“ジビエ”ってナニ? 現役猟師が切り盛りする「ジビエ料理 アンザイ」で聞いてみた【東京・目白】

エリア目白(東京)

ジビエという一部の食通の間だけでささやかれていた言葉が一般的になり、近頃は狩猟人口も増えたのだとか。自分で撃って、自分で捌いて命をいただくのだそうです。そこまではしなくても、美味しいジビエを食べたいという方には、現役猟師が切り盛りする東京・目白「ジビエ料理 アンザイ」をおすすめします。

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店主自らが猟を行う“究極の産直”

ジビエとはフランス料理での用語で「狩猟肉」のこと。ジビエ料理は普段なかなかありつくことができない。今回取材した「ジビエ料理 アンザイ」は、筆者がたまたま友人の食事会で連れて行ってもらったお店。誘われて行ったこのお店は、よくあるジビエを売りにするお店とは違った趣きで、店主の懇切丁寧な解説あり、実にこだわりにあふれた空間だった。

ズバ抜けた個性の一因として、店長の安西さんは料理人であり、現役の「猟師」であること。本人が狩猟してきたイノシシやシカなどを、血抜きなどの処理をして新鮮な状態で都内のお店まで運ぶ。そして簡素な料理法で肉本来の旨味を引き立てたコース料理を提供する。

こういったお店は他にもあるのだろうか……?

 

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▲コース料理を出しながら素材に対する説明を店主がする、独特な営業スタイルで話題に事欠かない!

 

出てくるメニューは「イノシシの肉片に塩コショウをかけただけの焼き肉」「シカ肉のひき肉のみをこねて焼いたミートボール」など。

そしてシメは「イノシシ肉を惜しむことなく盛り込んだボタン鍋」などが順に運ばれ、安西さんの含蓄に富んだ説明を聞きながら、数時間かけてゆっくりと楽しむ。ちなみに4人以上の予約制。この一風変わったコース料理に驚きを感じ、日を改めて店主のジビエに対する思い、そして店のこだわりを聞きに行った。

 

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▲「ジビエ料理アンザイ」店主の安西さん。見逃してしまいそうな普通の一軒家を店舗として経営し、猟師のかたわら食事を振る舞う

 

東京、JR山手線の目白駅から歩いて約4分。住宅地にある一軒家を改装したこのお店に入ると、くつろげる和室の居間へ通された。ちゃぶ台の上に置いてあるのは、シカの角、イノシシの牙、そして散弾銃の弾丸などなど狩猟の際に得られたものが置かれる。座敷に座って落ちつくと、店主の安西さんがジビエのこだわりについて、何かが憑依したかのように流暢に喋り始めてくれた。

 

なんと元はメイド喫茶店長&オーナー!

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▲これはイノシシの頭蓋骨の前方、三分の一を切り取ったもの。なかなか生では見られない

 

インタビューが始まってすぐに、立板に水のごとくしゃべり続ける安西さん。

 

シカの角、どのように生えているのか、みなさん知っていますか? 頭蓋骨からこう生えているんです(と、骨を指さしながら)。そういううろ覚えのことを実際に触ってみてもらって、知ってもらいたい。シカのイラストとか、でたらめに描いてある場合もあるので。

あとイノシシの牙って、最初っから尖って生えてるわけじゃない。上顎の牙が砥石となってイノシシ自身で自分の牙を研いでるんです。葛(くず)の木のツルを切るとか、オス同士の喧嘩でやりあうためにね。人間がイノシシの牙で刺されると出血死する場合もありますから。

 

知らないばかりか、恐ろしいですね。

 

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▲店内では見ることのできない、散弾銃を構えた安西さんの狩猟中の姿。まるで別人だ

 

お店を始めたきっかけを聞いてみると……。これも一風変わった経歴。 

 

実家は静岡県の浜松市。狩猟は父の趣味で自分自身も子供の頃から自然と身近にありました。ただ、東京都内に住んでいた頃は時間的に出来ないなと。実はアキバでメイド喫茶、メイドリフレを経営していたんです。ちょうどブームになる前からですね。ただ、30代半ばの2008年頃にメイド喫茶を閉店させて、実家に戻ったら急に時間が余ってしまった。そこで「今だったら出来るじゃん!」と思いついて、狩猟の免許を取得しようと。

