(写真提供/浜名湖ファーム)
中華丼や釜飯、串揚げの具など、料理のわき役として使われることの多いうずらの卵。
2020年11月、そのうずらを飼う農家が新型コロナウイルスの影響を受けて危機的状況だというニュースがSNSをにぎわせた。
ニュースによると、全国で30戸しかなかったうずら農家がコロナ禍で27戸に減少。しかも生卵を卸しているうずら農家はたった9戸しか残っていないという。
そこで、その9戸のひとつであり、日本では数少ない抗生物質不使用でうずらの卵を作っている「浜名湖ファーム」に真相を直撃。社長の近藤哲治さんにお話をうかがった。
(※この記事は感染症対策のため、オンラインで取材を行っています)
最盛期1,000戸超えのうずら農家が27戸に減少
──本日はうずら農家の現状やコロナ禍での取り組みについて聞かせてください。
近藤:はい。よろしくお願いします。
──まずSNSでも話題になりましたが、うずら農家が全国で27戸しかないというのは本当ですか?
近藤:本当です。いまはさらに減っているかも知れません。うずら農家は、みなさん細々とやっています。なぜなら、うずらの需要は少なく、国の補助もほとんどないからです。2009年に愛知県豊橋市のうずら農家で鳥インフルエンザウイルスが確認され、そのあたりから、生産をやめる方が増えました。生産者の高齢化も進み、後継者不足も問題です。
──厳しい状況ですね。うずら農家にとって景気のいい時代もあったのでしょうか?
近藤:飼っているうずらの数の最盛期は1980年代後半で、当時は約763万羽いたといいます。2010年には約520万羽に減少しました。それ以前の1970年代には、うずら農家は日本に1,000戸以上ありました。
──1,000戸以上!
近藤:特に先ほどお話に出た豊橋市は、かつてうずらの卵の一大産地として全国に知られていて、うずら農家が60戸以上あったといいます。ただ、うずらは大量に卵を産ませると美味しくなくなるんです。当時、一気に卵が増えたので価格も安くなりました。そして儲からなくなり、一斉にやめてしまいました。
(写真提供/浜名湖ファーム)
──そんなことがあったんですね。そもそもうずらの卵はどこに需要があるんですか?
近藤:身近なところでは、水煮だと中華丼やおでんの具。生卵だとざるそば。あと練り物にもうずらの卵が入っています。需要が多いのは学校給食ですね。私の地域の小中学校では、月に1回はうずらの卵がメニューに入っています。
──加工は別の業者が行うんですか?
近藤:そうです。浜名湖ファームだと95%は工場に出荷します。ただ工場だと高熱殺菌でレトルト食品に加工されるので、うずらの卵本来の味が失われてしまうのが残念です。2020年4月に緊急事態宣言が発令されて外食産業がストップしたことで加工の仕事も一時的になくなり、学校給食も3カ月なくなりました。仕方なく、浜名湖ファームもうずらを全体の3割処分しました。
──3割もですか。それは痛手ですね……。
地元のファーマーズマーケットに新たな販路を見出す
──コロナ禍で新たな取り組みは始めたんですか?
近藤:店頭においてもらうために営業や街頭販売に力を入れました。そのおかげで浜松市のファーマーズマーケットならどこでも買えるようになりました。うずらの卵を"命のカプセル"と命名したんですが、そのネーミングも消費者に受け入れられたようです。「生卵が美味しい」とリピーターが大幅に増加しました。
──東京でも販売しているんですか?
近藤:2020年は不定期で青山にあるファーマーズマーケットに出店していました。2021年からは月に1度、売りに行く準備をしていたのですが、第3波の影響でうまく進んでいません。東京では、息子の友人の青果店「八彩(やさい)」さんでも取り扱っています。
──ということは、コロナ以前は店頭で浜名湖ファームのうずらの卵は買えなかったということですか?
近藤:そうですね。それまでは工場で全部引き取ってもらえていたので、ファーマーズマーケットに出す必要がなかったんです。今でもうずら農家の大半は、消費者に直接売ったり、宣伝をしたりという活動をしていません。
日本ウズラ協会や豊橋養鶉農業協同組合もありますが、なかなか世間には届いていないですね。浜名湖ファームでは、浜松市の企画でうずらの農場体験を行うなど、独自の啓発活動をしています。
──個人に向けたうずらの卵需要は難しいんですね。海外の需要はどうなんですか?
近藤:ベトナム、シンガポール、香港などは、うずらの卵の消費量が日本の倍なんです。もっとすごいのが韓国で、国営の大規模農場があり、消費量は日本の3倍です。
──そんなに需要があるんですか!
近藤:私が香港で実演販売をしたときもウケが良かったですよ。一部の中高年の人たちは「ハイカロリー」と避ける傾向もありましたが、一般的には体に良いというイメージで、漢方薬のような人気があるようです。
卵を産むまで要する期間は2カ月
(写真提供/浜名湖ファーム)
──どういう経緯で、近藤さんはうずら農家を始めたんですか?
