民事再生で完全復活した桂花ラーメンの軌跡

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新宿駅の東口から歌舞伎町に向かうとき、独特な文字で描かれた「桂花ラーメン」の看板を見たことはないだろうか。桂花ラーメンは戦後の復興がまだ進む昭和30年に熊本で創業。その13年後、昭和43年に東京に進出した熊本ラーメンの老舗である。

 

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当時まだ東京には本格的なとんこつラーメンはなく、せいぜい醤油とみそラーメンがあった程度。地方のラーメンは北海道の「どさん子ラーメン」が少し話題になっていた時代だ。

 

その後、桂花ラーメンは順調に店舗を増やし、渋谷千葉京都横浜など支店も増えていった。しかし、2000年頃、熊本に工場を設備投資したことと売上の低迷が原因となり、2010年に民事再生法の適用を申請した。

 

そこに手を差し伸べたのが熊本に本拠地を置き、海外819店舗、熊本52店舗、熊本以外の国内74店舗(2019年12月現在)のチェーンを誇る「味千ラーメン」で知られる重光産業である。2011年から桂花ラーメンの再生事業を手がけると、順調に業績は回復。2014年には池袋に新規店舗も出店した。

 

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一度は経営破綻した老舗ラーメンチェーンを再生させた秘訣や具体的な施策を、桂花ラーメン代表取締役の中山雅光さん、常務取締役で、桂花ラーメンの創始者・久富サツキさんの孫にあたる小林史子さんにうかがった。

 

熊本ラーメンを国民食にしたい」と東京進出を決意

──最初に桂花ラーメン東京進出の歴史を教えてください。

 

f:id:exw_mesi:20191129082317j:plain小林:昭和30年に熊本で創業してから県内に「熊本ふぁんてん」を出店。3店舗目の出店は昭和43年で東京新宿三丁目、末広亭の近くにある店でした。それが初めての東京進出で、現在の「新宿末広店」です。そして、昭和47年に東京で2店舗目の新宿駅前店(現・新宿東口駅前店)ができました。
創業者の久富サツキは私の祖母にあたります。祖母は「自分の作った熊本ラーメンを日本の国民食にしたい。出店の大変さは県下でも福岡でも東京でも変わらないのだから、いっそのこと東京で勝負をしてみよう」と決めたそうです。

 

──すぐに東京で桂花ラーメンは受け入れられたのですか?

 

f:id:exw_mesi:20191129082317j:plain小林:最初はとんこつスープの匂いが敬遠されたらしく、2年ほど、集客に苦労したそうです。
流れが変わったのは、『奈良和モーニングショー』(テレビ朝日系列で1969年から1976年まで放送)いうテレビ番組に取り上げられられたこと。どさん子ラーメンVS熊本とんこつラーメンVS東京醤油ラーメンというような企画で盛り上がったと聞いています。その後とんこつラーメン自体のブームもあり、上昇気流に乗りました。

 

──とんこつラーメンの元祖が桂花ラーメンに当たるということですか?

 

f:id:exw_mesi:20191129130206j:plain中山:いえ、とんこつラーメンの発祥は福岡久留米市の「南京千両」と言われています。そこから、スープや具なども変化しながら、熊本に入ってきました。桂花ラーメンは久富さんが作った「マー油」が入っているのが最大の特徴ですね。

 

──マー油と言うのは?

 

f:id:exw_mesi:20191129130206j:plain中山:語源は魔法の油、ラーメンに入れると魔法のように美味しくなるからです。レシピはラードとにんにく、数種類の香味野菜を揚げて潰します。この作り方や野菜の材料などはお店によって違いますね。
熊本ラーメンと言えば、白いとんこつスープにマー油、太めのストレート麺が定番です。この熊本ラーメンを全国区にしたのが桂花ラーメンであり、創業者の久富サツキさんと言えます。

 

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▲「桂花拉麺」780円

 

──マー油が美味しさの決め手なんですね。今はどのメニューが人気ですか?