元々、趣味でやろうと思っていたけど、やるんだったらとことん極めようと、昼間に狩猟をしながら夜は塾の先生という生活をしていました。

 

経営していたメイド喫茶、メイドリフレが秋葉原で話題店となったものの、それらのお店を閉店させ、実家で狩猟の腕を磨いたという。

 

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▲火にかける直前に切られた生のイノシシ肉。これが焼き肉やボタン鍋の具材となる

 

他店とは違う流通経路をもっていることが、特に注目すべきことだろう。

 

狩猟をしている人は、リタイアされた方が大半なんです。サラリーマンをやりながらでは平日の狩猟はなかなかできない。また、田舎の人にとってイノシシの肉は「お金にならないし、誰かからもらえるもの」っていう感覚なので、お金にはなりません。つまり、狩猟自体は職業になりにくい。

また、昔は解体処理をきちんとしている猟師が少なかったため、どうしてもイノシシの肉は「硬い」「臭い」などの先入観が付いてしまったのもあります。そこで、自分は血抜きなどの処理をきちんとして「実はイノシシってこんなに美味しいんだ」と思えるような肉を提供したい。

 

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▲狩猟後に解体し、熟成後に冷凍された肉。獲った日付、性別、重量等を記載し管理される。お店の冷蔵庫は満杯だった

 

イノシシの肉は一般の肉店では見かけない。それはなぜかというと……。

 

ウシやトリ、ブタといった動物を家畜としてシステム的に育てていれば品質を一定化させ大量生産できて、単価が安定化します。でもイノシシの場合はそうはいきません。まず安定供給が不可能です。個体も、年齢、性別によって差が出るのはもちろん、捕獲する時期や山の実り方(エサが豊富か)で脂の乗りが大きく変化します。発情期のホルモンバランスも影響しますし。だからイノシシ肉は一期一会です。捕獲や解体にかかる手間や経費等を考慮して単価をなんとか設定しますが、そもそも土台が違うからイノシシとブタでは単価が違うんです。

 

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▲店内の居間には、狩猟する際のユニフォームなど、普段見かけないレアアイテムがたくさん

 

ワナにかかったイノシシを側頭部から……

イノシシの捕まえ方もさまざま。お店の肉はワナにかかったものをさばいているそうだ。

 

ワナは、“箱ワナ”という檻の形をしたものか、あるいは“くくりワナ”。くくりワナは、バネとワイヤーで足を固定させるもので、昔でいうトラバサミ(現在は禁止)です。捕獲の際に注意することは、ワイヤーがイノシシの足の関節に入るとちぎれることがあって、その時はこちらへ向かってくるのでまずはワナの掛かり方をチェックします。トドメは銃で撃つか刺すかのどちらか。ただ、どこを撃ってもいいわけではなく、頭部を横から狙う。ただトドメを刺すだけだったらどこでもいいんですが、弾の入った後を考えると側頭部がベストです。筋肉部分を撃ってしまうと、弾が入った周囲は、被弾のダメージで血が集まってしまい、臭みの元となって食肉として使えなくなってしまうので。

 

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▲箱ワナにかかって身動きの取れないイノシシ。大きいものでは100キロを超える重さになるという

 

イノシシの捕獲は、農家の害獣駆除の一面もあるようだ。

 

浜名湖周辺のイノシシは名産の三ケ日みかんを食べてるヤツがいて、肉付きも違って美味しい。しかも、昔と生態系も変わってきて、今は数自体も増えてきています。でも、イノシシは農家にとっては大事な農作物を食い荒らす害獣。行政の獣害被害の補助金では賄いきれないので、農家は自腹で柵を作るか、猟師に頼むしかない状況なんです。

 

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▲骨などに当たり、歪んだ弾丸(元は真ん丸だった)。皮や脂が厚くて貫通しないことも

 

狩猟の腕を磨いた後、安西さんは店舗を構えるためにいろいろ考えを巡らせた。そこで「一軒家でコース料理」いう案が思いついた。

 

やり始めた頃はジビエが流行る以前で、お店の名刺を渡してもわかってもらえなかった。そんな状況で、手広くお店を展開してもたくさんのお客さんが来ると思っていませんし、在庫的に多くは提供できません。こじんまりと商売をやっていくとなっても、ある程度は経費もかかります。損益計算を考えると一人単価を上げるしかない。だったら最初からコース料理にしてしまおうと。東京は食道楽の方が多いので、高めの単価設定でいけるだろうとなりました。

