【舌対音感】第3回:田中 貴(サニーデイ・サービス)【俺が愛したローカルフードたち】

f:id:Meshi2_IB:20150623212956j:plain

「旅をしない音楽家は不幸だ」という言葉を残したのはモーツァルトだが、では、旅する音楽家の中でもっとも幸せなのは? それはやはり、その土地土地ならではのうまいものを味わい尽くしている音楽家ではないだろうか。そこで! ライブやツアーで各地を巡るミュージシャンたちに、オススメのローカルフードや、自分の足で見つけた美味しい店を伺っていく連載企画。
第3回は、サニーデイ・サービスの田中 貴さんが登場。ミュージシャンとしての活動のみならず、最近ではラーメン評論家としても各メディアに引っ張りだこの田中さん。今年3月には自身が初めてプロデュースを手がけたラーメン本『Ra:』を刊行したばかり。そんな田中さんに、全国各地に存在するご当地ラーメンの楽しみ方をたっぷり語ってもらいました。

 

話す人:田中貴(たなかたかし)

田中貴

サニーデイ・サービスのベーシスト。1992年結成、1994年にメジャーデビュー。2000年に解散後も、2008年夏に再結成。また、国内外多くのアーティストのライブサポート、レコーディングセッション、プロデュースでも活躍中。

 

博多「一蘭」を食べて、ジザメリ以来の衝撃!

──今回は、田中さんの実弟である田中裕之さんがオーナーシェフを務めるイタリア料理店〈トラットリア アメノ〉で取材させていただいてます。

淡島通り沿いで、ミュージシャンも下北沢界隈に住んでる人も多いので、よく利用していただいているみたいですね。たしか、お店で流れてる音楽はスクービードゥーのコヤマシュウくんが選曲してたんじゃないかな。
僕、ラーメン以外にピザも好きなんですけど、弟の作るピザってイタリアの本格的なピザとはちょっと違ってて。僕らは愛媛今治市出身なんですが、昔、実家の近所にイタリアンがあって、そこのピザが好きでね。たぶんその店のピザを、ちょっと意識してるんじゃないかなって思います。

 

f:id:Meshi2_IB:20150623220756j:plain

──少し厚みのあるモチモチした生地に、チーズもたっぷりのってて、すごく美味しいピザですね! さて、田中さんと言えば、最近ではミュージシャンの他に、ラーメン評論家としても活躍されていますが、全国各地を食べ歩くようになったきっかけは?

1994年にサニーデイ・サービスでデビューして、全国各地をツアーするようになってからですね。その以前から都内のラーメン屋も食べ歩いてはいたんですけど、地方に行くと変わった店が多いじゃないですか。それに、当時は豚骨ラーメンの本格的な店なんかも、都内にはまだまだ少ない時代だったから。それこそ〈一蘭〉東京には進出してなかったですからね。

 

──たしかに、まだ都内に出店してなかった頃、一人一人の席が敷居で仕切られて、店員の顔も見ないで暖簾越しに注文するラーメン屋があるっていう噂を伝え聞いて、なんだそれ!って驚いた覚えがあります(笑)。

当時エレグラの杉浦くん(Electric Glass Balloon / SUGIURUMN)なんかは、福岡に行って一蘭のラーメンを食べた時にすごく衝撃を受けたらしくて、『すげぇラーメン食ったよ! ジザメリ以来の衝撃だよ!』って言ってましたからね(笑)。まぁ、バンドをはじめる以前の十代に受けた衝撃に通じるぐらいにショックだったってことなんでしょうけどね。
※ジザメリ=ジーザス&メリーチェイン。80年代後半から90年代半ばにかけて活躍した、イギリスのロック・バンド。

 

f:id:Meshi2_IB:20150623220914j:plain

 

ラーメンはその土地の文化や経済と結びついている

──今でこそ、それぞれに特色を持ったご当地ラーメンが存在するのが知られていますが、なんでそういう独自のラーメン文化が全国各地に点在してるんでしょう?