 

f:id:exw_mesi:20191129082317j:plain小林:東京出店の際に祖母が作ったメニュー「太肉麺(ターローメン)」は今でも半数近くの方が注文されます。ラーメンに豚バラ肉の角煮と生のキャベツがのっています。

 

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▲「太肉麺」1,000円

 

この太肉麺の角煮、見た目よりあっさりしていて、噛みしめると豚の旨味があふれだす。そこでひと口、麺と絡ませると、絶妙に合う。人気なのも頷けるメニューだ。

さて、いよいよ本題。桂花ラーメンの「再生事業」について、当事者たちはどのような思いでいたのだろう。

 

「やっていない」ことの基本をやれば売上はついてくる

 

──再生事業を手がけた味千ラーメン。こちらも熊本県内では有名だそうですね。

 

f:id:exw_mesi:20191129130206j:plain中山:昭和43年創業。熊本では52店舗のチェーンです。「毎月22日はラーメンの日」と言うのは熊本県民ならほとんどの方が知っています。この日、味千ラーメンは690円のラーメンを390円で提供しています。もう40年近くこのキャンペーン(※一部、実施してない店舗もあり)をしているのでかなり浸透していますね。

 

── 一方で地元の方も桂花ラーメンに親しんでいるんでしょうか。

 

f:id:exw_mesi:20191129130206j:plain中山:私は熊本の郡部の出身で桂花ラーメンは熊本市内にしかないんです。なので初めて食べたのは高校を卒業してからですね。逆に味千ラーメンは田舎の方にあるので小さいころから知っていました。

 

f:id:exw_mesi:20191129082317j:plain小林:私は熊本の中心部出身ですが、確かに桂花ラーメンは熊本市の繁華街にしか店がありませんからね。

 

f:id:exw_mesi:20191129130206j:plain中山:熊本の街(中心部)に通学、通勤をしている人なら桂花ラーメンを確実に知っていますよ。

 

──それだけの知名度がある桂花ラーメンを味千ラーメンが支援するにあたって、県内で競合するとは考えなかったのですか?

 

f:id:exw_mesi:20191129130206j:plain中山:桂花ラーメンは熊本中心部の老舗ブランド店、味千ラーメンは郊外型のロードサイド店なので知名度も違いますし、住み分けができていました。特に東京の桂花ラーメンは1店舗ずつスープを作っていますので、多店舗展開向きではないんですよね。

 

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──では、再生事業の話に入っていきたいと思います。そもそも経営がうまくいかなくなった原因はどこにあったのでしょうか?

 

f:id:exw_mesi:20191129082317j:plain小林:2000年頃に熊本に広大な土地を買い、大きな工場を作りました。当時は私の母が代表取締役社長を務めていて、店舗により今の3倍以上、会社全体では2倍の売上があり、銀行も「この財政状況なら大丈夫」と言っていたのですが……。
2005年頃には桂花ラーメンのチェーンを最大全国14店舗に拡大したんです。ただ当時は、店舗によって味のばらつきがありました。マニュアルはあれど、スープ釜の大きさも、仕込みをする人も違うので統一できていなかったんです。それに伴い売上も下がり始めて、2010年には設備投資が重荷になって、「このままでは周りに迷惑をかけてしまう」と、助けを求める状態になりました。

 

──そのとき、味千ラーメンの重光産業以外に手を挙げた企業はありましたか?

 

f:id:exw_mesi:20191129082317j:plain小林:東京でスポンサー企業として打診された会社は何社かありました。ただギリギリまで自立再生、事業提携できないかと考えていたんです。民事再生に踏み切ったのは重光産業ありきです。そのときの従業員をひとりも退職させずに引き取っていただけるという条件をのんでくれて、そこには感謝しかありません。

 

──事業を再生させようとした味千ラーメン側の中山さんとしては勝算はあったのですか?

