain吉村さん:主にゆっくりラーメンを食べたいお客さまがご来店されます。
昼休みに来て、新聞片手にラーメンを注文して、コーヒーを飲んで40〜50分ほど滞在してから仕事に戻る。どちらかというと、カフェやビストロに近い感じですね。
キッチンをガラス張りにして、スープ作りを別の厨房で行っているため、客席へ脂の匂いが届きにくくなる工夫もしています。そのため、「ラーメンは食べたいけど、匂いを付けたくない」といった方にも選んでいただけていますね。

 

──予約して来る方も多いのでしょうか?

 

f:id:exw_mesi:20191116205146p:plain吉村さん:そうですね。予約は毎日入っていて、特に金曜と土曜の夜は予約だけで埋まることが多いです。
あと当店で誕生日を祝う方が本当に多く、週に3、4回は「今日、誕生日なんです」と言われますね。回転率が極端に低い店のため、ゆっくり過ごせるからでしょうか。デザートも種類がありますし。

 

f:id:presseigrek:20191107012843j:plain

▲デザートメニューの大福(現地価格:7.40ユーロ/2019年12月現在の為替換算で約900円)

 

豚骨全盛のパリへ持ち込んだ「塩」

f:id:presseigrek:20191115005520j:plain

 

──パリにおけるラーメンの分水嶺の1つが、2011年の「なりたけ」のオープンでした。なりたけがパリにできて、パリの人たちは今までになかった濃厚なスープに驚きました。
その後、「一風堂」の進出も加わって、“豚骨”というものがパリでのラーメンのイメージになりました。しかし、龍旗信が看板とするのは“塩”です。その点で進出に不安はありましたか?

 

f:id:exw_mesi:20191116205146p:plain吉村さん:多少の不安はありましたね。龍旗信パリ店のラーメンは、いずれも塩ダレを使った「清湯(チンタン)」「白湯(パイタン)」「ヴィーガン」の3種類です。
その中で、強火で5時間炊いて作る白湯は、とろみがあり濃厚な味なので、パリでもまず売れるだろうなと思いました。
しかし、弱火でじっくりと7時間炊き上げた清湯は、パリでは「味が薄い」「ぼやけている」という捉え方をされる可能性もあるのではと予想しました。

 

──実際はどうでしたか?

 

f:id:exw_mesi:20191116205146p:plain吉村さん:ふたを開けてみたら、売り上げの6割が清湯でした。続いて白湯が3割、残り1割がヴィーガンです。

 

──「フランス人の好みはこういうものだ」と、私たちがいつの間にかイメージを作り上げていたのかもしれませんね。フランス人の味覚自体が、どんどん変わってきているということでしょうか?

 

f:id:exw_mesi:20191116205146p:plain吉村さん:そうですね。「うま味」とか「だし」という言葉をフランス人のお客さまから聞くようになりました。「あなたの店のだしはなんですか?」と尋ねられることもあります。
「すし」「ラーメン」といったメニュー名だけではなく、「どのようなすしか」「どのようなラーメンか」でお店を選ぶお客さまが増えています。作り方や、料理の中に求めるものまで変わってきていますね。

 

──同じ塩ラーメンでも、味は日本とフランスで変えていますか?

 

f:id:exw_mesi:20191116205146p:plain吉村さん:はい。日本と比べて、パリの方が味は少し濃いと思います。これには食材の違いもありますね。
日本で“ガラ”というと本当に骨だけなんですけど、フランスで仕入れる鶏ガラと鴨ガラは、削ぎ落とせばそれなりに取れるくらい肉が残っています。そのため、だしが出やすいんです。

 

f:id:presseigrek:20191105230716j:plain

 

──日本での味をそっくりそのまま再現するというよりは、現地の食材に合わせるというやり方でしょうか?