浅草〈来々軒〉が日本のラーメンの原点って言われてんですが、その噂を聞きつけてラーメンを食べに来た人たちが全国各地に戻って、それぞれにラーメンを作り出したのがそもそもの流れだと思うんですよね。だけど情報が少ないから、それぞれが勝手にアレンジを加えながら作りはじめる。ある土地では牛骨が多く余ってるから牛骨でスープを取りはじめたり、どこかの町では蕎麦の文化が強いから鰹節を使うスープになったり……。

 

──東京で食べたラーメンの味の記憶を持ち帰って、そこに想像力を加味されてオリジナルなラーメンが出来上がっていった、と。

今も話題の徳島ラーメンは、地元に大手のハム工場があって、豚の骨が大量に余っていたから豚骨になったっていう話を聞いたことがあります。岡山県の笠岡ラーメンは、鶏ガラベースで、チャーシューも鶏肉なんですよ。それも若鶏じゃなくて老鶏。だからすごく旨味が出るんだけど、ただチャーシューの肉質は硬めで。それも地元で養鶏業が盛んだったので、老鶏が安く手に入ったからという背景があるんです。

 

──なるほど。地域の文化や経済とも、密接に結びついてるんですね。

面白いのは、函館ラーメン。実は函館のラーメンって、浅草よりも歴史が古いんじゃないかって言われてて。函館は貿易港で中国人がたくさん滞留していたので、中華の麺料理を若干日本風にアレンジしてお店で出してたっていう説もあって。でも、ラーメンに関する記述って、全然残ってないんですよ。だけど、函館の地元紙を調べてた人が、100年前の紙面から〈南京蕎麦〉って広告を見つけて。南京蕎麦がどういうものかはハッキリわからないけど、おそらくラーメンの元祖だろうと。今となっては、それを詳しく調べようがないんですけどね。

 

f:id:Meshi2_IB:20150623220947j:plain

 

いま注目しているのは「漁港のラーメン」

──あまりにも大衆食すぎて、ほとんど研究されないまま、あまりにもいろんな形に進化していってしまったのが、ラーメン文化の実体なんでしょうね。

だけどこれからの時代は、そういう各地で独自に根差したラーメン文化って出てこないと思うんですよね。今はネット社会で、どんな地方にいてもある程度の情報が伝わってくるじゃないですか。
たとえば今、東京でこういうラーメンが流行ってるって聞けば、すぐに同じような味のラーメンを出す店が増えるでしょ? 今みたいに情報が多すぎると、レシピもあるし、写真もガンガン上がってるから見た目もすぐにわかる。情報の伝わらなさがあったからこそ、日本全国にいろんなご当地ラーメンが生まれたんですよね。
それに地方のラーメン屋さんも、東京のラーメン屋に憧れを持って追いつけ追い越せでやってるから。その土地ごとのオリジナリティは、だんだんと薄れてきてますよね。

 

──だからこそ田中さんは、新しい店や有名店ばかりじゃなく、今も各地に残っている古いラーメン屋さんや、大衆食堂のラーメンも食べ歩いてるわけですね。

たとえば、先日閉店してしまったんですが、岡山〈平田食事センター〉っていうのがあって。高速道路が無い時代に栄えた、国道沿いにある巨大なドライブインなんですけど。あまりにも巨大で寂れた感が興味深くて、ツアーの途中に寄ってラーメン食べに行きましたね。駐車場も大きくて、トラックもたくさん停まってて。昔は仕事終わりにそこでガンガン飲んで、車の中で寝てからまたトラックを走らせるっていうような役割もあったらしくて。以前はそういう客を狙いにした娼婦もいたらしくて。ある意味、そのドライブインでひとつの文化が出来上がっちゃってるんですよね。

 

──それは、地方に在住していないとなかなか知り得ない情報ですね。

まあ、そこはラーメンはわりと普通だったし、場所自体がちょっとB級スポット的に注目されたりもしたんだけど、ドライブインでもちゃんと美味しいお店もあるんですよ。九州にある〈丸幸ラーメンセンター〉なんかは、すごく美味しい豚骨ラーメンが食べられますね。
とにかく美味いと聞いたらどこでも行きますね(笑)。居酒屋なんかもそうだけど、トラックの運転手さんとか肉体労働系の人たちが通う店は、安くて美味い店が多い。ここ数年注目してるのは、漁港ですね。

 

──漁港ですか?

漁港のまわりの食堂のラーメンでも、美味いところがたまにあるんですよ。それもグルメサイトにも情報が載ってないようなところを、地元の人から聞いて。

 

──情報はラーメン仲間から入手するよりも、地元の人に伺うことが多いんですか?

