【舌対音感】第1回:小野瀬雅生(クレイジーケンバンド)【俺が愛したローカルフードたち】

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「旅をしない音楽家は不幸だ」という言葉を残したのはモーツァルトだが、では、旅する音楽家の中でもっとも幸せなのは? それはやはり、その土地土地ならではの旨いものを味わい尽くしている音楽家ではないだろうか。

そこで! ライブやツアーで各地を巡るミュージシャンたちにオススメのローカルフードや、自分の足で見つけた美味しい店を伺っていく連載企画が、この「舌対音感(ぜったいおんかん)〜俺が愛したローカルフードたち」だ。

記念すべき第1回のゲストはクレイジーケンバンドのギタリスト、小野瀬雅生さん。日々出会った美味いものを綴っていくブログ「世界の涯で天丼を食らうの逆襲」も更新している小野瀬さんを虜にしたローカルフードとは?

 

話す人:小野瀬雅生(クレイジーケンバンド)

小野瀬雅生

神奈川県、横浜市生まれ。クレイジーケンバンドのリード・ギタリストを努めるかたわら、ソロ・プロジェクトのバンド「小野瀬雅生ショウ」でもライブやアルバムのリリースなど。また、アニメ「おでんくん」では、声優としても"怪盗カニコウモリ"役を担当。さらに食のエッセイやコラムの雑誌 連載、小説の執筆など、音楽以外の部分においても多才さを発揮している。熱心な野球ファンとしても知られ、野球専門誌でも活躍。地元横浜DeNAベイスターズとの交流も深い。

 

「気に入ったお店は2回くらい行ってみると、ちょっと違った風景が見えてくるものなんですよ」

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──小野瀬さんご自身が全国各地を飛び回る生活になったのは、いつ頃からなんでしょう。

10年ぐらい前からになりますかね。クレイジーケンバンド(以下、CKB)は2000年代に入ってから全国ツアーが多くなったので。最初の頃はメンバー全員で車移動だったけど、今は新幹線移動なので、自分の自由も効くようになりました。僕の場合、事前に用意してもらった切符も自分で変更手続きして、2時間ぐらい前に現地に先に向かうんです。そこで、街を歩きながら美味しい店を探すってことをよくやってますね。帰りの便を遅らせることもありますよ。

 

──食べ歩きをはじめたきっかけは、やはり天丼?

そうですね。何年か前、ツアー先のすべての土地で天丼を食べるというミッションを、自分に課したことがありまして。その時は、全部で18ヶ所ぐらい回ったのかな?  1つ残らずオールクリアしたんです。

 

──丼物がいろいろある中で、なぜ天丼だったのかが気になります。

なんとなくマイナーっぽいところが、心に響いたというか。カツ丼や牛丼って、どこにでもあるような気がしたけど、天丼はちょっとジジ臭いというかマイナー感を覚えたんですね。あくまで自分の中でなんですけど(笑)。そして、さんざん食べ歩いてみて、結局辿り着いたのが、横浜大阪にある、カウンターだけの専門店でした。

 

──どんなお店かぜひ聞かせて下さい。

横浜橋商店街にある「豊野丼」。僕は東の横綱と呼んでます。普通に頼むとオッ!と驚くぐらいの大盛りで、だけど800円ぐらいでリーズナブル。関東には珍しくごま油じゃなくサラダ油で揚げてるから、クドくないんですね。タレもそんなに甘すぎず、野菜もたっぷりでボリュームもある。なにより店主のキャラが濃くて、それも含めて楽しめるようになったら立派な常連って感じで。お客は男性が圧倒的に多いけれど、お一人様の女性客なんかにはとっても親切にしてくれますよ(笑)。

 

──(笑)。対して西の横綱は……。

大阪の千日前と法善寺横丁が当たるところにある、通称「天丼の店」。ちょっと小ぶりの丼に、エビが2本と海苔の天ぷらが載ってるだけのシンプルな天丼なんですけど、かかっているのが天つゆではなくて、天だし。要するに甘辛いタレじゃなくて、関西風のさっぱりしただしがかかってるんですね。揚げたての天ぷらにそれをかける時に、チリチリって音がするんですけど、そのチリチリを聞くのがまた楽しみでね(笑)。

そこも何年か通っていたんですけど、ある日エビの本数を増やせるオプションがあると聞いて。そこで次に行った時に、心を決めて「すいません“3”でお願いします」って言ったら、エビを3本にしてくれて。もちろん、その分値段は上がりますよ。ただ、美味しいけどちょっと何か足りないって思っていた心の隙間が、エビ3本入りの天丼を食べた時にぴったりと埋まったんです。

 

うどん、焼きめし……衝撃の“甘い” ローカルメシ

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──天丼以外にも、いろんなものを食べ歩いてる小野瀬さんですが、その中で印象に残っているローカルフードはありますか?

