
ベトナムで干支を食べる
私は、ベトナムにいた。

まずはベトナムの臨場感をお伝えするために、ベトナム名物の「バイクの群れ」の写真をこの記事の冒頭に貼ろうと思ったのだが、おそろしく交通量の少ない写真しか手元になかった。早くも本当にベトナムにいたのか怪しむ声が聞こえてきたが、本当にベトナムにいたので、強引に話を進めることにする。

さて、ベトナムというと生春巻きやフォーがおなじみであるが、実はベトナムのグルメは我々が想像している以上に奥深い。地方によって差異はあるが、ハクビシンやヤマアラシ、キツネなんかも食べるところがあるらしい。
さらに詳しく調べてみたところ、
- 子(ネ)→食べる
- 丑(ウシ)→食べる
- 寅(トラ)→情報なし
- 卯(ウ)→食べる
- 辰(タツ)→情報なし
- 巳(ミ)→食べる
- 午(ウマ)→食べる
- 未(ヒツジ)→食べる
- 申(サル)→情報なし
- 酉(トリ)→食べる
- 戌(イヌ)→食べる
- 亥(イ)→食べる
ということが判明した。
つまり、干支の8割はベトナムで食べることができる、というわけである。
情報がなかった「寅(トラ)」「辰(タツ)」「申(サル)」だが、それらも真剣に探せば食べられるところもある気がする。完全に勘だけで言ってるわけだが、ある気がする。
「干支が食べられる国、ベトナム」。
ものすごいインパクトのキャッチフレーズだ。「彩の国、埼玉」の80倍は濃いと思われるキャッチフレーズである。
このキャッチフレーズの名付け親になるべく、本当にベトナムは干支を食べることができる国なのか、リサーチすることにした。
調べたところ、ベトナムのどこかにある遊園地内に様々な動物を食べさせてくれるレストランがあることはわかったのだが、その肝心の遊園地の所在がいまいちわからなかった。
なので、右脳だけを頼りに、とりあえず近くにあった遊園地に行ってみることにした。

ホーチミン市の郊外にある、「ダムセン公園」である。なんでこんなに遠目から入場門を撮ったのかは、自分でもわからない。



園内のあまりの無人っぷりに軽く引きつつ、干支が食べられるスポットを求めて、園内を彷徨う。
すると、園内の奥にこのようなものが現れた。

ゴルフの打ちっぱなし場にも見える、巨大なドームである。
中から「ギャーオ! ギャーオ!」と獣の鳴き声が聞こえてくる。
「まさか、あの鳴き声は、干支……?」
まったく根拠のない確信を得た私は、すぐにドームの中へと潜入した。

中は、小鳥たちの楽園であった。
ドーム内を見渡すと、様々な種類の鳥たちが放し飼いにされていた。
干支の一角を担う、「酉(トリ)」の登場である。
思いがけないプリティな空間の出現に心が癒され、ベンチで小休憩をとることにした。
その時、ふと視線を感じ、そちらに目を向けた。

ちょっと待ってくれ。


ダメだろう。
これは、放し飼いをしては、ダメなやつだろう。
目が、怖すぎる。
そして大きさが、人間の大人と同じくらいある。
ゆっくりと、すごくゆっくりと、歩き回っている。
思わず「ぎゃっ!」という、なんのひねりもない叫び声をあげてしまう私。
そんな私をじっと見つめてくる、怪鳥。

この目、完全に私のことを「餌」として見ている目である。
このままでは、「干支を食べる」ではなく、「干支に食べられる」という、非常にブラックな展開が待ち受けている予感がしたため、いそいでドームの出口を目指す。
ところが出口に向かう途中途中で、この怪鳥が私のことを待ち受けているのである。

一切鳴かずに、喋らずに、ただただこっちを見てくる様子が、非常に怖い。
いや、喋られたら喋られたで、もっと怖いわけだが。「やあ」とか「このあと、ヒマ?」とか「雨上りの道に落ちてる湿布ってブヨブヨしてますよね」とか話しかけられたら、もう確実に気が狂うわけだが。
ふと、先ほどよりさらに濃い視線を感じ、頭上に目をやった。

鉄柵にとまった無数の怪鳥が、静かにこっちの様子を、伺っていた。
もう、本当に、狂うかと思った。
なんだ、このヒッチコックの世界を無理やり現実化させたようなスポットは。
私はこの場所を「ナイトメア・オブ・バード」と命名したい。
よく見ると、ドーム内には鳥以外の動物もいた。

ドームの隅でブルブルと小刻みに震えている鹿たち。
「怪鳥に捕食されませんように……」と言っているようにしか見えなかった。



そして突然現れた、「巳(ミ=ヘビ)」「申(サル)」「未(ヒツジ)」の干支メンバーたち。
その動物たちの頭上には、もちろん、

怪鳥たちの視線があるのである。
もう、ダメだ。
こんなところに長くいては、ダメだ。
とりあえず干支を何種類か確認することはできた。しかし、そもそもこの遊園地は干支を食べられるようなスポットではないようだし、たとえ食べることができるのだとしても、気分はすでにノーセンキュ―の領域に入ってしまっている。
特にあの怪鳥は食べたら最後、村に災いが起きるとか、そういうレベルのアンタッチャブルなものを感じた。そこでリサーチを急遽打ち切りにして、私はドームを抜け出し、そのままの勢いでダムセン公園を退場し、さらに勢いは止まらぬままバスに飛び乗り、ホーチミン市内に到着して、ようやく生きた心地を味わったのである。

さて、ホーチミン市内に戻ったわけだが、一体このあと、どうしたらいいものか。
これはあくまでグルメ情報サイト「メシ通」の記事である。「干支を食べる」と宣言した以上、ベトナムの干支グルメを紹介しなければならない。
待てよ……?
ベトナムには、いっぺんに干支12種類を食べる方法があるではないか。
そう、この世には、干支12種類の全ての要素を兼ね揃えた動物がいる。
ネズミのような可愛らしさ。
ウシのようなツノ。
薄目で見るとトラに見えなくもないフォルム。
ウサギのような白さ。
タツのような不思議っぽさ。
ヘビのような変な目。
ウマのような脚。
ヒツジのような鳴き声。
あと、サルとかトリとかイヌとかイノシシのような、獣っぽさ。
そう、ヤギである。
ヤギには干支の要素、そのすべてが揃っている。
「お前はなにを言っているんだ。サル以降の雑なこじつけがひどすぎるぞ。ヤギのどこが干支なんだ」などといっためんどくさいクレームは慎んでほしい。とにかく、ヤギは十二支すべての要素が合わさった動物なのである。誰がなんと言おうとそうなのである。私が、そう決めたのである。
そして、ベトナムでは、ヤギ鍋がいま、大流行中なのである。



こうして私は、非常にまっすぐな瞳で、お茶を濁したとか強引にオチをつけたとか、そういった気配は微塵も感じさせないまっすぐな瞳で、ヤギ鍋を食べた。
ベトナムのローカルなグルメを食べたい人にはヤギ鍋がオススメだし、鳥コンプレックスを確実に植えつけたい人にはダムセン公園がオススメである。