近藤:もともと私は、建築の現場監督をしていて、結婚してしばらく経ってから妻の実家だったうずら農家を継ぎました。そのときに建築現場の経験を農業、畜産にいかして、両者の橋渡しができないかと考えたんです。それがうずらの飼い方にも反映されていると思います。
▲浜名湖ファームの外観(写真提供/浜名湖ファーム)
──浜名湖ファームのホームページを見ると、抗生物質不使用で、殺菌剤とワクチンの使用は最小量、乳酸菌・発酵菌を使ったエサを与えるなど、近藤さんなりのこだわりがあるようですが、うずらはどのように育てるんですか?
近藤:うずらの一生は、有精卵から始まります。まず1つの場所にオスとメスを入れて、有精卵を取ります。それを38℃に保った孵卵器で18日間あたためると、ヒナが産まれます。孵化の割合は6割程度です。
──小学生がスーパーで買ったうずらの卵を孵化させたというニュースを何度か見たことがありますけど、農家でも6割程度なんですね。オスとメスの割合はどれぐらいなんですか?
近藤:ほぼ1:1です。ヒナは鑑別して、メスだけ養鶉場(ようじゅんじょう)で飼います。浜名湖ファームでは3万3千個の有精卵を孵化させ、その中から選別して約1万羽のメスを養鶉場に連れて行きます。
▲うずらを飼育する養鶉場(写真提供/浜名湖ファーム)
──卵を産むまでは、どれぐらいかかるんですか?
近藤:うずらは2週間で人間でいう小学校6年生ぐらいに成長します。体も大きくなるので大きな部屋に移動させて、そこから3週間ほどで高校3年生ぐらいに成長して、大人の体になります。生後から2カ月経つと、卵を産むようになります。それから300日間、ずっと卵を産み続けるんです。
──1日で、どのぐらいの卵を産むものなんですか?
近藤:ならすと1日0.8個(※5日で4個)ぐらい産みますね。そして生後から1年で、新しいうずらに更新します。
──それだけ手間をかけて、1年しか飼わないんですね。
近藤:卵の質が落ちますからね。役目を終えたうずらは、半分がフクロウやタカのエサ。4分の1はペットフード。残りの4分の1は人の口に入ります。
──人の口に入る割合はそんなものなんですか。
近藤:うずらの解体に人の手間がかかるので、価格が牛肉並みに高くなってしまうんです。日本だとうずらの肉は、フランス料理に使われることが多いですね。ベトナム、インドネシアの人たちは、骨ごと食べるうずらの焼き鳥が大好きなんですけど、日本人には硬すぎると思います。
「うずらは空気で飼え」と言われるほど繊細な生き物
──浜名湖ファームが取り組んでいる飼育法は大変なんですか?
近藤:普通に無投薬でうずらを飼うと、半数は死んでしまいます。だから農家は安全をとって、殺菌剤やワクチンを投与するんです。私も抗生物質不使用で、最小量の殺菌剤とワクチンによる飼育をやり始めたときは、ちゃんとうずらが卵を産んでいるのか朝確認するたびにドキドキしていました。
(写真提供/浜名湖ファーム)
──それだけ、うずらは繊細な生き物なんですね。
近藤:うずら農家の先輩たちは「うずらは空気で飼え」と言っていました。最初はなんのこっちゃと思いましたが、うずらには温度、湿度、風などの空気が大事で、ちょっとした環境の変化で病気になってしまうんです。それは数値化できるものではなくて、肌で感じるしかないんですよね。
──経験を積むしかないということですね。
近藤:浜名湖ファームでは、ヒナの段階で養鶉場にプラズマ空気清浄機を置いて飼育します。また、最近の実験で、養鶉場の通路に大手飲料メーカーのお茶を抽出した後の茶殻を散布してみました。これによって、養鶉場の空気がとても良くなり、防塵、消臭、抗菌作用があったと思います。
もうひとつ大事なのはうずらに与える水で、井戸水を与えています。
──空気と水。日本酒みたいですね。エサは何を与えているんですか?
近藤:成長によって変えているんですが、大人のうずらに与えるエサは主にとうもろこしや大豆で、エサの中に13%魚粉を入れています。さらには、米ぬか、ふすまなどを発酵させ、乳酸菌や酢酸菌が入ったものを混ぜ、うずらの腸内環境を整えています。
ヒナから高校生ぐらいまでの育成期間は、さらに黒麹菌、竹の酵素も与えています。まさに酒蔵、味噌蔵のような環境でヒナを飼っているんです。そうするとヒナの腸内環境が整い、病気にかかりにくくなります。
▲うずらのエサ(写真提供/浜名湖ファーム)
──やはり生き物を扱うのは神経を使いますね。
近藤:長くうずらを飼っていてわかったのが、人間でいうと初乳が大事なんです。人間も母乳で育てると、赤ちゃんに免疫力がつくとされています。さらに高校生ぐらいまではしっかりと栄養のある食事をとらないとダメです! うずらを育てていると、ついつい人間の食育について話していても熱くなっちゃいます(笑)。
理念は無農薬野菜を作る農家と一緒
──現在のうずら飼育法はいつぐらいから始まったんですか?