 

現在の料金設定は、牡丹鍋コースならイノシシ鍋+おまかせサイドメニュー2品で8,000円から。他に鴨鍋コースなどもあり、すべてコースでの提供が基本となっている。

 

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▲イノシシと間近で対峙した経験もある安西さん。ひとつ間違えば、イノシシが突進してケガをする恐れがあったそうだ

 

現在は狩猟するために浜松と、店舗のある東京・目白を行き来しながらの生活を送っている。

 

狩猟の悩みは「予定が組めないこと」。イノシシの捕獲は、いつワナにかかるのか分からないんですよ。自分のワナはもちろん、それ以外にも農家の方から「かかっちゃったんだけど処理してくれよ」という連絡が来ても、捕獲しに行きます。連絡をもらったときに都内にいれば、東京駅から浜松駅まで新幹線(ひかり)で1時間半。一度実家に戻って、そこから現場に向かってと。まぁ楽じゃないですけどやりたくて始めたことなので。

 

こだわり抜いたジビエメニューの数々

では、お待ちかねのジビエのコース料理について。自らの手で捕ってきた肉の調理法は至ってシンプルだ。狩猟した肉の味に自身があるからこそ。

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▲ワサビ醤油を乗せて焼いた鹿肉。かみ応え満点

 

いろいろと調理をしてしまうと味がボケてしまうので、塩コショウをかけてシンプルに食べるのが一番なんです。ジビエの肉、本来の旨味をわかってもらいたいなと。コース料理の最後には、ボタン鍋をすき焼き風にして出しています。多くのお店では、肉の臭み消しのために味噌味で出しているんですが、ウチのお店では肉の味が分かるように醤油味にしています。イノシシの骨からとった出汁、酒とみりんと料理酒だけ。肉の旨味、脂身の旨味を存分に楽しんでもらいたい。

 

自分がお客さんとして食べたコースの中で最も印象に残っているのが、シカ肉のミートボールだ。

 

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▲ボウルに盛られたこちらが、ミンチされたシカ肉。見た目は肉の繊維が細かく、張りのある質感

 

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▲お客さんも一緒になってこね役に。シカのひき肉を粘り気が出るまで、とにかくこねる、こねる!

 

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▲こねまくったシカ肉は、一口大にまるめて、たこ焼き機のプレートで焼く。赤身なのでさっぱりとした味わい

 

他では味わえない料理と一緒に、アルコールも楽しみたい。そうした点にもこのお店ならではの個性があった。

 

当初、アルコールは日本酒や焼酎をメインに揃えていましたが、ジビエ愛好家はフレンチ好きが多くて、飲む酒といったらワインなんです。想定以上にワインの注文が多くて、慌ててワインマンガを参考に購入してました。ある時に持ち込まれた日本ワインが美味しくて、そこから趣向を変えて今では日本のワインのみ提供しています。日本ワインは優しい味なのでシンプルに味付けした肉の味を損なうことなく、マッチさせながら楽しめるんですよ。

 

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▲こちらは日本酒や焼酎のコレクション。ワインは2階の冷房の効いた一室に大量に貯蔵されている

 

と、取材が始まって約1時間、安西さんのこだわりをたっぷり聞かせてもらえた。ここに記されていない興味深い話も多々あるが、それは直接お店にうかがった際に聞いてみよう。気さくにたっぷりと答えてくれるはず。

こだわりのジビエ料理のコースに舌鼓を打ちながら、安西さんの話に耳を傾ければ、食肉文化の奥深さに触れることができるはずだ。

 

お店情報

ジビエ料理 アンザイ

住所:東京新宿区下落合3-1-1
電話番号:090-3305-6595
営業時間:12:00~15:30(春から秋は土曜日・日曜日のみ)、20:00~23:00 (終了時間は目安)※要予約
定休日:不定休
ウェブサイト:http://gibier-anzai.com/

 

※金額はすべて消費税込です。
※本記事の情報は取材時点のものであり、情報の正確性を保証するものではございません。最新情報はお電話等で直接取材先へご確認ください。
 

 

書いた人:高岡謙太郎

高岡謙太郎

オンラインや雑誌で音楽・カルチャー関連の記事を執筆。共著に『Designing Tumblr』『ダブステップ・ディスクガイド』『ベース・ミュージック ディスクガイド』など。

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