 

f:id:exw_mesi:20191129130206j:plain中山:ありましたね。私は味千ラーメンで、海外事業の新規店舗立ち上げや国内の直営店、FC店の統括をやってきました。そういった意味で、既存店舗の売上を上げる経験が事業再生でも生かせたんです。

 

──話せる範囲で中山さんが桂花ラーメンの店舗に行った対策を教えてください。

 

f:id:exw_mesi:20191129130206j:plain中山:そもそも飲食店で売上が落ち続ける状態というのは、職場によくない空気感があります。それは「やっていないこと」が多すぎたんです。

 

──「やっていないこと」とはなんでしょう?

 

f:id:exw_mesi:20191129130206j:plain中山:本当に基本的なことです。「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」のあいさつ。お客さまに対する感謝の気持ち。お店やロッカーの整理整頓、清掃などですね。
せっかく美味しいものを作っているのですから、お客さまに喜んでもらって、信頼してもらえる環境づくりをこころがけることです。

 

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──本当に基本中の基本ですね。事業再生をし始めて、すぐにそれは浸透しましたか?

 

f:id:exw_mesi:20191129130206j:plain中山:1店舗は売上目標を半年ぐらいで超えました。

 

──それはスゴい早さですね。

 

f:id:exw_mesi:20191129130206j:plain中山:個人的には遅すぎると思ったぐらいです。私はスーパーバイザーとして桂花ラーメンの店舗に入り、指導していたのですが、最初はなかなか社員との信頼関係が築けなくて……。中間管理職ではないですが、間にもうひとり入ってもらったことで円滑に進みました。

 

──それ以降、桂花ラーメンの味は変わったんですか?

 

f:id:exw_mesi:20191129082317j:plain小林:事業を引き継ぐとき、「桂花ラーメンの味とブランドは守る」という条件がありました。

 

f:id:exw_mesi:20191129130206j:plain中山:その通りです。変えるのではなく、従来の味を守るためにマニュアルを作り直しました。

 

f:id:exw_mesi:20191129082317j:plain小林:祖母がレシピを残していて、それが受け継がれているんです。

 

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f:id:exw_mesi:20191129130206j:plain中山:最初は、店舗による味の違いがありました。それも60点から100点とかなりブレていましたね。それをマニュアル化することで、かなり高いレベルで安定してきました。ただ全店80点ぐらいの平均点ではダメなんです。常に100点を目指す気持ちで今でもやっています。味に関しては、長年通っている常連さんにもご協力いただき、多くの意見を参考にしました。

 

──確かに常連さんの意見は重要ですね。

 

f:id:exw_mesi:20191129130206j:plain中山:今まで私がやってきたチェーン店統括とは、仕事の違いもありました。味千ラーメンではスープ、麺をセントラルキッチンで作り、味も均一化されていますが、桂花ラーメンでは店舗ごとにスープの仕込みをしています。それもあって店員の商品に対する思い入れは強いですし、その店舗だけのオリジナルメニューもあります。
例えば、新宿ふぁんてんでは「辛肉麺」を2019年10月から投入しています。また東京の他の店舗は、午前から深夜までの営業ですが、新宿ふぁんてんのみ毎日、朝の4時から営業しています。これは、引き継ぐ以前かららしいです。

 

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▲「辛肉麺」880円

 

f:id:exw_mesi:20191129082317j:plain小林:歌舞伎町が近いので、朝の始発待ちのお客さまが見込めるからと店長が始めました。朝ラーメンも好評です。

 

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 新宿ふぁんてん限定の「辛肉麺」も試食したが、意外に辛い。でもその辛味がくせになり、「もうひと口食べたい」と思わせる。朝4時からの開店は歌舞伎町の近くという場所ならではだが、それを継続させるところに柔軟な発想を感じた。普通ならば人件費も考えて、全店舗営業時間を合わせようとするところだろう。

 

目標は2026年までに30店舗

──お話を聞いていると、桂花ラーメンの家族経営的なよさを残しながら、味千ラーメンのチェーン経営のノウハウを生かしているように感じます。

 

f:id:exw_mesi:20191129130206j:plain中山:おっしゃる通りです。もともとあるいい部分は大事にしたいです。桂花ラーメンでは、働いている社員さんは長い方で35年、アルバイトでも20年という方もいますから、居心地のよい会社だと思います。

 

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──現在、経営は安定しているようですが、今後の目標は?