近藤:10年ほど前からです。先代の時代は普通にワクチンや抗生物質を与えていました。そうでないと、普通はうずら農家の経営って成り立たないんです。だから私は、畜産の仲間と話していても、ぜんぜん話が合わないんですよ。ほかの農家は無投薬に近い取り組みをほとんどやっていないですからね。
──やり始めたキッカケはなんでしょう?
近藤:鳥インフルエンザの流行がキッカケでした。そのときにワクチンを打っても病気になる可能性があるなら、打たないで健康に育てられないかと考えたんです。ただ、無投薬で飼う方法は本にも載ってない。農大の畜産科の人や獣医に聞いても、一様に「ワクチンを打ちなさい」という答えなんです。
(写真提供/浜名湖ファーム)
──専門家にも無投薬によるうずら飼育のノウハウがないと。
近藤:それでも、長い目で見ると、お客さんに安心、安全なものを食べてもらわないと先がないと思い始めたんです。理念は無農薬野菜を作る農家と一緒です。それで経営を成り立たせるのは大変ですけどね。
──なるほど。近藤さんはその先を見据えていたんですね。
近藤:無投薬に近いと味も違います。すごく濃厚なんですよ。そもそも消費者が食べて美味しいものじゃないといけないですよね。味が一番わかるのは大人ではなく、舌が敏感な小さな子です。小さな子どもって野菜の好き嫌いが多いじゃないですか。これは自論ですが、その原因は野菜を自然な状態で育てていないからだと思うんですよね。
──浜名湖ファームは農作物も作っているんですよね。
近藤:私のところでは「発酵ぼかし」という、うずらの糞を発酵させた肥料も作っています。もともと販売用に作っていたんですが、その肥料を使って自社で米とさつまいもを作り始めました。うずらの糞は微生物が働いて、土壌環境を豊かにします。最終的には循環型農業を目指しているんです。
──うずらの糞も役立つんですね。
近藤:これまで無投薬に近い飼育法を続けてきてわかったことは、微生物の管理が重要なんです。食物連鎖の図を見ると、人間、肉食動物、虫、植物とありますけど、一番底を支えているのは微生物だと思います。農業も畜産も、微生物を慎重に扱えばなんでもできます。微生物は目に見えないのが難点ですが……。先ほどもお話しした通り、酒蔵や味噌蔵のような環境が大切なんです。
──これから先の見通しはいかがですか?
近藤:2020年は世界的に「いなご」が大発生しました。その影響で、今はエサが高騰しています。浜名湖ファームの規模でも、例年に比べて毎月20万円ほどエサ代が上乗せされています。なおかつコロナ禍の影響で、2割が減産というダブルパンチです。それでも新しい販路を獲得するなどして踏ん張っています。
──後継者問題はどうですか。
近藤:息子に継いでもらおうと考えています。私が試行錯誤を繰り返した、うずらの育て方を継承してもらいつつ、新しい営業方法を模索しているところです。
どこのうずら農家さんも高齢化は進んでいるので、日本のうずら農家は風前の灯です。このままだと、うずらの卵は輸入に頼ることになってしまいます。
──最初の話に戻りますけど、全国で27戸しかないわけですからね。
近藤:農家側にも大きな問題があって、いままで消費者のみなさんに知ってもらう努力を怠っていました。ホームページのあるうずら農家も、ごく一部ですからね。私は、まだまだうずらの卵に大きな可能性があると考えています。味にも自信がありますし、リピーターのみなさんに支えられているのは美味しい証だと思います。何かのきっかけで浜名湖ファームの存在を知ってもらって、多くの方にうずらの卵を食べてもらいたいですね。
(写真提供/浜名湖ファーム)
浜名湖ファームの公式ショップでうずらの卵を注文したら、2日で自宅に届いた。さっそく近藤さんオススメのたまごかけごはんをいただく。炊きたてごはんに、一気に5つもうずらの卵を投入。お醤油をたらして、黄身と一緒にごはんをかきこむと、卵の甘みが濃厚で美味しい。「これはリピートしたくなる味だ」とひとりうなずいた。
一緒に注文した浜名湖ファームのオリジナル商品、うずらの卵の燻製も、おやつやお酒のおつまみにピッタリの美味しさだった。
(写真提供/浜名湖ファーム)
浜名湖ファームの近藤さんは、先人も、教科書もない中、手探りで「安全、安心で美味しいうずらの卵」を作り続けてきた。届けられた「命のカプセル」の後ろにはもっと苦労の物語もあるはずだ。
うずらは中世から和歌の素材として愛でられる存在だ。その卵を食べるという文化を忘れずに、27軒となってしまった日本のうずら農家を応援したい。
書いた人:松本祐貴
1977年、大阪府生まれ。フリー編集者&ライター。雑誌記者、出版社勤務を経て、雑誌、ムックなどに寄稿する。テーマは旅、サブカル、趣味系が多い。著書『泥酔夫婦世界一周』(オークラ出版)、『DIY葬儀 ハンドブック』(駒草出版)
- 公式サイト:「~世界一周~ 旅の柄」