愛媛県・松山「アサヒ」というお店で食べた鍋焼きうどん。あれはビックリしましたね。汁から具からすべて甘いんです。それも、ちょっとの甘みじゃなくて「うわ! お菓子か!? 」ってぐらいの、砂糖の甘さというか。

なんでも、戦後は甘いものがあまりなかったんで、お客さんに喜んでもらうために砂糖をどっさり入れたのがはじまりだそうで。ただ、醤油の濃い甘辛さではなくて、四国特有のいりこの澄んだだしがベースなので、決してしつこくないんですね。その甘い汁に七味唐辛子をかけるとまた美味くて。翌朝も時間を作ってもう一度食べに行ってしまったぐらい。

 

──その地方で独自に進化しちゃった味の面白さって、ありますね。

それでいくと、福岡県・小倉「娘娘」の「肉焼きめし」なんかもそう。これまた甘い話で申し訳ないんですが(笑)。パラッとしたチャーハンの上に、甘辛く炒め煮したような豚の薄切り肉がドンと載ってる。友人でバンバンバザールというバンドの黒川修くんは、自分の結婚式の時にこの肉やきめしを大皿で出したっていうぐらい、彼にとってのソウルフードだったそうなんです。そんな話を聞いたら、絶対に食べてみたいじゃないですか。だけど、なかなか小倉に行ける機会もない。

それが去年ね、あったんですよ、乗り換えの機会が(笑)。なので僕だけ1時間ほど先に行って、小倉で降りて肉焼きめしを食べて、また駅に戻って乗り換えました。

 

──すごい執念!(笑)。

「娘娘」、味はもちろんなんですが、そこで働いてるおじさんたちが素晴らしい。厨房の中でずっと文句を言ってるおじさんと、ずっと聞いてるおじさんがいて、その二人がなんとも言えない殺伐としていい雰囲気を醸し出してるんですね。でも、僕が会計をしようとしたら、一番文句を言ってたおじさんがスッと僕のところにきて会計してくれて。ちょっと緊張したけど「ごちそうさまでした」「ありがとうございました」と、お互いにすごく丁寧な挨拶をして出ていったという。もしかしたら心と心が一瞬つながったかもしれない、いや勘違いかもしれない、そんな瞬間が好きですね(笑)。

 

焼きめしにソースをかけたら、神戸の洋食の世界が見えた!

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──ところで、小野瀬さんが美味しい店を見つけるツボみたいなところはありますか?

まずは店構えですよね。外観からして、ちょっと脱力してる感じのお店が気になるんです。脱力から生まれる、その隙を縫って入っていくというか。たとえば前は違うお店だったのを居抜きで使ってるけど、看板はまったくその店と合ってないとか。

 

──あー、何となくわかります(笑)。

あとは、自分の勘だけを頼りにするんじゃなくて、人の意見は一応聞いてみるってのも大事。神戸・三宮のガード下に「天一軒」っていう中華料理店があるんですが、そこの焼き飯が、僕の中で2012年度、2013年度のナンバーワンなんですよ。

 

──2年連続でナンバーワン!

その店、ちょっとハードルが高いのが、営業時間が18時から22時までの4時間しかないってところ。その時間帯って僕らはライブやってるわけで、かなり行きづらい(笑)。でも、あるときライブ直後に入れたことがあって。その焼き飯がなぜ2年連続チャンピオンなのかというと、1年目は焼き飯をそのまま食べたんですね。それで満足してたら、地元の友達から「ソースかけたか?」って言われて。たしかに卓上には、年季の入った容器に入ったウスターソースが置いてあるんですね。それをかけて食べたら……神戸の洋食の世界が見えたんですよ!

 

──中から洋へ、見事に「転調」したんですね!?

まさに。そもそも、そのお店を知ったきっかけも、最初は焼鳥(鶏のもも焼き)が美味しいお店だってことで教えてもらって。確かに焼鳥は絶品だったんですけど、なんとなく焼き飯も気になって食べてみたら、これが最高に美味しかったっていう。

スプーンを入れるとネチョっとする、パラパラしてない感じが最初は「ン?」って思うんですけど、一口食べるといきなり天国のような気分になれるんですよね。情報をそのままを鵜呑みにするんじゃなくて、当初の予定と違うところに自分の落としどころがあったりするのが面白いんでしょうね。

 

──たとえばネットでのお店情報でも、それを参考にしつつも、一歩足を踏み入れて開拓したところに、自分ならではの発見があると。

そういうことです。だから、気に入ったお店は2回行ってみるっていうのも大事ですね。2回目ぐらいに、ちょっと違った風景が見えてくるものなんですよ。

 

撮影:松木雄一

 

書いた人:宮内健

宮内健

1971年東京都生まれ。ライター/エディター。『バッド・ニュース』『CDジャーナル』の編集部を経て、フリーランスに。以降『bounce』編集長、東京スカパラダイスオーケストラと制作した『JUSTA MAGAZINE』編集を歴任し、2009年にフリーマガジン『ramblin'』を創刊。現在は「TAP the POP」などの編集・執筆活動と並行してイベントのオーガナイズ、FM番組構成/出演など、様々な形で音楽とその周辺にあるカルチャーの楽しさを伝えている。

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