 

f:id:exw_mesi:20191129130206j:plain中山:現在、熊本に5店舗。東京に8店舗、合計13店舗ですが、2026年までに30店舗を目指します。出店場所は熊本、関東近郊になると思います。

 

──見事に桂花ラーメンの事業再生を手がけられた中山さんが、経営で難しいと思うポイントはどこですか?

 

f:id:exw_mesi:20191129130206j:plain中山:うーん。長期的な視点で見るとやはり人材の採用ですね。飲食業界自体が不人気で人手不足です。桂花ラーメンも味千ラーメンも、有給休暇はとれますし、海外旅行に行っている方もいます。もちろん残業代も全額出します。飲食業としては待遇面でがんばっている方ですが、なかなか理解してもらえない。

 

──人材不足は飲食業界だけの問題ではなくなってきています。それこそ外国人労働者の数も増えていますしね。

 

f:id:exw_mesi:20191129130206j:plain中山:現在、東京の桂花ラーメンでは店長が7人いますが、そのうち2人が中国人です。海外に来て、日本語を覚え、仕事に意欲がある外国人は優秀ですよ。これからは国の法律が変わって、どんどんグローバルになるんじゃないでしょうか。そのときに海外店舗の方が10倍も多いという味千ラーメンのノウハウが本格的に役立つのかもしれません。

 

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──創業者・久富サツキさんが2019年の夏に亡くなられたというニュースがありました。久富サツキさんはどんな風に事業再生後の桂花ラーメンを見ておられたのでしょうか。

 

f:id:exw_mesi:20191129082317j:plain小林:現役を退いて20年ほど経っていたので、再生事業についてはほとんど関わっていませんでした。2000年頃までは店にきて味のチェックしていましたけどね。昔は、お正月は店を閉めた後に店長同士で新年会をするなど、アットホームな雰囲気だったようです。
祖母は「和」を大事にすることに重きを置いていました。ラーメンのどんぶりが作る「和」は、自然との「和」で、ラーメンを作る人、食べるお客さまとの「和」をつなげています。それは、今の桂花ラーメンの経営理念に生かされています。何より桂花の味と店が残ることが祖母の望みでしたから、喜んでくれていると思います。

 

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2010年の「桂花ラーメン民事再生法申請」のニュースは、東京に住む熊本ラーメンファンにとって衝撃的であった。読者の方にも「新宿で飲んだ帰り、桂花ラーメンを食べていた」「学生の頃に通いつめた」などという思い出があるかもしれない。

著者も若い頃から桂花ラーメンを食べているが、いつでも白いとんこつスープの香りがあの時代に引き戻してくれる。茎わかめのコリっとした歯ごたえも変わらない。

オイルショック、バブル崩壊、リーマンショック、東日本大震災……。時代はいつしか変わってしまう。いつの間にか桂花ラーメンも、事業再生の波に揉まれていた。それでも新宿のこの店に来れば、この味に会えるのは、なんと幸せなことだろうか。

 

撮影:松沢雅彦

 

店舗情報

桂花ラーメン 新宿ふぁんてん

住所:東京新宿新宿3丁目21-4 第2サンパークビルB1,B2F
電話:03-3350-6771
営業時間:4:00~25:00(L.O.)
定休日:年中無休

 

書いた人:松本祐貴

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1977年、大阪府生まれ。フリー編集者&ライター。雑誌記者、出版社勤務を経て、雑誌、ムックなどに寄稿する。テーマは旅、サブカル、趣味系が多い。著書『泥酔夫婦世界一周』(オークラ出版)。

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