誰にでも秘密はあります。たとえば、故郷などないような顔をしている酒場の人たちにも、きっと。
おいしいごはんとお酒に緩んだ、その口元から溢れる、あなたの秘密を教えてくれませんか……。
飲み屋の店主はなぜか人妻にモテる?
眠れない夜、双眼鏡を取り出して、星のような窓の明かりを覗き込みました。自分からは遠い生活が、あの中にあるのだと思うと、わくわくしたものです。
飲み過ぎた夜、井の頭通りを渋谷から下北沢へ向かっていると、暗い夜道が代々木上原で一瞬明るくなります。大通りを少し入った路地に、バーらしき明かりと、楽しげな人影が見えて、いつも「飲み過ぎてなければなあ」と思いながら、タクシーで通り過ぎていました。
今夜は、いつも外から見ていたあの明かりの中へ、自分が飛び込む日なのです。
23時、代々木上原のバー「カームス」に到着して、広々とした窓に驚きました。これはタクシーの中からでも、酔っ払いが一瞬で認識できるわけです。
店内はオレンジ色の照明に包まれ、ふたつあるテーブル席では、仕事終わりの若いサラリーマン2組が飲んでいました。カウンターの白く背の高い椅子に座って、マスターらしき人に声をかけると、一瞬、間があってから「おう、よろしくね」と挨拶してくれました。私も夜型なのですが、おそらく明け方5時まで営業しているバーのマスターにとっても、24時まではアイドリングの時間に違いありません。
すぐにカメラマンの沼田 学さんが合流して、マスターを「ナオさん」と紹介してくれました。なんと、北海道の同郷で、小学校の同級生だというのです。ディスコミュージックが好きなふたりは、東京のDJパーティーで再会。たしかに、カームスにも、レコードがぎっしりと収納されていて、絶えず音楽が流れています。
少し遅れて「もうこの時間眠いよ……」と、目をこすりながら、担当編集者の宗像(ムナカタ)さんも合流しました。今日はこの3人で、名物マスター、ナオさんの秘密を聞き出そうという夜なのです。我々のビールを注いで、丁寧に泡を取るナオさんを横目に、3人で目を合わせて、にやりと笑いました。
人なつこさと、硬派な雰囲気を持ち合わせた「カームス」のマスター、ナオさん
――早速ですが、ナオさんの秘密を教えていただきませんか!
ナオ:え、秘密? ないよ。
――いやいや、そうおっしゃらず……!
ナオ:そうだなあ、店があるのが代々木上原だからねー。渋谷から離れて、お忍びで来た女優さんからキスされたことはあるよ。わはは。
終始、明るく爽やかなナオさんをあの手この手で攻めた結果、学生時代の素行良好、教員免許持ち、夫婦仲良好、借金なし、秘密なしであることがわかりました。完敗。
ナオ:あ、前にやってた飲み屋では、よく人妻に口説かれたなあ。子供の小学校の集まりの帰りとかに来てさ。怖くて全員断っちゃったけど。あれが秘密といえば、秘密かな。
宗像:俺、そういう人妻、もう大好きだね。
完敗です。
ナオさんが出してくれたポップコーンをつまみながらビールを飲み続けていたら、私たち3人とも酩酊してきて、ヒミツという名の、くだを巻きはじめました。
姫乃たま(以下、姫乃):小学生の時に、付き合ってるのかなって思ってた先生同士がいたんですけど、この間、まったく関係ない土地でデートしてるの見たんですよね……!
宗像:本当に付き合ってたんだ!