いわゆるラーメンマニアって情報共有してるから、みんな行くところが同じなんですよ。僕の場合は、ライブに来てくれた地元のお客さんとか、ブッキングしてくれたお店やライブハウスのスタッフとか、実際に住んでる人の情報を参考にしてます。他の人とは別のネットワークで探してるから、ラーメンマニアの人たちが行く店とは違うところになるんでしょうね。

 

──まさにミュージシャンだからこその情報網ですね。

岩国に〈寿栄広食堂〉っていう、その地域で有名な店があるんですけど、東京から食べに行った人からの評判が「まぁ、普通の中華そばだね」みたいな感じで、あんまりよくなかったんですよ。
で、僕も初めて行く時に、事前に地元の友達に聞いてみたら『あそこはメニューに書いてないけど、アブラ多めって言わないとダメだよ』ってアドバイスしてくれて。普通に頼むとあっさりした中華そばなんだけど、アブラ多めにすると急にエグいラーメンになって、それが美味しいんですよ(笑)。やっぱり、地元の人の情報って大事なんですよね。

 

f:id:Meshi2_IB:20150623221029j:plain

 

大分・佐伯ラーメンを食べるために、ツアーを遠回りして……

──そういう店ごとのローカルルールなんかを発見するのも面白みのひとつであるわけですね。

それに地方に行くと、味にプラスして店主のキャラクターなんかで、さらに美味しくなったりしますからね。アクの強い店主のおっちゃんと話をしたり、厨房が丸見えで作ってるところも眺められたり。それを楽しめるのも、ラーメンが好きなところなんですよね。
僕が先日プロデュースした『Ra:』というラーメンブックも、地方のラーメン屋に関しては誰も知らないような店だったり、他の本とは全然違うセレクトになりましたね。ただ、そういうお店をあまり紹介したくないっていうのはあるんですけどね(笑)。まぁ、あまりにも地方すぎて、誰も行けないだろうからいいか、みたいな。
僕だって次にまた行けるかって機会があるかわからないし、何より、お店もいつまで営業しているかわからないですからね。

 

──たしかに、小さい町で老夫婦が長年やってるような大衆食堂なんかは、跡継ぎもいないでしょうし、地方の過疎化も影響してどんどん店をたたんでいってるでしょうし。

実際、地元の人が通うような食堂に、僕みたいなヤツが行くと、お店のおっちゃんやおばちゃんも『なんだコイツ?』みたいな感じになるんですよね。どう見ても地元の人間っぽくないのが急に入ってくるわけですからね。
それに、僕はわりと話しかけることも多いんですよ。お店の人とずっと話し込んだりするのも、また楽しいんですよね。こっちはラーメンの味のことについて訊きたいんだけど、延々と家族構成とか息子の近況とか聞かされたりしてね(笑)。

f:id:Meshi2_IB:20150623221644j:plain

──そういう意味でも、旅先でラーメン屋をめぐるというのは、一期一会の喜びもあるんですね。

そうですね。それに、これだけラーメンに関する情報が氾濫してても、未だに年に一ヶ所ぐらいは、新しいご当地ラーメンが発見されるんですよ。ここ数年だと、山口県・下松市の牛骨ラーメンとか。
あと大分県・佐伯市の豚骨ラーメンは、ガーリックパウダーをガッツリかけちゃう感じのちょっとジャンクな美味しさで。下松も佐伯も、普通には行きづらいん場所ですよ。ライブツアーの行程でも通過しちゃうような町ですからね。
ここ最近は、ノーザンブライトの新井仁さんとカフェライブのツアーをやってるんですが、その時は車1台で回ってるから、わざわざ遠回りして食べに行ったり。こないだも、佐伯ラーメンを食べたいから、宮崎から大分に行く途中で立ち寄るようにしてほしいってお願いしたら、その通りに行程を組んでくれて。そうしたら、目当ての店が定休日で(笑)。しょうがないからその日は諦めて、次の日に福岡に戻る前に、また南下して佐伯に寄ってラーメンを食べて……ホント、メンバーも道連れにしちゃって申し訳ないんだけど(笑)。

 

お店情報

Trattoria AMENO(トラットリア・アメノ)
住所:東京都世田谷区代沢4-34-16 キャトル代沢1F
電話:03-5787-8803

 

撮影:松木雄一

 

書いた人:宮内健

宮内健

1971年東京都生まれ。ライター/エディター。『バッド・ニュース』『CDジャーナル』の編集部を経て、フリーランスに。以降『bounce』編集長、東京スカパラダイスオーケストラと制作した『JUSTA MAGAZINE』編集を歴任し、2009年にフリーマガジン『ramblin'』を創刊。現在は「TAP the POP」などの編集・執筆活動と並行してイベントのオーガナイズ、FM番組構成/出演など、様々な形で音楽とその周辺にあるカルチャーの楽しさを伝えている。

過去記事も読む

トップに戻る