 

f:id:exw_mesi:20191116205146p:plain吉村さん:食材はすべて現地調達ですね。そもそも日本の店とまったく同じにするという意識がありませんでした。もちろん、調理のスタイルであったり料理のベースは、日本から社長が直々に来て細かな味の具合を調節するぐらい、日本のレシピを尊重しています。
しかし、フランスで商売をするにあたっては、塩ダレや油の量など、フランス人が好む濃度を選ぶ必要があります。主となるのはフランス、そしてヨーロッパのお客さまですので、日本に寄せるよりも現地で受け入れてもらえるものを作っています。

 

f:id:presseigrek:20191105230755j:plain

 

──日本のスタイルをベースにし持ちつつも、フランスでしか出せない味を表現するということですね。
以前の『メシ通』の記事でパリのおにぎり事情を取り上げた際には、「パリ進出前はローカライズしないと売れないと思ったが、実際はそうでもなかった」という意見も上がりました。

 

www.hotpepper.jp

 

f:id:exw_mesi:20191116205146p:plain吉村さん:日本のものをパリへ持ってきたり、文化を紹介すること自体はありだと思います。ただし、どれだけおいしいものを持ってきたとしても、商売として成り立たなければすぐに店を閉めなければならない。
その国によって味覚も食材も変わりますから、少しずつ変化を出しつつ売れるものを作るのが、商売には必要なのかなと私は思います。

 

ヴィーガンは無視できない選択肢

f:id:presseigrek:20191107012717j:plain

▲パリ店のみで扱う「龍旗信・ヴィーガン」(現地価格:16.60ユーロ/2019年12月現在の為替換算で約2,000円)

 

──ラーメンの売り上げの1割がヴィーガン向け商品とのことですが、割合としては高いのでしょうか?

 

f:id:exw_mesi:20191116205146p:plain吉村さん:かなり高い割合ですね。これは嬉しいサプライズでした。

 

──ヴィーガンラーメンを注文するのは、ヴィーガンの人だけではないということですか?

 

f:id:exw_mesi:20191116205146p:plain吉村さん:はい。当店に多くいらっしゃるムスリムのお客さまは、イスラム教の教義で豚を食べられません。
そのため、スープのベースに豚骨を使っていたり、トッピングにチャーシューが入っていたりすると、今まで友達と一緒にラーメン屋に行っても、ラーメンを楽しむことができませんでした。

 

──龍旗信パリ店の場合、ヴィーガンラーメン以外はすべて鶏ベースですね。

 

f:id:exw_mesi:20191116205146p:plain吉村さん:当店はハラール(イスラーム法において合法な食材)までは対応していないので、「ハラール認証された鶏肉(イスラム法に則った食肉処理が行われている)でないとダメ」というお客さまには、ヴィーガンという選択肢があります。
アラブ首長国連邦の方で、パリへ来るたびに当店でヴィーガンラーメンを食べるという常連さんもいらっしゃいますよ。

 

f:id:presseigrek:20191105230830j:plain

 

──ヴィーガン商品を入れるというのは、パリ店からの提案だったのでしょうか?

 

f:id:exw_mesi:20191116205146p:plain吉村さん:開店に際して、ヴィーガンラーメンはぜひメニューに入れた方がいいと、フランスから日本の本社に打診しました。
以前からヴィーガンの世界に注目していて、ヴィーガンのお客さまというのは、一度気に入ってもらえればリピーターになっていただけるという感触が、私の経験上あったからです。

 

──パリ市内を歩けば、ヴィーガンフードであふれています。

 

f:id:exw_mesi:20191116205146p:plain吉村さん:今はパリの多くのラーメン屋にヴィーガンラーメンがあるんですけど、醤油ベースのものがほとんどですね。一方で当店は塩ベース。椎茸油やニンニク油など、油で味にバリエーションを加えやすいのが利点です。今後はトマトやカレーなど新たなバージョンも考えています。

 

大衆食だったラーメンに付加価値を付けていく

f:id:presseigrek:20191107011225j:plain

 

──1人当たりの単価が高く、ゆっくりとラーメンを楽しんでもらうスタイルは、今後のパリのラーメン屋における1つの流れになっていくのでしょうか?

 

f:id:exw_mesi:20191116205146p:plain吉村さん:その方向に自分たちが変えていきたいと思っています。
パリの一般的なカフェやブラッスリーで食事をすると、だいたい1人1食当たり合計25〜30ユーロ(注:2019年12月現在の為替換算で3,000〜3,600円)は使いますから。

 

──パリでの外食価格と比較すると、龍旗信パリ店の価格構成は、ずば抜けて高い値段ではありませんね。
一方、これまでのパリのラーメン屋は、例えばなりたけでも1杯11.50ユーロ(注:2019年12月現在の為替換算で1,400円)からと、他の外食と比較してかなり安い価格でラーメンを提供してきた側面もありました。