姫乃:そうなんですよ。当時から、ちょっと冷やかせる感じじゃない真剣さというか、子供心に、大人にそういうことを言ってはいけないと思ってたので、やっぱりそうじゃん! って感じで、爽快でしたね……。
キャッシングの限度額は、自分の経済指標
「街の中で自分だけ下半身が裸になってる夢をときどき見る」とヒミツを打ち明ける担当編集の宗像さんも、コーヒー焼酎を片手にキャッシング人生について語ります。コーヒー焼酎は、少しのウーロン茶で割って飲むのがカームス流です。
手前で飲んでいるのが、セゾングループにかれこれ四半世紀貢いでらっしゃる編集スタッフの宗像さんです
宗像:はじまりは仕送りされた大学の授業料を使い込んだことだね。
姫乃:何に使ったんですか。
宗像:これが、見事に覚えてないんだよねえ。飲み代とか洋服とかレコードとか? あとなんか20万くらいするギター買ったりしてたよ。使い込んだ後は、セゾンカードで限度額いっぱいまでキャッシングして、バイト入れまくって、なんとか授業料工面して。
ナオ:でも、子どもの頃って、習い事の月謝とかくすねてる奴いたよなあ(笑)。
宗像:俺の場合は大学の授業料だからそこそこの額だよ(笑)。でさ、去年も仕事の状況が変わったのを機に結構キャッシングしたんだよね。たとえば仕事のギャラが1回の振込で15万くらい入るとするでしょ。と、そのまますぐにキャッシングの返済に回すわけ。セゾンは返済期日が早ければ早いほど利息がかからないから。すると今度は生活費がなくなっちゃうんで、また……。
姫乃:それは何に使ってるんですか?
宗像:家賃とか。
ナオ:自転車操業だな。
姫乃:学生の時より内訳がまともで安心しました。
宗像:でも返済は滞納しないで毎回きっちり返すからさ。結果的には上客なわけ。だから学生時代は利用限度額が上限20万くらいだったのに、どんどん限度額が増えてて今は80万円くらいキャッシングできるようになってる。自分史上唯一の経済成長の指標(笑)。まぁ俺が学生の頃ってバブルだったから、セゾンカードなんて名前書けば作れたからなぁ。
ナオ:俺、個人経営だから、多分いまカード作れないぞ。がっかりするな。
沼田 学(以下、沼田):僕も個人でカメラマンやってて、収入がバラバラだから、まとまったお金が入ってくる時期に慌てて作りましたよ。
ナオさん:たまちゃんも、今年からフリーランスでしょ。もう楽天カードしか作れなくなるよ。
姫乃:……。
マンション上階のおじいさんが突然……
酔い覚ましに、白桃のカルピスサワーを注文しました。ふと見ると、結構な量の焼酎が入っています。完全にサービスし過ぎです。でも、嬉しくなってしまうのが、酒好きのダメなところですね。瓶入りのソーダ水で割ってくれるところも、贅沢な感じがして嬉しいのです。
もう入っていないポップコーンの袋の上で、沼田さんがふわふわと手を動かしています。
沼田:俺、他人に家で漏らされたことあるな……。
一同:???
沼田:昔、高円寺にある変なマンションに引っ越すことになったんだけど、住むにあたって自分でリフォームしないといけないくらいボロボロで、換気のためにドアを開けて壁を塗ってたわけ。で、振り返ったら、五木寛之似の素敵なおじいさんが立ってて、なんか呂律が回ってないの。ずっと「ペンキ塗ってるの?」って聞いてくるから、面倒くさくなって放っといたら、茶色のズボンで現れたのに、こげ茶のズボンになってるのね……。
姫乃:え、その人はなんだったんですか。
沼田:上の階に住んでるおじいさんだったよ。いい人だった。
とりとめもない時間は過ぎていき、午前3時頃、さっきまでテーブル席で見つめ合っていた美男美女の若いカップルが帰っていきました
宗像:この微妙な時間に帰ってったってことは、口説けたのかな。
姫乃:あ、そういうことですか? 羨ましいですね。
ナオ:うーん、あの子たちはなんか、バラバラで帰る気がする。
宗像:昔はこういうこと、あったよね。始発前の微妙な時間に女の子と飲んでて「どうする?」みたいな。
沼田:あの頃はカッコつけて「帰る?」とか言ってましたね。本当は一緒に帰りたいのに(笑)。
こうして夜は更けて、陽が昇りゆく代々木上原の街を、今日は歩いて帰ったのでした。
今夜のお店
カームス
住所:東京都渋谷区上原1-18-7
電話番号:03-3460-4466
営業時間:20:00~翌5:00頃
定休日:不定休
今夜の一品「コーヒー焼酎」グラス1杯800円
名物マスター、ナオさんお手製の「コーヒー焼酎」(グラス1杯800円)。「少しだけウーロン茶で割るとコクがでます」とはナオさんの言。
写真:沼田 学