 

f:id:exw_mesi:20191116205146p:plain吉村さん:ラーメンだって、スープを作るのに7時間炊き続けたり、チャーシューや油も自家製であったりと、他の料理に負けないくらい手間隙かけて作られています。
それなのに、「なぜラーメンだけ1杯11.50ユーロ程度なのか」という疑問が、ずっと自分の中にありました

 

──その回答として、スタイルと価格でラーメンの正当な価値を高めていくことを目指すようになったんですね。
ただ、2016年にパリに出店した一風堂の成功を受けて、ラーメン屋を出そうとする現地の人も増えました。他店と比較して値段が高いと、ライバル店にお客さまを奪われてしまう恐れはなかったのでしょうか。

 

f:id:exw_mesi:20191116205146p:plain吉村さん:今やパリ市内では、どこのラーメン屋も値段が高くなってきましたが、龍旗信パリ店ではサービス、味、雰囲気で他店と比べようのない唯一のお店を作っていますので、そこにお客さまが価値を見出してくれると考えています。

 

f:id:presseigrek:20191105231044j:plain

 

──とはいえ、フランス人はおしゃべりしながら長い時間かけて楽しむ人が多い印象です。落ち着いた内装も加わって、回転率はかなり落ちるのではないでしょうか?

 

f:id:exw_mesi:20191116205146p:plain吉村さん:利益の出し方には2種類あります。1つは、1人当たりの単価は低いが、回転率を高めて利益を上げる方法
もう1つは、お客さまの滞在時間は長いけれど、ラーメンだけでなく飲み物や前菜、デザートなどを注文してもらい、1人当たりの単価を上げる方法。当店は後者です。

 

──後者の利点は何ですか?

 

f:id:exw_mesi:20191116205146p:plain吉村さん:回転率に頼ると、店の流行りが終わってお客さまの数が落ちた状況でも、滞在時間を短くしていただくことを考えなければいけません。
逆に、メニュー構成や内装、接客などお客さまの興味を刺激していくことで、滞在時間が上がりリピーターも増え、息の長い商売になります

 

f:id:presseigrek:20191121225811j:plain

 

──大衆食だったラーメンのブランド価値を高めていくということですね。

 

f:id:exw_mesi:20191116205146p:plain吉村さん:ラーメンの価値を自分たちで下げる必要はないです。ただ、ラーメンのブランド価値を上げることは、おそらく日本よりはやりやすいかもしれない。日本のラーメンは、完全に大衆食のイメージで社会に浸透していますから。

 

──ラーメンの価値をもう一度考え直したいという人は、日本にもいますよね。

 

f:id:exw_mesi:20191116205146p:plain吉村さん:もちろん日本にも高級ラーメン屋はありますが、長く続かないことが多いです。一方で、ラーメンに対して先入観のないヨーロッパ、特にパリについては、ラーメンにさらなる価値を持たせられる可能性が十分にあります。私たちはそこを目がけてどんどんチャレンジしたいです。

 

f:id:presseigrek:20191105231209j:plain

 

まとめ

今回のお話を元にすると、パリのラーメンのトレンドは、

  • 塩ベースのものなど本格派ラーメンのバリエーションが増えた
  • ヴィーガン対応メニューは無視できないポイント
  • ラーメンの付加価値は先入観のない海外のほうが上げやすい

であることが分かりました。

 

これからのパリでは、ラーメンの種類の多様化に加えて、普段使いから記念日までさまざまなシーンでラーメン屋へ足を運ぶ人が増えていきそうです。

 

お店情報

ビストロ・ラーメン 龍旗信パリ・リシュリュー店

住所:59 Rue de Richelieu 75002 Paris
電話:+33 (0)6 16 91 88 15
営業時間:12:00~14:30、18:30〜21:30(月〜土)、12:30~14:45、18:30〜20:30(日)
定休日:年中無休

 

ビストロ・ラーメン 龍旗信パリ・エッフェル店

住所:20 Rue de l’Exposition 75007 Paris
電話:+33 (0)1 45 51 90 81
営業時間:12:00~14:30、19:00〜22:30
定休日:年中無休

 

www.instagram.com

書いた人:守隨亨延

加藤亨延

ジャーナリスト。日本メディアに海外事情を寄稿。主な取材テーマは比較文化と社会、ツーリズム。取材等での渡航国数は約60カ国。ロンドンでの生活を経て現在パリ在住。『地球の歩き方』フランス/パリ特派員。

過去記事も読む

トップに戻る